留まらないもの


「夫れ言とは風波なり」

荘子の言葉で
言葉は風や波のように
一定せず当てにならないもの
という意味らしい

他者のことはさておき、
自身のこととしてはすごくよく
共感します

少し前の自分にすら
最良としていた言葉や答が
思い返すと、おいおいと言いたくなる
こと多々、、

言葉は、たえず浮かんではすぐ
どこかに飛んでいって
姿が見えなくなり存在すら
忘れ去ってしまう

似ているようでまたふたたび、
出会うものは二度と
同じ言葉ではない

ちょうど、庭先に遊びに来てた
蝶々のよう

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すぐにいなくなってしまうから
よーく目を凝らして、
ちゃんと留めておこうと
思い改めたのでした


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おわり。

ゴンドラの唄

いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰れも 来ぬものを

いのち短し 恋せよ乙女
波にただよう 舟のよに
君が柔わ手を 我が肩に
ここには人目も 無いものを

いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを







いのち短し 恋せよ乙女

繰り返されるこのフレーズだけ
どこで見聞きしたのか
なぜだか知っていて

この短い文がもつ
言葉の気配が何だかたまらなく
好きだなあと心の残っていた。

思わずつぶやきたくなる
美しい言葉のリズム

いのち短し恋せよ乙女


今からちょうど100年前
大正4年につくられた
ゴンドラの唄という歌の歌詞だったのか。


大正時代の乙女たちは
どんな恋をしていたのかしら

そんなことを思い馳せていると
新緑の香りをまとった風も
季節を体感するだけのものではなくなり

100年前の今日もここに立ち
恋する乙女が同じ風をうけている
のかもしれないと
過去と今が繋がっているように思えて
何だか嬉しくなる

自分の気持ちに誠実に無邪気に
生きること、表現すること
大事にしたいと思うあまり
難しく考えすぎた


今日はふたたび、こぬものと

拙くてもいま、一歩踏み出すんだ。