わたしには何も見えていなかった

 

 あのべスアでの悲劇は、半年以上経った今でも鮮明に思い出され、簡単に私の心をえぐっていく。

 

 まるでドラマの結末を知った後に気づく伏線のように、9uarterでじゅんのの涙のワケに不安になったあの日や、去年のいつ頃からだったか、たっちゃんのじゅんのに対する言葉や眼差しが優しくなったなあと感じた日を思い出した。

 

 わたしは何も見えていなかった。

 

 絆を深めた4人が、ただただ仲良くなっていったんだなあなんて微笑ましく見てた。

たっちゃんがこんなにもじゅんのを褒めたり、甘やかしたり、優しい言葉を投げかけたりするようになるなんて、嬉しいなあ~かわいいなあ~なんて。私の頭の中は完全にお花畑だったわけだ。水面下で起こっていることに1ミリも気づかす、幸せな奴だったわけだ。

それくらい、4人が4人でいることを信じて疑ってなかったんだ。

 

 わたしは何も見えていなかった。

 

 KAT-TUN4人のラストパフォーマンスとなったMステでの亀梨和也を見て、「つよがりだ」と初めて思った。それまではずっと「亀梨和也はつよい人」だと思っていた。気丈な人ほど実は弱いとかよく言うけれど、私は、亀梨和也は本当に根っからのつよい人なんだと思い込んでいた。

馬鹿としか言いようがない。

けれど、そんな私でさえもあの日はそうは思えなかったんだ。「アナタハ ドコマデ ツヨガルノ」と何度も何度も問いかけたのに、彼はこみ上げる悔しさや悲しみを全て吐き出すかのように強く歌い続けるから、もう私の心も壊れる寸前で。

そして、たっちゃんの震える声にもう耐えられなくなった。私はどうしたってつよがれなかった。背中で泣くたっちゃんを見た瞬間、走馬灯のように私の見てきた12年の出来事が思い出され、じゅんのが去ってゆくどうしようもない寂しさと、ボロボロになっても強く羽ばたこうとする3人の姿に涙が止まらなかった。

わたしはなにも知らない。知れない。これからも。


そう思っていた。勿論、出会う前のKAT-TUNの全てなんてどうやったって知り得ない。
ただ、10Ks!の最終日の彼らを見て、言葉にできない彼らの歴史を垣間見た気がした。最後まで亀梨和也KAT-TUN亀梨和也であり、涙を流すことはなかったけれど、隣に上田竜也と中丸雄一がいることを確かめた時に奥歯を食いしばって、自分を奮い立たせる表情を見せたときはこみ上げるものがあったし、子どものように泣くゆっちを「しょうがないなあ」とでもいうように優しい聖母のような笑顔で包む彼を見て、「強がることが、彼が彼で居られるための方法なんだ」と思った。

だからって決して無理をしてないわけじゃない。デビュー前からずっと、人一倍もがき苦しんで、積み重なるプレッシャーを一人で抱え込もうとしながら絶え間ない努力をしてきた人だ。普通の人間ならとっくの昔に倒れているのに、彼は立ち続けている。

それはやはり、彼にとって「KAT-TUN」であり続けることに意味があり、尚且つ、KAT-TUNを一緒に背負ってくれる上田竜也と中丸雄一という仲間がいてくれるからなんだと。KAT-TUNじゃないと意味がない、1人じゃ意味がないんだとさえ言いそうな彼を見て、今度はこっちが「しょうがないなあ」と頬を緩めてしまったよ。

 


 たっちゃんは、あんな見た目だけど心がウユニ湖のように綺麗で、プレパラートのカバーガラス並みに繊細で脆いことも、優しさの塊みたいな人だってことも、ファンはみんな知ってたんだけど、泣きべそかいてるゆっちに大きく腕を広げて大きな懐へ迎え入れてあげたり、泣きすぎてまともに歩けてないゆっちの後ろ姿を本当に見たこともない愛おしそうな顔で見守る上田竜也に、また込み上げるものがあって。

Jr.の頃はあんなにビービーすぐ泣いてたのになあって。いつの間にかこんなに強くなっちゃって(Mステで泣いたけどあんなのしょうがない。無理だもんね)…って、お母さんのような、近所のおばちゃんのような目線になっちゃたわ。
本当に、彼自身も変わったけど、知っていくうちにメンバーの中で一番イメージが変わった人。
KAT-TUNを好きになり始めた頃は、じゅんのとたっちゃんがよくわからなくて、特にたっちゃんなんて絶賛  “妖精見えるキャラ設定の時期”  だったから不思議を通り越して小学生の自分にとっては苦手な人だったのになあ。今じゃそれも笑い話。

なんならこれからも上田竜也のキャラは良い意味で定まらないでいてほしいし、こっちが戸惑うくらいにまだまだファンの知らない表情をどんどん見せてほしいと思ってる。

 


そして、ゆっち。

ほんとにあなたはしょうがない人だ。
もしかしたら一番分からない人かもしれない。昔はゆっちのことをKAT-TUNのお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってたけど、まあビビりだし、平気な顔して結構ドぎついこと言うし、メンバーには目じり下げて笑い皺を惜しみなく見せるのにファンには基本死んだ魚のような目向けるし。コワいし。帝王だし。

なのにこういう時には泣いちゃうのが中丸雄一。
うんうん、分かってるよって、しょうがないなあって。結局この人もファンの母性を全開にさせるんだよね。

どんな時でもグループ全体を見て行動してきた人。時にこだわりが強くってなかなか折れない部分もあるけど、それは彼の信念であり、彼もまた一本筋の通った人。
そして、亀梨和也とはまた違ったところでKAT-TUNを背負い、自らを責めてきた人。
リーダーの居ないグループだけど、年長っていうのと、自分は俯瞰で物事を見れていたはずだったのにっていう思いが強かったんだろうな。きっとこれからも過去を振り返っては自分で自分を責めるんだろうな。ファンがどれだけゆっちのせいなんかじゃないよって言ったところで、彼の傷を癒すことは出来ない。癒せるのは、前で手を引いてくれる亀梨和也と、後ろからあたたかく見守り、時に大きな愛で受け止めてくれる永遠のシンメ、上田竜也。そして、ここからの未来しかない。

 

これほどまでにしょうがない3人なのに、どうしてか「しょうがないから付いて行ってやるよ」じゃなくて「付いていきます」って思わせるんだもんなあ。ほんとによくわからない、見えない何かで繋がれているんだよな。KAT-TUNとファンは。

わたしにとってその繋がりは誇りであり、宝物であり、特別で、墓場まで持っていくと決めたもの。


重いって言われたっていいさ。
6人も5人も4人も3人も1も1も1も全部の時代を抱いて、全部の想い出を抱いて墓場まで持っていくんだ。だけどまだまだ私たちの想い出は足りないよ。まだまだだよ。これからだよ。

充電期間が明けたら、剣でも銃でも持ってくから、錨を上げて、帆を張って、また旅に出かけよう。まだ見ぬ世界を、KAT-TUNは見せてくれるし、私たちなら見れると信じてる。


ドームで待ち合わせできる日を楽しみに待ってます。

 

ああ!10Ks!DVDが待ち遠しい!!!!!!!