telegram ICO気になる

telegramのICOめっちゃほしい。telegramは匿名のメッセンジャーアプリみたいなやつで記録が残りにくいから仮想通貨界隈ではよく使われているslackとlineの間みたいなやつなんだけど、そこがICOする。

coin7.jp

世紀の一代ICOになりそうなので、めっちゃ期待。Presaleは5億からとからしい。5億円あるやつわざわざICOいれねーだろとか思うけど、めっちゃ期待度が高いから全然入れる金持ち多くてすぐキャップに到達するらしい。よくわからんけどすごいぽい。

インドの通販

インドのグッズの通販サイトに出会った。店名はあげない。

ウェブサイトは気さくなデザインで、決して洗練されているわけではないが、親しみがあってビジネス的には良い作りだ。行ったこともないが「そう、これがインドだ」って感じがして、僕はまぁまぁ悪くない印象になったので、いろいろと安いものを買った。例えば魔法のランプやガネーシャの印刷された金糸布やコップ、皿など。

通販カートを決済するとアフターフォローで「買ってくれて有難う」というメールがきた。そこには年末年始の挨拶や、とても丁寧な文章が書いてあって、また中々いい対応だ。時事ネタを入れ込んでテンプレ感を消している。こういうサイトのようなニッチビジネスはライバルがいないので営業努力をしなくなってしまうのだが、とても丁寧な印象を残すメールで、僕は多少なりともこのサイトを好きになった。

昨日インドグッズの通販で買った皿とコップが届いた。あしらいが施されている金属の皿とコップだ。想像したよりも軽くてあまり気に入らず灰皿にしてしまった。僕はこのサイトで二度と買い物をすることがないだろう、と思った。

 

ポケビジョン閲覧不可、APIをアクセスブロック

ポケビジョンがポケモンGOにブロックされた。

僕はポケビジョンのAPIを使ったプロジェクトで一億円稼ぎたいぜと妄想していたので辛い。

ポケビジョンというのが何かというのを簡単に説明すると、

ポケモンGOでは歩き回ってポケモンを捕まえるのだが、闇雲に歩けばとても大変、次節は夏なので夏バテ熱中症必至である。ところがポケビジョンを使うとポケモンが地図上のどこに居るかがわかる、という便利ツールである。

ポケモンGO本体には「足跡機能」という近しい機能が搭載されているのだが、それがバグで動かないのでみんなポケビジョンを使っている。ポケビジョンを見て、「あと5分あっちにカメックスが出てる!」とか言って走っていくのが楽しかった僕としては、ポケモンGOに今、楽しみはない。

今日のアップデートで足跡機能自体が廃止され、ポケビジョンも使用不能になっており(7月31日17時現在)、ポケモンの居場所を知ることができない。(いくつかのポケビジョンライクなアプリは息をしているが、API制限のせいかマップに表示される数は絶望的に少ない)

ビジネス的にいっても、継続率の谷にあたるような時期に、運営は「利用規約がどうたら、ハッキングがどうたら」とか

pokemon.appbako.com

感情的な対応をするべきではなく、(もちろん長期的な展望を見据えてだとは思うが)優先順位的には世界中の過疎ったポケストに対応してほしいし、なにしろ僕はポケビジョンAPIを使ってサービスを作りたいんだから、ポケビジョンに復活してほしい。

実際ユーザとしてもポケビジョンがなくなったらポケモンGOを続けることは難しいと思う。コンシューマゲームをソシャゲが駆逐したように、一度便利に慣れてしまった体はそう簡単に不便には戻れない。

POKEMON GO、世田谷公園のミニリュウ

ポケモンゴーが日本で発売されて1週間ほど。CP高い=めちゃ強い(つよく見える) というソシャゲライクになったポケモンステータスではカイリューが無双状態。

みんなカイリューが欲しい。課金してでも欲しい。だがポケモンゴーにガチャはない。カイリューを作るにはミニリュウを集める必要がある。

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ミニリュウを31匹集めるとカイリューに進化する。その素材となるミニリュウは手に入りにくくて、全国の水辺にレアポケモンとして出現する。

ただし、世田谷公園だけは『ミニリュウの巣』と云われていて、他のエリアと比べて圧倒的な効率でミニリュウを集められる。世田谷公園といえば、少し前まではランナーやスケボーキッズ、犬の散歩や子連れの散歩などで賑わっていた都心のセレブな公園だ。噴水があってその噴水がけっこうすごい。

さて、ポケモンゴー発売と同時に、世田谷公園はポケモンゴーの広告効果のポテンシャルをこれでもかと見せつけるように、子供からおじいさんまでの『サトシ』でごった返した。

今の世田谷公園には、過去訪れていた犬を飼っている人やランナーは見受けられない。全員シオンタウンに送られてしまった。

平日も休日も、驚いたことに朝も夜中も関係なくフジロック級の密度でお客さんが押し寄せている。ゾンビパニック映画さながらの密度で人、人、人がいる。各キャリアの中継基地は通信エラーを吐き出しつつもポケモンを捕まえたい人々でごった返している。ミニリュウが出現すると、人々はそこに向かい(pokevisionというツールで場所が把握できる)スワイプしてボールを投げている。

今や世田谷公園には充電を販売している人もいる。10分100円だ。商売人の鏡だ。売店のおばちゃんは気だるい様子もなく、キオスクを超える客数を炎天下のしたさばいている。

ミニリュウさえ発生すれば、人々は集まるのだ。何かレアでニーズがあるポケモンが発生する場所にポケモンマスターは、サトシは集まる。

動物化するポケモンマスターたちの未来はどこへ行くのだろうな、と思案しながら、僕は今日カイリューを完成させましたエヘヘ

三軒茶屋の喫煙所/カレーパン

私は暖かい午後の日差しを受けながら三軒茶屋駅前の喫煙所で座り込んでアメリカンスピリットを吸っていた。昼過ぎの打ち合わせも終わり、夕方の打ち合わせまで何をしようかな、お腹も空いたしラーメンでもどうかな、でも時刻は午後3時、美味しいラーメン屋さんは仕込みの時間帯だ。こういう時間帯にやっているラーメン屋さんは隙間産業、美味しくないんじゃないかな、などと思っていた。

すると目の前におばさんが立った。タバコを吸っている。その手にはビニール袋を持っていて、ビニール袋には数十個のカレーパンがはいっている。

私は、きた、と思った。

カレーパン星人だ。

髪の毛も茶色くてボリュームがあるおばさんで、どこかエスニックなペイズリーのワンピースは、インドカレーを想起させる。私はカレーパンを買いに西友へ向かうことにした。

セガール、涙のデニーズ

 「本連載では世界を変えたニュートリノの本質に迫ります。」・・・ぼくはページを閉じた。ニュートリノの本質に迫る知識も元気もないし、ここはデニーズ。デニーズでニュートリノの本質に迫ってしまったらもったいないな、と思う気持ちもあった。ぼくはこういうところで心の二の足を踏んでしまうことがある。
 
 たとえば、家で映画を見る時にご飯を食べながら見たりすることがある。ぼくが納豆をわしゃわしゃ食べている時に映画が泣けるシーンに突入してしまうと困る。格好がつかないのだ。わしゃわしゃと主人公が恋人を助け出すシーンの温度差は大きい。もったいないのだ。映画の中の彼らと、糸で口と箸で繋げたぼくは違う世界にいる。
 
 違う世界のことではなかなか泣けない。アフリカの子供の飢餓で泣くためにはストーリーと感情輸入が必要だと思うからだ。みんなもそうなのかな?と思う。そうじゃない人もいるのだろうか、と思う。セガールは納豆たべながら映画をみても大粒の涙を落とすのだろうか。セガールは泣くのか?わからない。納豆は好きそうだ。
 
 デニーズのカウンター席の並びにはサラリーマンの男性が座っている。電話口に「はい!はい!あ〜、そこ一度確認します」元気に話している。うん、確認します。と思った。ぼくは確認をけっこうちゃんとするほうなので、確認する彼に好感を覚えた。確認というのはいつごろからあるのだろう。原始人は何かを確認したりしてたのだろうか?洞窟から一回出て空模様を確認して洞窟の中の家族に「雨だったよ」みたいなことをやってるイメージがあまりない。
 
 カウンター並びの端のほうには別のクリエイターっぽい男性が「そうっすよね…うん、うん…なるほど…クライアントのアイデアで…はい。もうすでに一度やってますもんね!」そうか、一度やってることだからいけるもんね…みたいな感じ。そして本案件はクライアントのアイデアなんだ。どういうアイデアなのかわからないけどクライアントのアイデアだから尊重しよう、みたいな感じなのだろう。
 
 そう思っていると一人目のサラリーマンがコーヒーのお代わりを断った。デニーズはドリンクバースタイルじゃなくて、店員さんが抜け目のない確認で人々のコーヒーの残量をチェックしていて、無くなりそうになるとコーヒーポットをもってきてホットコーヒーを注いでくれるシステムだ。ぼくはそこが好きだからデニーズによく居る。
 
 「ぼくもう帰るんで!大丈夫です!」彼はスッと格好いい感じで席を立つをヒュンっという感じで帰って行った。
クリエイター男性はマスクをつけてパソコンに向かっている。画像編集ソフトのPhotoshopイラストレーターかな、でも、クライアントのアイデア…アイデアを形にするならパワーポイントかKeynote(アップルのソフトウェア)かな、と思った。
 
 クライアントのアイデアを形にする仕事なのか。世の中にはそういう仕事もあるみたいだ。アイデアを形にする、っていうのがどういうことなのかもぼくはよく分からないけど、マスクのクリエイターは綺麗な姿勢で黙々とタイピングしている。ぼくもこの文章を黙々とタイピングしている。

サンマ道を歩く

秋になった。道を歩いていると、秋刀魚の焼けている匂いがするので、秋刀魚のことを色々考えてた。俺は脂が乗り切った時期の秋刀魚が好きで、大根おろしとスダチをつけて、塩で食うのが好きなんだけど、はたとシラスのことを思い出してブルーになってた。シラスてのはバカな頃の白い集団の魚子供なんだけど、あれはアジとかサバとかイワシとか秋刀魚とかで出来てる。中にはシャコの幼生とかカニの幼生なんかもいたりするけど、集団の構成要素の大半はアジとかサバとかイワシとか秋刀魚…という認識でよろしいです。
ところで俺はちっちゃいころに、輪廻転生ていう概念を知って、それ以来…そう…それ以来は、シラスを見ては心臓を叩きながら打ち震えて泣いてた。輪廻転生てのはどういう考え方かというと、地球の上の魂の数は一定です、だからなんかが死ぬとなんかが生まれるだろ、みたいな考え方です。
俺がシラス食うと、口の中から魂が上にバビュン、バビュン、みたいな感じでどんどん天に打ちあがっていって、天からヒョロヒョロした青白い光が世界に落ちていってアフリカの子供が生まれたり、ヌーの大群が生まれたりしてるのか、そしてヌーが大河を渡るとき!濁流とワニには気をつけろ!!とか思ったら責任重大すぎて食えなくなった。
それとは関係なく俺はあんまり美味しくなさそうに生の魚を撮るのが好きです。写真は魂を奪うみたいな感じの、いま写真を撮られたことによって魚死んだみたいな写真が沢山撮れる。誰もわからない趣味みたいなのを2,3持っておくのも楽しいことだと思うぞ!!!