上海教育事情ブログ

上海で個別塾「上海個別塾(シャンコベ)」を運営しつつ、上海の日本人向け教育事情についていろいろと書いていきます。上海だけでなく、他の海外からの中学受験、高校受験、大学受験について、一般入試や帰国生入試に分けてリアルな状況をお話します。

2021年の夏期休暇で作文・小論文を指導しました

 ご無沙汰しております。コロナ禍の影響で自由に日本と行き来できないなか、夏休みは目いっぱいに予定が入っておりました。去年ほど時間的な余裕が取れなくなり、ブログ更新が滞ってしまってすいません。今後はなるべく長期休暇以外は月1~2回程度は更新をしていこうと考えております。去年の受験の反省や、今後に私がやっていきたい授業などいくつかご報告したいこともあります。また学習についての質問は個別に返信しておりますので、何かあればメールでご連絡下さい。費用は不要です。

 

 さて、ようやく今年の夏休みが終わって一段落つきました。日本人学校の生徒さんにとってはあっという間の休みでしたが、インター生や現地校生にとってはかなり長い期間でした。特に後者の子たちには、長期間の休みを利用してTOEFLや日本語の小論文などの対策を行い、各自がいくつかの小論文コンテストにも応募しました。今回はそのなかで指導していたときに起こった一つの場面をお伝えします。

 

 

1.「思考の補助線」を与える必要性

 作文や小論文で「何を書けばいいのかわからない」という質問をよく受けました。その質問をするとき、その生徒は自分自身へのアイデアの問いかけ方を間違っている場合があります。つまり、自分に対しても漠然と「何を書けばいいか」と聞いているから書くことが思い浮かばないということです。結論から言いますと、アイデアを引き出しやすくするには思考の補助線を引くことが効果的です。

 

 簡単な例から考えてみます。例えば、普段に「何か欲しいものある?」と聞かれたとき、常日頃欲しいものを考えている人は別として、多くの人はなかなか思いつかず、「特にない」と答えることが少なくないはずです。ですが、「何か欲しい文房具はある?」や「日本から取り寄せたいものはある?」と聞くと、何か1つや2つは思いついたりします。つまり、何かアイデアを引き出すためには何らかの観点を定めることで思いつきやすくすることができます。これを私は「思考の補助線」と呼んでいます。

 

2.実際の授業で起こったこと

 実際に最初の小論文の授業で私は「異文化理解における問題点は何か」と問いを与えました。ある子は「異文化を尊重するのが当たり前の世の中で、理解を押し付けられる」ように感じることが問題だと答えました。またある子は「異文化を理解できても実践ができない」という問題があると答えました。

 

 2人とも何とか答えを絞り出したのでしょう。興味深いのは、2人に共通点があることです。それは、「異文化を理解することが難しい」という着想ももちろんですが、「異文化理解の問題とは何か」について漠然とした質問のまま、漠然と答えを考えているところです。そうなると、結果的にぼやけた文章になってしまいがちです。

 

 より明快な小論文を書きたいのであれば、さらに自分で観点を絞ってみることです。異文化理解における「心理的な問題はないか」や「国際関係的な問題はないか」と考えてみます。そして、心理であればアンチバイアスの観点から「一時的な交流だけで理解したと思い込んでしまうこと」を問題と考えたり、国際関係であれば立場の非対称性の観点から「双方の関係が対等な立場ではないことが多く、一方的な理解になりやすいこと」を問題と考えたりすることできます。そのときも私の考えを伝えながら解答例を見せましたが、ここでまた改めて実際に書いてみます。

 

3.解答例

テーマ:異文化理解の問題点

 異文化理解とは、お互いの違いを認識しつつ尊重し合うという双方向的なコミュニケーションであるべきだろう。しかし多くの場合、異文化理解は一方的なコミュニケーションに陥りがちである。例えば、日本で働く外国人労働者に対して「日本に来ているのだから日本文化を理解すべき」という主張を聞いたことがある。そこには相手の立場を理解しようという想像力は見られない。実際に、私の知人は中国人として日本で働いているが、その子どもは日本語がほとんど話せないまま日本の学校に通っている。そして学校で「日本に来ているのだから日本語くらい話せるようになれよ」と言われ、困惑したそうだ。

 このような一方的な理解が求められる原因の1つに、異文化理解が往々にして非対称な立場で行われることが考えられる。つまり、異なる文化が存在するとき、多くの場合は移民などのマイノリティの場合のように、一方が明らかに弱い立場であるということが多い。そうすると、強い立場の側が一方的な理解を求めることになりやすい。このような立場の非対称性を解消するためには、より弱者に寄り添った視点を常に意識する必要があるだろう。(479字)

 

4.まとめ

いかがだったでしょうか。もし作文や小論文、英語のエッセイを書かなければいけないときに、1つのテクニックとして利用してみてください。次回は、12月頃(冬期休暇中)に実施しようと考えている高校生向けの「小論文+読書」の授業をご案内したいと思っています。

2020年の日本人学校高等部についての所感。

 ご無沙汰しております。最近はかなり寒い日が続いていますので、皆さんも体調には十分にご注意ください。

 

 さて、今日はコロナで休校やオンライン学習が長かった今年の日本人学校高等部(中学部は別です)について、最近の様子についてちょっと思うことがあるので、個人的な意見ですが、ここでまとめていきたいと思います。

 

1. 日本人学校高等部の現状について思うこと

 高等部の現状に対しては少し心配しています。2020年度の国公立合格が1人、早慶上智の一般受験生もいなかったことを考えると、かなり一般受験や協力大以外の推薦入試での合格する生徒数が少なくなっています。ちなみに、国公立合格者も私の教え子で協力大の推薦を選ばず、AO入試で受かった子だったりします。その傾向は今年も続きそうです。

(参考:上海高等部進路実績 2020年度入試

 

 

 原因は2つあると考えています。1つ目は、協力大学の校内選考の時期の問題です。校内選考の時期が前期の成績処理が終わる高3の9月下旬にあるのですが、それまでに難関大学の推薦入試の結果が出ないことです。例えば、早稲田政経のグローバル入試や慶應SFCのAO入試、法学部のFIT入試などがそれにあたります。年度によっては、それらの推薦入試の結果を見てから協力大学に出すかを決めることができたのですが、最近はどれも(少なくとも校内の一次募集までには)間に合わなくなっていて、その結果、安全性を重視し、最初から協力大学を受ける子がほとんどになっています。今年は、コロナの影響で途中で受験に帰国することも難しいかったので、その傾向にさらに拍車がかかりそうです。

 

 2つ目は、高等部内で外部受験のノウハウが蓄積されていないことです。例えば、2018年度入試で早稲田国際教養の国内AOと、上智国際教養の公募推薦を受験した生徒さんを私の方で指導していたとき、当時の高等部にも英語のエッセイ指導をしてくれる先生が高等部にもいらっしゃいました。それで、その生徒さんは1つのエッセイを書くといつも私とその先生の2人からアドバイスを受けることができていました。そういう先生は普段から受験の話も授業でしますので、自然と「受験しよう!」という意識を生徒が持ったりするものです。しかしそのような先生が帰任され、新しい先生方は普段の授業でも受験云々の話をする先生はいないような印象です。

 

 結果的に、協力大学の推薦という限られたパイの中での競争に集中してしまい、学校の成績だけが全てになってしまうような状態です。しかも能力のある子ほどそれをいち早く理解して、成績を取るためにテスト勉強を必死にしたり、先生の印象を良くするために何か頼まれごとを進んで引き受けたりします。これだと、本来は上海という場所を活かした国際交流や言語学習などができるはずが、逆に成績には無関係なことだと消極的になってしまうという悪循環が起こります。この点を私は少し心配しています。

 

2. 能力がある子ほど、もっと一般や推薦入試を受けて欲しい

 今年はもうすでに推薦の子たちが終わっているでしょうから、来年度以降に大学受験する子たち、そして今から高等部を受けようとしている子たちに、少し伝えたいことがあります。それは、「能力がある子ほど、もっと一般や推薦入試を受験して、合格実績のパイを広げて欲しい」ということです。

 

 そもそもある程度能力のある子が、校内での成績を取ることだけを目的にした勉強をしていてもその子自身の学びや成長にはなかなか繋がらないでしょう。それはあくまで高等部にいるうちの評価でしかなく、卒業してしまったらその成績そのものに価値はないはずです。

 

 なので、英語や数学など何か得意科目があれば、「学校の成績なんてどうでもいい」と思って、一般受験の勉強をして欲しい。

 

 経済に興味があるのであればGDP統計を分析してみたり、ジャーナリズムに興味があれば同じニュースの報道の仕方を日中で比較してみたり、プログラミングに興味があればひたすらコードを書いてみたり、動画編集に興味があれば上海の美味しいお店や面白い観光スポットを集めてYoutubeに上げてみたり、そういうことに努力して推薦入試を受けてみて欲しい。

 

 それはどれも学校の成績とは無関係なことですが、自分にとっての財産になるはずです。

緊急事態宣言の延長による犠牲を無駄にしないためにすべきこと。

2020年5月5日現在、日本で緊急事態宣言が行われた2020年4月7日から約1カ月が経ちました。それと同時に、4日には5月31日までの緊急事態宣言の延長が安倍首相から発表されました。

 

「5月6日まで何とかと思ってきたが、もう限界」

「緊急事態宣言をしたときとあまり変わっていないので仕方ない」

 

など、様々な声があると思います。この緊急事態宣言による1カ月をみんなで評価し、日本が取るべき出口戦略の方針を提言していくことが必要だと思い、こうしてまとめようと思います。

 

1.緊急事態宣言の成果は十分にあった

専門者会議の資料(p1)によると、緊急事態宣言には以下の目的があります。

  1. 感染拡大を防ぎ、新規感染者数を減少させ、医療提供体制の崩壊を未然に防止することにより、重症者数・死亡者数を減らし、市民の生命と健康を守ること
  2. この期間を活用して、各都道府県などにおいて医療提供体制の拡充をはじめとした体制の整備を図ること
  3. 市中感染のリスクを大きく下げることにより、新規感染者数を一定水準以下にできれば、積極的疫学調査などにより新規の感染者およびクラスターに対してより細やかな対策が可能となり、市民の「3つの密」の回避を中心とした行動変容とともに、感染を制御することが可能な状況にしていくことが期待されること

つまり、「感染者数の減少、医療体制の整備、感染防止対策の強化」が中心です。以下で順に検討してみます。

 

1-1 感染者数の減少は成功している。

感染者数の減少については、全国の実効再生産数が3月25日に2.0だったのが4月10日には0.7に下がっており、東京においては3月14日における実効再生産数が2.6だったものが、4月10日時点では0.5まで下がっています。これは、感染の爆発的拡大を未然に防いだという点で極めて重要な政策であったと評価できます。(同, p3-4)

1-2 医療体制の整備は時間がかかる。

次に、医療体制の整備ですが、「重症者・中等症については対応可能な病床の確保を図るとともに、無症候や軽症例についてはホテル等での受入れを進めるなどがなされている(同, p5)」とあります。しかし、1カ月という短期間でできることには限界があり、今後に対しても指数関数的に患者が増えた場合には医療体制の整備でまかなえる範囲は限定的でしょう。

1-3 感染防止対策の強化はまだ具体的に示されていない。

そして、感染防止対策の強化です。5月1日には、「新しい生活様式の普及」や「クラスター対策の効率的な実施に向けた施策の推進」が発表されています。(同, p11-12) 5月4日の専門者会議では新しい生活様式の具体例も提示されました。(資料 p8)しかし、まだまだ曖昧な内容でしかなく、今後の専門家会議からの発信を待つ必要がありそうです。

 

さて、こうしてみてみると、緊急事態宣言自体の効果は1や2で測るべきであり、宣言によって少なからず日本での感染拡大を防いだと考えられ、十分な成果があったと思われます。一方で、緊急事態宣言後の日本の出口戦略は3が重要であり、まだまだ十分に議論されているとは言えません。5月14日以降に再度専門者会議が行われて出口戦略が発表されるといわれていますが、この延長の1カ月による犠牲を無駄にしないためにも、方針を早急に決め、体制を整えていく必要があるでしょう。

 

2.日本の出口戦略の現状=「クラスター対策+市民のモラル」という綱渡り

国の出口戦略は5月14日に発表されると思いますが、すでに吉村大阪府知事は独自に出口戦略の案を出しています。案の中で吉村知事は「病床使用率」や「陽性率」をあげました。

〉府は解除の基準として、医療機関のベッド数と入院患者数に基づく「病床使用率」を用いる方針。重症者向けは50%、中等・軽症者は60%を下回れば、段階的に解除する案を軸に検討。現在はいずれも下回っているが、陽性率なども参考に最終判断する考え。5月15日から適用する。
https://t.co/e2F48XS7Ef

— 吉村洋文(大阪府知事) (@hiroyoshimura) 2020年5月2日

医療キャパシティが十分に確保できていれば、再び感染拡大が始まったときにまた制限を厳しくすることで乗り越える方針のように思います。

つまり、緊急事態宣言によって「感染者の減少」と「医療体制の整備」を行い、今後は再び感染者が増えたら、また制限を厳しくし、感染者が減ったら制限を緩めるという「自粛と解除を繰り返し」を意識しているのでしょう。

 

一方、専門者会議では5月4日の提言のなかで、以下のように述べられています。

一人ひとりの心がけが何より重要である。具体的には、人と身体的距離をとることによる接触を減らすこと、マスクをすること、手洗いをすることが重要である。市民お一人おひとりが、日常生活の中で「新しい生活様式」を心がけていただくことで、新型コロナウイルス感染症をはじめとする各種の感染症の拡大を防ぐことができ、ご自身のみならず、大事な家族や友人、隣人の命を守ることにつながるものと考える。

つまり、今後の感染拡大を防ぐ方法として、第一には「新しい生活様式」を普及させるという「市民のモラルに期待する」というのが方針として掲げられています。その基本的な生活様式が以下です。

f:id:shanghai-education:20200506011826p:plain

 

それに加えて2つ目には、クラスター対策の効率化や強化が述べられています。5月4日の資料には、以下の3点が挙げられていました。

 ① 感染対策業務の効率化等をはじめとした保健所支援の徹底

 ② 積極的疫学調査に従事する人員の拡充とトレーニング

 ③ ICT 活用による濃厚接触者の探知と健康観察(濃厚接触者追跡アプリなど)の早期導入

しかしながら、これら3点によるクラスター対策の強化は医療体制の整備と同様で短期的な成果は上がりにくい性質のものだと考えられます。

 

以上をまとめると、日本は医療に余裕を持たせたあとは、感染の再拡大を防ぐ方法は「クラスター対策」と「市民のモラル」に任されてしまっているのです。それが綱渡りのような、一歩間違えればすぐにみんなが転落してしまう状態に見えてしまいます。

 

市民のモラルが不十分で感染が再拡大してしまった場合、すでに私たちが経験したようにクラスター対策では追跡しきることはできません。そうなると、再度の緊急事態宣言を必要としますが、みなさんは果たして受け入れるでしょうか。

「再び経済活動を停止させることによって人が死ぬくらいなら、全員が感染してしまった方がマシ」のように、ノーガード戦法が支持される事態になりかねません。つまり、再び緊急事態宣言というカードを切るのは現実的には厳しそうであり、より強力な感染拡大の防止策がとられるべきです。

 

3.感染拡大を止めた中国、韓国は異なる出口戦略を選んでいる

では他の国の出口戦略はどうでしょうか。出口戦略は大きく分けて以下の4つの要素の比重を各国で決めているように思います。

①Test(発症者や接触者の検査)

②Trace(接触者の追跡)

③Isolation(発症者の隔離)

④Quarantine(接触者の検疫、隔離)

 

特に③と④の違いを明確にしておきたいと思います。CDCによるとそれぞれの定義は以下です。

Isolaiton:separates sick people with a contagious disease from people who are not sick.

Quarantine:separates and restricts the movement of people who were exposed to a contagious disease to see if they become sick.

 

 「隔離」というときに、どうしても「感染者の隔離=Isolation」と思いがちですが、感染者を隔離するのは当たり前なのですが、今回の新型コロナウイルスでより重要なのは「接触者の検疫・隔離=Quarantine」の方であるように見えます。以下でそう思う理由を中国と韓国の出口戦略の違いをもとにして考察します。

 

3-1 中国=全員を濃厚接触者として扱って、国民総Quarantineによって完全グリーン化してからの経済再開

まずは、最初に感染爆発を経験した武漢やその他の中国の都市として上海について考えてみます。まず、2020年1月23日に武漢が封鎖されました。その後、1月24日以降には私の生活する上海でも実質的な都市封鎖が始まりました。

 

その後、上海は2月9日まで春節が延長され、企業活動も大きく制限を受けています。当時の上海は「外地から来た人への不動産の新規契約の禁止」や「外地から戻った人の14日間の自主隔離の義務付け」を行っていました。これらの対策自体は欧米の多くの国も採用しましたが、中国ほど徹底はしていなかったでしょう。

 

上海市外から上海に戻る人全員に14日間の自宅待機が命じられていたのですが、日本では埼玉や神奈川から東京、あるいは大阪から兵庫に移動した人全員が行き来するたびに2週間自宅で待機する必要があるようなものです。結果、市内での経済活動は1カ月後には再開され始めましたが、上海ではこの戦略をとったあとの実効再生産数は0.3ほどに劇的に下がっています。

参考:https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.02.21.20026070v2.full.pdf+html

 

武漢も同様で、感染爆発が起こった武漢ではそれが約2カ月続きました。人々は1世帯につき1人にだけが、3日ごとに家を出て食料を買うことができ、自由な外出は認められていませんでした。

 

ここで注目すべきは、上海や武漢では、新規感染者0人が14日間続くまで省や国をまたぐ移動、個人の外出を厳しく制限し続けたということです。ある種、感染者と接触した可能性が0ではない全員を一律で濃厚接触者扱いし、全員を強制的に自宅や施設で一律に隔離し、市内を完全なグリーン化することによって感染の連鎖を断ち切ったと言えます。

 

まとめると、中国は④Quarantineを、ほぼ国民全員を対象にして徹底して行いました。人の移動を強くコントロールするQuarantineには強力な私権の制限が必要で、中国でなければできないと思うかもしれませんが、上海のように感染者が少ない地域であれば、1カ月弱でグリーン化が可能なので経済的なダメージや技術の導入コストなどを考えると、有効な選択のように思います。

 

事実、ニュージーランドやベトナムでは、中国と同様に国民全員に対して人の移動を強くコントロールするという「国民総Quarantine」で成功した事例だと考えられます。

 

3-2 韓国=Test,Trace,Quarantine を素早く行い感染連鎖の遮断する

一方で韓国はまた別の成功例として挙げられます。国民全員の移動の制限をとったわけではなく、感染の疑いがある人たちに対して、迅速かつ効率的に人々を検査し、発症者を隔離し、接触者を追跡して検疫しています。

※韓国の対策についてはこちらを参考にしています。

 

 

f:id:shanghai-education:20200505183844p:plain


オックスフォード大学の論文から抽出したこのグラフは、横軸が「特定する必要のある感染者の割合」、縦軸が「特定する必要のある接触者の割合」を示しています。例えば赤い✕印は、「他の人を感染させる前に症状のある患者の60%を即時検査し、50%以上の接触者を即座に追跡して、検疫・隔離することができれば流行を制御できる」ということになります。

 

実際に、韓国では検査キットを自国で開発するとともに、ドライブスルー検査や電話ボックス検査などで検査を拡大し、1日平均でも15,000件の検査を行いました。これほどの検査拡大を迅速に行えた背景には、SARSやMERSの経験があったことが大きいと言われています。

参考:You Need To Listen To This Leading COVID-19 Expert From South Korea | ASIAN BOSS

 

しかし、韓国はその検査能力ばかりに注目が集まっているのではないでしょうか。韓国がPCR検査を拡大した背景に対して、国際感染症センターの忽那賢志医師は「患者が大量に出たので、多く検査をしたというのが実情だと思います」と述べており、その大量の患者を検査できたことは注目すべきであっても、検査を絞っている点では日本と変わらない面があります。(PCR検査の対象は「日韓で大きく異ならない」 新型コロナ患者を診る医師が報道を危惧する理由

 

さらに、軽視されがちですが、韓国でもクラスター対策および接触者の徹底的な隔離を行っています。日本のクラスター対策班で、北海道大学の西浦教授が興味深いツイートをしています。

 

韓国の疫学調査チームは、感染者と接触した可能性がある人の移動経路を調べ、個人別に連絡をし、発熱などの症状がある場合にはPCR検査を、無症状の場合には自己隔離対象者として指定し、自宅等で2週間自己隔離をさせている。さらに、自宅隔離対象者には食料や生活支援金を自治体が支給しているといいます。

参考:https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64275?site=nli

 

以上のような、「迅速な検査、接触履歴の迅速な追跡、接触者の迅速な隔離」を同時にしていることが、韓国で感染拡大を防ぐことができた原因だと考えられます。

 

ニューヨーク州は、経済活動再開のガイドラインとして感染者数や病床数の他、検査の拡大と追跡人員の確保を挙げており、韓国と同様の対策をしようとしているのだと思います。

参考:https://www.governor.ny.gov/news/amid-ongoing-covid-19-pandemic-governor-cuomo-outlines-additional-guidelines-when-regions-can

 

ドイツも1人1人の追跡調査を行うという発表がされています。

 

しかし、欧米にとって大事なことは、検査や追跡ができたとして、「無症状の場合には自己隔離対象者として指定し、自宅等で2週間自己隔離」というQuarantineを徹底できるかにかかっているように思います

 

 

4.「接触者の隔離(Quarantine)」を過小評価すると感染の連鎖が終わらない。

上のグラフでも引用したオックスフォード大学の論文で、もう一つ注目する表があります。それが下の表です。下の表でわかることは「症状のある人を検査して隔離するだけの場合、実効再生産数は最大でも40%しか減らすことはできない」ということです。

 

f:id:shanghai-education:20200506011250p:plain

 

しかしながら、感染者との接触者までを追跡して検査すれば、発症前の人々(Pre-symptomatic)も把握できるようになり、感染を最大85%削減できます。要するに、症状のある人とその人と接触したすべての人の両方に対して検査や隔離(Quarantine)を行う必要があるということです。そして、接触者のうち無症状の場合には自己隔離対象者として指定し、自宅等での自己隔離をさせることが、感染の連鎖を断ち切る鍵になりそうです。

 

実は、日本が欧米と比べて感染拡大を抑えることができていたのは、様々な要因もあると思いますが、何よりもクラスター班によって濃厚接触者を迅速に特定し、検査および自主隔離の要請をしてきたというQuarantineが行われていたからだと思うようになりました。

 

事実、東京や和歌山、北海道、大阪などでクラスターが発見され次第、韓国と同様に徹底的に追跡と検査や接触者の隔離を行い、感染の連鎖を断ってきたと考えられます。同時に大型イベントの自粛要請や学校の全国一斉休業などによって、大規模感染のリスクは大きく低下させることができていたので、中国からの輸入が多い「第1波の流行」は防げたのではないでしょうか。

 

5.接触者が増えるとモラル任せでは限界がある。

第1波の流行をうまく防いだ日本は、しかしながら、3月中旬以降に自粛が緩んだ時期に、ちょうど欧米での感染拡大も始まりました。そして夜の街での飲み会などを通じて、クラスターが東京や大阪を中心に多発するようになったことは周知の事実です。これは「第2波の流行」とされています。

 

第2波の流行では感染者が多すぎて、接触者の追跡が難しくなったと言われています。しかし、これは私の感覚的な主張でしかありませんが、感染者数の増加と同時に多くの接触者のうち自己隔離をしない人が増え、そうした人の絶対数が多くなった結果として微妙に感染の連鎖が続いているのではないかと思うのです。

 

たしかに4月7日の緊急事態宣言からの約1カ月で、無理やりにでも感染の連鎖を断ち切ってきました。そして5月31日までの緊急事態宣言の延長することで確実に感染者は減るでしょう。しかし、感染は今後も続くことが予想されています。そして、接触者の隔離が本人のモラルに任されている以上、モラルが不十分で感染が再び拡大してしまうとクラスター対策では防ぐことはできません。

 

以上をもとに、私が強く求めるのは検査体制の強化や医療の整備以上に、「追跡した接触者の隔離の強化」です。

 

これを考えるに至ったきっかけは、コロナ担当の西村大臣の同行者が感染した際に、西村大臣は4月25日から自主的に自宅待機したにもかかわらず、27日に公務復帰をしているということです。まさに接触者の隔離を徹底していない象徴のような存在になってしまっていると思ってしまいました。検査で陰性だろうが、濃厚接触者でなかろうが、2週間隔離をして国民に接触者の隔離の重要性を伝えて欲しかったと思うのです。

 

以上になります。

2020年度は、「子どもたちの分断」が起こるか

前々回前回と、新型コロナウイルスに対する各国の対策や、緊急事態宣言の出口戦略などを考えてみました。

 

今回は、教育に携わる1人として、2020年度の教育について2つのシナリオを考え、それぞれのシナリオで子どもたちがどのように考え、それぞれのどのようなアプローチをすべきか考えてみようと思います。

 

1.早期に治療薬が発見されたり、夏以降突如ウイルスが無くなるシナリオ

もっとも理想的なケースですが、6~7月くらいに「既存の治療薬の有効性が発見される」あるいは「突如ウイルスが無くなる」というケースです。もしくは、その他の方法によって早期に日本でのウイルスが根絶できたケースも含みます。この場合、学校の再開は6月後半~7月となり、2019年度の3月2日から年度を跨いで続く休校の期間が3カ月半~4カ月くらいで終わることを想定します。

さて、この場合に起こりうることとしては、

  1. 9割以上の子どもたちは、普通に学校に戻っていく
  2. 残りの1割弱の子どもたちは、「学校なんて行かなくていいや」と思って行かなくなる

という分断が起こってしまうということです。割合の数字は適当です。ただ分断が起こるということに私の主張があります。以下、そう考える理由と、2の「学校に行かなくていいや」と思う子たちに対するアプローチについて詳しくまとめます。

 

①学校へ行く理由の喪失

これまでは、日本だけでなく世界的に子どもたちは「学校に通うこと」が自明視されてきました。しかし、日本で近代的な学校制度が始まったのは、明治6年(1873年)のことです。もっと言えば、近代的学校の特徴である「同学年の子どもが集まり、カリキュラムと呼ばれる同一の教授活動を行う」という制度は、明治末、つまり1900年代に入る頃にようやく普及することになります。2020年の現在から振り返ると近代的な学校制度が始まったのがわずか約120年前のことであり、それ以前の歴史においては存在しませんでした。

もちろん中世にも「学校」は存在します。しかし、例えば世界の中世の「学校」とは、多くの場合1つの部屋に、年齢がまちまちの子どもたちが集まり、教師も「極端な表現をすれば、目の前に座っている生徒が誰かによって、教える内容やレベルをその場で決めたのであろう」(柳 2005)という程度の存在です。日本でも、吉田松陰の松下村塾も似たようなものだと指摘されています(海原 1993)。

これまで、「学級」を所属単位として同学年の子どもが同じ内容を教わるというのは、同じ知識を効率的かつ一方的に伝えるのには極めて有効でした。しかしその反面、根本的な問題が存在ます。①学級に所属する目的意識が生まれにくいこと(義務感にしかならない)、②その結果、学級という集団を優先した自己抑制を受け入れることが困難になること、③規律を守ったところで、その代償としての成績の上昇という成果が保証されるわけではないこと、などの点です。

今回の新型コロナウイルスは、すべての子どもたちに今まで義務的に所属していた「学級」に対して距離をおく機会を与えているのです。そうなると、今まで学校という集団に対する自己抑制を困難に思っていた子どもたちほど今の環境を快適に感じ、学校に行く理由を失ってしまうわけです。

このような子たちが大多数だとは言いませんし、むしろ9割以上の子どもたちは学校に戻りたがっていると思います。それは今までの学校に対する自己抑制に対してそれほど違和感がない子です。「みんな先生の話を聞いているから自分も聞いた方がいい」と判断できるような子です。そういう子は自分のやりたいことに対する欲求がそれほど強くないため、今の休校期間を「暇だ」と感じてしまいます。

しかし、残りの1割弱の子は、ふだん「学校は何で自分のやりたいことを邪魔するんだろう」と思っているような子たちです。このような子たちにとっては、ようやく誰にも邪魔されずに自分のやりたいことをする機会を得られたのです。特に登校拒否になったことがある子、学校に行っても自分の好きなことばかりしている子、などは「学校に行く理由無くない?」と感じるのではないでしょうか。

 

②学校に行く理由を失った子は何を目指すのか

以上のような子は、今までは「学校には行きなさい」と周囲から強く促されてきました。しかし、新型コロナウイルスのおかげで学校は休みです。また親も「学校のクラスって3密だから危ないね…」と心配になり、無理に通わせることを躊躇し始めます。それではこうした子たちは何をするでしょうか。

それは、「自分の好きなことをする」になると思います。そもそも学校という集団に対して自己抑制ができないような子どもたちというのは、集団の秩序よりも個人の目的が強い子たちであると考えています。例えば、「絵を描きたい」と思っていても、授業中にノートに絵を描いてれば、先生に「何やっているだ!」と怒られます。あるいは、「ずっとプログラミングを学びたい」と思って調べようにも、学校ではネット環境がありません。けれども、今は授業中に絵を描いていても、ずっとネットでプログラミングの仕方を検索していても怒られることはないでしょう。それが3~4カ月続くと、「学校に行かない方が個人的に得られるものが多い」と考えるようになるはずです。

 

③「学校に行きたくなくなった子どもたち」へのアプローチ

さて、「学校に行きたくなくなった子どもたち」には何が必要でしょうか。今までは「学校」という存在が自明視され、そこに通わせることが何よりもの正解でした。しかし、他にやりたいことがあれば、それができる環境を整えてあげることが正解ではないでしょうか。

例えば、イラストレーターになりたい子にとっては、まずはこの時間をたくさん使っていろいろなイラストを描かせてあげることです。今、テーマはいくらでもあります。新型コロナウイルスの拡散の仕方をイラストでわかりやすく他の人に伝えようとすること、あるいはなかなか外に出れない自分の感情を絵で表現してみること、などテーマを見つけ、それを評価してくれそうな人に直接メールや手紙で連絡してみればいいのではないでしょうか。

あるいはプログラマーになりたい子にとって大事なことは、他の人のコードを見たり、たくさんのコードを自分で書いたりして実力をつけ、さらにどんなサービスを社会が求めているのかを考えることです。今は、新型コロナウイルスの感染者数をプログラムで計算することもできます。そのための情報もインターネット上にあります。あとは、どんなことが知りたいときに、どんな方法で調べればいいのかをサポートしてあげることができれば十分であるように思います。

このような「学校に行きたいくなくなった子たち」には、親やその知り合いの人、あるいは専門の人のオンラインでのサポートがあれば十分に学校以上の学習ができるように思うのです。

 

2.長期間にわたり学校再開が見込めないシナリオ

次に考えるのは長期にわたって学校再開が見込めないケースです。2020年度が、ほぼずっとこのような状態であるというケースを考えます。この場合、学校の再開は全く不透明となり、2021年になってもいつ学校が再開されるのかわからないというような状態を想像してください。

さて、この場合に起こりうることとしては、

  1. 2~3割の子どもたちは、学校が再開されるのをとにかく待つ
  2. 5割くらいの子どもたちは、代替のオンライン教育サービスを探す
  3. 2~3割の子どもたちは、自分の好きなことを始める

というより大きな分断が起こってしまうということです。

1の「学校が再開されるのをとにかく待つ子どもたち」とは、代替の教育サービスを受けられるだけの金銭的な余裕がなく、また自分の好きなこともない子たちです。何も手を打たなければ、そういう子たちは2や3の子たちとどんどん差ができてしまい、厳しい格差社会に繋がってしまいそうです。ですので、ここに対する何らかの教育サービスを提供する必要がありそうです。

2の「代替のオンライン教育サービスを探す子どもたち」とは、すでに私立の学校ではオンラインでの授業が時間割通りに進められているように、今までの教育をそのままオンラインで受けるようにするという子たちです。あるいは塾や習い事もオンラインで行うところもあります。多少なりの金銭的な負担が生じるため、教育にお金をかける余裕がある層の子たちになります。オフラインのときと比べて効果が上がる子もいれば、まじめに受けずに下がる子もいるとは思いますが、何もしないよりはいい成果が出るはずですし、質のいいオンライン教育手法が確立していくはずです。

3の「自分の好きなことを始める子どもたち」とは、すでに上でみたような「学校に行く理由を失った子どもたち」とイコールだと考えて下さい。しかし、上のときよりも割合が多いと考えている理由は、短期間で学校が再開された場合は「変化することによるリスクよりも、維持することの安心感を選びやすい」からであり、長期間になればなるほど「変化することのリスクが小さく見えるようになる」からです。この子たちにはそれなりのサポート環境さえつくれば問題ないと思われます。

 

さて、長期にわたって学校再開が見込めない場合、それぞれのグループの子どもたちに対して別々のアプローチをしていく必要があると考えています。

まず1のグループに対してですが、それは「継続的に勉強に参加するためのサポート」です。家でインターネットに繋がっていない子もいるでしょうから、例えば地域レベルや学校レベルでの1週間に1度程度の宿題のやり取りをするなどが考えられます。すべての子どもたちに対応するのも大変なので、希望制にするなどして必要な子たちに向けて、何らかの継続的な勉強への参加を促すアプローチが必要だと思います。

次に2のグループに対してですが、それは「質の高いオンラインでの教育プログラム」を探すことです。今までオンラインは「信用できない」「集中できなさそう」などと言ったネガティブな側面が強調されてきましたが、オンラインの良い面もあります。それは「自分の住む地域に限らず専門の先生やコーチに教わることができる」という点です。例えば、「近くにいいピアノの先生がいない」などと思って悩んでいた人にとっては、オンラインで良い先生がいないか探すチャンスです。今後、多くの優秀な先生やコーチがオンラインで教える可能性は高いと思いますし、それを狙って情報を集めてみると良いと思います

次に3のグループですが、すでに上で書いたようにこの子たちは自分たちでやりたいことがある程度決まっています。ですので、親やその知り合いの人、あるいは専門の人のオンラインでのサポートがあれば十分に学校以上の学習ができるように思います。一つ付け加えるとすれば、2のグループの子たちと同様に、多くの優秀な先生やコーチがオンラインで教える可能性は高いと思います。そのような人を探し、自分の子にあった先生やコーチをつけるといいように思います。

 

3.まとめ・参考文献

さて長々と書きましたが、まとめるとどちらのシナリオにしても一定の「学校に行く理由を失う子どもたち」は生まれてくるように思います。そうした子たちへのオンラインでのサポートを始めようと思っています。

また、長期化するようであれば学校に行きたいけど行けない子たちへのサポートも考えねばならないと感じています。また何か意見があればいただけると幸いです。

 

【参考文献】

柳治男(2005)『<学級>の歴史学』講談社選書メチエ

海原徹(1993)『松下村塾の人びと』ミネルヴァ書房

日本の非常事態宣言の出口戦略について考えてみる

前回のエントリーで日本、韓国、中国、シンガポールの4か国を比較して、各国の新型コロナ対策の違いから文化的な違いを考察しました。

 

これらの国において、日本は不幸にも最初のクラスター対策が成功していたからこそ、3月中旬に自粛に対する緩みが生じ、それがちょうど欧米での感染拡大期(第2波の流行)と重なってしまった結果、日本中での感染拡大がみられています。その結果、2020年4月7日に安倍首相が「緊急事態宣言」を行いました。4月11日現在、期間は2020年5月6日までの1カ月間とされています。

 

しかし、1カ月という短期間で緊急事態宣言を解除することが本当にできると思っている人はどれくらいいるでしょうか。厚生労働省のクラスター対策班で数理モデルによるデータ分析をしている西浦博先生のインタビューを見てみると厳しいことがわかります。

80%だったら診断されていない人も含めて感染者が100 人まで戻るまでは15日間、それに感染から発病、診断など目に見えるまでの時間が15日加わり、1か月間だという話をしました。

それが、もし65パーセントだったら、感染者の数が減るまでに90日かかります。90日プラス15で105日かかるんです。あまりにも長くかかる。

仮に80%の人との接触減ができたとしても、1カ月後にようやく緊急事態宣言解除の判断が可能になるということです。さらに、GoogleのレポートNTTドコモの分析などですでに報告されているように現状では30~60%くらいの接触減であり、最短ルートでの解除はすでに厳しいようにみえます。

そこで考えたいのは、「どれくらい日本の緊急事態宣言が長引くか」ではなく、「宣言の解除の条件はどうあるべきなのか」という出口戦略です。最短でも1カ月、むしろ長期戦になる様相の新型コロナ対策ですが、多くの人は「二度と同じような自粛をしたくない」というのが本音だと思います。そのためには、ある程度は安全に生活できるための条件が揃う必要がありそうです。以下、いくつかのシナリオを検討してみましょう。

 

1.シナリオ①:5月6日からすべての社会経済活動再開するケース

最初に検討するシナリオは、「1カ月も我慢したのだから、早くすべての社会経済活動を再開させよう」というケースです。5月6日には首相からの緊急事態宣言の解除やそれに伴う経済刺激策(お肉券、旅行補助など)が行われたと仮定します。

その時点での全国の新規感染者数の数によりますが、10日の約600人よりは半分くらいの約300人に減っているとしましょう。3月の末であればそれでも大きな数字でしたが、5月にもなると4月の感染者数が多いので、感覚がマヒして「かなり減った」と感じてしまいそうです。

そこで、5月6日から多くの飲食店やライブハウス、クラブ、バー、学校などが再開されるとどうなるでしょうか。おそらく、まだまだ残っている感染者からどこかで誰かが感染していきます。そして2週間後には再び感染者数が大きく増加し始め、最悪の場合はオーバーシュートとなってしまいます。

ということでこれは最悪のシナリオですが、比較的想像しやすいケースなので、そんなに早急な経済活動の再開には慎重になるはずでしょう。

 

2.シナリオ②:社会経済活動を順に再開させるケース

次に検討するシナリオは、「1カ月して新規感染者も減少してきたから、優先度の高い仕事から順に再開させよう」というケースです。5月6日から順次社会経済活動を再開させます。その際の順番ですが、ここは上海市を参考にしようと思います。

  1. 上海市内にいる社会人の職場復帰
  2. 飲食店、家政(お手伝いさん)、ヘアサロン・美容室の一部再開
  3. 博物館23館、美術館17館、図書館や文化施設33カ所が営業再開
  4. ゲームセンター、カラオケ、インターネットカフェ、大衆浴場などの営業再開
  5. 学校の再開(予定)
  6. 劇場、映画館、屋内プール、地下スポーツ施設の再開(予定)

上海では1月24日に春節に入って以降、休業が続いていましたが、まず2月10日以降に社会人の職場復帰が始まりました。休業してから約3週間後のことです。しかし、この時点ではまだまだ工場などは停止しています。

その後、2月18日以降に新規感染者がほぼ0人という状態になります。それから10日ほどの2月29日にはショッピングモールと百貨店は95%程度、コンビニは91.4%、Eコマース業界の主要な企業が再開したと発表されています。それと同時に、飲食店や美容室などが許可制で再開できるようになりました。(JETRO ビジネス短信

つまり1か月後に再開しているのは、「オフィス勤務のビジネスマンと小売店および、一部の飲食店」です。

さて、それからさらに2週間ほどして3月16日には、一部の娯楽産業を除いたすべての産業で営業の再開が許可されています。このあたりで工場なども徐々に再開してきています。これが約2カ月後のことです。(JETRO ビジネス短信

 そして、4月になってからは郵便や出前等をする人のマンションへの出入りも許可されました。また、4月27日以降は順次学校も再開される予定です。これが約3カ月後のことです。一方、今でも映画などはまだまだ再開の目途が立ってはいません。

新規感染者数の数で日本と上海の社会経済活動のリスクはかなり違うと思いますが、同様の順番で経済活動を再開させるとするならば、5月6日で再開できるのは「自粛要請を行っていない業種のみ」ではないでしょうか。つまり、5月6日時点では、それほど現状と変わりません。その後、1カ月近く遅れて、リスクの低い業種、さらに数週間から1カ月遅れて学校が再開されるようなイメージです。そう考えると、このシナリオでも学校が再開されるのは6月末~7月になりますし、コンサートやイベントの再開は見通しがつきません。

 

3.シナリオ③:新規感染者数を0にしてから社会経済活動を再開させるケース

シナリオ①やシナリオ②は、5月6日時点での新規感染者数が何人かはあまり重視せずに考えたシナリオです。しかし、現状から考えて日本の再生産数は1を超えている様子であり、1カ月後の5月6日時点でそれほど新規感染者数が下がっている可能性は低いとみています。

本来、出口戦略で重要なことは「8割の接触を減らす」までしなくていい状態にすることです。そのための条件は、「①新規感染者を限りなく0にしておくこと」および「②地域外や海外からの輸入症例は徹底して空港で抑えること」だと思っています。

①についてですが、数十人の新規感染者が出ている状態で普通の社会経済活動を再開してしまうと、また感染拡大が始まり「緊急事態宣言2」みたいなのが行われかねません。そこで必要なことは、「接触するであろう相手が新型コロナ感染者ではないと信頼できること」が必要であり、そのためには潜伏期間も考慮して新規感染者が0になっている状態が2週間は続いていないといけません。

②についてですが、地域内で収束すると今度は都道府県境や国境を越えての輸入症例に気をつけるようになります。これは今すでに多くの国が鎖国状態となっていることからもわかると思います。すでに新規感染者が0の地域や国同士は行き来ができそうですが、そうでない場所からの入境者には「拒否」もしくは「14日間の施設等での隔離」を要求するようになります。

ここまですることを考えると、①が達成されるには、「ロックダウン」のような強力な接触減が必要になります。この「ロックダウン」への方針転換をしてからの1カ月以上の期間+新規感染者0の期間を2週間をようやく出口が見えることになります。必要となる期間は3~4カ月ではないでしょうか。

この場合では、全面的な社会経済活動の再開は7月以降、そして学校の再開は9月以降と考えるのが良さそうです。

 

4.まとめ

以上、3つのシナリオを考えてみましたが、この中で一番良いシナリオはおそらくシナリオ②だと思います。ただし、そのためには感染拡大を起こさずに社会経済活動を再開できるくらいの感染状況にしておかなければなりません。そのために西浦先生が言うように「8割の接触減」が必要なのです。

「当たって砕けろ」的にシナリオ①が選ばれる可能性はないと思いたいのですが、今の状態だとシナリオ③に近づいていきます。これだと経済的にも精神的にもつらい。1人1人が意識して人との接触を減らし、なるべく早く多くの活動を再開できるようにしましょう。

各国のコロナ対策の違いから考える文化的相違

昨今、欧米や東京での新型コロナ感染の拡大が極めて深刻な状況のなか、欧米や東京で生活する学生の皆さんには、とても先行きの見えない不安な日々が続いていることと思います。

 

一方で、今回の新型コロナについて、いろいろな観点から学ぶことはあります。各国の政府の対応の違いから政治を学び、各国で起こっている人種差別から心理学や社会学を学び、あふれる情報の伝播からコミュニケーションを学び、感染者数の増加予測からデータ分析を学ぶこともできます。

 

私は、これを学習機会にして欲しいと思っています。そこで、今日は各国のコロナ対策の違いについて私自身が考察してみようと思います。参考にするのは以下の資料です。日本の対策はクラスター対策班の資料、韓国の対策はYoutubeでのインタビュー、シンガポールや中国の対策についてはそれぞれ査読前論文から情報を集めました。

 

1.Coronavirus Disease (COVID-19) – Statistics and Research

2.实时更新:新型冠状病毒肺炎疫情地图

3.押谷仁「COVID-19への対策の概念」クラスター対策研修会(2020年3月29日)

4.新型コロナクラスター対策専門家twitter

5.韓国の医師Kim Woo-joo(Korea University Guro Hospital)のインタビュー

You Need To Listen To This Leading COVID-19 Expert From South Korea | ASIAN BOSS

6.Amna Tariqら"Real-time monitoring the transmission potential of COVID-19 in Singapore, February 2020"

7.Nian Shaoら"CoVID-19 in Japan: What could happen in the future? "

 

これらをもとに、日本、韓国、シンガポール、中国の4か国のコロナ対策の違いと、「なぜそのような違いが生じたのか」についてまとめてみようと思います。

 

1.現状の各国比較

まずは4か国の現状を分析します。3月23日から4月3日までの新型コロナ感染者および死亡者数は以下の図のように推移しています。日本は他国と比べ傾きが緩やかなのがわかります。

f:id:shanghai-education:20200404125108p:plain


表にまとめてみると以下のようになります。この表をみたとき、今回の新型コロナというのは、かなり恐ろしいウイルスだと感じました。

f:id:shanghai-education:20200404131550p:plain

ここではシンガポールは国の広さや人口が大きく違うため、あまり比較対象にならず、日中韓の3か国のみを比べます。日本は、韓国や中国と比べて、死亡者数の増加1人当たりの感染者数の増加が多いことがわかります。つまり、日本は感染者が増えるわりに死亡者が少ないということです。

その理由は「中国や韓国の医療水準が低いから」ではないはずです。そもそも有効な治療法がない今回のケースで、それほどこの3国による死亡率の違いが出るわけではないと考えられます。あるいは「日本の新型コロナウイルスは弱いウイルスなのではないか」や「日本のBCGに予防効果があるのではないか」などその他の説明がされる場合もあります。しかし、それらはまだ科学的な検証がされておらずこれ以上は言及しません。

私が考えているのは「感染者が死亡するまでにかかる時間が長い」ということです。実際、最初に感染の中心地となった中国湖北省では、3月11日には新規感染者数が1ケタの8人しかおらず、3月16日以降、ほとんど新規感染者は出ていないことになっていますが、現在でも感染者が834人います。この多くは入院を必要とする程度の重症なのだと考えられます。そうすると、「死亡者の増減は、感染者の増減から3週間以上のラグがある」と考えるべきだと思われます。何てしつこいウイルスなんだと思います。

つまり、死亡率は感染が減少し始めてもしばらくの間上がり続けます。日本は仮に今の時点で感染拡大が収まったとしても1カ月程度は死亡者が増加していくと考えられます。日本はまだまだこれから新型コロナウイルスの影響を本格的に受けていくのだと考えられます。

 

次に、どうしてこのように新型コロナウイルスの影響の時期に違いが生じたのか、各国の新型コロナ対策の違いをもとに考察したいと思います。

 

2.各国の対新型コロナ政策の違い

日本、韓国、シンガポール、中国ではそれぞれに対策の方法として違いがみられます。こうしてまとめてみると各国の戦略の違いが明確にわかります。

 

f:id:shanghai-education:20200404182205p:plain

【中国のケース】

まず中国です。中国は武漢が感染の中心地になったことから1月23日に武漢の封鎖を行いました。そのとき上海にいた私は「中国はやることが強制的だな」とくらいにしか思いませんでした。その後の1月下旬以降、北京や上海でも外出の自粛や集会の禁止、休校、春節を伸ばすことによる企業活動開始の延期などが次々と行われ、徹底的に人同士が接触する機会を減らすようにしました。

こうした強力な社会経済活動の停止をともなう感染拡大対策を素早く行った背景には、中国の研究者たちによる数理モデルを用いた分析によると考えられます。復旦大学のNian Shao氏らも徹底した感染者の隔離の重要性を訴えています。中国では早い段階からこのような計算が行われ、たとえ経済活動が停滞したとしても、人の接触を減らす以外に感染拡大を防ぐ方法がないと考えているのだと思われます。

3月以降は海外からの輸入症例が多くなり、重点対象国のリストにある国から入国した人に14日間の自宅か施設での隔離を義務付けました。さらに、3月28日以降には全ての外国人の入国を制限しています。

【シンガポールのケース】

次にシンガポールのケースを見てみましょう。シンガポールでの最初の感染者は2020年1月23日の中国人観光客でした。さらに、2月4日以降には中国人観光客が訪れたYong Thai Hangという漢方店で最初のクラスターの発生が発見されます。以降、複数の中国人観光客が訪れた施設等で小規模なクラスター内での感染が発見されます。

そこでシンガポールが取った対策は、クラスターの早期発見と徹底した感染者間のリンクの追跡でした。(ここは日本の初期の対策に近いと思います。)以下のように感染経路を細かく追い、そしてそれ以上の感染拡大を防ぐというものです。

f:id:shanghai-education:20200404154652p:plain

その結果、基本再生産数が2月には1前後だったのが、3月9日には0.9になったと、Amna Tariq氏らが計算しています。その後、海外からの入国者たちの感染が増えたため、3月23日からはすべての外国人の入国を禁止する措置をとりました。

シンガポールの場合、国内での国土や人口規模の小ささから考えて感染者全員を追跡するのが可能であったと思われます。しかし、それであってもリンクを追うことができない感染者が一定数いたり、集団での大規模感染のリスクはあることから、4月3日には1カ月の学校等の閉鎖が発表されています。

 

【韓国のケース】

現時点で、韓国は新型コロナウイルスの封じ込めに最も成功した国と世界的に捉えられています。そんな韓国ではどんな対策が取られてきたのでしょうか。もともとは1月~2月前半には大規模イベントの自粛等の要請を行っていました。しかし、2月18日以降、大邱で宗教団体の感染が確認され、その後日を追うごとに感染者が増えてしまったのです。ここからの韓国の対策が注目すべきところです。

まず、1日平均でも15,000件の検査を実施し、陽性者は全員施設での隔離を行いました。なぜ韓国ではそこまで大量の「検査」を実施できたのでしょうか。医師のKim Woo-joo氏のインタビューを見るとその理由が少し見えてきます。2015年のMERSが韓国で流行したとき、「ワクチンや治療法はすぐにはできない。しかし検査キットはすぐに作れる」と判断し、研究開発や資金調達、そのための法整備などを整えてMERSを乗り越えた経験があると言います。今回の新型コロナウイルスでも韓国はいち早く検査キットを開発し、大量の検査、陽性者の隔離を行っていき、それが大規模な感染拡大を防いだと考えられています。

さらに、3月以降には欧米からの帰国者たちに対する対策も打ちました。3月22日以降、韓国に入国した全員に対して検査を行い、陽性者のうち重症者は入院、軽症者は施設に入居、そして陰性であっても14日間の自宅隔離を義務付けています。そして自宅隔離者にはアプリをインストールしてもらい、1日2回の健康報告を義務付けています。ただし、中国やシンガポールと違い、韓国は現時点では外国人の入国を禁止するまでには至っていません。

 

【日本のケース】

最後に日本のケースを見てみます。日本は、シンガポールよりも早く、2020年1月15日から感染者が確認されていました。その後、武漢での感染拡大を受け、日本人を対象としてチャーター便の手配や隔離施設(ホテル)の準備など、いち早く対応を行いました。また、日本で新型コロナウイルスが注目されたきっかけが2月3日のダイヤモンドプリンセス号での感染確認でした。それによって日本全国での新型コロナウイルスへの警戒は高まっていたように思います。

そして、東京や和歌山、北海道、大阪などでクラスターが発見されても、シンガポールのように徹底的に追跡と検査を行い、感染の連鎖を断ってきたと考えられます。同時に大型イベントの自粛要請や学校の全国一斉休業などによって、大規模感染のリスクは大きく低下させることができたと考えられます。専門者会議ではその時期を「第1波の流行」としています。

f:id:shanghai-education:20200404193041p:plain

しかしながら、3月中旬以降「大型イベントの自粛を一部緩和」や「学校の再開」との報道があって自粛が緩んだ時期に、ちょうど欧米での感染拡大も始まりました。そして飲み会や懇親会などを通じて、クラスターが東京や大阪を中心に多発するようになっています。これは「第2派の流行」とされています。この時期に日本の感染対策が緩んでしまっていたことをとても危惧しています。先にも「日本はまだまだこれから新型コロナウイルスの影響を本格的に受けていく」と書きましたが、各国との対策の比較をしてみるとさらに不安が募ります。

 

3.対策の違いからみる各国の得意・不得意分野

さて、今回の目的は4か国の新型コロナ対策の違いから各国の文化的な違いを考察することです。

 

まず、「初動の丁寧さ」や「地道な追跡調査」については、日本やシンガポールが他の2国よりも優れているように見えます。中国や韓国では、日本やシンガポールで見られるような丁寧な追跡調査はできておらず、早い時期での感染拡大を引き起こしてしまっています。

一方で、韓国が優れているのは「検査キットの開発」です。ウイルス感染症を多く経験してきたからこそ、いかに早く全容を把握し、感染の拡大を止めるかを徹底して考えています。

また、中国が優れている点は、「さまざまなデータ分析による予測」です。武漢での感染拡大以降、数カ月のうちに中国から数えきれないほどの論文の発表がされており、様々なレベルでのデータ分析がされていました。それを受けて「政治的な強制」によって都市をロックダウンしたところも強みと言えなくもないですが、そこは諸刃の剣だと思います。

こう見ると、各国がそれぞれの優れたところを活かして「第1波の流行」を抑えたというのはとても興味深いところです。

 

ところで、日本は「第2波の流行」の前にとても大きな弱点を見せたように思います。その日本の弱点とは「柔軟に変化に対応ができない」ところです。一度「自粛が緩和されるか」と報道されると、欧米の流行が起こっていることへの警戒を解いてしまい、他の3ヶ国が自粛を続けたり入国禁止や隔離措置を設けるなか、日本は対応が後手に回ってしまった印象です。

日本は運が悪かったとも言えます。韓国や中国は「初動の雑さ」が弱点であり、早い時期に感染を拡大させてしまいました。しかし、それによってその後の欧米からのウイルスの流入に警戒心を保つことができています。一方、日本がクラスター対策班の専門家の努力によって、感染の連鎖を効果的に断ち切れていたため、警戒が緩んだときに「第2波の流行」が来てしまいました。大阪や北海道などのクラスターが発生している時期であれば警戒していたのでしょうが、タイミングが悪かったとも言えます。

しかし、これからは柔軟に対応する必要があります。いまだに「学校は予定通りに再開する」と言っている人たちがいるのは心配です。今回の新型コロナウイルスはとてもやっかいなウイルスであり、状況の変化によってその都度に対応を変える必要がありそうです。

塾の先生が「日本の自粛期間を続けるべきか」を計算してみた

今回の新型コロナで学校やイベントがお休みになっていますが、「いつまで自粛すればいいの」というのがみなさんの関心事になっていると思います。普段、数学や英語を教えている身として、「英語で海外の文献を読み、数学を使って計算してみて欲しい」と思い、まずは自分でそれをやってみました。

※4/4(土)に一部修正をしました。

 

参考にした論文は以下です。

1. Alex De Visscher A COVID-19 Virus Epidemiological Model for Community and Policy Maker Use

2. Hiroshi Nishiuraら Closed environments facilitate secondary transmission of coronavirus disease 2019

3. Nian Shaoら CoVID-19 in Japan: What could happen in the future? 

 

ただし論文にあるモデル通りに自分で計算するのは難しいので、ここでは単にすでに計算されているデータを使うことにします。計算は違う機会にSEIRモデルで計算をしてみたいと思います。

 

今回の論文を見る限りでの結論を先に言うと、「いったん自粛をやめると一気に感染が拡大する」というものでした。つまり、「自粛はいつまで続くか」の答えは「治療法が確立するか、偶然にウイルスが弱まるまで」という何の見通しもないものでしかありません。

もし、いつまでかをある程度計算できるようしたいのであれば、他の国々のような強力な社会の移動制限策を取ることしか現状では科学的な示唆がありません。

 

1.何も対策をしない場合のシナリオ

前提として、Alex De Visscher氏の論文にあるモデルを使います。人口1億人、感染者が111人(初期症状:100人、軽中程度症状:10人、重症:1人)の状態の国が想定されています。ちょうど日本にあてはまりそうな初期状態です。

 

次に、1人がどれだけの人に感染させるか(これを再生産数=Rという)を計算します。Rは次の計算で求められます。

R=(感染率)×(感染期間)

例えば中国以外の国々では、4日間で約2倍の感染者数になっていることから、4日で1人が別の1人に感染させていると考えます。そうなると、感染は1日あたり0.25人増えていることになるので、感染率は0.25(人/日)です。さらに、感染期間が11.28日とすると、

R=0.25×11.28=2.82

となります。

 

つまり、感染した人は治るまでに1人が2.82人に感染させるという計算です。そして、何も対策が行われないとすると、この割合で感染が広がり続けます。そのグラフが以下です。

f:id:shanghai-education:20200322134522p:plain

黒い線が全人口、青い線が感染者数、赤い線が死者数です。縦の目もりは、0,10,100…と指数関数的に増えています。

Alex De Visscher氏の計算では、12日後に1,000人、1カ月で24,000人、2カ月で3,900,000人という途方もない人が感染することになります。3~4カ月で死者も100万人をこえます。これは恐ろしい、ということで各国で対策が取られているのです。

 

2.自粛+感染者の追跡によって感染を抑える場合のシナリオ

では、日本のように自粛を行い、感染を抑える戦略はどうでしょうか。Alex De Visscher氏の論文中では"flattening the curve"戦略として書かれています。感染者が2倍になる日数を4日から8.48日に延ばすと仮定すると、このとき、R=1.81になります。日本の専門者会議では日本のR(再生産数)は1前後と言っていたので、それよりは高い再生産数です。ここでは、少し自粛ムードが緩んだケースだと思ってください。

 

さて、グラフが以下のようになります。ピークが180日目前後に来ているのがわかり、対策なしの場合の80日前後よりは、ピークを遅くすることはできていますが、最終的にはかなりの感染者数や死者数になることがわかります。

f:id:shanghai-education:20200322135139p:plain

1カ月で2~3,000人のところまではまだいいのですが、その後1カ月で10倍ずつになり、2カ月目には2~30,000人に増え、3カ月目には2~300,000人までに増えます。Alex De Visscher氏も、"Clearly, flattening the curve is an inadequate strategy for fighting the COVID-19 pandemic."(明らかに、感染抑制策はCOVID-19の大流行に対処するには不十分な戦略である。)と述べています。

 

もともとが再生産数R=3前後で、治療法もないようなウイルスに対して、少しばかり感染率を抑えた程度では感染者数が爆発的に増えてしまうことは避けられないことがわかります。しかし、発症するまでの時間や感染者が爆発的に増えるまでにどうしても時差があるため、それほどの脅威として実感がしにくい。その結果「なんでいろいろ自粛しないといけないの」という疑問が生じてしまう。それがこの問題の扱いを非常に厄介にしている点に思います。

 

そもそもなぜ日本では再生産数Rが1前後に落ち着いているのでしょうか。それを知るには北海道大学の西浦博教授の論文を読むのが良さそうです。"with such a reduction in contact the reproduction number of COVID-19 in Japan will be maintained below 1 and contact tracing will be sufficient to contain disease spread."(このような(密閉空間での濃厚な)接触の減少によってCOVID19の再生産数が1未満を維持し、接触履歴の追跡によって十分に感染の拡散を抑えられるだろう)とあります。これまで日本では他国の比にならないほど真面目に自粛が行われてきたということです。確かに大規模なコンサートなどは総じて中止になっていました。加えて、一部で発生した集団感染をいち早く見つけ、徹底的な追跡を行うことでさらなる感染拡大を防いできていたということです。この地道な努力によって1前後の再生産数に落ち着いていたと考えられます。

 

逆に言うと、大規模イベントなどの自粛をやめてしまうと、接触履歴の追跡が追いつかなくなり、拡散が防げなくなります。3月19日の専門者会議で西浦教授が、「努力は水泡に帰してしまうかもしれない」との発言がありましたが、その通りなのだと思います。この3連休で一部のイベント開催などがされていますが、やはり今はまだ時期尚早に思います。

 

ともあれ、「自粛+感染者の追跡」では感染者が増減はあるものの一定程度出続けることになり、収束に向けてのイメージはいつまでもわかず、ウイルスがなんらかの形で収束するまで延々と自粛を続ける必要がありそうです。

 

3.「社会的距離」戦略のシナリオ

そして、今多くの国で取られている方法が"Social Distancing Intervention"のシナリオです。「社会的距離」戦略といわれています。

 

「社会的距離」とは、人との接触をなるべく避けることです。そのために、単なる外出などの自粛ではなく、公共交通機関を止め、通勤・通学もすべて停止させ、自宅待機などによって強制的にRを1以下にする「ロックダウン」の方法が取られやすいです。人に接触する機会が大きく減るので、当然Rは1を大きく下回ります。ちなみに、復旦のNian Shao氏らの論文を見る限り、私の滞在している上海や中国のその他の都市ではこの戦略をとったあとの再生産数は劇的に下がり、R=0.3くらいになっていました。

 

Alex De Visscher氏のモデルでは、R=2.82の状態で30日が過ぎた後に、社会的距離戦略をとってR=0.85にした場合で計算しています。グラフが以下になります。

f:id:shanghai-education:20200322144329p:plain

対策をとった30日以降、徐々に感染者数が減少しているのがわかります。しかしこの場合でも、死者は増え続け、8カ月後の死者数は1770人になり、またその後でさえ死者数は微増します。

結局は感染が0になるわけではないのですが、他のシナリオと比べると感染者数を減少させることができます。感染者数が一気に増加した欧米の各国で、会社への通勤までを禁じるような自宅待機を命じるのも、他に有効な対策がないということが背景にあります。

 

さらにここで注意したいことは、社会的距離戦略をとったとしてもすぐに効果はでないということです。社会的距離戦略をとり始めてからの最初の30日はあまり死者数も減らず、効果がないように感じられます。しかし、だからといって途中で緩めるようなことをすれば最終的にはかなりの死者数の違いが出てくると警鐘が鳴らされています。

 

もし、強力な社会的距離戦略をとれば、上海を例にとってみてもよりRを小さくすることも可能でしょう。その場合、1~2カ月で確実に収束が見えてくるようになり、例えば上海ディズニーランドの一部商業施設も1カ月半ほどで再開することができるようになりました。もちろん、大規模イベントなどはまだまだ再開はできませんが、そのようにリスクの低いものから徐々に社会活動が再開できるようになるはずです。

 

4.まとめ

さて、新型コロナウイルスにどう対処していくべきでしょうか。

 

そもそも、今回の記事を書くきっかけは、3月19日の専門者会議の会見でNewYorkTimesの記者が「なぜ社会的距離戦略をとらないのか」というような質問に対して、北海道大学の西浦博教授が「今まで国民のみなさんに一定の協力をしてきていただいた。これからのことはみなさんと話し合いたいと思っている。自粛よりも強固な行動の制限を長く続けられますか。」という話していたことです。

 

それを判断するためには計算が必要だと思います。私は子どもたちに「算数・数学は未来を予測するためのツールだ」と言ってきました。今回の新型コロナウイルスは、その数学の大切さを強烈に教えてくれているように思います。今の実感としては別に大したことがなくても、将来のリスクを考えて早く対策をして欲しいのです。

 

自粛を続けない限りは日本国内での感染爆発が起こるのは計算上避けられません。そもそも自粛なんていつまで続くかわかりません。しかし、緩めば感染爆発が起こる可能性が高い。それならば、まだ効果が科学的に証明されている社会的距離戦略をとるべきではないでしょうか。

 

さて、みなさんはどう思われますか。