必要なものは与えられている。

人生を楽しく生きてすべてを活かす挑戦

鏡の法則?

なぜ私はあの人にこんなに嫌なことをされるのだろう。


なぜ私は愛されないのだろう。


なぜあの人は私のしてほしいことをしてくれないのだ。


そんなときは、私自身がその人や誰かに対して、

嫌なことをしていないか、

愛しているか、

何かしているのか、を振り返ってみる。


もしかしたら、

そこに気づくものがあるかもしれない。


愛による行動とは

もし自分の行動が何に基づいているか、

知りたいと思ったなら、

 

例えば、誰かに対しての自分の行動が、

相手への愛から出たものなのか、

自分の欲から出たものなのか、

確かめようとするなら、

 

その答えは、

相手から返ってきた行動を見るのがよいのではないだろうか。

 

自分の行動が愛に基づいたものであったなら、

相手はその気持ちを受け取ったとき、

おそらく笑顔になり、こころから喜びを表現し、

それを見た自分の気持ちもよくなり、

また、相手の行動も愛によるものだと思えるだろう。

 

周りから愛され、恵まれていると感じるひとは、

きっと周りに対して愛のある行動をたくさんしているひとなのではないだろうか。

痛み

誰かや何かに対して攻撃的な行動をしてしまうとき、

その背景には、どこかに痛みを感じ、

自分を守ろうとする気持ちがあるのではないだろうか。


痛みとは、実際に病気やけがなどで体に傷を負っていたり、

体力が落ちていたり、疲れていたり

さらに、人間の場合は、悲しみや苛立ちなど、

こころに感じる痛みも含まれるだろう。


自分を守ろうとする行為は、

誰かに攻撃的になることだけではなく、

反対に誰かや何かに頼り、依存するということもあるだろう。


しかし、結局どちらも、

一時的にすっきりしたり、気にならなくなったとしても、

自分の傷や痛みを癒すことにはなっていないのではないだろうか。


むしろ、傷や痛みを悪化させる場合もあるのではないだろうか。



痛みを感じたときは、

何によって自分が傷ついているのかを見つけ、

その原因に直接手当てをするのがよいだろう。


その手当ての方法は、

自分が安心できる環境に自分を置き、

回復することを待つのがよいかもしれない。


もし、自分の身近に痛みを感じていると思われるひとがいたら、

周りの私たちができることは、

少しでも早く回復できるよう、

安心できる環境をつくり、見守ることではないだろうか。

内と外

わかりやすく目の前に現れている物事は、

見えないところにある別の何かが影響しているということのようだ。


その見えているものが好ましいものでないなら、

なおさら、見えないところで起きている物事を明らかにし、

改めていくことが大切になってくる。


例えば、体の表面や外側に出てきているもの、

つまり、皮膚に現れるものの多くは、

体の内側の状態をわかりやすく見せてくれている。


腸内が整った状態であれば、

肌が美しいということは聞いたことがあるだろう。


肌に良いというものを直接使うことよりも、

食べるものや睡眠や運動など腸内の環境を整えることに意識することが

より効果が出ると考えている。

 

こころも同様に、

自分が抱いている感情によって、

表情や行動が変わってくるだろう。


気になる物事を解決しようとするならば、

見えているものにだけ注意するのではなく、

なぜそれが起きているのか、

その背景となっている見えていない部分にこそ、

目を向けることが 必要ではないだろうか。

子どもたちに与えるもの

子どもたちは、

感じるものを、素直にそのまま表現する。

 

大人たちは、そういった子どもたちの姿を鏡として、

自分の判断基準や感じ方を冷静に見つめるきっかけをもらう。 


大人たちがそれに気づき、

自分のあり方を常に改善していくことができたなら、

自分だけでなく、周りの人たちも、

楽しく生きていくことができるだろう。


しかし、

身近にいる大人たちが、

自分自身の素直なこころではなく、

正しさや善悪などを基準に行動し、

それを子どもたちに強いていけば、

子どもたちは次第にそれらの行動に順応し、

さらには同じように行動するようにもなる。


それはきっと後になって、

子どもたちを、そして自分たちをも苦しめる結果となって、

返ってくることになるはずである。



大人たちは子どもたちから、

数え切れないほどたくさんのものを受け取っている。


大人たちから子どもたちに与えることができるのは、

子どもたちが自分自身を見失うことなく、

幸せに生きていくことができるよう、

子どもたちのこころの中にある素直さを大切にして受けとめること、

そして、

自分自身の中にもある素直さを見出し、

それに沿って生きる姿を見せることではないだろうか。


自由

大切な物事は全て「自由」から生まれてくるように思う。


ここで言う「自由」とは、

誰にも何にも負担がかからないで、

為すことができる、

ということだと考えている。


どこかに無理があるということは、

それはきっと自由ではなく、

得手勝手ということではないだろうか。


本当に大切で必要なものは、

「自由」な状態で存在し、

「自由」に利用することが可能なものである。


自由でなければ、

全てを生かし活かすことは難しいだろう。


何か問題と感じられることが起こるようなときは、

「自由」であるかという視点でみるのもよいかもしれない。


やり遂げる

自分のことがわからなくなっているひとの多くは、

小さい頃から、

自分で感じて自分で決めて自分だけでやり遂げた、

という経験が少なかったのかもしれない。


どんな小さなことでも、

いや、むしろすぐにできてしまうような小さなことから、

誰かの価値判断ではなく、

1日1日、「私はこれがしたいからやる」と決め、

誰かの手も借りず、意見も求めず、

誰に何を言われても気にせず、

成功するかしないかも考えず、やり遂げる。


それは、まずはできれば、

他人と全く関わらずに自分だけでできること、

そして楽しくできることがよいように思われる。


そして、やり遂げたことをしっかり自分で認め、

また、そのことを自分がどう感じているかをしっかり味わう。



結果を見て、もしまたやってみたいと思えば、

もう一度やってみるのもよいだろう。


一つ一つの行動を、最後までやり遂げ、

一つ一つしっかり自分で自分の気持ちを確認する、

そのことも自分を知っていくのに大切なことだと感じている。