ものは、ただ存在するだけで、意味があるのだろうか。
誰にも知られずとも、存在するだけで、意味があるのだろうか。
宇宙を漂うボイジャーには、ゴールデンレコードが乗っている。
ゴールデンレコードには、バッハの音楽が刻まれている。
それはもちろん、未来の人類が聴くためではない。
ボイジャーは、とうに太陽系を遠く離れてしまった。
それどころか、人類はすでに絶滅してしまった。
ボイジャーのバッハは、もう宇宙の誰にも聴かれることがない。
宇宙の膨張を加速させるエネルギーが星々の重力を上回り、ボイジャーはもうどこにもたどり着くことがないのだ。
ボイジャーのバッハは、誰にも聴かれることなく、宇宙の暗闇を漂いつづける。
それでも、ボイジャーのバッハは、宇宙に存在することで、宇宙をより美しいものにしつづける。
自然界がけっして存在させえないであろうバッハの音楽、それを存在させつづけることが、つまり、宇宙を自然のまま以上に美しくさせつづけることが、ボイジャーの意図されぬ使命だったのだ。
宇宙の膨張を加速させるエネルギーが、物体を崩壊させるほどにまで強まるとき、ゴールデンレコードもまた崩壊していく。
そのとき、素粒子たちの波動は生き生きと振動し、宇宙の終わりにバッハを演奏する。