僕は古本を知らない

古本や本全般についてのブログです

              2017年3月19日(日)   

            『鬼子母神通り みちくさ』市レポート

 

 なんてこった。3月のみちくさ市のレポートを書かずじまいで軽く2か月が経過してしまった。多忙が原因だったのだが、それでもせめて終了から1か月以内に書こうと思っていたのに、不忍一箱古本市の準備がぎりぎりになってしまい、書く時間がなかった。5月になってようやく多忙からある程度解放されたので、そろそろ書くことにしたい。

 

 と思ったのはいいものの、1か月以上も放置していたこのブログ、誰も覚えていないだろう。これはいけない。そもそも、ブログをはじめた動機の1つとして、一箱古本市初心者の人でも楽しめる一箱古本市レポートを書くということがある。開催から1か月以上経ってしまった一箱古本市のレポートを書いても仕方ない気がするので、ブログをはじめたもう1つの理由である、古本仲間たちに読んでもらってみんなで楽しみたい、という方針で今回は書こうと思う。

 

 というわけで、今回は固有名詞連発の思いっきり楽屋話、内輪ネタの回になります。

 

 去年の5月に『ブクブク交換@ますく堂の仲間たち』という屋号で、池袋の『古書ますく堂』で定期的に開かれていた(現在は場所を移動)ブクブク交換の常連たちでグループ出店して以来、久しぶりのみちくさ市となる。単独店主で出店したのは去年の3月が最後だから、ちょうど1年ぶりになる。

 

 他の一箱古本市とは違い、みちくさ市には地元の友人とグループで出店しているので、いつもより荷物を多めにして10時過ぎぐらいに雑司が谷鬼子母神通りに到着。早速受付に向かう。

 

 商店街の通り道におなじみの顔を見つけ、受付で久しぶりの顔をいくつも確認して、以前と同じように手続き。見なれた光景、ふだんどおりのみちくさ市。「帰ってきた一箱古本市店主」として、僕はみちくさ市に帰って来たのだ。なんだか帰還兵になったような気分だ。水木しげるも、南方戦線から鳥取に帰って来た時、今の僕の何百倍もの感慨が生じたのだろう。

 

 受付を済ませ、出店場所である立川歯科前に向かう。歯科前入り口が定位置出店場所となっている朝霞書林さんが準備をしていたので、久しぶりのあいさつを交わす。

 

 今回は復帰・屋号変更第1弾ということで、いつもの『水木しげる祭り』を行なうことにした。第4回目の『水木しげる祭り』だ。さっそく段ボールやかばんに入っている本を相棒と一緒に並べていく。

 

 『水木しげる祭り』では、毎回水木しげるに関係している本や著者のものを並べるのだが、怪奇系店主は去年で引退したので、今回は怪奇系にこだわらず、広範囲に(強引に)水木しげるとの関係を見いだし、選書した。

 

 10時40分ごろには『第4回水木しげる祭り』の準備が終わる。今回はいつもよりディスプレイにこだわり、ねずみ男の金色貯金箱を持っていった。他に、友人が発案した、積み込みカートにゲゲゲの鬼太郎トートバッグをかけるという演出をしてみた。水木しげる作品の妖怪バッジや妖怪フィギュアも少し持っていったので、見ばえはいつもの『水木しげる祭り』よりもよかったはず。

 

 そしてここから、かつてなかったような怒涛の展開となる。11時前の準備が完全に整う前段階から、とにかく本が売れまくるのだ。それも複数冊購入するお客さんが多い。バッジやフィギュアも含めて売れる売れる。

 

 スリップ関係の細かな作業をやりながら販売していたのだが、とにかくひっきりなしにお客さんが訪れ、本を購入されるので、作業が追いつかない。販売はほぼ相棒に任せる状態になってしまった。

 

 スリップは残っているのだが、とにかく忙しかったので、どんなお客さんが何冊購入したのかほとんど覚えていない(更新が2か月遅れになってしまったというのもあるが)。ただ、はっきり覚えている場面もあり、水木しげるマンガを4冊同時購入したお客さんがいたのがすばらしかった。値引きするといったところ購入していただき、お友達も別の本を値引きで購入した。

 

 12時までの段階で本だけで20冊以上という、自分としては驚異的な売り上げペースになる。不忍一箱を含め、過去最高のペースだ。

 

 が、しかし、午後からは売り上げペースが突然落ちる。1時間に2,3冊しか売れない状態が続く。午前中が売れすぎたということか。また売れはじめるかと思いきや、そのペースがずっと続くことになる。

 

  暇になったので、他の店主さんの箱を見てみることにした。立川歯科でいえば、新・たま屋から見て右隣が書肆ヘルニアさん。個人としては最後の出店となった去年の不忍一箱に続き、同じ場所での出店となる。なにかと縁のある店主さんといえる。箱を見ると、種々雑多な本の中にうまみのある粒本をちりばめた箱になっている。自分が読んだ本をもってきているとのこと。書肆ヘルニアという屋号はインパクト大だが、箱の中身はあくまで正統派の一箱古本市店主なのだ。本人はかなり疲れ気味らしく、体力的にはきついといっていたが。

  

左隣は先ほどあいさつした朝霞書林さん。一箱古本市の大ベテランである。みちくさ市では朝霞さんとも隣合うことが多い。 僕は一箱古本市マニアなので(といってもキャリアは大したことないが)、みちくさ市HPの出店者紹介ページの印刷を2014年9月からとってある(ちなみにたまやが初出店したのは同年5月)。

  

その記録によると、朝霞書林さんとは同じ出店場所になったのが3回(たまやがグループで出店した時も含む)、出店場所が隣り合ったのが4回となっている。場所は立川歯科か青果ツカモトヤ前のどちらかなのだが、たまやのみちくさ市出店回数8回中7回も近くになっているのだ。しかも他の古本市では両者出店していても遭遇しないところが不思議だ。今年のみちくさ市では何度ご一緒するのだろうか。朝霞さんからは『総理大臣になりたい』(坪内祐三講談社)を購入。

  

店を訪れた知り合いのことも書いておこう。本が売れまくっている時間帯だったか、kochi451さんが店に寄ってくれた。今からふり返れば、今年の4月に地元に帰ることになったkochi451さんとは、このみちくさ市が東京で会う最後の機会になってしまった。次にお会いできる可能性があるとしたら、僕が西日本に旅行する時だろうか。いつか関西の方の一箱古本市を見にいきたい気持ちもある。

  

『わめぞ』メンバーの一箱店主眠りこんだ冬ことハニカミわめぞ賞ズ末弟(?)ことひとつき10冊ファミリーこと書店員のⅯくんが、同じく『わめぞ』メンバーのMさんデザインの「分け目」オレンジ色Tシャツを着て店を訪れる。おせっかいな提案をする。

 

 朝霞書林さんの隣の青果ツカモトヤ前で出店していたドジブックスさんとは、2日前の17日に神奈川公会堂で開かれたドジブックスさん主催の本イベント『第27回ひとつき10冊』に僕がゲスト出演した時に会っていた。

 

 イベント終了後、レギュラーメンバーであるイラストレーター・マンガ家の丸岡九蔵さんが毎回ゲストのために作成してくれる、「笑っていいとも!」テレフォンショッキング風(というかそっくり)のネームプレートをいただいたので、今回はそれを屋号の札として持ってきたのだ。ドジブックスさんも同じものを使用しているので、来店したお客さんで、気づいておもしろがってくれた人もいるだろう。

 

 デザインもそうだが、このネームプレートはすばらしい。サイズがちょうどいい大きさで、とにかく運びやすいのだ。今まで屋号の表示の仕方に迷っていたが、このネームプレートが解決してくれた。こんないいものがもらえるので、一箱古本市店主は『ひとつき10冊』にゲスト出演すべし! といいたい。

 

 そんなネームプレートの話もしつつ、ドジブックスさんとも色々お話しする。ヘルニアさんもゲスト出演経験があるので、複数で話すことも。今回は朝霞さんも含め、新・たま屋の2人と隣接した3人で話す機会が多かったような気がする。

 

 14時過ぎごろ、いつものように店番を友人に任せ、各店を本格的に回りはじめる。

 

 渡辺事務所横ではミウ・ブックスさんにあいさつ。『池袋モンパルナス』(宇佐美 承/集英社文庫)を400円(!)で購入。安さに驚く。一箱古本市は店主もやめられないが、こういうことがあるから客もやめられない。ミウ・ブックスさんとは去年の不忍一箱で出店場所に向かうときに偶然会っている。それが予兆だとすれば、今年の不忍一箱は同じ場所で出店するのではないかという予感がしたが、その予兆は思いっきりはずれることになる。渡辺事務所の建物では、みちくさ市に合わせて毎回本を売っているが、今回コンビニ版の分厚い(1冊が3~4cm)『カムイ外伝』1冊50円を7冊(!)も購入する。あまりの量に、一旦本を置きにいく。

 

 あしあと動物病院では猫店主の古書錆猫さんが出店。猫店主ならぬ猫好き店主の僕としては話をしたかったところだが、タイミングがなく通り過ぎる。同じくえほんやハコのなかさんが久しぶりの出店をしていたが、こちらも話しかけるタイミングを逃す。最近各一箱古本市で名前を見かける晴山屋さんとは何も話さなかったが、4月の不忍一箱で同じ出店場所になるとはこのときは知るよしもなかった。

 

 池田ビル前広場で不在のレインボーブックスさんの本を見ていたら、女性が僕を店主と間違えて会計を頼んできたので、店主のふりをして会計を済ませ、店主のふりをして何ごとかいう。このまま偽レインボーとして居座るのもおもしろいかと思ったが、時間がないので次の店へ。去年のみちくさ市で少し話をしたあんとれボックスさんとぽこぺんどーさんに会う。あんとれボックスさんがぽこぺんどーさんの箱から出して見ていたマンガが僕のおすすめだったので、おせっかいでおすすめしてしまう。そのすぐ近くで本を並べていたコローのアトリエさんから、いよいよ不忍一箱に初出店するとの話をきく。新人と経験者の出店場所が同じになりやすい傾向からいって、ひょっとしたら場所が一緒になるかも、と思うが、そうはならなかった。他に、カミーユ・コローの絵がプリントされているコローのアトリエさんの本の値札の四隅をセロハンテープでとめると、しおりになるという発見について話す。『コローのアトリエ』で本を購入した方はぜひお試しあれ。

 

 さむしんぐでは新・たま屋の名づけ親であるⅯ&Ⅿさんと、久しぶりの停車場文庫さんにあいさつする。屋号を変えることは去年から考えていて、名前の表記だけを変えようと思っていたのだが、決定的なアイデアが思い浮かばなかった。去年11月のみちくさ市で、池田ビル前広場に出店していたヘルニアさんと屋号変更について話している時、店を回っていたⅯ&Ⅿさんにシン・たまやになるの? といわれ、それがそのまま屋号になったわけだ。

 

 屋号変更といえば、同じく今回のみちくさ市で屋号を変更したコトナ書房さんと旧「魚新」シャッター前でお互いの屋号の由来などを話す。『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす』(日本財団 子どもの貧困対策チーム/文春新書)を購入。コトナ書房さんは福祉系・時事系の本も出していることがあるので、福祉系の人間としては助かる。

 

 踏切を渡り、まるやま青果前出店のドーナッツブックスさんにあいさつする。客として訪れた前回のみちくさ市では、いつものY夫妻以外のメンバー(子ども店長含む)がいたのだが、今回はいない模様。

 

 そんな風にして各場所を回ったあとで自分の出店場所に戻るも、少ししか売れてなかったと知る。

 

 終了時間が近づいてから、ドジブックスさんに『偶然完全 勝新太郎伝』(田崎健太/講談社) を購入してもらう。僕の方は、ドジさんの隣に出店していた古本屋ツアー・イン・ジャパンさんが本の購入者に配るフリーペーパーを持ってきていたのをうっかり忘れていて、あわてて買いに行く。ちょうど雨の実一族が訪れ、話しているところだった。リーダーにあいさつし、『銃器店へ』(中井英夫/角川文庫)を購入。フリぺもゲットする。

  

こうして別ユニット出店なら去年の5月以来、単独出店なら同じく3月以来となるみちくさ市が終了した。『第4回水木しげる祭り』の総売り上げは、妖怪フィギュア1つ、水木キャラバッジが2つ、本が31冊。肝心の水木しげる本は6冊・・・・・・。『水木しげる祭り』なのにこれはまずい。けっこうたくさん持ってきたのに、6冊では少なすぎる。しかし今回はまだいい方で、次の本まっち柏ではもっと散々な結果となるのを、この時の僕はまだ知る由もなかったのである・・・・・・。

  

持っていく本の量が多いため、自分1人出店の時はいつも片づけが大変なのだが、みちくさ市では2人出店なので、水木しげる関係で持ってきた細かなグッズの片づけも楽々と進み、大いに助かる。ただ、1冊3、4cmのカムイ外伝はやはり場所をとる。

 

 終了後は受付で友人と別れ、ドジブックスさん、書肆ヘルニアさんとともに待機する。終了後にカフェなどで話すのが定番となっているのだ。疲れ気味のヘルニアさんもこの会には参加するとのこと。

 

 ドーナッツブックスさんを呼びに行くも、今回はお茶には行かず、帰宅するとのこと。やはり疲れ気味らしい。季節の変わり目や花粉症の影響からか、この日は疲れ気味の人が多く、先週の神楽坂一箱に2日連続出店、この日の前日には『本との土曜日』に出店していたレインボーブックスさんも疲れ気味だった。そんなに出てたら疲れて当然という気もするが・・・。『一箱古本市の鉄人』は大変だ。

 

 道を戻る途中、雨の実一族に再び会い、少し立ち話。今年は不忍一箱古本市に出店するという。てっきりグループで出店するのかと思いきや、2か所に分かれて出店するときき、驚愕する。なんというやる気! 新人と経験者の組み合わせ率の高さから、あるいはどちらかと同じ出店場所になるか、と思うも、これまたそうはならず。みちくさ市(わめぞ)と雨の実一族には不忍一箱ですてきな縁が待っているのだが、このとき話した時は誰もそれを知らなかったのである。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

  

受付に戻り、ドジさんヘルニアさんと共に池袋方面に進んでカフェを探す。いつもの店がいつものように満員なので、遠くの店まで行くことに。池袋は東京3大繁華街なのに、なぜこうも広々としたカフェ店が少ないのか。

 

 ドジさんの案内で駅からかなり離れた店に行くも、なんと、こちらも満員。結果、すぐ手前にあったフレッシュネスバーガーでお茶することに。

 

 席に着き、今日のみちくさ市の結果やひとつき10冊などの話をする。そのうちサブカル方面の話に。小沢健二のこと、『この世界の片隅に』、こうの史代の話など。去年のみちくさ市でヘルニアさんに『この世界の片隅に』の話をききに行き、具体的なシーンの説明は観てないとわからないと気づいたので、多忙がひと段落した3月はじめにようやく観たのだった。噂通りすばらしい作品で、ようやくヘルニアさんの話をきくことができた。映画と原作の違いとかがわかってよかった。原作も非常に読みたくなる。

 

 ほとんど寝ていないというドジさんが椅子に座りながら居眠りに入る。僕とヘルニアさんとでトーク。ヘルニアさんとは同世代だが、その話になにかと気づかされることが多い。今回はっとさせられたのは、年をとったら昔のようなエネルギーをサブカル批判などにぶつける気にならないという話。年をとることで昔のような血気は弱まり、静かな心境にいたる、というような話だった。同世代なので、自分もまた、そんな年齢になったのだなあ、とある種の感慨がわく。古代ギリシャイオニア哲学というものがあるが、僕はヘルニア哲学に影響を受けやすいようだ。

 

 去年プロの古本屋になった、元一箱古本市常連店主雲雀洞さんの話もする。ヘルニアさんは雲雀洞さんの大学時代の同級生なのだ。みちくさ市に雲雀さんが出店していた頃のことを思い出す。僕が一箱店主デビューをする前にみちくさ市に遊びに行った時から、その独特の品ぞろえが強く印象に残っていて、「雲雀洞といえばみちくさ市」、というイメージすらある。青果ツカモトヤ前で一緒に出店したこともあったっけ。記録によると、雲雀洞さんは去年の3月が現時点で最後のみちくさ市出店となっている。そうか、みちくさ市で雲雀さんを見かけなくなってもう1年になるのか。不思議な感慨がわいてくる。

 

この感慨を短歌風に表現すると、

 

 雑司が谷 古本の羽 いっぱいに 広げて売るよ いつかの雲雀    

 

といったところか。

 

 ヘルニアさんの昔話をきいているうち、僕もみちくさ市以外の一箱古本市や雲雀洞さんがレギュラーだった頃の旧『ひとつき10冊』など、昔を懐かしく思い出す。たかが9か月ほど店主活動を休んだだけなのに、浦島太郎のように外界では長い時間が過ぎ去ってしまったような気さえする、帰ってきた一箱古本市店主、新・たま屋だ。

 

ふと周りを見渡すと、ドジさんは相変わらず眠り、隣の席では、街に出た帰りだろうか、母親と小さな女の子が飲み物を飲んでいる。その他の席にも人がちらほらと座り、思い思いの話をしている。昔を懐かしんでいるうちに、不思議な感覚が全身をおおいはじめてきたようだ。店内が静かというわけでもないのに、穏やかでやわらかく引きのばされたような時間が流れていることに気づく。子ども時代の長い長い1日の午後のような懐かしさの中で交わされる、ここにはいない人の話。本来いるはずの人、いてもいいはずの人がここにいないという事実。それがこのような懐旧をかきたてるのだろうか。

 

 一箱古本市に参加するようになってまだ3年しか経ていないのに、なぜだかもっとずっと前から一箱店主をやっている2人が、昔の一箱仲間の思い出について懐かしく話をしているような、そんな奇妙な感覚に包まれる。おいおい、僕なんてまだまだ若手の店主だぜ? 

 

 まだ酒は飲んでいないのに、なぜか酔っぱらったときの感覚に包まれてしまったみたいだ。一箱古本市には、人の時間感覚にねじれを加える力があるのだろうか。あるいは、一箱店主をすることで体験する濃密な時が時間の感覚を引き伸ばし、3年にも満たない期間を実際以上に長く感じさせているのか。たった3年のはずなのに、一箱古本市に参加するようになって以来、本当に色々なことがあったような気がする。

 

ナチュラルドランク(?)を醒ますため、トイレに入る。戻ってからはそんなに長く滞在せず、目を覚ましたドジさんと3人で店を出たように記憶しているが、どうだっただろうか。ナチュラルに酔っていたので、あまり覚えていない。

 

 店を出て、打ち上げに参加する僕とドジさん、疲れているので打ち上げはパスするというヘルニアさんと共に池袋駅を目指す。打ち上げ会場は池袋北方面の中華料理屋だ。この時点で持病が悪化してきていたので、僕はちょっと迷っていたのだが、『わめぞ』のⅯくんに話したいことがあったので、顔を出すことにした。

 

 なぜか細かいルートを知っているドジさんの案内で駅に向かって歩く間、ナチュラルハイもあってか、池袋の街に吸収されそうな気持ちになる。ビルの中に入り下りのエスカレーターで地下に降り、再び上って外に出るルートを通った時など、まるで池袋のへその中を歩いているようだった。地上に出てから頭上に広がる空を眺めて、陶然とした気持ちになる。僕はやっぱりこの街が好きだ。

 

 というのも、僕は去年の夏から、急に池袋好き人間になってしまったのだ。今までは古書ますく堂のある街、程度の認識しかなかったのだが、夏に水木しげるイベントを見にサンシャインシティに行って、そのあとますく堂の千年画廊で開かれた最後のブクブク交換(『ますく堂ブクブク交換』自体は場所を変えて継続中)に参加して以来、この都市のもつごった煮的な魅力にようやく目覚めたのだ。その日の出来事は、またいつの日かこのブログで書くことになるだろう。

 

 駅の東側に到着し、書肆ヘルニアさんと別れる。ドジさんと一緒に北の方に歩き始める。が、しかし、このあたりから持病が相当痛みだし、ん、これはヤバイぞ、という気持ちになる。

 

 打ち上げ会場に到着。したのはいいものの、持病がここ最近で一番ひどい状態になり、打ち上げどころではなく、ブルース・リーの出す怪鳥音のような叫びを心で発する。しかもよりによって出てきた料理が辛く、酒との相乗効果で持病にMAXヤバイ組み合わせになる。まあ、それを飲み食いする自分が悪いのだが・・・。

 

 それでもMくんにいいたいことを伝えなければ、という気持ちが最初はあったが、M君に話すタイミングもつかめず、だんだんそれどころじゃなくなり、後方から転げ落ちるように椅子から離れ、『わめぞ』のM・Rさんに打ち上げ代を渡し、帰る理由を告げてほうほうの体で会場を出る。なぜこんなに早く帰るのかと問う人に対し、Mさんが病名を告げる。その流れや間がかなり笑えるものだったので、店を出る僕の後方で爆笑が起こる。偶然とはいえ、みちくさ市の打ち上げに参加するようになって、僕がはじめてとった笑いだったのではないか。金銭的な事情で、今後はみちくさ市の打ち上げにはあまり参加できそうにないので、これが最後のよき(?)思い出となる。

 

 帰り道は、先ほどのロマンチックで陶然とした気持ちは池袋の果てまで吹っ飛び、ひたすら現実の痛みと戦いながら帰宅することになった、帰ってきた一箱古本市店主、新・たま屋のみちくさ市復帰第1弾であった。

    

 

                 神楽坂一箱古本市レポート

 

3月11日(土)・12日(日)に神楽坂ブック倶楽部主催の一箱古本市が開かれました。一箱古本市レポートシリーズの第1弾として、報告したいと思います。神楽坂の地で初めて開かれる一箱古本市ということで、一箱古本市をよく知らない人でも読めるような文章にするつもりです。

 

神楽坂といえば、東京でも屈指の坂と路地の情趣あふれるまちであり、文学や文学者と関わりが深く、新潮社もあり本との親和性が高いイメージですが、実は定期的なブックイベントはなかったとのことです。

 

神楽坂が本との親和性が高いのも当たり前で、無料冊子の「神楽坂ブック俱楽部文芸地図」を開いてみますと、石川啄木泉鏡花、内田百閒、江戸川乱歩尾崎紅葉北原白秋島崎藤村田山花袋徳田秋声永井荷風、半井桃水、樋口一葉夏目漱石正宗白鳥などなどが神楽坂のまちとなんらかの縁を結び、多数の出版関係会社が神楽坂に位置しているそうです。これだけでも、本好き、文学好きにはたまらないものがあるまちといえましょう。

 

この神楽坂一箱古本市の成り立ちですが、新潮社の社員の方々と神楽坂おかみさん会、「かもめブックス」などの神楽坂の店舗や在住・在勤の方たちによって成る「神楽坂ブック倶楽部」が今年、神楽坂でブックイベントを起こし、その企画の一部として開催されました。つまり、一箱古本市だけが開かれたわけではないのですね。ほかに、都営大江戸線牛込神楽坂近くにある「日本出版クラブ会館」で「第2回本のフェス」(12日のみ)、一箱古本市の出店場所のひとつでもある「五感肆パレアナ」で「新潮社の装幀」展が開かれていました。

 

それでは、僕が一出店者として見た神楽坂一箱古本市当日の様子をレポートしたいと思います。なお、11日は一箱古本市には参加せず、客としても行っていないので、12日だけの内容となっています。

 

神楽坂に到着したのが集合時間ぎりぎりの10時でした。僕の出店場所は毘沙門天善國寺で、集合場所もそこでした。着いたときは担当者の方の説明が始まっていました。担当者の方に名前を告げ、参加費1500円を支払いました。それから、主催者側が用意した、本を入れるためのワイン箱を選ぶことになりました。大きい箱ひとつか、小さい箱ふたつのどちらかを選ぶ形でした。

 

一箱古本市というイベントは、基本的にひとつの箱を用意し、そこに本を入れて売るという形式になっています。箱は何でもよく、段ボール箱でも木箱でもプラスチックの衣装ケースでも折り畳み箱でもバスケットケースでも旅行鞄でも子供のおもちゃ箱でもつづらでもいいわけです。

 

ほかの一箱古本市では出店者自身が箱を持っていくのがふつうなので、あらかじめ用意されているというのは、一箱店主デビューから4年目になる僕にとって初めての経験で、新鮮でした。大きい箱ひとつを選んだのですが、段ボールよりも大きいワイン箱で、見た瞬間にこれは使える! と心の中で快哉を叫んだものです。

 

簡単な説明が終わり、担当の方の案内でそれぞれの店主さんたちが自分の出店場所に向かっていきました。僕は毘沙門天出店なので、そのまま自分の場所を選ぶことになりました。

 

僕の屋号である「新・たま屋」以外の出店者さんは、「神楽坂おかみさん会」さん、「くにまるJAPAN」さん、「ななみやたかちん」さん、「モリタヤ」さん、「やなぎはらの本棚さん」でした。そして、一箱店主ではなく、プロの古本屋のグループである「わめぞ」(早稲田、目白、雑司ヶ谷の頭文字をとった名前です)の方々もミニ古本市を開催していました。

 

みちくさ市にはよく出店しているので、わめぞの方々とは顔見知りになります。ななみやたかちんさんとは2年前の不忍一箱古本市で同じ出店場所になり、その後みちくさ市でもあいさつしたことがあります。他の方々とはおそらく初対面でした。

 

わめぞの方々は第1日目も奥の場所で出店していたのですでに準備が完了しており、上記の一箱店主たちで場所取りになりました。門側に3か所、それと対面する奥側に3か所。一箱古本市の元祖である不忍一箱古本市では、ここでジャンケンをして場所を決定するのですが、今回は早い者勝ち的な形でそれぞれが場所を選ぶことになりました。

 

僕は箱の設置場所にはこだわらない方だったので、絵馬やおみくじが結んである奥の方に陣取りました。新・たま屋から見て左隣が神楽坂おかみさん会さん、僕の後ろ奥の引っ込んだところにくにまるJAPANさん。門の側に箱を設置した店主さんたちは、僕の側から見て左からやなぎはらの本棚さん、ななみやたかちんさん、モリタヤさんでした。わめぞグループは僕から見て左側の奥の方で大量の本を設置していました。

 

準備段階でとなりの神楽坂おかみさん会のTさんとおしゃべりしました。この方、とても楽しい方で、色々お話しさせていただきました。今回一番よかったことのひとつですね。

 

本の販売は11時からでしたが、それ以前に準備が完了し、徐々にお客さんが訪れてきました。販売開始前ですが、売り始めてもいいということで、販売開始。早い時間帯に知り合いの一箱店主さんが3人ほど来て、それぞれに本を買っていただきました。さらに、となりのTさんにも一箱古本市にしては高めの本を購入していただき、幸先よかったです。

 

一箱古本市開催時間の11時以降は人も多く訪れ、毘沙門天はにぎわっていました。しかし、新・たま屋はなかなか売れなくなりました。どうも奥まった場所と、日陰で日当たりがほとんどなくて寒いことが原因らしく、門の側の店には人が見に行くのに、こちらの方にはなかなか訪れませんでした。僕もそれなりに一箱古本市の出店回数はあるほうで、いままでの経験上出店場所は売り上げにあまり関係ないと思っていたのですが、今回は場所や動線を意識せざるをえませんでした。

 

なかなか人がこちらまで見に来ないので、14時ぐらいに向かいの門側に移動しました。最初は僕の箱よりも奥まったところにいたくにまるJAPANさんはもっと前に移動していたので、そのとなりになりました。反対側の端がやなぎはらの本棚さんですね。ほんの数メートルほどの違いなのに、さっきいたところよりも門の方が断然温かい! 太陽の熱に優しく包まれました。場所を移動したら、新・たま屋の箱にも人が訪れだし、本も売れていきました。こういうことは4年間出店していて初めての経験でしたね。今回、単価が高い本を多めにしたので、最終的な売り上げもよかったです。

 

新・たま屋の販売時間はそんな様子でした。他の店主さんの話をすると、先ほども書いたように、神楽坂おかみさん会のTさんとのお話が楽しかったです。この方、神楽坂のおかみさんではないのですが、おかみさん会には入っていて、神楽坂のまちに関するNPO法人にも所属しているそうです。雰囲気がどことなく池袋にある僕の行きつけの古本屋の店主に似ている印象でした。

 

おかみさん会の箱はけっこうユニークで、昭和の昔に出版されたとおぼしい明治大正関係のお堅い全八巻の黒っぽい本を並べているかと思いきや、手に取りやすい本を雑多に並べていたり、八巻本が全部売れて本が足りなくなったらおかみさん会の別の人が本を持ってきて、その中になぜか由美かおるのヌードありの写真集が混ざっていたり・・・。なんとも形容しがたい本の並びで、一箱古本市マニアとしては非常におもしろかったです。

 

僕は一箱マニアなので、今回やなぎはらの本棚さんの箱を見られたのも収穫でした。最初に文庫だけをどかっと出し、1回10冊までの○冊○円という値段を冊数ごとに細かく設定、そして文庫が売れ切れてきたら今度は蔵出し的に良質な単行本を投入するという鮮やかな流れに、思わず目を見張ってしまいました。しかも単行本のチョイスがまた絶妙でした。こんな店主さんがまだいたのかと。一箱古本市の世界は広いものです。

 

やなぎはらの本棚さんからは、「一万人の東京無宿 山谷ドヤ街」(神崎清/時事通信社)という本を、出店場所が同じ店主割引にて500円で購入しました。他に、わめぞからも「蔵六の奇病」(日野日出志/リイド文庫)を買っていました。いつもはもっと本を買うのですが、今回はあちこち回れなかったので、やや少なめでした。とはいえ、店主同士で本を買うのも、一箱古本市の楽しさの一つです。

 

16時になり販売時間終了。片づけをして、売上冊数と金額を担当の方に伝え、毘沙門天を出ました。18時からの打ち上げに参加する店主さんは、同日に開催されていた「本のフェス」に行った人が多かったようですが、僕は印刷してきた出店地図を見ながら神楽坂歩きをしていました。他の出店場所がどんな様子か気になったからです。久しぶりに神楽坂の路地を歩いていると、路地師(©タモリ)の血が騒ぎました。やはり神楽坂はいいですね。路地の奥まった場所も出店場所になっていたようです。寒さ対策と呼び込みさえきちんと行われるのなら、路地の中の古本販売は非常に魅力的だと思います。あとはどうやってお客さんを路地の奥まで誘導するかでしょうね。

 

出店場所のチェックを終え、坂の上まで着いたら、東西線神楽坂駅の側にある「かもめブックス」に入りました。実はこの店、現在刊行中の『水木しげる漫画大全集』刊行記念トークイベント『バオーンの夕べ』の番外編的『第3回パオーンの夕べ』が去年の11月30日、つまり水木しげる先生の1周忌の夜に開かれた場所なのです! このイベント、京極夏彦さんをはじめ、全集編集委員の方々が水木作品の凄さを語りつくすという内容で、『水木原理主義者』を名乗っている僕としては是が非でも行きたいイベントだったのですが、うっかり開催情報を見逃していて、気づいたときにはもう満席になっていたという、苦過ぎる思い出がある店なのです。

 

なので去年から、せめてどんな店か見てみたいと思っていました。入ってみたら、カフェスペースを大きくとった清潔感のある店内と、見ごたえのある書棚を設置した、とてもよい書店でした。外の席で移動時間などに読もうと思って持ってきた、一箱古本市専門雑誌「ヒトハコ」創刊号を読みながら、カフェラテを飲みました。お店に関しては苦い思い出がありますが、カフェラテは甘くておいしかったです。

 

一見すると、神楽坂一箱古本市とは直接は全く何らの関係もなさそうな水木しげる関連の文章が不必要に長く続いていますが、実は水木しげると神楽坂には縁があるようです。というのも、初めの方で紹介した「神楽坂ブック倶楽部文芸地図」によりますと、今回の出店場所のひとつでもある「赤城神社」は、水木しげるが「ゲゲゲの鬼太郎」のヒットを祈願した場所だそうです。これは僕も知りませんでした。かもめブックスでイベントが開かれたのも、そのことと関係があるのかもしれません。

 

話を戻すと、その後新潮社地下社員食堂に移動し、打ち上げに参加しました。一箱古本市常連の店主さんと、ほかの一箱市ではあまり見かけない店主さんが混じる、くつろいだ雰囲気の打ち上げでした。一箱古本市の発案者である、南陀楼綾繁さんも参加していました。

 

出版社の社員というと、なんとなく堅そうなイメージがあったのですが、新潮社の社員さんたちはみな、フレンドリーでした。各賞の発表時には、今年のアカデミー作品賞発表時的な珍事(?)が起こり、それに対して常連店主さんがツッコミを入れるという、1回目にして早くも馴染んだ風景が見られ、来年も開催されるという神楽坂一箱古本市の明るい未来が見えたようでした。打ち上げは3月12日だけでしたが、11日に出店した店主さんもこのためにもう1度神楽坂に来る意義がある、とても楽しげな空気のまま終了しました。

 

そうそう、一箱古本市の前半に僕ととなりあっていた神楽坂おかみさん会のTさんですが、本来は郷土史家で、神楽坂ブック倶楽部文芸地図の監修もしており、この地域の歴史について調べているとのことでした。だからシブい本(©坪内祐三)や歴史関係の本が箱に並んでいたのだなと、得心しました。一箱古本市は多士済々ですね。

 

だいぶ長くなりましたが、以上で神楽坂一箱古本市(2日目)のレポートは終わりです。東京有数のまち歩きスポットである神楽坂が舞台となり、大手出版社が主催に関わっているという、一箱古本市の世界にまた新たな風を吹き込むに違いない、これからの展開が楽しみな本のイベントが誕生しました。東京の一箱古本市店主の間には、初めて出店した一箱古本市はどこかという話題になったとき、東京最大規模の「不忍一箱デビュー」とか、わめぞ主催の「みちくさ市デビュー」とかいう言い方があるのですが、今後は「神楽坂一箱デビュー」という人が増えそうです。

だいぶ長くなりましたが、以上で神楽坂一箱古本市(2日目)のレポートは終わりです。東京有数のまち歩きスポットである神楽坂が舞台となり、大手出版社が主催に関わっているという、一箱古本市の世界にまた新たな風を吹き込むに違いない、これからの展開が楽しみな本のイベントが誕生しました。東京の一箱古本市店主の間には、初めて出店した一箱古本市はどこかという話題になったとき、東京最大規模の「不忍一箱デビュー」とか、わめぞ主催の「みちくさ市デビュー」とかいう言い方があるのですが、今後は「神楽坂一箱デビュー」という人が増えそうです。