孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

国王が国民から逃げた珍事、ヴァレンヌ逃亡事件。~マリー・アントワネットの生涯54。モーツァルト:オペラ『クレタの王イドメネオ』第3幕(3)

「ヴァレンヌ事件」パリに連れ戻されるルイ16世一家

王妃の密かな決意とは

1789年10月5日に起こったヴェルサイユ行進」で、パリに連れてこられたフランス国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネット一家。

かつて絶対王権を奮った太陽王ルイ14世の居城、華麗なるヴェルサイユ宮殿から、パリ市内の旧王宮、蜘蛛の巣の張ったチュイルリー宮殿に、国王が民衆によって「拉致監禁」されたのは、フランス始まって以来の大事件でした。

誇り高いハプスブルク家の出身、マリー・アントワネットにとって、これは耐え難い屈辱でした。

これまで、母帝、兄帝や忠臣たちの忠告もきかず、やりたい放題で、放蕩三昧、贅沢三昧だった彼女は、それこそ王家の権威を失墜させていたのに、急に、その権威を守るために必死になってきたのです。

革命という危機は、ある意味、この女性を大きく成長させ、大人にしたとも言えます。

彼女は屈辱の中で、ベルギーにいた元オーストリア大使、メルシー伯に次のような毅然とした手紙を送ります。

マリー・アントワネットからメルシー伯爵へ

ふたつしか道はありません。謀反人の刃に倒れ、彼らが勝つことで万事水の泡となるか、それとも、わたしたちのために最善をはかっていると主張しながら、その実これまでもこれからも害悪しか及ぼさない人間たちの、圧制のもとに縛り付けられたままでいるか。これがわたしたちの未来です。もし決意を固め、自らの力と態度で世論を導かなければ、わたしたちを待ち受ける未来は、思っているよりずっと早く来てしまうでしょう。どうか信じていただきたいのですが、わたしが言っていることは決して興奮して思いついたわけでも、今の状況に嫌気がさしたり忍耐できなくなったからのことでもありません。今この瞬間にも起こり得る危険、そしてさまざまな可能性のことは、わたしもよく承知しております。ですがあらゆる方向から見ましても、わたしたちの前には恐ろしい出来事が立ちはだかっているようなので、何か身を救う方策を試した方が、何もしないでむざむざ破滅するよりは、はるかに良いのではないでしょうか。*1

彼女は自分が「破滅への道」にいることを悟っていました。

王が民衆に監禁されるという出来事が世界史でも珍しいこと、その意味をよく分かっていました。

その運命に彼女は抗おうとします。

それは、「逃げる」ことでした。

このまま軍隊の助けもないままパリにいたら、どんな目に遭うかわかりません。

祖国オーストリアに行けば、兄のオポルト2世が助けてくれるでしょう。

王が逃げる、という、実にみっともない決断を誇り高い彼女がしたのは、幼い子供たちを暴徒から守りたい、という気持ちが大きかったかもしれません。

母は強し、です。

王妃の愛人による、捨て身の手配

フェルセン伯爵

その手助けをしたのは、スウェーデン貴族の、ハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯爵(1755-1810)です。

マリー・アントワネットの愛人としてあまりにも名高い人物です。

彼女が本当に王妃の愛人であったのかどうかは諸説ありますが、少なくとも精神的には、ふたりが愛し合っていたことは、最近でも見つかった手紙などで、間違いないとされています。

フェルセンは、偽装した馬車で王一家を郊外まで連れ出し、そこで忠実なブイエ将軍の連隊と合流し、その護衛でオーストリアに亡命する、という計画を立てました。

彼は、別の愛人にも協力させ、100億円を超える逃走費用を個人的に用立てました。

すでに「国王が逃亡するかもしれない」という噂が広がっていたため、段取りと準備は難航を極めましたが、彼はそれを大変な努力で成し遂げました。

あるとき、王妃とフェルゼンの謀で、王に狩りに行ってもらうことになりました。

すると、群衆が王の馬車を取り巻いて怒号し、阻止します。

何時間も小競り合いが続いたのち、王妃が大声で、『それでは外出は取り止めにします。でも、これでわたしたちが自由でないことが分かったでしょう。』と叫びました。

これは、国王が自由を奪われていることを国内外に示し、逃亡を正当化する作戦でした。

当初、「国王は国民から逃げることはない」と、逃亡に反対していたルイ16世も、この国民の無体な妨害を見て、亡命に同意することになります。

また出た、王妃様のわがまま…

しかし、フェルセンがせっかく血と汗を流して整えた準備を台無しにしたのも、王妃でした。

この頃は国外に亡命する貴族は日常的に見られましたし、亡命を取り締まる法律もありませんでした。

国王一家が一般貴族に変装し、簡素な馬車で出れば、誰も気に留めなかったでしょう。

実際、王弟プロヴァンスも同時に逃げましたが、何も目立たず無事でした。

ところが、王妃は一家は同じ馬車に乗りたい、と言い張ります。

夫妻と子供ふたり、それに王妹の5人です。

このメンバーは、国内の誰もが肖像画で知っている面子です。

さらに、近侍のド・トゥルゼル夫人、さらに、身の回りの世話をするために侍女ふたりも乗ることになります。

一刻を争う旅なのに、これでは馬車の速度は大幅に落ちてしまいます。

それに、急いで目的地に着けば、侍女など不要なのに。

さらに、これだけの人数が乗れる簡素な馬車はありませんから、なんと、新品の大型豪華馬車を注文したのです。

その結果、大いに人目を引く、豪奢な一行となってしまいました。

2頭立て馬車2台なら、あっという間に国境に着くのに、これだと馬は少なくとも8頭、まともなスピードで走るなら12頭は必要になってしまいます。

途中、馬の交換でも相当な足止めを食うことは、フェルセンは分かっていたと思われるのに、なぜ止めさせなかったのか謎です。

愛する人の言うことには、すべて従う騎士道精神だったのでしょうか。

致命的な、出発延期!

国王一家の脱出

決行の日は1791年6月19日と決められ、フェルセンは道中に配置した協力者に細かく連絡と指示をします。

ところが、マリー・アントワネットは直前になって、24時間の延期を決めます。

侍女のひとりが革命派と懇意にしているようなので、彼女が非番の日にした方がよい、と。

この余計な心配が致命傷となります。

フェルセンは急いで各所に延期の連絡をしますが、今のようにメールどころか、電話も電報もありません。

伝令を走らせますが、目当ての人に会えないこともよくあります。

たとえメールがあったとしても、こんな急な変更では混乱したかもしれません。

夜、皆が寝静まった頃、王子王女を起こし、王も大変な苦労をしながらベッドを抜け出し、変装して貸馬車に乗り込みます。

御者はフェルセン。

そして、パリ市外に出ますが、それだけで予定は2時間半も遅れていました。

市外で例の大型馬車に乗り換えますが、ここでフェルセンは離脱。

王が命令したと言われますが、王妃の愛人にこれ以上世話になりたくなかったのか、それとも王妃のために、危険にさらしたくなかったのか。

混乱した段取り

豪華な大型馬車は、のろのろと出発。

夜が明けると、馬車は目立ちまくります。

宿場では、この大仰な馬車に一目が集まります。

また、暑いのに中から誰も出てこないのも不自然。

さすがにその場で咎める人はいませんでしたが、馬車が去ると、あれは国王ではないのか?という噂が拡がりはじめます。

軽騎兵を率いたショワズール公爵が待っているはずの宿場では、公爵はいません。

先行していた士官に尋ねると、もう出発したとのこと。

公爵は、1日経っても王が来ないので、何かの事情で計画が中止になったと思ったのです。

このあたりの連絡は、あの王妃の髪結い師レオナールが務めていたのですが、彼の要領を得ない伝達が、現場を混乱させていました。

彼自身も、状況をしっかり伝えられず、把握できていなかったようです。

途中の馬を替えるスポットにも誰もおらず、疲れた馬と馬車はようやく、運命の町ヴァレンヌに着きます。

恐ろしいヴァレンヌの夜

ヴァレンヌで捕らえらえた国王一家

すでに、途中で一行を王一家と睨んでいた駅長が先回りをしており、町の民衆も馬車を取り囲みます。

若者たちに馬車を取り囲まれ、旅券を見せろ、と詰め寄られたマリー・アントワネットは、わたしはマダム・ロシェです、先を急いでおります、と答えますが、群衆は納得せず、一家は「大君主館」という皮肉な名前の宿屋に連行。

町長が応対しますが、本当に王一家かどうかは分からず、パリから誰か貴族が来るまで、ここでお泊りください、と伝えます。

王妃ははじめて「民家」に泊まることになります。

食いしん坊のルイ16世は、ワインとチーズ、パンにありついて、ホッとした表情ですが、王妃は生きた心地がしていません。

ようやく、ショワズール公爵が到着しますが、既に怪しんだ群衆に取り囲まれ、彼らは城壁から大砲まで持ち出しているので、手も足も出せません。

そうこうするうち、王を捕まえるため、国民議会から派遣された特別任命委員ふたりが、明け方に到着。

このうちのひとり、ロメーフは、かねて王に敬意を抱き、王妃からも信頼されていたため、わざと追跡の速度を遅らせたりしましたが、もうひとりのバイヨンは革命に忠実な男でした。

ロメーフは王妃の前に進み出ると、国民議会の「王を拘束せよ」という命令書を渡します。

王妃は、『よりによってあなたが?考えてもみませんでしたわ!』と叫び、ロメーフは恥じ入るばかり。

しかし王はこれを読み、『フランスにはもう王は存在しないのだな』と眠たそうに、まるでひとごとのようにつぶやきます。

でも王妃はこの屈辱に我慢ならず、命令書をくしゃくしゃにしてしまいます。

虚しい、時間稼ぎ

ヴァレンヌで群衆に詰め寄られる国王一家

王は、「出発は、疲れているのであと2時間待ってほしい」と伝えます。

バイヨンはわざと、そうですか、と受け、宿を取り巻いている群衆に、2時間後だそうだ、と告げます。

2時間以内には、ブイエ将軍率いる精鋭部隊が到着するかもしれないのです。

この駆け引きは王の負けとなり、群衆は怒り、『パリへ!パリへ!』と怒号。

王と王妃は、最後に食事をしたい、と言ったり、侍女が急に仮病で倒れる演技をしたりして時間を引き延ばしますが、もう限界となり、一家は馬車に乗り、パリへと戻ります。

ブイエ将軍の連隊がヴァレンヌに到着したのは、その20分後だったのです。

地獄のパリ帰還

連れ戻された国王一家の風刺画

パリに戻る帰還の旅路は、王一家にとってまさに地獄の旅でした。

パリからヴァレンヌまでは行きは20時間かかったのですが、帰りは泊まりながら、3日かかりました。

途中、民衆から、国を捨てた国王に対し罵声が浴びせられます。

王も王妃も、革命(彼らにとっては謀反)はパリだけではないことを思い知ります。

途中小休止したシャロンの町には、石造りの凱旋門がありますが、これは21年前、マリー・アントワネットが輿入れの際、その祝賀のためにわざわざ建てられたものでした。

ガラス張りの軽い優雅な馬車に乗り、国民の歓呼を浴びて嫁入りしてきた彼女は、今、灼熱の季節に、窓もカーテンも開けることができず、馬車の中で汗まみれになっているのです。

まさに隔世の感があります。

ついにパリに入ると、迎えたのは市民の冷たい目でした。

王に挨拶すると鞭打ち刑にする、という布告が出ていたため、歓声も罵声も飛ばなかったのです。

しかし、続く馬車に乗っていた、王を捕らえた功労者、駅長ドルーエには、英雄さながらの歓呼の声が送られました。

恐ろしい旅が終わり、王一家はチュイルリー宮殿で、以前の変わらない様子で食事を摂りました。

しかし、国民から逃げた国王が失ったものは、「信頼」「敬意」など、計り知れないものだったのです。

 

それでは引き続き、モーツァルトオペラ『クレタの王イドメネオを聴いてゆきましょう。

ここでも、抵抗を諦め、運命に身を委ねることにした王者が描かれています。

 

クレタの王イドメネオ』登場人物

※イタリア語表記、()内はギリシャ

イドメネオ(イドメネウス)クレタの王

イダマンテイドメネオの息子

イリアトロイアプリアモスの娘

エレットラ(エレクトラ:ミケーネ王アガメムノンの娘、イピゲネイア、オレステスの妹

アルバーチェイドメネオの家来

モーツァルト:オペラ『クレタの王イドメネオ』(全3幕)第3幕

Wolfgang Amadeus Mozart:Idomeneo, Re di Creta, K.366 Act.3

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団、アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノールイドメネオ)、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ:イダマンテ)、シルヴィア・マクネアー(ソプラノ:イリア)、ヒラヴィ・マルティンペルト(ソプラノ:エレットラ)、ナイジェル・ロブスン(テノール:アルバーチェ)、グレン・ウィンスレイド(バス:祭司長)【1990年録音】

非常に広い柱廊に囲まれたポセイドンの壮麗な神殿の外部。柱廊を通して遠くに海辺が見える。

大勢の派手やかに装った従者に伴ってイドメネオが登場。

第25曲 行進曲

場面は変わってポセイドンの神殿。

弱音器をつけたオーケストラによる、静謐で厳粛なマーチに乗って、群衆と王、従者たちが登場し、儀式の席に就きます。

これから行われる惨い儀式に先立ち、神へ祈りを捧げるため、清めの音楽です。

オーボエが、天に向かって立ち上る香煙のようです。

後年のオペラ『魔笛』第2幕冒頭の行進曲を予告しています。

第26曲 合唱つきカヴァティー

イドメネオ

受けたまえ、海の支配者よ、

我らの生けにえを

そして和らげたまえ、

その怒りと過酷さを

祭司たち

受けたまえ、海の支配者よ、

我らの生けにえを

そして和らげたまえ、

その怒りと過酷さを

イドメネオ

東風と南風はその棲家の洞穴へと戻り、

西風は海へ戻って嵐を静めてほしい

海の王者には、

それを信じる者たちの悔恨と真心を汲んで、

我らに好意を示していただきたい

イドメネオによる海神への祈りの歌です。

神の怒りを鎮め、平穏を願う王の祈りに、祭司たちも静かに和します。

弦のピチカートがさざ波を表わすかのよう。

祈りが深い海の底にだんだんと沈んでゆきます。

ふだんは豊かな恵みを与えてくれますが、時には恐ろしい災いをもたらす、海。

大自然に対する畏敬が込められた素晴らしい音楽です。

合唱

合唱

輝かしい勝利!

あなた様の栄光は永遠です

凱旋だ、勇者よ!

レチタティーヴォ

イドメネオ

勝利の声があたりに聞こえるようだが?

(あわてたアルバーチェが登場)

アルバーチェ

陛下、

王子の英雄イダマンテ様が、

絶体絶命に追い込まれながらも、

勝利を得られました

残忍な怪物に猛然と躍りかかり、

それを倒し、仕留められたのです

ここにとうとう、

我々は救われました

イドメネオ

ああ!

ポセイドンはまた我らに新たな怒りを燃やすだろう…

すぐに、アルバーチェよ、

そなたは悲しみのうちみ見ることになろう、

イダマンテが探し求めたものを見いだし、

それが故に彼自身が死の餌食になるのを

アルバーチェ

(イダマンテが導かれてくるのを見て)

これは!

何ということ!

厳粛に儀式の段取りが進む中、それを断ち切るかのように、遠くから(舞台裏から)ファンファーレと歓声が聞こえます。

いぶかるイドメネオのもとに、アルバーチェが駆け込んできます。

彼が報告するに、王子イダマンテが、町で殺戮を繰り返す怪物に戦いを挑み、窮地に追い込まれながらも、最後にはついにこれを討ち果たしたとのこと。

人々は救われましたが、イドメネオは頭を抱えます。

さすが我が子、と言いたいところだが、ポセイドンが遣わした手下の怪物を殺してしまっては、さらに神の怒りを買うではないか…。

レチタティーヴォ

(白い衣装をまとい、花冠をかぶり、衛兵と祭司たちに囲まれたイダマンテ、数多くの悲しげな民衆)

イダマンテ

父上、愛するわが父、

ああ、素晴らしいこの呼び名!

わたしはこうして父上の足下に跪いております

命果てる今このとき、

わたしの血管の中を流れるあなたの血を、

噴き出させることになるその右手に、

最後の口づけをお受けください

いま、わたしには分かります

父上の困惑がお怒りではなく、

父親の愛であったことが

なんと、なんと、幸せなイダマンテ

命を与えてくれた方の手で命を絶たれ、

絶たれた命を天に捧げ、

代わりに天から父上の命をいただき、

国中のひとびとには変わらぬ平和と、

神々の真に聖なる愛をいただくのですから

イドメネオ

息子よ、いとしい息子よ!

許してくれ、

この酷い儀式は私が選んだわけではない

運命の定めた罰なのだ

残忍な、邪な運命よ!

ああ、できぬ、とてもできぬ

罪なき我が子に無慈悲な両刃の斧を振り上げることなど…

体中から力が、

もうみな抜けてゆく…

そしてこの目を底知れぬ闇がふさぐ…

ああ、息子よ!

イダマンテ

ああ、父上…

無用の憐れみにためらわれますな

空しい愛の弱さに惑わされますな

どうか、一撃を振り下ろしてください

わたしたちふたりがともに苦悩から救われるために

イドメネオ

ああ、人の情がなんと私に逆らい、

わたしを苛むことか

イダマンテ

人の情をその支配者にお譲りください

これはゼウスの強いお望みなのですから

ご自分のなすべきことを思い出してください

たとえ息子を失っても、

幾多の好意ある神々を得ることになられます

父上の子供は王国の民たちです

もし父上がわたしの代わりに、

父上に従い、

父上を愛する者を、

父上のおそばで共に労苦の重みに耐える者をお望みなら、

イリアを父上にお預けいたします

どうか、お聞き届けください

死を前に懇願し、

また助言する息子の望みを、

イリアがわたしの妻でなくとも、

どうか、父上の娘としてくださるよう

現れたイダマンテは、頭には怪物を倒した勇者としての勝利の冠をかぶりながら、生けにえの白い浄衣を身に着けています。

イダマンテは、いまやすべてを知りました。

父の誓いの中身、そして自分を生けにえにしたくないために、あえて自分に冷たく当たったこと。

イダマンテは、尊敬する父に疎まれたことが、生けにえにされるよりも辛かったので、その父のために死ねるなら、と喜んで覚悟を決めています。

イドメネオは、そんな親孝行ぶりを目の当たりにして、さらに親としての情が募り、死なせてなるものか、という思いを新たにします。

イダマンテは、劇的なレチタティーヴォに乗って、そんな父親の揺らぐ心に対し、王としての義務をお果たし下さい、と決然と進言します。

第27曲 アリア

イダマンテ

わたしは死を恐れません

祖国に、父上に、

神の愛が、ああ、神々よ、

平和の安らぎをもたらすのでしたら

わたしは喜んでエリュシオンにまいります

そこでわたしの魂は安らぐでしょう

わたしが亡骸を残すことで、

わたしの愛するひとが命と平安を得られるのなら、

わたしは死を恐れません

父への説得が最高潮に達したところで、イダマンテは英雄的なアリアを歌い、父の心の揺らぎを抑えます。

自分の命は、祖国の平和と父の命の対価なのだから、喜んで死に赴く、という貴い自己犠牲の歌です。

レチタティーヴォ

イダマンテ

何をためらわれます?

この通り、覚悟はできています

生けにえを捧げ、

誓いをお果たし下さい

イドメネオ

ああ、なんと常ならぬ力を体中に感じることか…

もう心は決まった

最後の抱擁を受けて…

…そして死んでくれ…

イダマンテ

ああ、父上!

イドメネオ

ああ、息子よ!

イダマンテ

(傍白)

ああ、イリア…

悲しい…

イドメネオに)

幸せにお暮しください

さようなら

イドメネオ

さらば

(刃を振り下ろそうとすると、突然イリアが現れ、一撃をさえぎる)

イダマンテの励ましに、イドメネオは王としての義務を思い出し、心を決め、息子を生けにえにすることにします。

イダマンテは、覚悟したものの、イリアを残してゆくことだけが心残り。

しかし、大義のために首を生けにえの台に差し出し、親子は別れを告げます。

レチタティーヴォ

イリア

お待ちください、

王様、何をなさいます?

イドメネオ

ポセイドンに約束した生けにえの血を流して殺すのだ

イダマンテ

イリア、落ち着いて

祭司長

(イリアに)

生けにえを惑わすな

イリア

その斧で他のひとの胸を傷つけることはなりません

さあ、王様、

わたしの胸を、

わたしが生けにえになります

エレクトラ

(傍白)

ああ、なんという状況の激変!

イリア

イダマンテ様に罪はありません

そしてこのお方は王様のご子息、

王国の希望です

神々は暴君ではあらせられません

それを皆さまは、みな神意を間違ってとらえておいでです

天が望むのは、

ギリシャから、民ではなく、敵を除くことです

確かにわたしにも罪はなく、

また、今では友好国の者といえど、

わたしはプリアモスの娘、

わたしはフリギア人に、

もともとギリシャの敵に生まれたのです

さあ、わたしの血を流してください

(祭司長の前に跪く)

あわや、父の手に握られた斧がイダマンテの首に振り下ろされようとするとき、イリアが飛び込んできて、それを止めます。

イドメネオはうろたえながらイリアに説明し、祭司長はイリアの妨害に怒ります。

切迫したレチタティーヴォ・アコンパニャートに乗って、イリアは、イダマンテに罪はなく、罪もないひとを神が生けにえに求めるはずはありません、わたしにも罪はないですが、ギリシャの敵であった自分の命こそ、神に捧げるべき、わたしを生けにえにしてください、と、何のためらいもなく、生けにえ台に首を差し出します。

この事態に、一同はただあっけにとられてしまいます。

 

動画は、アルノルト・エストマン指揮、スウェーデンのドロットニングホルム宮廷劇場の上演です。18世紀の上演スタイルを忠実に再現しています。

動画プレイヤーは下の▶️です☟

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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