乳がんと闘うsmileyの買わない・捨てないお片づけ生活

令和元年、消費税も上がるというのに…あるものを使わなきゃもったいない‼ 乳がんと闘うスマイリーが、病気を機に、買わない・捨てないをポリシーに使いきる暮らしで体と心のデトックスをめざす、お片づけブログ☺ 

放射線の準備☀

こんにちは☀

昨年の春に乳がんが見つかり、絶賛治療中のスマイリーです☺


ここまでに、胸と脇の腫瘍摘出手術(外科的療法)と抗がん剤治療(化学療法)を行い、後は放射線治療(放射線療法)を残すのみとなりました。


がんの程度によっては、手術だけで済む人、先に抗がん剤をしてから手術適応となる人、抗がん剤をせずに手術後、放射線治療へと進む人など、色々なケースがあると思いますが、私の場合は、最初の手術で脇のリンパにもガンが見つかったこともあり、がんの三大療法といわれる治療を全て行うことになったのでした。


お正月や冬休みも終わり、既に三学期も始まっている頃ですが、自分は職場が学校ということもあって、ついつい‘’学校時間‘’や‘’学校年度‘’で考えるに、新学期にはがんの告知を受け、一学期に手術、二学期は抗がん剤に専念して、三学期は放射線治療、という感じでしょうか。


学校も5月の連休明けから休ませていただき、今は、夏休み明けから若い先生が自分の代替えとして勤務してくれています。


このがんが見つかった時には、一学期がまるまる、人員1減となることがわかっているのに、治療を優先するようにと快く病休に送り出してくれた職場の先生方には本当に感謝しています。

ありがとうございます。


おかげさまで、4月の告知から1ヶ月足らずで最初の手術を受けることができ、途中、アクシデントで思い通りに進まない日がありながらも、なんとか年度内に治療を終えられる見通しとなりました。



年明け7日には、この放射線治療に先がけて、抗がん剤のために左鎖骨下に埋め込んでいたリザーバーポートを取り出すために入院し、抜去術を受けてきました。


入れるときには散々苦労し、おまけに針が引っ掛かり肺気胸になるというアクシデントでの緊急手術を受ける破目になり、肺が膨らむまでの1週間は痛みのため個室を希望したりして、処置のための管を肺に通す術式といい、その後の回復までの経過といい、贅沢をしてしまったお部屋代も含め、色々な意味で本当に‘’痛かった‘’ポートの埋め込みでしたが、主治医自ら担当してくれた今回の抜去術は痛みもトラブルもなくあっという間に終了し、予定通り一泊で退院。


その後、10日ほど開いた次の診察時には、まずは乳腺外科で抜糸をしてもらい、そのまま放射線科に回されて治療とスケジュールの説明を受けました。


1月最終週の月曜日から、毎週平日に、週5日の週5回を、当初は25回か30回、と言われていたのが30回の照射と判明し、都合6週間の治療で、終了は3月10日とのことでした。


この放射線のためにリザーバーポートを抜く必要があり、その処置と回復を待って放射線、と年末に主治医に聞かされた時からわかってはいたことですが、抗がん剤終了後、1ヶ月の休薬期間がちょうどお正月にかかるため、年明けすぐにも放射線と思っていたのが少し遅れることとなり、職場にも、年の暮れのご用納め頃にすべりこみで連絡し、3月いっぱいの休職を申請する診断書を出していた所ではありましたが、やはり、治療自体が3月にかかり、更に放射線の回復にはそこから2週間必要と聞いて、4月の復帰には結構ギリギリだったなあと思っています。


そして先週末にはいよいよ、放射線の照射部位の確認のため、実際にリニアックといわれる機械に入り、光をあてて位置決めをし、胸いっぱいに、基準線を描かれて帰って来ました。


これからはこの線を消さないように生活することが至上命題で、長風呂禁止、熱いお風呂も入浴剤もダメ、さらにはタオルなどで擦ってはいけないということで、今テレビで宣伝中の「摩擦レス~♪」ではないですが、泡状で出るボディソープを買ってきました。


普段は長湯&ごしごし擦る派なので、もの足りなさはありますが、とにかく正確な位置に照射してもらうための基準線なので、大事にしなければと思います。


放射線の準備ではもう一つ、皮膚の刺激を抑えるという大事なことがありました。


個々の体質にもよる、としながらも、やはり放射線治療の副作用として、照射部位の皮膚傷害は避けられないようです。
そして、それが重篤になるか軽症で済むかは、いかに皮膚の摩擦や刺激を抑えられるかによるというのです。


そのためには、まず、自分の腕や体で、照射部位を圧迫、接触、摩擦しないこと。
本当なら、おっぱい自体がもう少し小さければ良かったらしいのですが、母譲りのゴージャスな胸で、こればかりは如何ともしがたく、なろうことなら、やせるのも良い算段であるようでしたが、すぐにはムリなので、それは努力目標として、看護師さんに秘策を授けてもらってきました。


それは、肌にやさしい綿の下着を裏返しにして着て、更にその上からブラジャーをして、胸が動かないように抑えること。


照射部位が胸の上部から鎖骨にかけて、ということで、襟があると首に擦れて痒くなるため、タートルやハイネックではなく、UネックやVネックにすること。
その上で、首を保護するこれまたお肌にやさしい生地の巻ものなどがあると良い、ということで、普段、インナーはすべてハイネック派の私は、条件に合うようなものがほとんどなく、‘’買わない生活‘’実践のため、手持ちのハイネックの首の部分をハサミで切る、なんていうことも考えましたが、いやいや、体の治療のためだから!ここは買うところだから!と思い直し、久しぶりにMUJI のお店へ出向き、紺色の袖つきインナーを買ってきました。


リンパへの転移があったため、今回の照射部位には胸のほかに、脇も含まれています。
そのため、タンクトップではなく、少しでも袖がついているものを、とのアドバイスでした。


夕べ、お風呂上がりに(入浴剤ナシ、ぬるめで早く上がるつもりが結局一時間、)着てみると、例えインナーでも新しいものは気持ちよく、なんでこのくらい、買わなかったのかな?と自分に少し突っ込んでもいました。


駅前の大きなショッピングモールだったので、近くの雑貨店で取り扱わなくなって以来手に入らなかった母のお気に入りの玉の肌シャンプー&リンスやアルビオンの乳液、弟の好きなロイズのチョコレートなども買え、また、久しぶりのお買いもので自分自身、なんだか少し気が晴れた気がしたスマイリーです☺


別なお店でガーゼタオルのマフラーも買い、準備万端です。



まずは照射の1回目、とりあえずがんばって行って参ります。

ホルモン治療始めました☀

明けましておめでとうございます。

春に乳がんが見つかり、ただ今絶賛治療中のスマイリーです☺

本年もどうぞよろしくお願いいたします。



思えば4月の1日に告知を受けて、ゴールデンウィーク明けの5月8日に手術、その後3週間に1回の抗がん剤治療を続ける中、途中左鎖骨下へのリザーバー・ポート埋め込みとそれに伴う肺気胸や緊急処置手術などのアクシデントを挟みながらも、11月末には全8回の抗がん剤投与を終え、約1ヶ月の休薬期間であった12月は、何か開放されたような気持ちで過ごしました。


ブログの更新もすっかりご無沙汰してしまいましたが、抗がん剤の副作用で指先の痺れが続き、皿洗いをすれば茶碗を落とす、ペットボトルや缶飲料のプルタブが開けられない、字を書けばペンが思うようにコントロールできずすごい下手な文字になるなど不便な生活の中、ガラケーでポチポチ打ち込むスタイルのこのブログも、まず本体を取り落とす、文字盤をタッチしても手応えがなく正確に入力ができないなどでいつしか何だか気持ちが遠のいてしまっていました。


痺れは足先にもあり、なるべく靴下の中で指を動かしたり広げたりしてリハビリに努めてはいますが、まだこの状況はしばらくは続きそうです。

とは言え、前回の子宮がん治療では摘出手術の後遺症で膀胱の神経が傷付き、自己導尿になったことを思えば、まだまだましなレベルです。

字も、自分の名前くらいなら、ややちゃんと書けるようになってきているので、少しずつ良くなってきているものと思いたいです。

手が利かなくなってきてから、ずっと母に任せきりだった茶碗洗いも、なるべくがんばろうと思います。


ここまで、足掛け8ヶ月の治療はあっという間でしたが、この年明けからは放射線治療が待っています。

火傷のようになる人もいれば、レントゲンのように痛くも痒くもないという人もいるとのことで、あまり身構えず、とは思っていますが、弟が経験者の方から聞き込んできた所によると、照射後の疲労感が半端ではないらしく、それを知ってまた、大学病院までの送迎を申し出てくれました。


ただ、放射線治療は、1回につき、準備と身支度に前後10分ずつ、照射に10分程度と、全部合わせても30分くらいしかかからないのに、月曜日から金曜日まで毎日、1週間に5回の通院を5週或いは6週間というスケジュールで、自分本人は仕方ないですが、その送迎となると弟にも相当面倒な毎日になると思います。

やってみないと何とも言えない所ですが、多分また甘えることになると思うので、今から本当に御苦労様なことと感謝しています。



その放射線治療の前に、実は、以前抗がん剤のために入れたリザーバー・ポートを抜かなければならないということがわかり、一泊で済むようですが、7日に入院してミニ手術をしてきます。

右の鎖骨下に入らず、左側に埋め込んだのですが、今回の照射予定である乳がんの患部に近いため、そのままでは放射線ができないというのです。

気胸になってまで入れたポートなので大事にしようと思っていましたが、こればかりは仕方がありませんね。



放射線治療はこの傷の回復を待って始める、とのことで、年明けすぐに放射線と思っていたのが、治療が後ろに延びることになってしまい、伴って、2月末までの休職予定が、年度内一杯はお休みをいただくことになりました。


復帰は4月ということになりますが、焦らず、目の前の治療に一つひとつ取り組んでいきたいと思います。



そして、放射線療法が後ろにずれたために、年明けから一緒に始める予定だったホルモン療法を、30日間、試験的に先に始めることになりました。


抗がん剤終了後3週間の診察の翌日から、女性ホルモンの形成を阻害する薬を飲んでいます。

私の癌タイプは、ホルモン依存型であるということがわかっており、女性ホルモンが癌の原因となる反面、その形成を阻害することが癌治療に有効なのです。


今となっては、前の子宮がんの際に、ホルモンパッチで女性ホルモンの補充を続けたことが悔やまれますが、自分自身も、ホルモンパッチが乳がんのリスクを高めるという知識があったので、医師にもその点を質していたのですが、それでもなお、主治医が強くホルモン補充療法を勧めたためそれに従った訳ですし、主治医としても、子宮と卵巣摘出手術の後療法としては女性ホルモンの補充が適切で妥当であって、乳がんが発覚した時も、「ホルモンパッチは一旦止めようか」と処方はストップしたものの、乳がんの原因とは決して認めず、主治医が言ったのは‘’年齢的なもの‘’という言葉でした。


子宮と卵巣を取っているので、ホルモン治療はいらないのでは、と考えたこともありましたが、女性ホルモンがなくても、男性ホルモンから形成することができることがわかり、人間の体ってすごいなあ…と思うと同時に、ホルモン治療を受け入れるしかないと理解したスマイリーでした。


このお薬を服用して2週間ほどになりますが、女性ホルモンを阻害するだけに、やはり更年期障害のような症状が出る中で、一番の副作用は骨粗しょう症になることだそうです。

関節痛などもあるようですが、これかな?と思うことがあっても、聞いていなければ気づかないだろうレベルですし、抗がん剤の副作用に比べれば、たいていのことは我慢できると思います。

なるべくカルシウムを摂り、対策に努めたいと思います。


ホルモン治療は、年単位の、それも5年服用と10年服用ではどちらが効果があるかという議論がされるほど、長く付き合わなければならないものです。

人によっては、悪心や吐き気があったり、もう飲み続けられないという人もいるようですが、今の所自分は大丈夫なようなので、このお薬を続けていくことになるかと思います。

今後も服用が苦にならず、今飲んでいる甲状腺のチラーヂンのように、毎日の習慣になるぐらいになればと思っています。




このように、ホルモン療法はやってはいますが、今は、抗がん剤終了後の、宝物のような休薬期間。


クリスマスやお正月と重なったこともあり、家族でささやかな宴をはり、美味しいものを食べたり、何もせず引きこもって、ゆっくりしたりと、心穏やかな日々を過ごすことができました。


来週からは、お仕事が始まるという方も多いと思いますが、自分も気持ちを切り替えて、新しい治療に取り組んでいきたいと思います。


それまでは、束の間の休暇を楽しみたいと思います。

今日は母の好きなキムタクの映画やドラマの放映があるようです。
まずはそれに付き合いたいと思います。

抗がん剤終了~8回目☀

こんにちは☀


春に乳がんが見つかり、ただいま絶賛治療中のスマイリーです☺


このたび、おかげさまを持ちまして、全8回の抗がん剤投与の治療プロセスを終了いたしました!



元々の治療計画では、手術 - 放射線、そしてホルモン治療を併用、ということだったのですが、最初の手術の結果、脇のリンパにもガンが入っていたため、先に抗がん剤をすることになり、伴ってガンの進行度もstageⅢということになったのでした。


3週置きに8回の投与は長丁場で、しかも1回目の抗がん剤を受けてから血管ポートの埋め込み手術をしたために、なかなかポートが入らず右鎖骨下を諦めて左鎖骨下に変更した挙げ句、針が肺に引っ掛かり、肺気胸になるというアクシデントから、その処置のための手術と回復のためにまた時間がかかり、全体としてはちょうど3週間遅れのゴールとなりましたが、なんとか年内に間に合って良かったです。


ここまで、色々と応援していただき、励ましていた皆様、本当にありがとうございました☺




最後の抗がん剤の日は、このあと1ヶ月の休薬期間に入ると聞いていたので、主治医の先生と会えるのも今日で最後と思い、今後の治療について少しお話を聞かなくちゃと思っていました。


最初の予定では、次は放射線とホルモン治療です。


自分の考えでは、年内はお休みして、年明けから放射線開始、と思っていましたし、その放射線についても、火傷みたいな状態になったり痛みがあったりするという人もいれば、レントゲン検査みたいに、全く痛くもかゆくもないという体験談まであり、あまり予断を持ってもいけないなと思っていました。


むしろ、同時に始まるホルモン治療について、副作用から来るしんどさみたいな先輩の体験談が多く、そちらの方が気になっていたスマイリーです。


乳がんの大先輩である私の母も、ホルモン治療の薬がどうしても合わず、途中でやめたという話も聞いていました。


やりたくないな…。


抗がん剤を終えた達成感からか、もう十分がんばったという思いからか、そんな気持ちが芽生えていました。



「あの~、ホルモン治療なんですけど」私は主治医に言いました。


「前回の子宮がんの治療で、子宮も卵巣も取ってるので、ホルモン治療はしなくて良いということは…、」

「ないですね」


ナイス・アイデアと思っていたのは、私だけだったようです。


先生は、閉経後、女性ホルモンが出なくても乳がんになる高齢の方もいるという話を引き合いに出して私の考えを覆し、もう少しちゃんと勉強してね~的なことを仰いました。


そして、3週間後、診察に来るように、とも。



今日はその、3週間目の診察日です。


朝9時の予約時間に間に合ったと思って診察券を出し、すまして乳腺科の椅子に座っていた私でしたが、採血してからまた来て下さいね~と看護師さんに言われてしまいました。



そうでした。

どうして、診察だけだと思ったんだろう。


腫瘍マーカーだって見なくちゃならないし、いつもはまっすぐ血液検査室に行っているのに…、


全く、素人じゃないんだから…。


抗がん剤が終わったことで、すっかり気が抜けてしまったようです。


ですが、抗がん剤が終了後のこの3週間というのは、副作用の味覚障害などはもちろんまだありますが、そうはいっても、長い治療中のエア・ポケットのような解放感があり、一度すべてを忘れてリラックスできる、貴重な時間でした。


この間、いとこが見舞いに来てくれたり、美容室を立ち上げるという友人のお祝いに集まった同期が一緒に抗がん剤終了を祝ってくれたり、転勤した職場の友人が会いに来てくれたりといった嬉しい出来事がありました。


鏡を見ると、相変わらずな病気の自分がそこにいるのですが、みんなと話している間は、自分もまるでいつものように元気でいるような感覚があり、自分もこうしてはいられない、何かしたいという意欲も湧いてくるのでした。



現実は、自分からは動けない自分のために、こうやって足を本運んでいただき、本当にありがたいことです。

元気な人からは、会うだけでものすごいエネルギーをもらっているのです。


いつもありがとうございます。




なんとか血液検査も終わりました。


体が回復してきているのか、今日は心なしか針が入りやすかったように思います。


今日のお話を受けて、また今後の治療に心新たに向き合いたいと思います。

抗がん剤7回目☀

こんにちは☀


春に乳がんが見つかり、ただいま絶賛治療中のスマイリーです☺



早いもので、3週間に1回、6月から受け続けてきた抗がん剤も7回目となり、計8回の予定なので残りはあと1回となりました‼


いつも、直接・間接に励ましていただき、応援していただいている皆様、本当にありがとうございます。

ここへ来て何なんですが、ようやく、乗りきれそうな気がしてきています。


後半の抗がん剤は吐き気が少ないということや、アルコールベースということで、お酒に強いから大丈夫!と、そんな単純な話でもないのですが、前に子宮がんの抗がん剤をした時に、
「お父さんからも、お母さんからも、(抗がん剤に)適合する遺伝子を受け継いでいますよ」
と御墨付きをいただいたものと同じ系列の抗がん剤なので、少しは楽になるのではないかと思いの外、意外に疲労感が強く、また、味覚の異常から食べられるものがなく苦労していて、副作用からの立ち直りにも、以前より時間がかかっているかなという印象です。

少し、味の感覚が直ってきた、何か食べても美味しいと思えるようになってきたと思ったら、もう、来週は次の投与の日が迫っているという感じです。



今回は、月始めの水曜日が、抗がん剤投与の日でした。


弟は、夏のイベント仕事の後始末と決算、資料整理などで多忙な時期でしたが、今回も車を出してくれました。


今月になり肌寒くなり雪もちらほら、次回はもう完全に冬景色なことでしょう。
まだタイヤ交換前でしたが、ランクルだから大丈夫、とのことで、出かけました。


因みに私のFIAT 500ちゃんは、春になったらアルミホイールを買ってあげようとか色々計画していたのですが、この癌が発覚したため、新しいホイールもやめ、それどころか、夏タイヤへの交換もパスして、あらゆる意味で‘’省エネルギー‘’(最近聞きませんネ、このフレーズ)で来てしまいましたが、今となってはやはり正解だったと思っています。

元気になったら、またいじって、手をかけてあげようと思います。



さて、今回は、抗がん剤前の口腔科の診察がない日なので、スムーズに行くかな⁉と期待していたのですが、またまたなかなかどうしても血管がとれず、採血に時間がかかってしまいました。


やっぱり抗がん剤の影響により、血管の損傷が進んでいるのか、とうとう一回では入らず、一度抜いて挿し直しとなってしまったその手の甲を撫でながら、看護師さんは何度も何度も「ごめんね~」と謝ってくれました。

前回、色々吟味して、うまく1回で入った小指の付け根の血管が、今回はやわらかく逃げてしまったのでした。

 
いえいえ、血管の出ない私の体が悪いんですと申し訳なく、慣れてるから大丈夫ですよ~造影剤入れるのに、お医者さんが挿してくれてもなかなか入らなくて、いつも何回も挿し直ししてるんですよ、と思わず自虐ネタを披露してしまいました。


看護師さんはプロとして、ちゃんと挿したい!という思いがあるとは思うのですが、うまくいかなくても悪いのは患者のコンディションであって、看護師さんの腕ではないのです。


それでも、昔、どうしても入らなかった時を自分も懸命に思い出し、「そういえば、ここから挿したこと、あります!」と手の甲のあらぬ所をさすと、そこから何とかその血管を見つけて、入れてくれた看護師さんはやっぱりプロだと思います。



そんなこんなで、最難関の血液検査を突破し、そこから結果待ちの1時間はフリーなのでゆっくりLAWSONへ行って例のシャキシャキレタスのサンドイッチを買って食べました。


おなかが空かないようにどのタイミングで何をどこで食べようか、悩んだり考えたりしていた初期の頃に比べて、今では色々なことがルーティン化してきていて、だいぶ楽になっています。


乳腺科でも免疫の戻りにも問題なく、抗がん剤もスムーズに受けることができました。


今回は、少し眠ったのでしょうか。


予期不安対策の吐き気止めも効いているらしく、また、抗がん剤後に服用するデカドロンというステロイドの効果もあって、後半期の抗がん剤ではほとんど吐かずに済んでいます。


問題は、食べものに味がしないこと…、でしたが、今回は、それにも、新たな解決策が見つかりました。


前回は開いているラーメン屋さんを探して、街中走り回る羽目になりましたが、今回は教訓をいかしてまっすぐ帰宅。


どんなときにも、安定した味を提供してくれるのは、『梅のお茶漬け』です。

ほかに、ご飯にシンプルに牛乳をかけたもの、そして定番のお粥にお塩、だいたいこの3つのメニューで、抗がん剤後の口の悪い時期を乗りきってきました。

そこを過ぎると、鶏の出汁をかけた温かい素麺などが食べられるようになります。
それを知って、友人が届けてくれる島原素麺を、今年はどれだけいただいたことか。

本当に、いつもありがとうございます。



そんな、食べられるものも食べたいものも限られていた中で、新たに出てきた‘’大好物‘’、それは、キムタクのドラマの中で見つかりました。


『グランメゾン東京』。


日曜のゴールデン枠で、キムタクの久しぶりのドラマとあって、うちでは毎回、録画もしながらリアル・タイムで観ています。


母が、キムタクの大ファンなのです。


今回は、ミシュランの三ツ星をめざすシェフの役、ということですが、曜日こそ違え、かつて『月9』と呼ばれたトレンディ・ドラマの‘’お仕事シリーズ‘’の続き、といった雰囲気です。


今回のマドンナ?は鈴木京香さんですが、かつて言われた‘’愛人顔‘’などという雰囲気を返上して、オーナーシェフとして料理と経営に全力で向かう役どころを爽やかに演じています。

ドラマのテンポも良く、いつもはキムタクの再放送を母に付き合わされて見ている私も、今回は楽しみに観ています。


因みに祖母はヨン様のファンだったので、あの有名な『冬のソナタ』も祖母に付き合い、何度見たかわかりません。
ある夜、本屋さんでその冬ソナの音楽が流れた瞬間、涙が出てきて、どうしたんだろうと思ったら、おばあちゃんを思い出していた、ということがありました。



私の中では、キムタクのドラマでは映画にもなった『Hero 』が一番好きなタイトルですが、この『グランメゾン東京』もそれに迫る勢いです。

とにかく、お料理が美味しそう。

その中で、鹿のジビエのお料理が出てくるのですが、自分は鹿はあまり好きではないはずなのに、それがすごく美味しそうで、あと、同じジャニーズ事務所からkiss- my- fit2の玉森くんがホテルの若手料理長の役で出ており、そのホテルのブッフェで出すローストビーフが目に入った時、思わずこれだ…!と、画面を指さしてしまいました。


ホテルの宴会料理ぐらいでしか食べたことのなかったローストビーフ
地元のお肉屋さんではできたやつはない、ということなので、(自分で作る方もいますよね)、弟に頼んで、仕事帰りにスーパーで探して買ってきてもらいました。


食べてみると、これがビンゴでした。


しっかり味がついているのが良かったのか、体が求めているから美味しいのか。

ふと気づけば、相当なたんぱく質不足にも陥っていたスマイリーでした。


あっという間に食べてしまって、次の日にも、その次の日にも頼んだため、3日めにはお店にあるだけ、買い占めてきたとかで他に食べたい人はいなかったかな⁉と思いつつ、薄~く切って、牛乳を温めては一緒にいただいています。
牛乳とは、やはり相性が良いようです。



こんなに美味しいローストビーフですが、食べた後はまる一日、消化に苦しむ羽目になることは内緒です。
この苦しさは、前に、お友だちとの旅行で泊まった温泉宿で、しゃぶしゃぶを食べ過ぎて帰ってきてから腸閉塞になりかけたことを思い出させる程のものです。
抗がん剤で、胃腸が弱っている所へ、いくら薄く切っている、よく噛んでいるとはいっても、お肉を投入はキツいのかもしれません。

何事も、良いことばかりではありません。



ですが、何とかこれで、次回の、そして最後の抗がん剤も乗りきれそうなスマイリーです。



今日は日曜日。

今夜もキムタクの『グランメゾン東京』を見ながら、牛乳と一緒にローストビーフをいただきたいと思います。

美味しいもののお取り寄せ

こんにちは☀


春に乳がんが見つかり、ただ今絶賛治療中のスマイリーです☺


今回の抗がん剤で、何と7回目の投与が終了し、残すところあと1回となりました。


後半の薬剤は、前半のものに比べてやや吐き気などの副作用は少なく、「食べられない」という気がしないのが良かったのですが、なぜか味覚障害の方がきつく、口にしてから、こんな味じゃない…とか、甘すぎる…とか、塩味が感じられない…ということが多くありました。


自分で料理していても、思うような味にならないので、もっと塩や醤油を足したい、などと言っては、家族にとめられたりもしました。


母も、弟も、充分美味しいと言ってくれるのですが、自分だけが味がしない、甘ったらしく感じる、などで美味しさが感じられず、食べたいのに食べられない、というもどかしさがあるのです。



その結果。


なんとAmazonで、夜な夜な『美味しいお取り寄せ』などというワードで検索したりしているのです。


Amazonは、本を買うだけの所じゃないんですね。


最初のお取り寄せは、タイムセールになっていたズワイ蟹のカニしゃぶでした。


お刺身でも食べられるレベルとのこと、北海道にいるのにわざわざAmazonからお取り寄せなんて、と思いましたが、届いてみると紋別からのお品もの。


な~んだ、そういうことになってるのね。


指示書に従って、上手に溶かして、しゃぶしゃぶで美味しくいただきました。


これに味をシメたという訳でもないのですが、食べたいものを思いついたり、スーパーで手に入らなかったものがあったりすると、検索してはお取り寄せしてるスマイリーなのです。


カニの後は、タイのマリーというオレンジ・ジュース、以前にも買って、ホテルの朝食に出るような美味しさが気に入っていたのですが、こちらは残念、甘味を強く感じすぎる今の自分の舌には合いませんでした。


ならば淡白なものをと、秋の味覚の甘栗をスーパーで探すも、ついこの間まで見かけたはずの甘栗がどうしても店頭で見つからず、こちらもAmazonで『石井の甘栗』という、こだわりのお品をゲット。

さすがに甘いとか塩味がしないなどという不服もあるはずもなく、また、本当に良い栗で、美味しくいただきました。



世の中の人は、みんなこうして、美味しいものをお取り寄せして、おうちで食べているのでしょうか?

これは、豊かな楽しみと言えるかもしれませんね。



今はうちでも、きっかけは抗がん剤の副作用からの味覚障害対策ではありましたが、買わない・捨てない生活とはいえ、
‘’食べて消費するものは買って良い‘’という暗黙のルールが、他の物を買わない反動からか、
‘’美味しければ多少の贅沢をするも良い‘’、という方針に勝手に変わってきているようなのです。


抗がん剤で食べられない自分に、ずいぶん長く家族をつきあわせていたことの、罪滅ぼしでもあります。



明日は宮城は仙台の阿部蒲鉾店さんから、笹かまを届けていただくことになっています。


これは、生前父が、珍しく、本当に珍しく、本州旅行を企画してくれて、当時、祖母はもういませんでしたが、少し体の弱ってきていた祖父も連れて家族一同での最後の旅行ということで、秋保温泉の『佐勘』、松島の『一の坊』と贅沢な旅館を巡る中で、笹かまの阿部蒲鉾さんのお店に寄ったことがあったのでした。


それまでにも、笹かまはもちろん食べたことはありましたが、本場の笹かまは、旅行の楽しさもあったのかもしれませんが、本当に本当に美味しかった。


私はその場で、職場の方へのお土産として、かわいい魚の絵のついた紙袋に入った詰め合わせを、一人にひとつずつ配れるように買いました。自宅用や御近所用にも買いました。


滅多に家族旅行などしない我が家では、いつもお土産をいただくばかりだったのです。


この笹かまの詰め合わせは、皆さんにも大好評でした。


あれから何年、経ったのでしょうか。



今回、ふと笹かまを食べたいと思って検索していた所、『美味しい笹かま四選』という記事に出会い、その中にこの阿部蒲鉾店の紹介があり、既になんというお店だったのか、名前さえも忘れていたのに、阿部蒲鉾店という文字面を見た途端、あっ、ここだ!と閃くと共に、あの楽しかった旅行と、まだ家族が元気でいてくれた頃のこと、そして美味しかった笹かまの味までが、よみがえったのでした。



まだまだ味覚の方は、自分の舌が信じられない状態ですが、明日届く笹かまには、思い出をふりかけて、美味しくいただきたいと思います。

自転車の再生🌠

こんにちは☀



春に乳がんが見つかり、ただいま絶賛治療中のスマイリーです☺


全8回の抗がん剤も6回を終了し、今月は、週明けと月末に各1回の投与を受ければ、晴れて1ヶ月の休薬となります。まずは今月2回の投与をがんばります。



さて、こうやって3週間に1回の治療を続けている訳ですが、最近は投与後2週間は何だかんだ言って動けない日が続いています。そんな中、それでもチマチマと、ものの断捨離やリサイクルを進めています。


いっぺんに捨ててしまうのではなく、欲しい人や必要な人を探しての断捨離・お嫁入りなので、なかなか遅々として進みませんが、このたび大物の自転車を片づけることができたのでお知らせします。



それは、長いこと、家の裏の池の横に放置されていました。気がついた時にはもう錆びサビで、見るたびに何とかしなきゃと思いつつ、結局見てみぬフリをしてしまい、また放置…になってしまっていた、私の自転車でした。



ボディはメタリックの赤紫の小型車で、イギリスのMINI デザインのモデルはお洒落で格好良く、お気に入りでした。


お気に入りなのだから、毎日乗っていました、どこどこまで一緒に走りました、と書ければ良かったのですが、実は、本当に数えるほどしか、乗らないままの自転車でした。


当時の自分に自転車が必要だったのかというと、今、考えればそうではなかったことがわかります。

自分で体を動かすことが得意ではなく、車好きで、近所へのちょっとした買い物にも必ず車を出していたスマイリーです。


ただ、当時、職場でちょうど自転車に乗ることが流行っていたのか、お友だちになった先生方が皆、自転車を持っていて、サイクリングしたり、ダイエットとかにも、良いらしい…と聞いて、颯爽と自転車に乗り、健康的な生活をしている自分になれるような気がして、なんだかいいかも…とお友だちみんなに自転車屋さんに連れていってもらい、あれよあれよという間に、その、MINI-DESIGNの自転車に決めていたのでした。


最初は自宅に置いて、近所への足がわりに乗ろうと思っていたのですが、朝はギリギリに起きて出勤し、夜はとっぷりと日が暮れてからのご帰館で、なかなか自転車の出番はありません。


土、日 という日があったはずなのですが、もう長いこと、私は土日の時間を自分の休養に充てており、学校がらみの行事やPTA のイベントでもなければ、『妖怪ウオッチ』で言う所の、‘’引きコウモリ‘’になって過ごしていました。


そこで私は考えました。

学校に置いておいて、昼休みに乗ろう!と。


昼食の時間はいわゆる‘’給食指導‘’なので、私たちの昼休みは生徒下校後に1時間程度~後に45分になり、その代わり退勤時間が15分繰り上がりました~確保されています。


本当に忙しくなると、この時間も貴重で休みをとらずに職員室に籠って仕事をしたくなるのですが、(現に、そうやって頑張って早く帰ることを優先しているお母さん先生もいっぱいいました)、やはり、この昼休みに休憩し、気分転換をしておくことは、働くコンディションを調える上でも大切だと思い、自分はなるべく昼休みをとり、一旦教室や職員室から出て図書館などに場を移したり、時には近くのコンビニまで出かけてアイスや飲み物を買って来たりしてタイム・シフティングを心がけていました。


この時間に、学校の周りを自転車で走ったらどうだろう?

自転車生活に憧れた時と同じような、‘’ヘルシーな生活‘’をしている自分が、もう脳裏に浮かんでいます。


私はわざわざ車に自転車を積んで学校に運び、朝から自転車通勤している先生方のマシンと並べておきました。


そして、いよいよ昼休み。

目指すは坂の下のLAWSONです。

普段車で行くときは、さらに曲がって少し遠くのセブンイレブンに足を伸ばすことが多いスマイリーですが、ここは初めての自転車でもあり、超至近距離に目標を設定しました。


いざ。


かなり前のことでもありますし、この日自分がLAWSONで何を買ってきたのか、何も買って来なかったのかも定かではないのですが、とにかく記憶にあるのは、帰り道の坂上りがエラかった!ということです。


降りるときはスムーズで、あまりに手応えがないのでギアを上げてみちゃったり、色々といじりながらなるほどなるほどと好調に走っていたのですが、上りとなると、ギアが低いと進まない。ですが、ギアを上げると脚への負担が辛く、それもダメで、本当に往生しました。


何と言っても、この自転車と共に、坂の頂上にある学校まで、戻らなくてはならないのです!


幸い、時間には余裕があり、休憩時間中に無事学校に着くことはできましたが、この経験が、その後の私を、このMINIちゃんから遠ざけたことは言うまでもありません。


MINIとの思い出はこれ1回で、その後自宅に引き揚げた後も、町内や自宅付近なら平地で楽に乗れたはずなのに、私は見向きもしなくなってしまったのです。


いつの間にかMINIは倉庫にしまわれ、何年か経ちました。


そして祖父が亡くなり、父が亡くなり、私もガンになってしまい、母と弟が話し合って、その倉庫や土蔵を壊してアパートを建てるということになった時、古いタンスやたくさんの生活道具などと一緒にこのMINIも 再び現れたのですが、古もの屋さんにも引き取られることなく、と言って自分も屋根の下に入れて上げる必要があるなどということにも気づかず、裏の軒下で、雨ざらしにしてしまったのでした。


この時は、最初のガンが見つかり今回と同じに手術- 抗がん剤- 自宅療養の最中だった私は、母と弟からアパートを建てるという話こそ聞いてはいたものの、着々と進む工事の様子を、現場は家のすぐ裏なのに、どこか遠くから見ている感じでした。


あの時の、妙な現実感のなさは、今でも何となく雰囲気として思い出せるくらいで、実感がないのです。


聞けば、私が病気で仕事を続けられなくなっても、将来的にも何とか食べていけるようにと考えてくれての決断だったらしいのですが、私は金銭的にも全くノータッチで、自分ごととも思えずに傍観していました。


全財産?かどうかはわかりませんが、貯金をはたいて母と共同で頭金を出資した弟は、部屋の間取りを決め、外壁の色や建物のデザインを選び、街にあった昔、祖父母が持っていた老朽化したアパートも、亡き父が壊れて崩壊したりしたら大変だからと住んでいた方に交渉して新しい住居を提供して少しずつ移ってもらい、建て壊しの準備を進めていたのを引き継ぎ、うちの裏のアパートと同時に建て直し、街中の方は『COCOA 8条』、裏のアパートは『COCOA 永山』と命名しました。


うちの方はともかく、街の物件は大通りの9条に比べて、8条通りは道が曲がっていて場所がわかりづらいため、遊び心も込めて、
‘’ここは八条‘’ を『COCOA 8条』 などともじったみたいです。



5年前、ガンになりアパートができた頃は、まだ人心地もなく、ぼんやりしていた私でしたが、今回は2回目とあって、ガンだと言われても、また、抗がん剤の治療中でも、少し回りを見る余裕があったのでしょうか。


今更のように、放置してきた自転車が気になり、何とかしなくちゃな~と思っていた矢先に、自転車を欲しいという人が現れたのです。


学校でお友だちになった方で、例の自転車を買うのに付き合ってくれた先生とも同じ職場つながりで、私が買った自転車に全く乗っていないという話を聞いたらしく、断捨離をしているという話の中で、もしその自転車が、要らないならぜひ!と言っていただいたのでした。


夏の間に少しでも錆び取りをしてみようと思っていたのに、全くの手付かずで、自転車は錆びサビです。


それでも良いです、とのお話に、譲ることはお約束して、私は自転車の再生に取りかかりました。


以前一度、このMINIを買ったお店に電話して、錆び取りの相談をしていたのです。

お店の方のお話では、錆び取りはしていないけれども、チェーンの交換なら2~3000円でして上げる、とのことでした。


チェーンを替えてもらうにしても、自分で他の部分を少しでもきれいにしてから、と思っていましたが、もう、そんなことは言っていられません。

急きょ、販売店さんに持ち込んで、できるところまでメンテナンスしてもらうことにしました。


自転車は、地域の赤帽さんが運んでくれました。

後はお店の方とのやり取りで、劣化したバッグは撤去してもらい、チューブもダメになっていたのでタイヤも交換してもらい、後輪のカバーは溶接、最後にここまできたら乗りかかった船と、ちょっと色褪せてしまったサドルとグリップも、純正の物はないというので、赤紫のメタリック・ボディーに合う、黒い新品の物に替えてもらうようお願いしました。


最初の話では、出来上がったら自分が引き取りに行って、錆び取りの残りをするつもりでしたが、『出来ましたよ~』とお電話をいただいた時にお聞きすると、かなりきれいにしていただいて、もう、私ができる所はないだろうとのこと。


メンテナンス料金のお支払後はそのまま預かっていただき、お店から友達の家に届けていただけることになりました。



「ピカピカになったんだって!良かった~」とワクワクしてお店に行った私ですが、家に戻ると、その夜は顔色が優れなかったようで、家族には何度も、「お金、すごくかかったんでしょう」と、からかわれました。

確かに、それもありました。


一つひとつの整備にかかる金額は大きくはなかったものの、まとまると二万ちょっとのメンテナンス代は、ろくに乗りもせず、錆びサビにしてしまったMINIへのせめてもの罪滅ぼしと、お任せする中で最終的にはボディー以外は総取っ替えのような形になり、覚悟はしていたものの、休職中の今、多少痛い出費ではありました。


それよりも、このお金で何ができたか?と考えると、もしかしてイオンとかなら新品が買えたんじゃないの?せっかく上げるなら、新しいのをプレゼントした方が良かったかも、などと思ってしまったのです。


いえいえ、今回のテーマは、うちの錆びサビのMINIを再生して手放す、ということでした。

お金が多少かかっても、そして、もしそのお友だちが見て好きじゃなかったら、ジモティーでも自転車を希望している人はたくさんいるようでしたので、ムダにはならないとは思っていました。


ですが、私を打ちのめしたのは、出来たよと見に行った私の自転車の、変わり果てた姿でした。

ハンドルにつけていた、スポーティーなバッグをとったからでしょうか。
後輪の上の荷台も、たぶん錆がひどいために外されたからでしょうか。
買った時から、黒だったら良かったのにと思っていた革の茶色いサドルとグリップが、純正ではない黒いプラスチック・ゴムに変わったからでしょうか。


錆びていても、劣化していても、あのMINI- Designのマシンにあったオーラのようなものが、なくなってしまったような気がしたのです。


そして、あと一ヶ所、まだ錆びサビな所がありました。
チェーンの中心にとぐろを巻いている、聞くとそれはギアだとのことでした。


「ここの錆びは取れないんですね、私がやってみても、ダメでしょうか?」と聞くと、「ここまでになるとね~、もう交換という形になりますね~」とお兄さん。
この日対応してくれたのは、私がお話していたオーナー親父さんの息子さんでした。

「ギアも取り替えれるんですか?」

私はびっくりして聞きました。

チェーンの交換はできるとは聞いていたのですが、その後、きれいにできる所は全部、という話でサドルやグリップの新調のお願いをした時も、ギアの交換という話は一切出なかったからです。

「ギアの交換は、ご相談してから、ということで…。」


お値段は、と聞くと、4000円ほどだとか。
そのくらいなんだ、と思いつつも、ここまでの総額を聞いているので、追加で交換をお願いしますとは言えない自分がいました。


期待が大きかった分、様変わりしてしまったMINIに、心が折れてしまったようでした。

先にわかっていたら、サドルやグリップは本人に見てもらってからの交換にして、こちらを優先したのに、という気持ちもありました。

ですが、メンテナンスの依頼項目には入れていなかったのです。
依頼に出向かず、自転車だけ届けてもらって、電話でのやり取りでというのも、裏目に出たのかもしれません。


いえ、とにかく自転車というものに対する、私の知識不足で、まず、私自身がギアという言葉を思いつきもせず、口からも出なかったのですから…。


これが愛車の点検であれば、一般的なメンテナンスに加えて、オイル交換だけでなくエレメントもね、とかロングライフ・クーラントを替えてくれだとか細ごまと注文をつけることができる自分ですが、自転車に関しては、どこが大事で、どこを整備しなければならないのか、その要諦さえ、わかっていなかったのです。


物を買うときに、ここがこうで、こういうデザインとサイズで、このようになっているもの、と条件をつけて注文できるようでなくては、その物を持つ資格はない、と聞いたことがあります。

私はやはり、自転車を持つ資格はなかったのかもしれません。
せっかく良い自転車だったのに、本当にかわいそうなことをしました。



MINIちゃんは、少し不本意な格好で、新しい持ち主に対面したことでしょう。

もらってくれる友人も、なぜ、ここだけ?と思ったかもしれません。
最初は、錆びていても何でも良い、とは言っていましたが、あのスゴい錆びサビを見せられず、現状渡しでなく少しメンテナンスしたことで、却ってギアの錆びが目立ってしまう結果になってしまいました。


しばらくして、忙しい中、見に行ってくれたようで、もし思ってたのと違ったり、気に入らなかったら、他に回しても良いんだからね~と言ってはあったのですが、ご本人は、素敵な自転車、ありがとうございます、しかもこんなにしていただいて~と。

そう言ってくれてはいますが、逆に、こちらが手をかけたことで、要らないとも言えなくなっちゃったかな?など、もの思う日々ではありました。

新しくもきれいでもないものを、人にもらってもらうというのは、本当に難しいものですね。


まあ、でも、自分なりにできることはしたし、せっかくのMINIちゃんを、廃車にせずに済んだのが、自己満足かもしれませんが良かったなぁという気持ちも正直、あります。


それと、今までの自分なら、ギアだけがまだ錆びサビで、交換もできる、とわかったら、無理をしてでも、ギアもお願いしますと言ってしまうような、完璧を目指さずにいられないような所が気性としてあったのですが、あの時、後はお友だちに任せてもいいかな、私は疲れちゃったな、という心の声を聞くことができたのも、大きかったと思います。


あちこち不十分ながら、それはそれで良しとして、できる範囲で暮らしていく。

ごめんねとかよろしくとか言いながら、人に頼ったり自分を許したりしていく。

こんな病気にならないと、そんなこともなかなかできなかった自分です。




昨日はとうとう平地でも、雪の降った地元です。

寝ていても、髪のない頭が寒く感じます。


裏庭の片づけも、空き地の草取りも充分ではありませんが、今年は野ざらしの自転車に寒い思いをさせなくてすみそうです。



2時間 10, 000円❗

こんにちは☀


春に乳がんが見つかり、ただいま絶賛治療中のスマイリーです☺


少し前には、6回目の抗がん剤をしてきました。今はきつい副作用も収まっているので、むしろ、何か今のうちにしたいな~という気分です。


そんな時、私の心に浮かんでくるのが、
‘’お片づけ‘’の4文字です。


本や教材がとにかく多くて、それが一番のネックだと思っていたのですが、今回ジモティーで、少し物を出させてもらった所、サイズアウトやそもそも買わなくても良いのに間に合わせで手に入れてしまい、結局着ていないものなど、衣類の断捨離も必要だということが浮き彫りになりました。


人は、見たくないものは見ない、というのは本当ですね。


あと135箱、は大袈裟かもしれませんが、今の自分には必要ないと思われるものが随分たくさんあることに気づき、愕然としています。


ちょっと前までは、そうは言っても、‘’もったいない‘’、‘’捨てられない‘’ というマインドだったので、たったいくつかですが、ジモティーで手放した経験が、少し溜め込みグセを解消しようという方向に気持ちを動かしてくれたのでしょうか。


そんなこんなで片づけたい、手放したいという気持ちにはなっているのですが、なんせ体が動きません。


衣類サイズの分別も面倒、ましてや重くてかさばる本をなんとかするなんて、考えただけでもうんざりなのです。


何か、ヒントはないかな?

私は検索を始めました。



最近私は、願望や心の声を、そのまま検索することが多いです。

体に痛い所があっても、検索してしまいます。
自分の症状を、そのまま検索ワードに入れるのです。

お医者さんに聞くより早く、解決してしまうことも多いです。

と言うか、医者に相談すべきことと、自分の中の取り越し苦労や不安からくるものに、見分けがつくようになってきました。




今日の検索ワードは、こんなものでした。


『片づけ、手伝って~』 


結構、悲痛な叫びです。


ですが、こんな叫びにも、応えてくれるプロが世の中にはいるようです。


『ゴミ屋敷片付け、積み放題、全て処分致します!』



…いや、そういうんじゃないんですが…。

いっそ、全部捨ててください、とした方が、お片づけは楽なようです。


当方、‘’捨てない片づけ‘’を標榜している‘’捨てられない女‘’なのですが。


などと思いつつ、見ていくと、市内で活躍されている、お片付けデザイナーなる方のホームページがありました。


何でも、おうちに来て、分別や片づけを手伝ってくれるだけでなく、その後の空間の美的コーディネートまで提案してくれる!というスタイルらしいです。


でき上がったお部屋の写真は、私のスタイルとは少し違う気もしましたが、そこはそれ、そのお部屋にあるものを活かしてのコーディネート、ということなので、私の部屋ならば私らしくならないはずがありません。


できあがりはすっきり、さっぱり、そして何より、側に来て手伝ってくれるのです。


何から手をつけたら良いかと途方にくれて、体が動かなくなる前に、きっと片づけの道筋を示して、励ましてさえもくれるはずです。


いいかも…!


本を積み放題、ワード・ローブも未整理の中をお見せするのは気が引けますが、今はプロに頼むのも、選択肢の一つという時代です。


『片付けの魔法』のこんまりさんは、今や、アメリカ中を飛び回ってご活躍のようです。


自分だって、これをこうしたい、あれをああやりたいという希望はたくさんあるのに、なかなか腰の上がらない中、誰かに手伝ってもらうのも、良いのではないでしょうか?


それでそれで、いくら位で来てもらえるの⁉


そう思って、具体的に調べ始めた私の目に、料金についての記載が入ってきました。



2時間、10, 000円!!

追加料金は、30分毎に、2, 500円です。



……………。


……………。



これを、自分でもできるのに高いと見るか、片づくならお値打ちと見るかは、人により、価値観により、また懐事情といいますか、お財布と相談して決めるのが一番現実的かとは思いますが、いいかも、いいかも、手伝ってほしいかも、と思っていたさっきまでの気持ちが、すっと冷めてしまったのも確かです。


いえ、プロのお仕事ですものねえ。


ダスキンさんのエアコン・クリーニングだって、お掃除マイスターのプロフェッショナルなすごい仕事ぶりに、感動したはずでした。



でも、でもね…。


たぶん、自分ではできないプロの仕事と、本当なら自分でやれる、いや、本来なら自分でやらなければならないはずのことを、お金を出してやっていただくという所に、心理的なハードルといいますか、値段もあいまって、やっぱり自分でやろうかな、やるしかないのかな、という気持ちになってしまったのかもしれません。



2時間、10, 000円。



まあ、2時間も集中と体力が続くかどうかわかりませんが、このお値段を根拠なき根拠に、なけなしのモチベーションを上げてみたいと思います。



これで片づいたら、壮大な‘’つもり貯金‘’ができそうですね。



とりあえずまた、児童センターさんに教材を一箱、送らせてもらおうかな…。



やっぱり衣類と本には腰が重いようです。