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言葉の解像度と推し

 いつの日からは忘れてしまったのですが、「言葉の解像度」という言葉を知り、非常に良い表現であるなぁと感じた事がありました。

 「解像度」は元々画像などの鮮明さを表す指標を刺す言葉ですが、転じてその人の言葉の意味することの鮮明さという意味で、ある時期からインターネット上にしばしば見受けられるようになりました。

 言語によるコミュニケーションというのは、脳内で考えた事、感じた内容やイメージが言葉という単語で切り取られて外部に発信され、聞き手が受信してそれを読み解くと言う通信形式により成り立っていますが、その通信間には情報量が減衰するポイントがいくつかあると思うのです。で、まず脳内でどの言語を当てはめるかという場面で、自身の思考、感情を出来るだけ的確にチョイスすることで、より質の高い、あるいはより多い情報を伝えることが出来るのではないかと。これを「言葉の解像度」と表現したのが非常に巧みであるなぁと感じたのでした。

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私たちは何故繋がれないのか

 突然ですが任天堂から発売されている、ファイアーエムブレムというゲームがあります。

 私はこのゲームの1シリーズ「聖戦の系譜」がとりわけ好きで、小学生の頃に出会ってからというもの、良くも悪くも人生を変えた一本として、私の心の中心に鎮座しております。ただ、私の地元ではDQ、FF、ドラゴンボール超武道伝といったタイトルが市場を席巻し、自分の心の中心を語る機会には恵まれないままにマイノリティと化した私はただただエニックス社、光文社刊行の4コマ漫画を探してジャスコを早歩きしたり、クリア回数に応じて変化する修験道的OPムービーを求めてお遍路めいた周回プレイを繰り返す毎日でした。

 さてオタク文化が日陰者となっていたゼロ年代を終え、ゲームやアニメといった文化はすっかり市民権を得て我々の日常に浸透しました。今時の装いに身を包んだ洒落た男女がアニメ談義に花を咲かせている光景も、ハイキューの缶バッチでリュックを彩る女学生も、今ではありふれたものです。高坂くんが量産される現代社会とはかくや、とアラサーの私はしみじみと目を細めるばかり。


 それはよろしいのですが、最近とみに思うのは
「同じ作品へ対象愛を注いでいるにも関わらず、仲良くなれないことがあるのは何故か」
 ということであります。

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「俺たちの頃はもっと辛かった」を克服したい

 なんとなく最近思っていること。あんまりまとまってないけど何かそんな気分になって書いたただのポエム。


 齢30を越えて、知り合う人が自分より年下な事も増えてきた。

 そんな中で、自ずと後輩を始めとした年下の人たちの悩みや不満を聞く機会も増えてきまして。話を聞く中で、分かるなぁ、私も同じ事で悩んだなぁという事がよくあるもので。私の経験が何かの役に立つといいなーと思ってアドバイスしちゃったりする夜もあれば、ただただ聞き役に徹する夜もある。

 しかしながらそんな自分にも悩みがあり。

 後輩の吐露する、所謂「理不尽と感じているもの」という文脈において、悩みや不平不満を聞くような場面がしばしばあったりする。

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