『アウシュビッツのお針子』 / ルーシー・アドリントン
『出口のない海』に続き戦争モノ。アウシュヴィッツ関連のノンフィクションは『アウシュヴィッツの図書係』『夜と霧』以来読んだけど、いつもながら、これがつい数十年前の事実であるという驚きと、今も決して対岸の火事でないという悲しさを覚えました。
戦時中のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に、ナチスの服を作るために集められたユダヤ人の「ビューティーサロン」がかつてあったという実話。巻末の膨大な参考文献のリストからもわかるように、証拠隠滅のためにほとんど燃やされ灰になってしまったユダヤ人の残した僅かな情報を紡ぎ、人を伝い、生存する元・お針子の方々に会うことで1つの作品に仕上げていく、著者の熱量とこの本の存在自体にただただ圧倒されました、、
(まずアウシュヴィッツのお針子の物語を2017年に小説で出版し、その小説を読んだお針子の親族から連絡を受け、2021年に今度はノンフィクションで出す、という流れがもうすごい)。
ユダヤ人というだけで「最終的解決」の名目で収容所に集められ、到着後に即問答無用でガス室に送られ、或いはほんの少しの生を得るために非人道的な強制労働を強いられる。事実を文字で追うだけではわからんが、いざ生々しいその現場が描かれていると、目を背けたくなるが目を背けてはいけないという何とも苦しい気持ちになる。
本作は囚人の中でも技能を買われ、相対的にはマシな環境を与えられたお針子の存在を炙りだす。個人的には知らなかった事実。確かに支配側のナチスにとっても、足りない資源で厳しい冬の寒さを越えるために被支配側の人的リソースを利用するというのは自然な流れだと納得した。
この構図って、規模は違えど、現代の搾取や児童労働にそのまま置き換えられてしまう。先進国の人々が商業施設で格安商品を購入する。それを為す低賃金・長時間労働。
という物語をもし新興国側から俯瞰的に書いたら、究極本書のような文章になってしまうのではと恐ろしくなった。
あと本書で特徴的なのは、アウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘスの妻、ヘートヴィヒ・ヘスなど、ナチス側関係者もかなりしっかり描かれている点。書くと擁護してるみたいになってしまうが、ナチス側の人間も自分と周囲の愛する人間が生き延びるために必死で行動している。そのための行動の積み重ねが、結局は強制収容と大量虐殺に繋がってしまっているという、ここでも戦争の無慈悲な構図が浮かび上がってしまう。
今回生き残ったお針子たちも、自分たちがかつて生き延びるためにナチスの服を縫い続けていたという事実に苦しめられるシーンが終盤出てくる。生き残ってホントに良かった、としか思わないのは第3者だからであって、当の本人たちは地獄の環境から生き残ったのちも尚地獄が続くというのは何とも悲しい。結局は、月並みやけど、戦争なんてあってはならないという結論に行き着く。