おかれた場所で咲くこと
新規開拓したいということで、たまたま見つけた居酒屋に入った。だれも出迎えてくれなかったので営業は終わったのかと思い(時間も深夜2時くらいだったので)出ようとすると、「まだやってるで」とおばあちゃんの声。なんでも足が悪いらしくて奥の部屋にいたようで、出迎えてくれるまでにラグがあった。
小さな居酒屋特有のあたたかい雰囲気がその店にもあって、おばあちゃんの人柄の良さでできているお店なんだなと思った。40年以上続いているとのこと。聞けば今は独り身、子供が可愛い孫を連れて遊びにきてくれるのが嬉しいらしい。まだ結婚していたころ、旦那はたいそう駄目な人物だったらしく、借金をこさえるわ(6,000万円)浮気はするわで大変迷惑をかけられて、すぐに別れてしまったそう。借金はすべて肩代わりさせられた。長くは続かなかった結婚生活も今となっては良い思い出のようで、おばあちゃんの店には今もたまに顔を出すとのこと。あんなやつ二度とくんなと言っておきながら、顔はくしゃっとさせていたもんだから、こっちも黙って微笑んだ。
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このまえ繁華街にいる風俗嬢たちと少ししゃべった。彼女たちについて書かれている本は読んだことがあった。学費を稼ぐため、借金のため、そして快楽のため、とか書いてあったから、その日はそうじゃない理由を期待していた。けれど、大学生で学費を稼いでいる、父親が病に倒れたため出稼ぎにきた、好きなことをしてお金がもらえるからやっていると、聞いたことのある理由ばかりが並んだのですこしがっかりしたが、彼女たちは笑顔でその理由を語る。働いているうちに、お客さんから何度も聞かれたことで生まれた笑顔かもしれないが、あれは当たり前のことを当たり前にいう時に微笑む行為に似ている。
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「おかれた場所で咲きなさい」という言葉がある。おかれた場所で咲くということは、自分たちの境遇を受け入れて、笑ってすますことだ。いや、笑うことで本当に楽しむことができるのかもしれない。
色々な人と飲んでいると、みな、それぞれ愚痴をこぼす。うつむく人やしかめっ面になりながら。そんな顔じゃあ咲けないよなあと、暗い顔してその場から逃れようとする。ああ、俺もか。
「客引き」との上手い付き合い方
先日深夜に繁華街を徘徊していると、どうしてもたくさんの客引きがいるエリアを通らざるを得ない状況に直面した。少し酔っていたので、食い止しのアイスに群がる蟻のように群がってくる彼ら一人一人と、お店に行く気もないのに「へぇ〜そうなんですね。どんなサービスがあるんですか?」だとか、「お兄さんはおいくつなんですか?出身は?今どこに住んでいるんですか?」などといったプライベートな質問を投げかけたりしていると、気さくな彼らはどんどんボールを投げ返してくれるので、思いのほか(一時的、ほんとうに一時的だが)楽しい時間を過ごせた。
彼らの多くは若く、聞けば20代前半から30代前半くらい、夕方18:00くらいから早朝にかけて路上にたち、強引すぎない程度にお客を店に誘い込む。店は普通の居酒屋もあるし、もちろん実入りの良い風俗関係が圧倒的に多い。どうも、この仕事をせざるをえなくてしている訳ではなく、まあそこそこ稼げるし、自分たちも風俗で遊ぶことが大好きだからやっているんだよ、と欲望渦巻くギラギラした街に似合わない純粋な笑顔で語ってくれるのが清々しくて、こちらも楽しくなる訳である。しかしあちらも仕事、こっちに行く気が無いと、その会話に費やした時間はひどく無駄なものになるので、ダラダラと話した後で、帰ります、というと多少、引きつった顔で(話し疲れたのかもしれないが)解放してくれる。こちらが趣味や興味本位でベラベラと話している間、彼らは客を逃し、お金を逃し、もしかしたらノルマノルマとホワイトカラーの住人のように怒られているのかもしれない。
若い客引きのほかに、少数ではあるが40をこえた客引きがいる。もしかすると彼らは激しい客引き競争社会を生き延びてきた客引き界のレジェンド的な存在なのかもしれない。彼らが客を引く時は独特の空気を作り上げる。若手政治家よろしく、声をおおきく元気ハツラツに若さと回転の速いしゃべりで勝負する若手客引きたちとは異なり、いつまでも穏やかで囁きかけてくるような客引き術を駆使する。そこには、(怪しそうな風貌とは裏腹に)この人の紹介してくれるお店なら安心だという、初対面にもかかわらないのに「信頼感」を醸し出すのがうまい。それが戦術なのか(それが戦術だったら実社会と一緒で「異界」らしさがなくあまり面白くないが)、多くの「客」と出会い、話す中で構築されていったものかはわからない。
そうした客引きとやりとりをする際、彼らを「客引き」とひとくくりにして接してはならない。ここで、客引きとは自分とは別の空間で生きている気のいいお兄ちゃんおじちゃんたちという認識を改めて、「接客業従事者」と再認識する必要がある。繁華街にいく私たち客は、どこか気分が高揚していたり、お酒を呑んでいて酔っぱらっている。そんななかで話しかけてくる彼らに対して、どこか雑にあつかったりからかったりバカにしたりと、周囲を見渡すだけでそんな光景が多々見られる。前述したように、彼らは客を引いてくることが仕事であり、そのために労力を使う。もちろん客引きが大量にいるエリアで引く訳なので、なかなか入れることができない場合が多いだろう。そんな彼らをからかうような行為は、時として彼らの怒りを買う。血の気の多い若い客引きならなおさら、暴力事件にハッテンすることだってある。客引きを邪険に扱う前に、こうしたことを考えなければならない。「お客様は神様」ではないのだ。
ということを客引きのおじさんに教えてもらいました(というか怒られました)。からかってごめんなさい、まがさしたんです、お酒も入っていたし、みんなノリがいいんだもん……。この繁華街近くの交番の前を通ると、「昨日の死者 1人」「昨日の負傷者 109人」と書いてある看板を見て、少しぞっとしたのを覚えています。
手がけた連載がYahooに取り上げられたけど釈然としないこの気持ちをなんと名付ければ良いだろうか
東京国際ブックフェアというイベントに行ってきた
先週4日間に渡り行われた本の祭典「東京国際ブックフェア」。土曜は混み合うだろうからと平日に行ってきました。その日は一般の人も来場できる日だったので、昨年の関係者のみの日より、やはり人数は多かった。そしてNHKなどのカメラも入ったりしていました。たくさんの出版社がブースを出しており、20%OFFで本が買える(一部除く)ということで、両手に本を抱えている人たちをたくさん見ました。もちろん僕も抱えました。
各出版社のブースがあり、そこで新刊本や在庫希少本なども売られています。さながら夕方の八百屋さんや魚屋さんのように、各社の営業の人や、時には編集者も、大きな声で呼び込みます。中には有名な辣腕編集者さんもおられました。
一般の方も来場されるということなので、どんな人がいるか見てみると(来場者は、首から「読者」というネームプレートをぶらさげます。他に「企画」「図書館」などあり、ぼくは「出版」をぶらさげました)、やはり堅い本が多いこともあって、中年の男性や高齢の男性が目立ちます。女性の数はやはり比較すると少なく、しみじみとジャンル×読者の年代は、心がけなければいけないんだなあ、と思いました。
どうしても筆がすすまない……そんな時に
子供から大人まで、大きなことから小さなことまで、ものを書かなくてはならない機会はかならず訪れます。思い起こせば小学校3年生のとき。「総合」の時間に先生から出された課題は、リレー形式でストーリーを書くこと。第一走者だった当時9歳の僕はまったくはじめの部分が思い浮かばず、泣きながら総合の時間が終わった後も机から離れずに考えていました。
中・高と歳を重ねるごとにものを書く機会は増えてきます。中学生の時は確か「平和」について2,000字であなたの考えを述べよとかあったし、高校では小論文みたいな授業でたくさん書かされました。このあたりで、周りのサッカー部や野球部の友人がプロになるのをあきらめた頃、僕も文章を書くことで食べていくことと、文章を書くことをやめようと思いました(目指してはいませんでした)。
そして華の大学生、華の金曜日。社会学部に入った僕の前には10を超えるレポート課題が待っていました。社会学部は特にレポート(2,000字から時に20,000字)を求められ、提出しなければ単位をもらえません。大学は義務教育ではないので単位をもらえなければ「学年」に取り残されてしまうのです。
仕方なくレポートを書くわけですが、すらすらなんて書けるはずがない。書けるんだったら朝井リョウくんみたいにすばるで賞を取っています。けれど、大学のレポートは点を取れる方法があって、教授の望むポイントを押さえながら講義に準じた教科書を参考に書けば良いので、一度やり方を覚えてしまうとそんなに難しくないことに気付きました(やったぜ)。
社会に出れば、こんなことに煩わされる機会なんて無い、日報とかパワポくらいでしょ?と思っていたところ、入る社会を間違えたのか、イベントのレポートやエッセイや広告記事や編集記事やインタビュー記事を書かなければいけない仕事についてしまいました。僕は焦りました、ダルいと。しかし解けない問題はないはず、まずはソリューション案のひとつとして、深夜のあたまがふらふらしている時間に、(あらかじめ目次のようにどこになにを書くかを構成したうえで)ダラダラと書き始めることにしました。いわゆるある種の深夜のテンションと言うやつですが、間違いなく文字はかけます。
もちろん質はクソだし誤字脱字まみれだし、ところどころ話が繋がってません(これも深夜に書いているのでよくわかるはずです)。こうして文章を書き終わると力つきたように寝ます。すると朝にはあら不思議、文字数を満たした原稿が机上に置いてあるのです。なんということでしょう、あとはこれを修正していくだけではありませんか。とても楽です。※どうしても深夜のテンションになれない時は、ちょっと黒霧島を飲みます。
次に使えるなとおもったのは、同じ業界の人が書いた自伝などを読むこと。おれは24時間、いや48時間眠らずに企画を考え続けた。考えに考えた企画は必ず報われるものだ。俺は200万部のベストセラーを生み出すことになった。という文章は今考えたのですが、確かにこれを読むとなんだか頑張らなければならなくなるし、頑張ると報われるような気にもなってきて、モチベーションは上がってきます。しかしモチベーションだけあがる可能性は高いので、書けるとは限らないのです。
こんな文章を書きながら、僕は明日の朝締め切りの原稿に手を付けていません。ブログを書いています。助けてください、どうしても筆がすすまないめう……
梅雨はまだか
梅雨はまだかと古い友達にきいてみろ。というわけで、今年はまったく梅雨を感じません。
連日の雨も無いし、髪の毛がさほどぐるぐるになることも無い。梅雨入りはしたのでしょうが、東京ではあの独特な「梅雨」を感じることはありません。
たいていの人は雨もじめじめも嫌いで、カラッとした気候の外国へ行きたいとかよく聞きますが、自分は雨の日特有のしんみりとした暗い雰囲気が大好きです。
なので敢えて言いたい。梅雨はまだか。