君と僕は日々を過ごしてく 当たり前の時間を生きてく
所属事務所のプロフィールによると、夕闇に誘いし漆黒の天使達は「コミック系ラウドバンド」である。
ベースのともやん、そして2022年11月に脱退したギターの千葉の2名がコンポーザーとして作成したトラックに、にっちがドラムを乗せる。その楽曲はただひたすらにカッコいいラウドロックだ。Youtuberが片手間にバンドやってるんでしょ?という先入観をもっている人たちが、いざ楽曲を聴いてみると彼らがいかに音楽へ対してリスペクトを持ち、真剣に向き合っているかを感じ取り魅了されてしまう。そういう例を何度も見てきた。そして何より私自身も、Youtubeの延長線上の軽い気持ちで楽曲を聴いて、バンドとしての夕闇に落ちてしまったひとりである。
メンバーたちの作った掛け値なしにカッコいいサウンドに、メロディと歌詞を付けるのはボーカルの小柳だ。ここに「コミック系ラウドバンド」の「コミック」の全てがある。小柳はかつてインタビューで、自身の作詞活動のことを「台なしという工程」と表現していた。
「作詞」じゃなくて「台なし」という工程 |Real Sound|リアルサウンド テック
めちゃくちゃカッコいい曲なのに寿司の曲だったり、めちゃくちゃエモい旋律なのにパチスロの曲だったり、とにかく小柳は「カッコいい」に「面白い」を上乗せしていく。「台なし」と表現しているがそれが結果的に「バカでカッコいい」という、バンドとして他にはなかなかない特性を生み出しており、巧みなライブパフォーマンスも相まって夕闇というバンドの魅力を更に大きなものにしているのは間違いない。
そんな夕闇が2022年にリリースしたのが「七生活」というミニアルバムだった。
タイトルに「七」が付いているとおり7曲から構成されているこのアルバムは、私達の生活がテーマとなっており、朝の曲(Good Morning Dead)から始まり、労働し(時給アップアップソング)、生きて様々なものを消費して(君のバッテリーを奪う)、そして夜を迎えて締めくくられる。
このアルバムをコンセプトとした全国ツアーが本当に素晴らしく、最終公演までネタバレを禁じられたほどに様々なギミックがちりばめられ、ライブ全体を通して私達の1日の生活に、ひいては人生に寄り添ってくれるような仕上がりとなっていた。
2022年9月19日、そんな最高のツアー最終公演。旧渋谷公会堂という夕闇史上最大の会場でのツアーファイナルは大成功に終わり、しかもその場で「日比谷野外音楽堂」という更に更に大規模な会場でのライブが告知され、ファンのボルテージは一気に高まった。この世の幸せを全て詰め込んだような1日だった。
翌9月20日。
ギターの千葉が脱退すること。
11月27日の日比谷野外音楽堂でのライブは、千葉の卒業公演となることが発表された。
*
前述のとおり夕闇の楽曲の特性は「カッコいい曲にふざけた歌詞」というものだが、実は小柳の書く歌詞は「どんなにフザけていても裏テーマみたいなものが設定されている」という。本当は社会に問題提起をしていたり、人生について真面目なことを表現したりしているのだが、フザけた歌詞でそれをマスクしている。「これをわかってくれ、って直球を投げることが僕にはできないから、フザけたものに包んで郵送している」という小柳の言葉*1からも、彼の作詞に対する真摯さをうかがい知ることができる。
その小柳が全くフザけていない歌詞を書いたのが「七生活」の最後を締めくくる夜の曲、「忙しい夜が終わる頃に」だった。
歌詞が真面目なだけではない。この曲は初めて小柳が作曲もしている。メロもラウドロック特有のデスボイスを一度も使わずクリーンのみ。
「熱いMCをするタイプのボーカルではない」はずの小柳が、ライブの最後、この曲を歌う前だけは珍しく感情を乗せて語るのも異色だった。そんな熱い語りの中いちどポロっと彼は言った。
「夜の曲だけは、ふざけられなかった」
繰り返す夜の中で
終わりのない 日々を過ごしてく
爪を立てる秒針を壊してく
崩れゆく夜の果てで
いつまでも愛を探してる
この場所でまた 忙しい夜が終わる頃に
リリースイベントで小柳が解説したところによると、歌詞の中で探している「愛」とは、文字通りの愛とか恋という話ではなくて、すなわち生きる意味、みたいなものだという。
心が壊れてしまいそうな夜、辛くて辛くて先が見えないような日々、それでも愛を探して、愛を支えに生きていく。生活をテーマにしたアルバムの最後に、かつてないほどの直球で私達へ向き合ってぶつかって、ふざけずに寄り添ってくれた。
メンバーたちはこの曲を演奏するとき、まさにすべての魂を込めたような表情をしている。音楽に、生きるということに、真剣に向き合って、そしてこの曲を聴く全ての人に寄り添って、力の限り表現する。ライブの最後、私はいつもそんな4人を見て、なにかかみさまに祈るような気持ちになっていた。
この人たちがずっとこうして演奏する姿を見ていたい。こんな気持ちを与えてくれるこの人たちが、もっともっと大きくなって、もっともっとたくさんの人がこんな気持ちになれるように、なりたい、きっとなれる、そこまで一緒に行こう、きっと、かならず。
ツアーが終わる頃には、ファンたちにとって、この楽曲は特別な存在となっていた。
*
ツアーファイナル翌日。千葉の脱退が発表になると、そう少なくない人数のファンがこの曲を思い出したのも無理はないだろう。ただでさえ異色の直球のメロディ。直球とは言っても小柳特有の、何かを含ませたように象徴的な、すなわちいくらでも解釈のできる歌詞。
トドメはこの楽曲のなかでいちばん象徴的な、大サビ前のCメロの歌詞だった。
いつか此処で 27の先を観る
どんな理想を抱いても
また後悔すればいいじゃないか
意味を塗り替える君と
誰のためじゃない自分自身を
また夜が来ればいいから
千葉の脱退が決まってから聴くと、まるで自分の夢に向かって道を歩むことを決めた千葉の背中を押しているようにも聴こえる。千葉の卒業公演である野音ライブの日程が11/27と決まっていたこともファンの感情に拍車をかけた。
千葉が脱退を申し出た時期と、この楽曲の制作時期を考えるとそんなわけはないのだが、いやしかし、小柳のことだからわからない、あいつはうっかりそういうことやりかねない男だ、もしかして千葉のことを歌った曲なのか? 私達は(いい意味で)小柳のことを信用してないので、いちどそんなような気がするとそういう曲にしか聞こえなくなってきてしまった。
はたして、すぐに更新された小柳のインスタで真相は明らかになった。千葉が脱退を申し出てくる前には完成していた楽曲なので別にリンクさせてつくったわけではないこと。なんなら野音ライブも元々決まっていたけど結果的に卒業公演となったこと。ああそうだよね、そりゃそうだ、と納得したが、そこから続く小柳の言葉に私はうちのめされてしまった。
https://www.instagram.com/p/CiwiatjvNhB/?igshid=NTc4MTIwNjQ2YQ==
「忙しい夜が終わる頃に」とかも別にそんなつもりで書いたつもりではないんですが、なんの因果か結びつくところが多くて、ボーカルの言霊だなーと思っています。
意味を持って書いたものが別の意味を持つことは、また曲の良さですね。(そこは自由に聴いてください)
小柳という人間は独裁的で頑固で難しい人なので、おまえら勝手に解釈してはしゃいでるんじゃねえよって怒鳴られることだって考えられた。
だけど小柳はファンと同じように「結びつくところが多い」と言ってくれた。作詞者自らが、結びつくよねと言ってくれて、「別の意味をもった」と、自由に聴いていいよと言ってくれたのだ。
オタクがこの曲を「千葉ちゃんのことを歌っているみたいな歌だ」と、作者の意図していなかった意味を持たせて大切にすることを、作者自らが認めてくれたのだ。こんな、こんなことあるだろうか? こんなに寄り添ってくれることが?
作者はつまりかみさまみたいなもので、かみさまに赦された、みたいな気持ちになって震えてしまった。
この曲をライブで聴くとき祈りにも似た想いを抱えていたことを思い出した。ただでさえ大切だったこの曲が、この日からもっともっと何十倍も大切な、大きな意味をもった曲になった。
*
このブログを読んでくれているほとんどの人はジャニオタ、おおむねNEWS担だろう。
NEVERLANDで最後に自然発生した「U R not alone 」
活動再開後に初披露された「生きろ」
3人になってはじめての楽曲となった「カナリヤ」
NEWS担である私は、節目節目で忘れられない彼らの楽曲とパフォーマンスに触れてきて、その度にNEWSへの愛をどんどん深めていった。きっとNEWS担の多くが、各々そのような経験があると思う。
どうかどうか、そういう感情を知っている皆様。
夕闇に興味のないフォロワーさんも、どうか見てほしい。
これは、私にとって間違いなく、この先の人生にずっと残っていく数分間だった。
3000の座席があっという間に完売した日比谷野外音楽堂。
皆が愛したギター、千葉ちゃん卒業の日。
ライブ本編最後の曲は、やはり「忙しい夜が終わる頃に」だった。
印象的なギターの旋律から始まるこの曲。千葉ちゃんのギターはどこかエモーショナルで哀愁のある音色で、それが本当に本当に大好きだった。
もう私はイントロから前が見えないくらい泣いていた。多分ほかのファンも皆泣いていた。
魂を削ってパフォーマンスをする夕闇をどうか見てほしい。
夕闇に誘いし漆黒の天使達という、ふざけたバンド名の、ふざけたカッコいい曲ばっかりのバンドが、こんなにも優しく熱く人生に寄り添ってくれるのだということを知ってほしい。
崩れゆく夜の果てで、忙しい夜が終わる頃に、私がいつまでも探しているもの。
探して見つけて追い続けて、一緒に日々を過ごしていくもの。
その1つの答えが確かにここにあるのだ。
2022.9.20
NEWSのツアー日程が発表になったとき、大好きなフォロワーさんがLINEをくれた。
「仙台のオーラスに梓さんと一緒に行きたいので、申し込んでいいですか?」
チケットの申込みが4枚から2枚になったから、NEWS担の友達の多い彼女はきっと他にも一緒に行ける人はたくさんいるのに、オーラスという一番大切な日の同行者に私を思い浮かべてくれたことが本当に嬉しくて、絶対一緒に行こうね!と約束した。
無事に彼女の申し込んだチケットが当選し、私は自名義の当たった9月のさいたま公演を終え、もう他のチケットは所持していないのでNEWSのコンサートについては彼女と行くオーラスを残すのみとなっていた。
NEWSのオーラスまで2ヶ月開くが、その間も私はめちゃくちゃ予定が詰まっている。この1年、全身全霊で追いかけてきた「夕闇に誘いし漆黒の天使達」というバンドのライブ予定が次から次へと入ってきたからだ。NEWSオーラスの11月27日まで、寂しさを感じる余裕もないくらい夕闇に会える時間が確約されていたから、私のオタク人生最高だな、と思っていた。
昨日9月19日、私はLINE CUBE SHIBUYA(旧渋谷公会堂)にいた。7月から始まった夕闇全国ツアーの最終日を見届けるためだった。
最高のライブ本編が終わり、アンコールを求める拍手をしていると、突然ステージの画面に浮かび上がる「重大発表」の文字。
日比谷野外音楽堂でワンマンライブ決定!という知らせが流れ、思わずマスクの中で叫び声を上げた。野音で!!ワンマン!!!夕闇が!!!!
バンドに疎い私でも、野音という場所でやれることがどれほど凄い事かはわかる。飛び跳ねて拍手し、大喜びしたのもつかの間、表れた日程の文字を見て血の気がひく。
「2022年11月27日(日)」
あーーーーーーーそんな、そんなまさか、NEWSオーラスだよ、同じ日だよ、仙台だよ。かみさま!!!!
夕闇のライブに同行していた方は、夕闇ファンでありNEWS担でもあるので、終演後トリキでメガハイボールを飲みながら「現場かぶりどうしよう……(涙)」とグチグチ話を聞いてもらった。誘ってくれた子の気持ちが嬉しかったから仙台で彼女とNEWSコンに行きたい。でも夕闇のはじめての野音を絶対見届けたい。どうしたらいい?
彼女は私に言う。「梓さんは、夕闇の野音に行くべき人間だと思いますよ」
うんうん悩んで、ライブの余韻もあって全然眠れなくて、2時間ほど仮眠して目覚めたら案外頭がスッキリしていた。
あぁ、私は夕闇の野音に行こう、行かなくてはならない。
夕闇は普通のライブハウスだとチケットが瞬殺するが、1000人規模の箱だとちょっとだけ余る、そのくらいの規模感のバンドだ。
3000人入る野音という箱での初めてのライブを、できるだけ満員にして、その景色を夕闇に見せたい。その景色を私も見たい。日頃から大小関係なくできる限りの夕闇のライブに足を運ぶ者として、初めて来た人にもこの楽しさを体感してもらえるように全力で動いてその背中を見せたい。
それが今の私の使命だと思った。NEWSを誘ってくれた友人には誠心誠意あやまろうと思った。でもきっと彼女はわかってくれるな、とも。
退勤したら彼女にメールをして、自分の気持ちを伝えよう……と考えながら1日仕事をする。退勤直前、帰り支度をしながらTwitterを開くと、数人だけフォローしている夕闇ファンの方の様子がおかしかった。
「減る」「やめる」「嘘」「スリーピースになるの?」
流れてくる不穏な単語ですぐ察してしまう。なんたって私は、NEWSが4人から3人になるのを経験してきた。いや、でもまさかそんな。だって昨日あんなに最高な、この世の幸せの頂点みたいなライブを見せてくれて、あまりにも幸せすぎて余韻で眠れないくらいの多幸感を与えてくれた人たちが、その人たちの誰かが、いなくなるなんて、そんなわけない。
何があったの?と呟いたらフォロワーさんが、ファンクラブからのメールを見るようにと教えてくれた。なるほどメールか……とアクセスしようとした瞬間、メールの通知が届いた。
ギターの千葉ちゃんが11月27日の野音をもって脱退するというお知らせ。
メールには、千葉ちゃん直筆のメッセージが添付されていた。
なんたってYouTuberなので、いや動画の企画では?ドッキリでは!?と言っている人もいた。でもジャニオタの私は知っている。動画に先行してFC限定で配信されるこんな直筆メッセージが、ネタなわけないことを。
なにより、こんなことをして「ドッキリでした〜」なんてオチをつける質の悪いYouTuberみたいなことを、彼らがやるわけがない。と、夕闇というYouTuberのファンとしての私も痛いほど理解していた。あの人たちは、そんなシャバいことはしない。ゆえに、これは本当のやつなのだと。
立っていられないほど動揺し、全身から血の気という血の気が引く。電車の中でもボロボロ泣いているおばさんの周りにいた人はさぞ恐怖だったろう。
震える手で動揺のツイートを繰り返しながら帰宅していると、NEWSのオーラスに同行するはずだった彼女から一言だけLINEがきた。
「梓さん、11/27は夕闇優先したかったらそうしてね」
―――たまらず電話をかけた。やさしい声を聞いたら声が出ないくらい泣いてしまって、ごめん、ごめんね、私は夕闇を見に行かなければいけなくなってしまった、最後の姿は見なくてはいけない、どうしても。と伝えたら、うん、うん。とただ頷いてくれて、やっぱり泣くしかできなかった。
そのままの勢いで号泣しながらメンバーからの発表動画を見た。
後ろ向きな脱退ではないこと。夢があってそのためには二足の草鞋では難しいこと。やりたい音楽のジャンルも少し違うこと。
理由はどれもこれも納得でしかなかった。これからの人生のキャリアを積むために20代の若いうちにかじを切る、しごく真っ当すぎてぐうの音もでない。千葉ちゃんはギタリストでプレイヤーだけど、どちらかというとコンポーザーの方が好きなことなのだろうな、とは実際感じていた。
「悲しいけど、千葉ちゃんの夢を応援するよ」
………………なんて物分りのいいこと、今はとても言えない。他の夕闇ファンの倍くらい年をとっている私だが、とても大人になんてなれない。わかっている。納得している。千葉ちゃんが進みたい道にいってほしい、そうしてその道で成功してほしい。千葉ちゃんのことが大好きだから、千葉ちゃんが一番幸せなように生きてほしい。
心から、本当に心からそう思っているけど、でも私というひとりの人間の爆発する感情は「嫌だ!!!!!!!」でしかないのだ。
嫌だよ、いなくならないでほしいよ、お願いだよ。
千葉ちゃんの稀有な才能が本当に好きだった。他のメンバーはハチャメチャなようでいて実はかなり常識人なところ、天然で突拍子もないことをする千葉ちゃんの存在は貴重で他の誰にも真似できない魅力があった。エモい曲を作るのが得意なところが好きだった。超絶技巧ではないのかもしれないけれど、どこか哀愁のある音色のギターが好きだった。いつもポンコツでヘニャヘニャしているのに、演奏をしている時は異常にかっこよくて、時々ニヤッと微笑みながら音を楽しんでいる姿が好きだった。過去形じゃない、ぜんぶぜんぶ現在進行形で、大好きで、愛しい。
そんな千葉ちゃんとメンバーが一緒にいる姿がなにより好きだ。全員血液型が違っていて、性格も役割もバラバラで、バラバラだからこそそれぞれの良いところが最大限に発揮される4人。一緒にいればいるほどひとりひとりの魅力が輝く、奇跡のバランス。
その4人の姿を見られるのがあと2ヶ月?
意味がわからない、意味がわからないよ。
嫌だよ、ずっと4人でいてよ。
きのう、渋谷公会堂を3階席まで満員にした光景を見て、泣きそうになった。
野音でライブをやるよ!と言われ、更に泣きそうになった。
これからこの4人はもっともっと、もっとデカくなる。もっと売れて売れてたくさんの人に曲を聞いてもらえる、きっとそうなる。そう確信した。
だからNEWSのオーラスを諦めて野音に行こうと思った。これからデカくなる4人の姿を見届けなくてはと思ったから。
だけど、その野音が4人を見られる最後だなんて、そんなの意味がわからない。
最後を見届けるつもりじゃなかったんだよ。
40年以上自分と付き合っている私は、自分のことをよく知っている。
私はこの先千葉ちゃんがいなくなって3人になった夕闇のこともきっと追いかけるし、新メンバーが入ったらそのメンバーのことをきっとめちゃくちゃ愛するだろう。
夕闇を好きな気持ちはずっと続いていく。3人となったNEWSを今でも心の底から愛しているように。
今愛しているものがその形ではなくなってしまう悲しみは、いつか和らぐ。きっと残された夕闇3人が徐々に忘れさせてくれる。
だから1年後の私も、夕闇最高大好きって言い続けている未来しか見えないし、今こんなに辛くて悲しくても結局幸せに楽しく生きていけるとわかっているのだ。
わかっているけど、だけど、今は。とてもつらい。
「ファンとして応援してあげなきゃ!」と強がることが「大人になること」と思われがちだけど、
「今のわたしはとてもつらい」
無理しないで、そういうことを素直に言っても良いんだよ、というのを私は大人として若いファンの方に言ってあげたい。
だってつらいじゃん、悲しいじゃん、あたりまえだよ。大好きで大好きで大好きなままで、全然誰のこともどこにも攻めるところなんてなくて、決断した千葉ちゃんのことも受け入れて送り出したメンバーのこともなんならもっともっと好きになってしまった。全部仕方なくて、納得するしかなくて、そしたらこのつらいという感情はどこへ?
だから私はここに吐き出す。つらいよ、かなしいよ。
千葉ちゃんのいる夕闇が大好きだよ。
さみしいよ、千葉ちゃん。
NEWS担が、夕闇に誘いし漆黒の天使達というバンドのライブに魅了された理由
いつだってどこでだってひとりで行動できる人間だけれど、ひとりでいることを心細く感じたのは久しぶりかもしれない、と、開演を待つ会場のざわめきの中で考えた。
40年生きてきて、ライブハウスに足を踏み入れた経験は片手で数えるほどしかない。今回はライブハウスの中ではかなり規模が大きい会場で、またコロナ対策により着席仕様になっているため初心者へのハードルは格段に下がっているのだが、それでも普段よく行くジャニーズやお笑いのライブとは違った空気感に飲み込まれていた。
ノリ方とか全然わからないけど大丈夫かな。なんとなくリズムに乗って手拍子するだけじゃバンギャに怒られるかな。てかバンギャ怖い。何が怖いかわかんないけどなんとなく怖い。
ふつふつと不安な気持ちがわきおこってきたあたりで、ステージが暗転した。
オープニングの曲が流れる中、薄暗い舞台上にメンバーがひとりずつ登場し、それぞれの持ち場についていく。
ああ、ずっと映像の中で見ていた人たちがそこにいる。どの界隈の趣味も、はじめて足を運んだライブで、はじめて「生」の彼らを見るこの瞬間は一度きりしかなく、その時の高揚感は他の何にも代えがたいものだ。
やっぱり来てよかった。と、緊張がほぐれたその時、一番最後にゆっくりとした足取りでボーカルがやってきた。
まだ舞台は暗くシルエットしか見えない。中央の1段高いお立ち台に上がった彼は両手を広げ会場に向って何度か頷き、マイクを手にする。
――――シャウト
会場中を引き裂くような咆哮と同時に彼にスポットライトがあたり、その姿が照らし出された。
瞬間、鮮やかな色彩と光と圧倒的な存在感が私に向って飛び込んできて、目の奥から脳の中心を抜けて心臓まで、爆発的な何かが体の中を駆け抜けたような感覚に陥った。
息がうまくできない。彼から目を離すことができない。
後方の座席だったから彼の姿は小さくしか見えていなくて、表情まではとらえることができない―――はずなのに、叫びを終えた彼が会場を眺めて満足そうに微笑んだのが、なぜかわかった。もうそれですべてが決まってしまった。
突然フラッシュを焚かれた時みたいな眩しさに目がくらんでいたら、彼に強引に攫われて、不安な気持ちもなにもかも吹き飛ばされて、ただひたすら楽しい世界に連れて行かれてしまった。
それからずっと私は彼に攫われたまま、目がくらんだままでいる。
*
何かブログを更新したいなあとずっと思ってはいたのだが、NEWSへの愛情は凪いだ海のように穏やかに安定している。私は感情があふれてどうしようもなくなると文章として吐き出すタイプなので、NEWSの3人に絶大な安心と信頼を寄せている今は、長文を必要としていないのだった。
NEWSに対する気持ちがひとつの到達点のようなところにある一方で、心をめちゃくちゃにされるコンテンツも登場した。つまり簡単に言うと、沼が増えた。
Twitterを見てくださってる方はご存知のとおり、2年ほど前から東大卒の某クイズ王にメロメロになっているが、まあそのことについて書くことはないと思う。というかシンプルにガチ恋なので書けるようなことがない。
今日書くのは、その伊沢拓司率いるQuizKnockという組織のYouTubeチャンネルを見る過程で出会ってしまった沼の話である。
もともとYouTuberにはかなり疎く、QuizKnockを見る前はヒカキンもはじめしゃちょーも東海オンエアも見たことがなかった。そんなわけで当然「夕闇に誘いし漆黒の天使達」なんて人たちのことは見たことも聞いたこともなかったが、QuizKnockの動画を見まくっているうちに、そのわけのわからない名前の集団とのコラボ動画へたどり着いた。
QuizKnockからしたら夕闇はYouTuberとして大先輩、そしてQuizKnockの面々は夕闇の大ファンなのだと言うので「この人たちが好きと言うのだからきっと賢くて面白い人たちなんだろう」と、肯定的なバイアスがかかったのは確かだ。そのせいもあるだろうが、QuizKnockと夕闇とのコラボ動画は本当に面白くて、一気に好印象を持った。
チャンネル登録者数は60万人ほどだが、YouTuberとしてはけっこうな古株で、東海オンエアの後輩分という形で有名になったらしい。そして本職はバンドマンらしい。時々夕闇の動画を見るようになり、ある程度夕闇の情報を把握した頃、そういえば本職の音楽ってどんな感じなんだろうな〜と思い検索してみたら、めちゃくちゃ面白くてテンション上がる楽曲で驚いた。へぇ、好きだな! 良いじゃん! と思ったが、この時点ではまだ彼らの音楽活動についてまではさほど興味がなかった。
動画の方は日に日にハマっていき、メンバー4人のキャラクターに魅力を感じてからは過去動画まで遡るようになり、毎日毎日夕闇ばかり見ている状態になった。
ある日、ジャニオタとしてつながって親しくしているフォロワーが「ついに来てしまった」と、どこかのライブ会場に行っている写真をTwitterにあげていた。その写真に写っていたのが夕闇のグッズだったので、思わず反応してしまった。
「夕闇のライブ!? てか夕闇好きだったの!?」
「そうです〜! はじめて行ってきます!」
楽しんできてね〜。とリプを返しつつ、思いがけず近い存在の人が夕闇のライブに行っているのを見て「そうか、バンドだもんな、ライブがあるんだよな」と目から鱗が落ちるような気持ちだった。お笑いでも演劇でもスポーツでもジャニーズでも、私はとにかく「ライブ」が何よりも好きなのだ。
なぜか全然思い至らなかったけど、こんなに大好きで、毎日動画を見てる人たちを生で見られる場所があるんじゃないか。バンドのライブはほぼ経験がないからちょっとビビるけど、次ライブあったら行ってみよっかな!
そう思った数週間後、ワンマンツアーの知らせが届いた。
軽いノリで関東の会場をいくつか申し込んだら、大きい会場の日程だけ当選した。
そして。
本記事の冒頭に戻る。
*
はじめて行ったライブで魅了されたあの日から、私はバンドマンとしての夕闇に心底惚れ込んでしまい、もう夕闇のライブ無しではいられない体になってしまった。
今年2022年はバンド活動を精力的にしていきたい。そんな豊富を語っていたとおり、夕闇は月に2、3のペースでライブを行っている。1月なんてツーマンライブを主宰していたので6回(3週連続土日)もライブがあった。小さい箱で開催されるのでチケットは毎回激戦で、全滅して絶望することも多々あるが、なんとか月に2回くらいは彼らの音楽を浴びに行くことができている。
そうやってライブに行き続けて、毎回脳汁がジャバジャバになって帰宅するうちに、ふと「なんか夕闇のライブ行ったあとの満足感って、ちょっとNEWSのコンサート後の気持ちにも似てるな……?」と気づいてしまった。
NEWSを好きな感情と夕闇を好きな感情は全く別物である。ただ「ライブの楽しさ」という点においてのみ、「そりゃ私は好きだよ!!!だってNEWS担だもん!!!」と思ってしまう共通点がチラホラあり、今日はそれを少し書きたくてブログ編集画面を開いたのだ。
YouTuberとしての魅力、メンバーそれぞれの魅力、そして私がここまでズブズブになった大きな理由である推しーーー小柳氏の魅力などなど、夕闇について語りたいことは山ほどあるのだが、今日は
「NEWS担が『夕闇に誘いし漆黒の天使達』というバンドのライブを好きになるべくして好きになったわけ」を伝えたいと思う。
そう、ここからが本題です。数億年ぶりにブログ書いたけど相変わらず私の文章は前置きがクソ長いな!!
*
一応大前提として、夕闇がどういうバンドなのかだけ簡単に。
バンド名『夕闇に誘いし漆黒の天使達』
そもそもなんやねんこの名前、って感じですよねわかる。バンド名変えたい(I want to change the band name)って曲があるくらい本人たちもネタにしている。
「ゆうやみに いざないし しっこくの エンジェル」と読みます。さそいし、じゃないし、てんしたちでもエンジェルズ、でもなくてエンジェルな!
ボーカル(小柳)、ベース(ともやん)、ギター(ミスター千葉)、ドラム(にっち)という4人編成のバンド。ギターの千葉以外の3人は高校の同級生で、高校の軽音楽部でバンドを組んだのがはじまり。
ジャンルとしては「コミック系ラウドバンド」ということで、ラウドロックとはなんぞや、コミックバンドとはなんぞやということについては説明できるほどの知識を持ち合わせてないので、ご興味があれば調べてください……丸投げですまない……。
つまりデスボイス(スクリームとかグロウルとか色々あるらしいけどいわゆるシャウトみたいなもの)で歌うようなゴリゴリの楽曲だけど、歌詞とかふざけてて面白いことする人たち、って感じです。
どんな音楽かは聴いてもらうのがいちばん手っ取り早いと思うのでまずはこちらをご覧ください。
えっ……いい曲……めっちゃいい……めっちゃ好き……。
なんとなく、ラウドロックと聞くと激しくて怖いイメージだったけれど、こんな感じでクリーン(普通に歌う部分)とシャウトが混ざっていて曲調もわりとキャッチーなので、私はすんなり馴染むことができたが皆様はいかがだろうか。
上記の曲は歌詞が表示されなくてコミック要素が伝わりにくいのでこちらも。
と、まあこんな感じでふざけた曲をやる人たちである。
以上の前提をふまえて、NEWS担の私がなぜ夕闇のライブにどハマリしたかという理由をいくつか挙げていく。
【NEWS担好きポイント① シンガロングがめっちゃ多い】
シンガロングというのはジャニオタでいうところのコール&レスポンスみたいなもの。合いの手の掛け声だったり、一緒に歌うパートだったり。
色々なジャニーズのコンサートへ行ったが、NEWSは中でもオタクの仕事が多い。めちゃくちゃ歌わされるし、合いの手を入れされられる。コンサートでいきなり「新曲です!一緒に歌ってね!」と言われ、初聴きなのに歌わされるという無茶振りすらあった。なんとかなったけど。NEWSの新曲が出ると何も言われなくてもオタクは「なるほどここは我々のパートだね」と勝手に把握する習性がある。
で、夕闇である。ま〜〜とにかくオタクのパートが多いのだ。
こちらは夕闇の代表曲である猫サンキューという曲。ほぼ全メロがシャウトでありながら、ひたすら猫がかわいいってことしか言っていない歌詞のおかげでポップに仕上がっている名曲である。
この猫サンキューの歌詞を途中まで引用してみよう。
最近大体みんな飼ってる 5人に1人が猫飼ってる
(可愛い可愛い超可愛い)(可愛い可愛い超可愛い)
老若男女問わず飼ってる 世界各国でみんな飼ってる
(可愛い可愛い超可愛い)(可愛い可愛い超可愛い)
ガチ早起き ガチ夜更かし チョコ ネギ類 ガチダメ
(マジそれ マジそれ)
水分補給めっちゃ下手 舌めちゃくちゃザラザラ
あーよっしゃ 猫サンキュー
感謝感謝マジで感謝 可愛い姿に癒された
猫猫猫猫サンキュー!猫猫猫猫サンキュー!
感謝感謝 マジで感謝 寂しさ忘れさせてくれた
猫猫猫猫サンキュー!猫猫猫猫サンキュー!
NEKO (エヌイーケーオー)ねこ!
太字の部分全てオタクも歌うパートである。いや、改めて書き起こすと多いな!?
これだけシンガロングが多いと、ただ受け身なだけでなく自分も参加しているという一体感を強く感じる。
もちろん、今はコロナ禍のため声出しはできない。私が夕闇のライブに行くようになったのは去年からなので、実際のところ私はまだこの声を喉から発したことがないのだ。
それでも心の中で叫ぶだけで、楽しくて楽しくて快楽物質がドッパドッパ出る。何も余計なことなど考えず、頭がからっぽになって、ただひたすら「最高に楽しい!!!」という感情しかなくなる。いつかまた声が出せるようになったら、更に更に楽しい世界が待っているかと思うと、その日まで絶対に健康で生きるぞという気持ちを新たにするのである。
【NEWS担好きポイント② 振り付けもめっちゃある】
NEWS担は歌わされるのと同時に手のフリやクラップも本気でやる。チャンカパーナのサビの振り付けは必修科目。ドームで5万人のペンライトが綺麗に同じ弧を描く星をめざして。ダンスレッスンまであったLove story。
踊りや振り付けとまでいかなくとも、同じ方向にペンライトを降ったり、同じタイミングでクラップをしたり、私はコンサートでのそういう一体感が大好きだ。
夕闇はバンドなので、私のイメージでは拳を突き上げるとか、ヘドバンとか、とりあえず各自バラバラに楽しむのかなと思っていた。実際小柳はMCでよく「楽しみ方は自由だ」と言ってくれる。
ただ小柳は客席を巻き込んで盛り上げる能力が異常に優れている。結果「小柳のマネして動いてると客席と舞台上との物凄い一体感を味わえる」という現象が起こるのだ。
いちばん最初に貼った「Super Ultimate Happy Happy Song」という楽曲では、サビで両手を右、左と順番にあげていく動きが定番だし、「Q.O.L」という楽曲では腕でアルファベットの「Q」「O」「L」という形を作ったり、1億円が欲しいと歌う歌詞で指で1を作って左右に振ったりする。配信などで引きの映像を見ると会場が綺麗に同じ動きをしていて壮観だ。
なんなら普通にダンスを踊る曲もある。
こちらは夕闇の中でもいちばんの代表曲だが、前半はタオルを回すアゲアゲのメロディ、そして後半は「ダンスパート」と呼ばれ、ドラムもベースもギターも楽器を置いて前に出てきて全員踊るのである。
上記のMVよりライブ映像のほうが雰囲気がわかりやすいので、ベースのともやんサイドからのカメラだがお時間ある方は是非こちらをご覧いただきたい。まだコロナ前、声が出せていた頃のライブ映像なので、オタクがどれだけ声をだしているか、どれだけ踊っているかが伝わると思う。
もう完全に酒飲みながら踊るクラブのテンション。終わる頃には汗だくになり、日常の嫌なこととかどうでもよくなるくらいスッキリする。
また、つい最近出た新曲ではついにプロの振付師によるそこそこ複雑な振り付けが付いてしまった。
この曲を初披露するライブの前日にYouTubeを再生しまくり死ぬ気で練習して覚えて行ったが、なんと演奏前に小柳先生による丁寧なダンスレッスンがあった。
あれ……デジャヴュ……? なんか私、NEWSに同じことをされたことがあるような気がする……。
ラウドロックバンドのライブ行くのに「振り付け覚えなきゃ」って言ってた時点で意味がわからなかったのに、手厚く振り付けの練習までさせられて、私今日NEWSのコンサート来たんだっけ? って気持ちになった。
しかも!! しかもだよ、これは本当に声を大にして言いたいのだけど、シンガロングや振り付けをすると、めっっっちゃ褒めてくれるんですよ!!!
前述の新曲初披露の時は、練習の成果か初めてとは思えないほどオタクたちの振り付けが綺麗に決まり、間奏のタイミングで「満点!!」と言ってくれた。
いつもいつも、小柳は間奏のたびに「いいね!」「最高!」「ナイス!」って叫んでくれる。この感じもNEWSで得られる幸せと同じだ、といつも思う。「みんなも歌って!」と言われ会場が返すと「じょうず♡」と甘やかしてくれるあの感じと。
小柳は見ためも言動もオラついているし、MCでファンに対しての感謝とかアツいことを語るタイプではない。けれど、ライブに行くと確かに、あ〜、愛されてんなぁ。って感じてしまうのだ。
【NEWS担好きポイント③ 楽曲の幅が広い】
私は音楽に明るくなく細かな技法の違いはわからないので、バンドによっては「同じような曲ばっかりで飽きてしまう」ということが時々あった。特にデスボイスが使われるような激しい系の曲は、大変失礼ながら「結局どの曲もずっと叫んでるんでしょ?」という先入観がぬぐえなかった。
ところが夕闇の曲を聞いてみると、デスボイス多用でゴリゴリにかっこいい曲もあれば、ほとんどクリーンな歌声でポップス寄りの楽曲もある。
前出の、ダンス振り付けのある新曲「時給アップアップソング」もそうだが、企業のタイアップ案件で楽曲を依頼されることがあり、そのような時は万人に好まれそうな爽やかで明るい曲調の曲を作ったりする。
↑こちらはinゼリーのタイアップ曲。WANIMAとかが歌っていてもおかしくないと個人的には思っている。
また、3年前からは毎年の恒例行事として、エイプリルフールに「ラウドバンドとしての活動を終了して、新しいジャンルのバンドとして生まれ変わる」というネタを発信している。ネタとしての解散→再結成動画を出すだけでなく、本当にジャンルの違う新曲をガチでリリースする。3年前はボーカルユニットに転向すると言ってただ4人が歌うだけの曲を作り、去年はピアノバンドになると言って弾き語り風の曲を出し、今年は1996年にタイムスリップしたといって(?)懐メロ風バンドサウンドの曲を出した。しかも、どれもが一発限りの企画ではなく、その後もきちんとライブで歌い継いでいくのだ。それゆえライブでは、激しいラウドロックサウンドの後に急なピアノ曲が始まるなど情緒がおかしいことになることも多く、その自由自在なセトリも魅力のひとつである。
↑おととしのエイプリルフールのネタで出した新曲。ギターもベースもドラムも楽器を捨てて4人横並びになって大真面目に歌う。何も知らずに曲だけ聞くと「GReeeeNの新曲かな?」って思うし、この曲をライブで歌っているところを見たジャニオタの友人は「えっ急にNEWS出てきたんだけど何!?」って爆笑していた。そう、この曲はほぼGReeeeNに楽曲提供をしてもらったNEWSみたいなものなんです。本当なんです。
NEWSが、UR not aloneのような王道の応援歌も、チュムチュムのようなトンチキ曲も、夜よ踊れのようなスタイリッシュな曲も変幻自在に提供してくれるように、夕闇の曲もバラエティに富んでいて全く飽きることがない。それが夕闇というバンドに魅了された重要な要素なのである。
【NEWS担好きポイント④ 個性豊かな4人組】
ここまで、ライブや楽曲について夕闇の好きなところを語ってきたが、最後に少しだけ、4人のパーソナリティな点についても触れたい。
私は、どんなに楽曲やパフォーマンスが好きでも、それを表現している人自体に猛烈な興味と愛情を持たなければ、ただ「好きだなあ」となるだけで、ここまで全身全霊で追いかけるまでには至らない。つまり「沼」の深みにまで嵌るには、まずなによりもその人たちのことをーーーグループだったら全員のことをーーー大好きになるのが絶対条件なのだ。
そもそも私は4人組にめっぽう弱い。NEWSを好きになったのも4人の時だったし、それ以前も「4人組」というバランスに無性に惹かれてしまう傾向があった。ファミコン世代だからだろうか。ドラクエもファイナルファンタジーも、物語の主人公はいつだって役割の違う4人パーティーだったから、そういう存在を求めているのかもしれない。
夕闇の好きなところのひとつに、4人が4人とも違う血液型、というのがある。しかもそれぞれがとてもわかりやすく、血液型占いで分類されそうな性質をもっている。几帳面で真面目なにっち、リーダー格ですべての中心となる小柳、おおらかなともやん、天才肌の千葉ちゃん。そういえば家族構成も全員違う。妹のいる兄、弟のいる兄、兄のいる弟、ひとりっこ。
血液型で性格をはかるのがナンセンスであることは承知だし、当然それが全てとは思っていないが、本当に4人とも綺麗に異なった役割と長所を持っていて、それでいて共通する性質や志のようなものも垣間見える。
見れば見るほど、その奇跡的なバランスで構成されている4人全員のことが、大好きで大好きでたまらなくなる。見た目はいかついバンドマンで、若さゆえの暴走で炎上とかしそう……という雰囲気なのに、実はコンプラ意識がしっかりしていて、根本的に賢い人たちなのだなぁと思う。
本職はあくまでバンドでYouTubeはバイト、などと言ったりもするが、YouTubeについても必ず週6で更新するところに真摯な姿勢が伺えてしまう。バンド活動でライブをやって、曲も作って、MVなんかも撮って、本職だけでもかなり多忙なはずなのにどちらも両立させているところも、考え方に筋が通っているところも、本当に心から尊敬しているのだ。
*
それぞれのメンバーの性格とか関係性の好きな所を語りだしたらあと10000字はかかるので今日は触れないが、本当に本当に、何度も繰り返すけれど、全員が大好きで愛しくて、その大好きな人たちの曲が、パフォーマンスがこれまた大好きなものだったから、私はここまでズブズブに夕闇という沼にハマってしまった。
今回、こんなブログを書いたのは、別に夕闇のファンを増やしたいとか、ましてやチャンネル登録してほしいとか、そんなおこがましい気持ちではない。
私はさ、Twitter12年、その前のブログやテキストサイト時代を含めるともう20年インターネットやっててさ。20年自分の好きなものや考え方を垂れ流してて。それでたくさんの人と知り合って、私がたくさんの人を好きになったのと同時に、私のことを好きになってくれた人もありがたいことにたくさんいて。
— 梓 (@tounoin) 2022年4月7日
私は、そうやって出会った好きな人たちのこと、共通の趣味がなくなってもずっと人として大好きだから、ずっと縁は切れないし、その人が今好きなコンテンツのことを全然知らなくても「この人が好きなんだからきっと魅力的なんだな」って、心の中の「知らないけど多分良い」に分類しておくんだよ。
— 梓 (@tounoin) 2022年4月7日
私と出会って私を好きになってくれた人が何人いて、その中の何%かはわからないけど、同じように「こいつが好きなんだからきっとこれは素敵なコンテンツなんだなあ」って思ってもらえたら、それが一番うれしくて、だから私は好きなものを好きってこの1つのアカウントで全部言うんだ。
— 梓 (@tounoin) 2022年4月7日
NEWSについてのことをいくつか書いて、何人かには読んでもらっているこのブログで。このブログをきっかけにTwitterをフォローしてくれているNEWSファンの人がそれなりにいる中で。
NEWSを大好きな私が、またひとつ大好きなものが増えたよ、ちょっとNEWSを好きな理由と似ている部分もあるんだよって話すことで、そっかそれはよかった、自分は興味ないけどなんだか楽しそうだね。って思ってくれる人がいたらいいなぁ、と、そういう気持ちで書きました。
夕闇のことを布教するつもりもないし好きになってもらえるとも思ってない(なんなら無理な理由もめちゃくちゃわかる)けど、おまえがそんな好きなら、良いんだろうね、おれにはわからないけど(笑)ってみんなが思ってくれたらそれだけでいいなあ。
— 梓 (@tounoin) 2022年4月7日
つまりはこのツイートの通りです。たくさんYouTubeの曲を貼ったけれど、全然再生しなくていいです(笑)
でも最後にひとつだけ。
冒頭に記した、私がはじめて夕闇を見に行った日のライブ映像が、ダイジェストとしてYouTubeに上がっている。
イントロでメンバーが舞台上に入ってくるところがちょうどおさめられているので、私の心の中に、小柳翔汰という人間の強烈な光が入り込んできた瞬間がバッチリ入っているのだ。
またまた、そんなピンポイントで恋に落ちる瞬間なんてあるの? いっちょ見てやろうじゃねえの! という奇特な方がいらっしゃったら、どうそ。
0:30からがイントロ。
そして1:13。ようこそ!の後に、フッと笑った瞬間。これが、私が恋に落ちた瞬間です。
好きな理由を長々と書いてきたけれど、ほんとうは、ライブに通う最大の理由は、この人のこの表情が見たいからなのかもしれない。
そのうち気持ちがどうしようもなくなったら、小柳のことが好きだ!ってだけの記事書くかもね。まあでも多分自分の中でなんとか処理するとは思う。
晴れの空に抱かれて
病室の窓からは千葉の海が見えた。空はずっと雨模様だった。
*
私は長期的な記憶力が著しく劣っている。
そんな私でも、
父親が死んだ9歳の時も、初めて飼った猫が死んだ15歳の時も、
今から私は、人から見たら「
昔のことをどんどん忘れてしまう私が、いつまでもこの記憶を、
では自分だけが見られる日記帳にでも書けばいいではないか、
これはそういうエゴだけの文章だ。
ここ数カ月、私は妊婦だった。
はじめての我が子は、生きて生まれてくることができなかった。
ここからは、死産についての詳細な話を綴っていく。
もし読んでくださる方も、
*
33歳の時に1つ年上の夫と結婚したが、
理由はいくつかあったが「絶対絶対欲しくない」
ところが3年前、
その時点でもう私は38歳になるところだったので、
それを聞いて正直私は、ラッキー、と思った。
しかし夫はそれ以上動くことはなかった。毎月、
そんな感じで更に月日を重ね、
ああ、もう40歳だものな、
私って、まだ妊娠できるのかな。
ふとそんな思いがよぎる。いやいや何考えてるんだ、
なんとなくモヤモヤした気持ちを持てあまして、
結果として、私の卵子の残量は年相応。
あなたもう妊娠できませんよ〜
ますますモヤモヤするようになったが、
多分、お金もないのに自費で検査をしたくらいだから、
夫とは生活リズムがズレていたので、
あ〜なんか一瞬子供欲しかったような気がしたけど、
そういえば、親が死んだあとのゴタゴタが片付いた頃、
まあ生理が遅れることはよくあるしな、と、
本能的な確信をもって、検査薬を買った。
秒でバリバリの陽性反応が出た。
40歳と8ヶ月。人生初めての妊娠だった。
*
検査薬にくっきりと現れた陽性の証を見た瞬間、
今まであんなにも「子供はいらない」
一方で、この命が無事に生まれてくる保証はどこにもない、
医療従事者でこそ無いが、幼い頃から医学関連の本を読み漁り、
なんといっても超高齢である。40歳の流産率は40%
受精して着床しただけでも宝くじに当たったような気持ちだったが
ところで、
「無事に生まれてくるかは、生まれるまでわからない」
*
検査薬で陽性反応が出た週末に病院へ行き、
その夜、夫へ報告をした。
びっくりなんだけどさ、妊娠したよ。と言うと、
「おぉ、できたのかぁ」と飄々と返された。まるで「
予定日は今のところ12月4日だよ、とか、
変わらず普通のテンションで、淡々としていたけれど。
ああ、多分この人、すごくうれしいんだな。
私がもっと早く子供をもつことと向き合えていたら、もっと早く、
天から来てくれたこの子を、なんとしても無事に生んであげたい。
翌週また病院へ行くと、心拍が確認できた。
おめでとう、妊娠してますよ〜。と改めて先生から伝えられる。
妊娠が確定したので市役所へ母子手帳をもらいに行く。書類に「
面談してくれた保健師さんが「
*
「9週の壁」という言葉がある。
妊娠してからというものの、
ただ、あまり不安だ不安だと思いすぎることもしたくなかった。
妊娠10週と0日、待ちに待った検診の日。
うん、元気ですよ〜。という先生の声に一気に力が抜けた。
血液検査の結果も全部問題ないですね、
とにかく9週を越えた。少しだけ安心した。
(義両親が本当は孫を望んでいることを知っていたので、
時の流れを異様に遅く感じる日々がまた始まった。早く、
そのうち、手持ちのジーンズが入らなくなるほどお腹が出てきた。
次の検診が終わったらマタニティウェアを買いに行こう。
義両親への報告、マタニティウェアの購入、会社の人事への産休・
ダメだった時の覚悟を決めておこう、
いちばん危険な時期は脱した。奇跡的に来てくれた命なのだから、
長い長い4週間がようやく終わり、検診の日が訪れる。
*
私の通っていた産科はものすごく混んでいて、
その日の検診も、はいじゃあお腹見ますね〜と寝かされ、
すごいなぁ、大きくなってるなぁ、と思った瞬間、
その時の先生の声色が、いつまでも耳に残っている。
「あ〜……桐ノ院(仮名)さん、ごめーん…… 赤ちゃん元気なんだけど……」
ごめん?
ごめんって何だ?
もしかして、心拍止まってるのかな。あ、でも、
「元気なんだけど、胎児浮腫だぁ。
はぁ。
間の抜けた返事をしてしまった。タイジフシュ。
「ほら、これが赤ちゃんなんだけど、
「えーっと、むくんでいる、ってことですよね。えっと、
「うん、今は元気だよ、ほら」
先生が心拍の音をスピーカーで出してくれる。
「……多分このままだと22週……22週っていうのは、
先生の言葉があまり処理できないまま脳を通り過ぎていく。
つまり、この子は。生まれてこれない運命の受精卵だった、
9週も12週も越えられたけれど。越えられたのに。
いきなりこんなこと考えられないと思うから、
「今回は残念だけど妊娠継続を諦めるということであれば、
あるいは、命があるうちは抵抗がある、
いずれにしても処置の方法は一緒で、
知ってる。中期中絶、
はい、はい、と返事をしながら、どこか上の空になってしまった。
「そうですね……。なにしろ高齢なので、
先生は、ご主人とも色々話をして決めてもらって、
病院から家へと戻りながら、仕方ないよね、
帰り道、住宅街を通るのでたくさんの子供とすれ違う。
帰宅して、スマホで「胎児浮腫」について検索を繰り返した。
夫から「今から帰るけど何か買い物ある?」と電話がある。
「どうした? 具合悪いのか?」
―――赤ちゃんね、ダメだった。
口に出した瞬間、今まで出ていなかった涙がドバっと溢れてきた。
「そっか。ダメだったかぁ」
妊娠を告げたときと同じ、淡々としたテンションで、夫が呟いた。
今はまだ生きてるんだけど、心臓が悪いか、
泣いてしまって途切れ途切れにしか喋れないが、
「わかった。とにかく、梓の負担が少ない方にしてほしい。
処置内容はどちらも変わらないから体の負担はおそらく大差がない
休んでなよ、食えたら食えばいいからと言って、
深刻にならないように振る舞っていたが、
今までの人生で、これよりもっと泣いた出来事もある。
こんなに悲しいことがこの世にあるなんて知らなかった。
*
仕事をしていても無意識にお腹に手を当てる。
1度だけでも、夫にこの子が生きている姿を見せてあげたい。
6月21日月曜日、妊娠週数16週2日。
エコー画像が映ると、心臓がピコピコ動いているのが見えた。
ああ、生きていてくれた。今日まで頑張ってくれた。
心音も聞かせてもらって、わかる?と 夫に聞くと、わかる、生きてるなぁ。と呟いた。
エコーで見た姿は、2週間前にも増して、
2週間前と同じ説明を先生から受ける。
もう助からないと理解できました、
先生はその場ですぐ、
「最近は芸能人なんかでも、
普段は忙しくて無駄な会話をしない先生が、
今までのお礼を伝え、産院を後にする。お会計の時、分娩予約金(
紹介された病院に予約の電話をすると、
*
6月25日金曜日。妊娠週数16週6日。
紹介された病院の診察台に横たわりエコーを受けるが、
「うーん……前の病院での診察って、いつでしたっけ?」
「月曜日だから4日前です」
「その時って、赤ちゃんの心拍どうでしたか?」
「月曜日は心拍ありました。……えっ、
先生はカーテンを少し開けて、モニターをこちらに見せてくれた。
「この辺りが心臓で、
確かに、月曜日に確かにピコピコしていた場所に動きがない。
心音のモニターに切り替えると、
念のためのダブルチェックなのだろう。他の先生も呼ばれて、
それを聞きながら私は、悲しみよりも、
お父さんに心臓の音聞いてもらうまで頑張ってね、
そして、
医師の説明文書は中期中絶のものが用意されていたので、先生が「
「土日からの入院はできないので、月曜日から入院してください」
急すぎて驚いた。産後そのまま8週間の産休を貰う(
死亡した胎児からの分解成分が母体に影響を与えるため、
週明け、会社へ行き荷物をまとめ、
帰りがけ、妊娠発覚からずっと気遣って支えてくれた上司が、
8月末までの長い休みが始まった。きっと、
*
6月30日。入院初日。
朝10時半までに受付をすればいいとのことだったが、
9時に処置室に呼ばれ、
午前中から子宮口を開く器具を挿入し、
予めネットで体験談をいくつか読んだのだが、
処置が始まってみると、なるほど確かに我慢できない程ではない…
ダイラパンという、水分を吸って膨らむ棒が挿入される。
合間に看護師さんが来て「赤ちゃんにしてあげたい事のリスト」
前の産院の先生から「全身が水膨れのような状態なので、
16:40、再び処置室へ。ダイラパンを追加。(
午前中の処置と比べ物にならないくらいの激痛。
横になってひたすら耐えていたら徐々に痛みは落ち着いてきて、
入院しても夜眠れないのは相変わらずなので、
*
7月1日。朝食の後、8:40処置室へ。
遅くまで起きていたことがバレていて、
今から昨日と同じようにダイラパンを追加して、
挿入時、昨日の午後を更に上回るほどの激痛。
じゅっぽん!! 膣の奥に、水を吸って膨らむ棒が、10本も突っ込まれてるのか!
病室に戻るも、処置後に出てくる水分の量が昨日までと全然違う。
「あー、ダイラパン入れた刺激で破水したんですね」
破水て! そうかこれ破水か!
えっ、破水して大丈夫なんですか? 陣痛来ちゃったりしないんですか?
「午後にもう1度処置があるから、
とりあえずすぐ出てきちゃったりすることはないらしい。
「どんな感じですか?」
「水が出てくるのはおさまったんですが、
「わかりました、
「いります!!!!」
食い気味で痛み止めを所望した。
しばらくしてロキソニンを持ってきてくれたので、昼食後に飲む。
寝たことで少しスッキリしたのでその後はベッドの上でできるだけ
*
下半身が冷たくて目が覚めた。時計を見ると朝の5時である。
布団をめくって思わず、えっ、という声が出た。
世界はむなしく、しかしやさしい
気が付けば約1年ブログを書いていなかった。
私が長い文章を書くときは、何か熱量が爆発していてよほど伝えたいことがあるか、不安定になったり惑う出来事があって気持ちを整理したい時なので、つまりこの1年は精神が安定していたということなのだろう。
こう書くと、嘘でしょ、と総ツッコミを受けるかもしれない。2020年度のNEWS担の精神が安定していたわけがない。
実際、あの6月にーーNEWSが突然4人から3人になった頃にーー2回だけ少し長い文章を書いた。さすがに何も触れないではいられず、しかしブログにできるほど感情の整理がついていなかったので、ふせったーのフォロワー限定公開という形で投稿した。
まとまった文章にできるくらい消化できる日がきたらブログにしよう、と当時は思っていたが、日々が過ぎていくうちに、あえて書き記すことではないなと思えてきて今に至る。今はもうだいぶ明確に自分の思いを形にできるのだけれど、おそらくこの先も特に言及することはないだろう。
私のカバーし得る範囲の世界線でもし交わることがあれば姿を見ることもあるかもしれないし、それで何か感じたことがあれば書くこともあるかもしれない。消化した今言えることはそのくらいだ。
さて、一方で。あの混乱の最中にあっても、私がNEWSを思う精神はかなり安定していたのも確かなのである。
なぜならNEWSの3人の姿と、それを取り巻く人々が、めちゃくちゃに信頼できて安心できるものだったから。
私たちを前へ前へと連れて行ってくれたから。
人数が減ったときすぐさま「3人で続けていく」と発表があった。表情は固く辛そうではあったけれど、不思議と心配や不安な気持ちは起こらなかったのを覚えている。
疫病が蔓延するこの世の中で様々な制限が課せられているにも関わらず、NEWSはその日から休む間もなく新しい姿を発信し続けてくれた。その姿を追いかけるだけで忙しく、なにより発信されるものがあまりにも心のこもった素晴らしいものばかりだったから、少なくとも私は寂しい思いをしたり惑ったりしている暇すらなかったように思う。
迷子になってベソをかいていたところにNEWSが現れて、大丈夫こっちだよ、一緒に行こう!って手を引っ張られてぐんぐん走っているうちに、気付いたらすごく明るくて温かい場所に出ていた、そんな半年間だった。
後ろを振り向く暇もなく走ってこられたのは、NEWSの3人が強い決意と誠実な心を持って私たちと向き合ってくれたからに他ならない。それと同時に、ただ走るだけではなく安心して、幸せな気持ちで走ることができた大きな要因は「NEWSってものすごく愛されているんだな」ということがはっきりとわかったからだ。
どれだけ本人たちやファンが活動を続けたいと願っても、場が与えられなければ前へ進むことはなかなか難しい。ところがNEWSの周りの人たちは、次々と3人に仕事を持ってきた。オンラインファンミーティング、音楽番組の出演、新曲の作成、Blu-ray発売、数々の雑誌掲載、エトセトラ、エトセトラ。
NEWS本人たちや私たちが強く思っていたのと同じくらい、NEWSを取り巻くスタッフ、今まで関わってきた仕事関係者の方々が「絶対にNEWSを諦めない」とがむしゃらに動いているように私には見えた。
2年前、LVEを初めて聴いたときも同じような気持ちになったことを思い出す。あの時私は、NEWSというプロジェクトに関わっている人々の反骨心とNEWSへの絶大な愛を感じて震えた。なんの証明もできない、ただの私の主観でしかないけれど、少なくとも私はそう受け止めた。今回もあの時と変わらず、強い意志と、泥をかき分けるようなパワー、そして穏やかに包み込むやさしさを感じるばかりだった。
NEWSは愛されている。今まで一緒に仕事をしてきた、NEWSを近くでよく見てきた方々に、これからもNEWSと仕事をしたいと思ってもらえて、そのために力を尽くしてもらえている。
そのことが明確に伝わってきたから、この半年間、不安だったり心をかき乱されることなく、ただただ新生NEWSが見せてくれるものを幸せに受け取ってこられたのだ。
*
先日、小山さんと加藤さんが、新型コロナウィルスに感染した。新曲のプロモーション、加藤さんの小説の新刊発売などのタイミングで、今年1年の中でもひときわ忙しくしていたところだった。第3波と言われる感染者増の状況で、もはや誰もがいつ感染してもおかしくない中、多忙なふたりがどれだけ毎日気を配っていたか察するに余りある。それでも感染してしまう。いま我々が直面しているのはそういう世界だ。
Twitterでその報を見かけた瞬間にヒュッと呼吸が浅くなり、タイムラインをスクロールする指先が冷たく震えた。動揺していたのだろう。ここで普段ならやらないことをしてしまった。
個人名だったか、「コヤシゲ」だったか。もう覚えていないけれど、トレンドに名前が入っていたのを、情報を得ようとして思わずクリックしてしまったのだ。
パッ、といちばん上に出てきたのは、かつて何度か見かけたことのある有名なアカウントだった。芸能ネタをメインに、悪意をもって揶揄するツイートを巻き散らかしているもの。さすがというかなんというか、例にもれず、この件についても悪意100%で茶化すようなコメントをしていた。
あちゃ〜〜〜失敗した、と頭を抱えた。久々に悪意に触れてしまった。ブロックしていなかった自分を呪った。
そうだった、思い出した。世界にはこういう側面があるのだ。
「NEWSって愛されてるなあ」と幸せな気持ちでいたこの半年間も、その前も、もうずっと長いこと悪意が渦巻く場所が存在していることは、もちろんよくわかっていた。だけどそんな存在よりずっと確かでデカくて暖かい愛の場所を知っていたから気にしてなかった。なのでけっこう本気で忘れかけていた。
いや、忘れていた、というのは語弊がある。正直に言えば「Twitterのタイムラインで度々、悪意が存在することを思い出していたが、自ら踏んでしまったのは久々だった」というのが正確なところである。
今回も私は、うっかり検索で現れてしまったその1ツイートしか悪意に触れていない。検索は二度としないし、ヤフコメも見ないし、フォロワーさんはNEWS担か否かに関わらずあたたかい人たちしかいないので、皆ふたりを心配し回復を祈ってくれていた。だけど同時にNEWS担のフォロワーさんたちがちらほらと怒り嘆き悲しむ様子も流れてきた。それを見て私は、ああ、またどこかで誰かが悪意を振り撒いていたのだろうな、それを見て優しい人たちが傷付いているのだな、と察する。悪意の存在をそうして思い出してしまう。
*
私たちは知っている。私たちの大切な人たちが、どれだけ酷いことを言われてきたかを。何をしても、何を言っても、一部の人たちの目を通したら全てバカにされ、中傷され、人格を否定される言葉を投げつけられ、その言葉はインターネットの海に漂い続ける。
私たちは知っているので、そのうち、漂うその言葉たちを直接見なくても想像してしまえるようになる。好きな人が何かを発言したとき、本当は楽しいトークのはずなのに、「あの悪意の人たちはこれをこう解釈してこう攻撃してくるに違いない」と先回りで想像して苦しんでしまう。悲しいことにその想像はだいたい合っていたりするので、「やっぱりまた悪意に攻撃されてしまった!」と絶望してしまう。
だけどその不安は、悲しみは、口に出してしまうと、はからずも「悪意」の存在を強調してしまうような気がしてならない。きっとまたあること無いこと言われてるんだ!と嘆くことで、そっか、あること無いこと言われてるんだこの人達は。と教えてしまう。そうして興味本位で悪意の存在にたどり着いた善意の人が、悪意に感化されてしまうことも、なくはないのだ。
私はずっとその、負の感情の循環のようなものが苦手だった。悪意の存在に嘆き憤るムーブが定期的に訪れるのが寂しかった。だって、本人たちはあんなに楽しそうにしていて、幸せを与えようとしてくれているのに。外野のことで負の感情にとらわれるのは寂しすぎる。
では黙って無視して泣き寝入りしろということか、 そんなことしているうちに悪意が届き続けて彼らを傷付けてもいいのか。と言われるかもしれないがそんなわけはない。度の過ぎた誹謗中傷があった時にはしかるべき場でしかるべき制裁が加わるよう声をあげるつもりだ。だけど結局それまでにできることは、粛々と通報を続けることくらいしかないのかと思う。とはいえ悪意撒き散らしアカウントには万単位のフォロワーがいるものも少なくないので、実際は通報したところで特にダメージを与えることはできない、という現実もある。我々は無力だなぁと落ち込んだりもする。
*
ただ、同時に「こんな悪意なんて、取るに足らない存在なのでは?」と思う気持ちも湧き上がってくるのだ。
前半、NEWSは本当に周囲から愛されている、ということを書いてきたが、小山さんと加藤さんが新型コロナウィルスに罹患したことで、よりその愛が明確に見えるようになった。
FNS歌謡祭ではNEWSがトリの予定だったという。その時点で既にNEWSへの愛が溢れすぎているが、出られなくなったNEWSの代わりにジャニーズの皆でNEWSの曲を歌ってくれた。ただ出演をとりやめる、なかったことにするのではなく、番組全体でNEWSへメッセージを送ってくれた。
増田さんの番組、シゲちゃんの本の出版社、小山さんを取材した雑誌、3人と関わってきたスタッフさん、作家さん、タレントさん、俳優さん、ものすごくたくさんの人が、ものすごくやさしい言葉を、エールをNEWSに送ってくれた。
NEWSのことを直接知っている、実際に一緒に仕事をしてきている人達がこんなにも3人を愛してくれている。どこの誰だか素性がわからない人がインターネットで彼らを貶す言葉よりも、確かな存在の方々の確かな言葉のほうが、ずっとずっと重要なのではないか。親しい人たちと、そして私たちからの愛が確かなものであることはきっと本人たちにも届いているはずで、もしかしたらそれだけでいいのではないだろうか。遠くの悪意の存在が彼らに悪影響なのではと考えてしまうことは、杞憂なのかもしれない、とすら思った。そのくらい大量の愛と気遣いを、私はこの2週間見た気がする。
彼らはやさしく、そしてそんな彼らの周りにはやさしい人たちであふれている。そして我々もその「やさしい人たち」の一員なのだ。
*
好き勝手に悪意を振りまくような人々には、その因果が巡ってほしいと思ってしまう。ネットで誹謗中傷するような人なんて、きっと友達がいなくて寂しい奴らだよ、と思いたくもなる。
だけど世界は案外そうでもなくて、そういう人も実際に周囲の人からは愛されていたりするものだ。NEWSが周りから愛されているのと同じように。
普通に友達がいて、普通に良い人で、まさかインターネットで人の悪口ばかり書いてるなんて誰も思わなかったりするのだ。もしかしたら私が大好きで慕っている友人がそういうことをしているかもしれない。
私は人を傷付けたくないと思って生きてはきたが、とても褒められるような人生ではないし、意識的でも無意識でも、誰かに対して不誠実なことや酷いことをしてしまったことはたくさんある。たくさんのやさしい人に囲まれ愛してもらっている自覚がある一方で、私のことをとても嫌いという人も少なからずいるだろう。こんな一般人の弱小アカウントですら、ごくごく稀に悪意に満ちたマシュマロが届いたりするのだから、私の数億倍たくさんの人に愛されているNEWSは、どうしても悪意の存在も多くなってしまうのだろう。そんな質量保存の法則みたいなものいらないよ、と嫌になってしまうけど、この世界というのは、おそらくそういうふうにできている。
世の中はかくもむなしい。人間全員が善人で愛しか持たず平和に生きていっているわけではない。誰にでも、私にも、NEWSの中にも、善だけではない何かが存在し、それが何らかの形で発露してしまって誹謗中傷アカウントのような振る舞いをする可能性だってある。自分の親しいなにかに不祥事があった時「そんなことをする人だとは思わなかった」「見る目がなかった」と嘆く言葉がでてしまいがちだが、誰だって「そんなことをする」可能性があるのだ。
だけど同時に、そうやって人を信じることは、人間のもつ「善」のひとつだとも思う。信じることはやさしさだ。
NEWSはやさしい。それはNEWSが、自分たちを、自分たちの愛するものを信じているからだ。そんなNEWSを取り巻く人々は、NEWSのことを信じているから、やっぱりやさしい。そういう人たちを見ている私たちも、やさしくなれる。
そのようにお互いのやさしさが干渉しあうことで、善だとか、愛だとか、そういうエネルギーの方が自分の中で大きくなって、心の中の「悪」の存在が薄くなっていく。やさしさが増えていく。
こやまさんとシゲちゃんが回復した、というニュースを聞いて、泣いてしまった。
ふたりの熱が上がったと聞いたときには自分の身がズタズタになるくらい辛かった。子供のいない私は母性と言うものを知らないが、きっとこれはそういう気持ちに近いのかもしれない、と思った。掛け値なしに、自分の存在以上に、心から愛しく愛しく思う人たち。私がNEWSを思う気持ちって本当にやさしいな。私はこのやさしさを知ってる私のことが好きだな、とうれしくなった。
このむなしい世の中で、こんなにもやさしくなれる方法を教えてくれたやさしいNEWSに出会えたことがうれしい。
こやまさん、シゲちゃん、おかえりなさい。
増田さん、私たちに寄り添ってくれてありがとう。
これからもNEWSと共に、やさしい気持ちで。
オッケーよなんて強がりばかりを僕も言いながら
2019年が今日で終わる。
今年は恋愛感情にふりまわされた1年だった。夫と出会って13年。結婚して6年。相変わらず仲良く暮らしているので、まさか自分がこの年になって恋とか愛だのいう感情を抱えることになるとは夢にも思わなかった。それも、話すことも触れることも出来ない相手に対して。
ガチ恋なんて人に話せるような感情ではなく、ただ暗く卑屈なものでしかないので、私は好きな人について公に書くことは1年間避けてきた。今後もこのスタンスは変わらない。
だけど今はなんとなく、今年1年自分の心を騒がせた感情について、今年のうちに書いておきたいな、という気分だ。あくまで自分の心を整理するため、そして「M-1敗者復活戦」という素晴らしい現場に参加できたことを忘れないため、少しだけ記しておくことにする。
2019年12月22日。私はM-1の敗者復活戦の会場にいた。
前置きとなる経緯とその時の心境については、前夜にふせったーにて記したのでそちらを貼っておく。
M-1前夜。○○について、お笑いオタクでもなんでもない○○○○○○○○としての今の気持ち。何のバイアスもかけずにM-1をご覧になりたい方は閲覧非推奨です。めっちゃ長いだけのただの日記なので。 https://t.co/USZLMuGThU
— 梓 (@tounoin) 2019年12月21日
六本木ヒルズアリーナに到着すると既に開場を待つ観客でごった返していた。私のチケットの整理番号は300番代。列整理の様子を見ると800番くらいまであるようだ。今年の敗者復活戦は決勝進出経験者も複数おり、強者だらけの顔ぶれだったせいか20000人以上の応募があったという。その中の貴重な1枚が自分の手元にきた意味をかみしめる。
敗者復活戦は本当に素晴らしかった。司会の陣内さんと新川優愛ちゃん、ゲストのNON STYLE石田さんとトレンディエンジェルの2人、そして前説とCMつなぎのイシバシハザマが寒いなか凄く盛り上げてくれて、なにより16組全ての芸人さんのネタが面白くて、あっという間の時間だった。
この真剣勝負を見届けるからには、お笑いファンとして真剣に各組のネタを評価しようと決めていたし実際そのようにしたが、それはそれとしてやはり好きな人がどうしても勝ち上がりますように、と祈っていたことは否めない。
前述のふせったーに書いた通り、今年の和牛のネタは決勝で2本セットで披露したいものだと私は読んでいて、そうすると敗者復活戦はその2本を外してくると踏んでいた。しかし、今年の和牛の持ち弾で「これをやれば確実に勝てる」と思えるものがその2本以外に想像つかないのが正直なところだった。いや、他のネタが面白くないとかそういうわけではなく、「確実に勝てる」なんて普通はありえないのだ。だけどそう思えるくらい、その2本の完成度が高かった、少なくとも私の感性においては。なので敗者復活戦に何のネタを選ぶのかが全く未知数で不安だった。
はたして、4組めに出てきた和牛が始めたネタは、その2本のうちの1本ーー「内見」だった。ふたりが内件ネタに入った瞬間に、私は「あ、これは決勝行ける」と確信した。勝ち上がるためのネタを選んだんだな、と。
敗者復活戦は生放送されているから、決勝にあがれたとしてもこれを2度は繰り返さないだろう。そうなると本来決勝2本目でやるはずだったネタを1本目にやるだろう。そしたらきっと最終決戦に残れるから、さて、そのときは何をやるかな?
ーーこの時点でここまで脳内シミュレーションするくらいには客席で手応えを感じていた。アドリブ一切なし、計算され尽くした4分間。これで勝てなければ今年はそういう年だったんだな、仕方ないな、と納得できる……なんて思いながら彼らを見つめた。
全組が終わって、本放送までの間にネットで敗者復活戦をテレビで見た人の感想をサーチする。確信はさらに深まり、強い気持ちで結果発表の会場へと戻る。
今年はえみくじで「敗者復活」枠が出るまで、誰が勝ち上がったのか発表されない。そのため本放送を会場のモニターで見ながら、いつでるともわからない「敗者復活」のくじを待つというシステムだった。舞台上には敗者復活戦を戦った16組の芸人たち。客席の私たちと一緒に、モニターで放送の様子を見守る。
これは私がガチ恋だからだろうが、この時間がなんだか、涙が出るほど幸せだった。大好きな芸人たちとーー大好きな人とーーまるで居間でひとつのテレビを見ているみたいな感覚。私が笑うタイミングで好きな人も笑い、放送を楽しみながらも、どこか敗者復活枠のことが気になって緊張しているのもきっと同じで、なんだか少しだけ仲間になれたような、心の距離が近付いたような……そんな甘い胸の痛みを感じていた。
その時は思いの外早く訪れた。出番順にして3番目。えみくじで「敗者復活」枠が出た。
雨の降る極寒の屋外の空気が一瞬にして沸騰した。歓声、悲鳴、静寂。そして、彼らのエントリーナンバーが呼ばれる。まわりの芸人が彼らを抱きしめる。観客にもみくちゃにされながら、彼らが、私が恋をしている人が、テレビの中へと向かって走る。残された、敗退した芸人さんたちが、頑張れ! 優勝してこい! と叫ぶ。私たちも願う。ああどうか、この人たちのぶんも、あなたが、と。お客さん! さあみんなで! ここにいるみんなで一緒に! 和牛を応援しましょう! と陣内さんが呼びかけ、興奮の渦のなか芸人も観客もひとつのモニターを眺めた。
私はこの一連の風景を生涯忘れないだろう。忘れないために今ここに書いている。まるで美しい映画を見ているような数分だった。そのまま、まるで美しい映画のような、彼らの漫才がはじまった。
「内見」だった。
今までずっとネタを変えてきた彼らが、敗者復活戦と同じその1本を選んだことに少しだけ驚き、同時に納得しかなくて、泣きそうになった。
やはりこの人たちは、2本をセットで披露することを選んだのだ。勝利のためか美学のためか、きっとそのいずれでもある気がする。
「内見」は、決勝戦で披露された通り、引っ越しの家選びで色々な部屋を内見に行く、という漫才だ。
そして、最終決戦に残れたら見られたであろうもう1本のネタは「引っ越し」。
内見からの引っ越し、という、続きもののようなネタだったのだ。
内見は、不動産業者である水田さんに川西さんが翻弄されながら突っ込んでいく。前半は、見る部屋見る部屋全て先住民がいる、という流れで、ショートコントが4回繰り返されるような構成だ。その区切りごと(各物件ごと)に「おじゃましました~」という共通のセリフで場面が転換する。「おじゃましました」というセリフは共通だが、水田さんだけが言う→ふたりとも言う→川西さんが水田さんに言う、という風に状況は変わりストーリーも進んでいく。その都度、マイクを挟んで舞台を縦に使う動きも新しい。
後半は変な物件を見てハードルが下がりきった川西さんが「人が住んでいない」ただその一点で、とんでもない事故物件を気に入り「いいね!」と褒め出す。ツッコミがボケへと変化する面白味。そして金縛りに合うという設定で動きがなくなるオチへの向かいかたは昨年の「ゾンビ」も彷彿とさせるような緩急のある笑いだ。
「引っ越し」も引っ越し業者である水田さんの奔放な提案に川西さんが翻弄される……という導入から始まるが、ストーリーが進むに従い前半の水田さんのボケが全て川西さんによって回収されていき笑いを生み出す。構造としては2017年M-1で披露した「ウエディングプランナー」によく似ている。だが「ウエディングプランナー」後半の「ツッコミである川西さんが巻き込まれた結果ボケるしかなくなる」という構図から更に進化して、引っ越しは「巻き込まれた川西さんがむしろ積極的にボケへ加担していく」という新しさがあった。オチに向かってはもはやボケ2人で畳み掛けていくようで、見終わった後はひとつのショーを見たような爽快な余韻が残る。
私は今まで一番完成度が高かったネタはウエディングプランナーだと思っていたのだけど、「引っ越し」を見た時に「また過去の自分を越えてきた……」と震えた。そして「内見」→「引っ越し」という順番でネタを披露すること、きっとそこに勝機があるのだと感じた。
ごく個人的な感覚だが、M-1で3位までに残ってネタを2本披露した場合、「1本めのネタの方が印象に残っている」というケースが非常に多い。まず1本目で上位3位に入らなければならないのだから当然一番強いネタを1つめに披露することになる、という理由もあるだろうし、漫才のスタイルが決まっているコンビは2本目で「同じパターンか」と思われてしまう、という理由もあるだろう。
もし今回和牛が「内見」「引っ越し」の順に2本ネタを披露できたら、まず「ひとつづきのようなテーマ」の2本目がはじまったことに視聴者は驚くだろう。私がもし何も予備知識なくフラットな気持ちでただM-1を見ていたら間違いなく「なんてオシャレなことしてくるんだこの人たち!」って震えると思う。
そしてどちらかといえば淡々とした職人技のような笑いの「内見」とくらべて、「引っ越し」は動きも熱量も大きく、よりわかりやすく勢いのある内容である。そのギャップ、ひと続きの2本目で更に笑いどころが増えること、あらゆることがアドバンテージになって高得点が狙えるのでは、と私は考えていた。ただそれにはいぶし銀のようなあの「内見」で、3位以内に入らねばならないのだった。
今年の強力な面子に加えて、3番目という早い出番順。敗者復活戦は勝利を確信していたが、これは五分五分だなと思っていた。あとはもう祈ることしかできなかった。
2本目をみんなにみてほしかった 本当にみてほしかった
— 梓 (@tounoin) 2019年12月22日
でもわたしは、いちばんおもろいネタを2本目にまわした彼らが好きだよ
— 梓 (@tounoin) 2019年12月22日
脱落が決まったとき、CM中にもう1本やるんでそれ見て決めてもらってもいいですか?とボケた水田さん。のちのラジオやテレビで、やりたいことやれたから悔いはない、まあ欲を言えば2本やりたかったかな、と笑っていたふたり。
M-1が終わっても漫才師の日々は終わらない。翌日の寄席でふたりが選んだネタは「引っ越し」だった。ライブに行っていたファンの方が「昨夜の続きを見ているようだった。やりたかったことをやれて、これで本当にM-1が終わったように感じた」と呟いていて、私もなんだか救われたような気がした。
賞なんかとれなくても彼らは死ぬまで漫才をやる
— 梓 (@tounoin) 2019年12月22日
賞をとってほしかったのは私のエゴだ
M-1という賞レースそのものが、本来は10年目までの若手のためのものだった。今年の顔ぶれを見てあの大会の役割が本来のものに戻りつつあるのかもしれない、と感じた。もうすでに漫才師として十分評価されていて、タレントとしても寝る間がないほど売れている彼らの居場所は、もうM-1にはなくなったのかもなあと思う。
ただただ、恋する人が「冠」をとるところを、私が見たかっただけだった。売れることよりもテレビよりもなによりも、漫才が好きで漫才のことばかり考えている人に、No.1漫才師という肩書きが与えられることを祈っていた。
でも、M-1後に見た彼らは、ラジオもテレビも舞台も全部すっきりとした顔で、いつも通り面白くて、楽しそうに笑っていて。私のエゴなんかどうでもよくなってしまった。
好きな人がひとつの仕事をやり遂げたこと。これからまた新しい芸人人生を進んでいくこと。片思いだからそれを見ていることしかできないのは相変わらず辛いけど、せめて見るだけでもしていたい。
28日、今年の舞台納めで彼らを見に行った。泣くほど面白い舞台だった。私の恋している人は、本当に面白い。
ガチ恋のことは忘れてお笑いファンとして真剣にM-1と向き合った結果、好きな人のことを芸人として何十倍も好きになったし、うっかりガチ恋も更に加速して息も絶え絶えなんだけれど、まあそれは私が耐えるしかない苦しみなので、なんとかします。
なんで急に好きな人のことを書こうと思ったのかな。ガチ恋同担拒否だから、彼の魅力なんて絶対人に言いたくなかったしこの感情は私だけのものにしたかったのに。でもなんだか、好きな人が世界から認められてほしい、そういう気持ちも確かにあったんだ。それだけ。
世田谷新星漫才選集
— よしもとライブ (@shumatsu_y) 2019年12月24日
登場VTRナレ⑥
すべての道は追求するためにある
道のり
到着地
何をしようとも
どこに行こうとも
まごうことなき漫才の概念のカタチそのもの
和牛 pic.twitter.com/mvB3nJEe97
私は、2020年も、「漫才の概念のカタチそのもの」である人に、届かない恋心を抱えて生きていく。
オッケーよなんて強がりばかりを僕も言いながら
本当は思ってる 心にいつか安らぐときは来るか?と
(小沢健二/さよならなんて云えないよ)
3週間くらいのこと
Twitterのアカウントを作ってから約10年、24時間以上ツイートの間隔が開いた日は片手で収まるほどしかなかった。10年間同じアカウントで、増え続ける好きな人や趣味のこと、食べたものや見たテレビ、なにもかもごちゃ混ぜにして日常を垂れ流し続けてきた。ごちゃ混ぜなジャンルの人が集まるのでいつしかフォロワーはちょっとした企業の社員数くらいに増えたが、私が好きなものだけ集めた私のTwitterランドは、私にとってどんどん楽しいコンテンツに成長するばかりで、多分死ぬまでずっとTwitterやってんだろうな、という気すらしていた。
そんな自分が、1週間Twitterのアカウントを消した。私のマシュマロ(匿名メッセージサービス)には「SNSに疲れてしまった」という相談がよく来るので、もしかしたらフォロワーさんの中には、私が消えた理由をそうとらえた人もいたかもしれない。
実際はむしろ逆というか「Twitterが楽しすぎるのでいったん離れた」と言ったほうが正確である。SNSというか、シンプルに人生そのものに疲れていたのだ。
10月中旬頃から、NEWSもお笑いも仕事も全然関係ないところでメンタルを削られていた。まあ端的に言えば金銭的な問題で追い込まれていたのである。と言ってもこのブログで
限界遠征記 を書いた時ほど物理的な窮地に立たされているわけではない。無職だったこの頃と比べて収入は(少ないながら)安定している。しかし、諸々の事情で「趣味や交際にかかる費用を一切絶ちきらねばならない」という精神状態に陥っていたのだった。
もともと削れるものは極力削ってきた。化粧品は全てプチプラだし服はコンサートの時に1着買い足すくらいで、普段は友人が捨てようとしてるものをもらってきて何年も着ている。毎月、各種支払いで残るわずかなお金を、趣味を含めた交際費に当てていた。
それを全て無くさねばならない、と思った。
まずは「11月は誰とも会わない(飲み会に参加しない)」と決めた。そして外の飲み会だけでなく、家で飲むのもやめた。私も夫も毎晩飲むので酒は家計で購入しているが、飲まない分だけは生活費の負担を減らしてもらおうという思惑ゆえである。酒を飲まないなら飯も特に必要ないので、夕飯そのものをなくした。
仕事から帰ると20時半過ぎ。今まではそこからダラダラ食べて飲んで深夜2時過ぎまでテレビを見て過ごしていたが、飲まないし食べないならリビング(テレビも食卓も全てここにある)にいる気も起きない。私は酒を飲むと眠くなるどころかどんどん元気が出ていつまでも起きていられるのだが、飲まないと普通に眠くなって毎日22時には寝るようになった。22時に寝て7時に起きて仕事に行き、20時半に帰宅し風呂に入り22時に寝る。毎日がこの繰り返しとなった。
Twitterをフォローしてくれている方はご存知の通り、私は24時間ほぼいつでもTwitterに住んでいて「いつ寝てるんですか」と定期的に突っ込まれていたし実際平日はあまり寝ていなかったのだが、1日9時間寝るようになったのでこりゃ健康にいいや、と最初は思っていた。
が、健康にいいどころか、みるみるうちに弱っていってしまったのである。
夕飯を食べないことそれ自体はさほど苦痛ではないし、たっぷりの睡眠で肉体的には元気なはずなのに、疲れがとれない。寝ても寝ても眠い。というか何も見る気になれず何も楽しいこともなく、起きていても楽しくないから寝るしかなかった。
朝の通勤時間と就寝前のわずかな時間だけTwitterをのぞくが、テレビも見ていないし情報も追っていないので気持ちのエンジンがかかるまでに時間がかかる。それでもタイムラインを眺めていると、私の好きなフォロワーさんたちがそれぞれの好きなものについて楽しそうに発信していて、心を動かされたりもした。ああ、美味しそうなお店だな行ってみたいな、素敵な場所だな行ってみたいな、NEWSのことをみんなで語りたいな、オタクと遊びたいな。
そうして心が動かされる度「いや、今月誰とも会わないって決めたんだった」と思い出す。私は楽しいことを発見したらそれを直接見に行きたくなり、共有できる友人と会いたくなってしまう。だけど交際費を減らしたいなら人と会うのをやめるしかないのだ。
会いたくなってしまうからTwitterを見ることも減らした。心は更に死んでいった。
ある日、既に布団に入った状態で、少しだけTwitterを見るとタイムラインが大盛り上がりだった。22時半頃だっただろうか。遡ってみたら、その日はバラいろダンディに小山さんが出演する日で、その後ダウンタウンDXにも出ていたのだった。ちょうどDXが放送されている時間だった。
全く知らなかった。なんならDXに出ること自体知らなかった。
なんだか猛烈に悲しくなってしまって、もうだめだ、と思った。きっとオタク友達の誰かが録画の救済をしてくれるだろうことはわかっている。だけどそういうことではなかった。ただただ悲しくて、情けなくて、虚しくて、折れてしまった。
10月後半からその日までで、飲み会の誘いを既に5つ断っていたのも更に追い討ちをかけた。
ちょっといったん、私は、私の欲望から、物理的に距離を置こう。自担のテレビ出演を見逃して絶望したり、会いたい人からの誘いを断らなくてもすむように、ひとりで、誰とも関わらず、ただ仕事へ行って寝るだけの毎日を過ごそう。
そう思ってアカウントを消した。ちょうどアカウントを消した頃、ずっと待っていたNEWSの新曲について発表されたようだったが、その時はもちろんそれにも気付いていなかった。
アカウントを消してから何をしていたかというと、仕事とマリオカートとドラクエと睡眠。以上である。幸い、ゲームに課金するタイプではないので無料で遊べて誰とも関わらずにすむアプリゲームは今の自分にうってつけだった。
休みの日、ドラクエの千葉県限定モンスターを倒すために近所の公園へ行くと、同じようにゲームをしながらウロウロしてる人たちがたくさんいて、ああ、多分これが「当たり前」の生活に慣れれば、どうってことないのかもしれないなぁ、とぼんやり思う。こうして晴れた日に歩いて公園にきて、自転車の練習をする子供の声や犬の散歩をさせてるおじさんを眺めながらゲームをして、帰って納豆ごはんを食べて寝る。そんな毎日も悪くない。今まで楽しいことは散々やってきたんだから、これからはもう余生だと思ってエコに暮らしていけばいいじゃないか。
そんな悟りというか完全に諦めの境地、みたいなゾーンに突入した頃、母から1通のLINEがきた。
「嵐が式典で歌った曲の楽譜がほしい、売ってないのかな?」
???
……本気でなんのことだかわからなかった。なにしろ2週間テレビのリモコンを触っていない。ここしばらくはドラクエとマリオカートの攻略サイト以外インターネットも見ていない。頭の中をハテナでいっぱいにしながら話を聞くと、週末に天皇陛下即位のパレードがありそこで嵐が歌を披露したとのことだった。確かに嵐がそのような大役に選ばれたのは知っていた、が、もう終わってたのか!!?
衝撃を受けながらも母のために嵐の曲について調べてみると、式典参加者に配られたというメロディラインの楽譜と、耳コピで楽譜を起こしてピアノ演奏している方の動画が見つかったのでひとまずそれを送る。
いくら余生とはいえそんな日本の大イベントすら気付かないなんて、今の私は生きていると言えるのか? 生きている意味があるのか??
なんだかもうよくわからなくなってしまって、母に送ったままのYouTubeの画面をボーっと見ていたら、演奏動画を閲覧した影響でオススメ欄にピアノ系の動画がいくつかサジェストされていた。あぁ、そうだ、こういう時はピアノだ……、と、その中のひとつを何気なくクリックした。
実家がピアノ教室だったので、私はピアノの音を聞くと無心になれる。母のお腹の中にいた時からずっと日常の中にあった音。特にめちゃめちゃクラシックが大好き!感動する!というわけではなく、単純に「無」になれる、それが私にとってのピアノ曲である。
YouTubeには「弾いてみた」系の動画がたくさんあがっていた。なるほど、昔はニコニコ動画だったものが今はYouTuberに移行してるんだなぁ。まらしぃさんとか懐かしいな~などと思いながらいくつかを無心で聞いていく。
すると、ある動画にたどり着いた。何百万回も再生されているものなので有名な動画なのだろうが、YouTube界隈に疎いので完全に初見だった。詳細は省くがそれは青年がストリートピアノを演奏しているものだった。
再生してみると、青年が楽しそうに、本当に楽しそうにピアノを弾いている姿に一瞬で心を奪われた。見終わって、もう一度再生して、また再生して、何度も何度も繰り返しては、嬉しそうで楽しそうな笑顔と音に、見てるこちらもずっと笑顔になってしまう。気がついたらその青年のupしている動画を過去のものからひたすら見続けていて、朝の6時になっていた。
久しぶりに1時間しか寝ないで会社へ行き、眼精疲労と寝不足でズキズキする頭を抱えながらも、1日9時間寝ていた10月後半からの日々の中でその日が一番元気でいられたように思う。その日の夜も、そのまた翌日も、ずっと彼と、彼に関連している演奏家さんの動画を見続けた。睡眠時間はどんどん奪われ、タブレットの充電と体力もどんどん奪われていったが、心はみるみる元気になっていくのが自分でもはっきりとわかった。カラカラだった植木鉢に水をやった時みたいな感覚だった。
いつか彼の演奏会があったら絶対行こう、そのためには情報が必要だよね。と、彼のTwitterをフォローしようとして、そっか私Twitter消してたんだった、と思い出して笑ってしまった。現場へ行きたい気持ちを封じるためにTwitterをやめたのに、結局行きたい現場が増えてしまった。まったく私は、生きてるだけでコスパが悪い。
でも、もう大丈夫だ、戻れる、と思った。
私はやっぱり、なにかを好き!って気持ちを捨てることなんてできないのだ。
なんのとりえも才能もないけれど、この世のたくさんの人や物を愛せること、愛すべき人を見つけることが私の唯一の長所なのだから、その気持ちを抑えようとしたら生きていけないのだ。そのことが本当によくわかった。
禁欲生活は続けている。11月はこのまま飲み会を断るつもりだし、今後も今までより外出は控えるだろう。だけど金銭面以外の欲望は、抑えこまなくてももうコントロールできるような気がする。今までは愛の量だけお金もかかった。お金を使わないためには愛を封じるしかなかった。それが全てを絶った3週間を経て、愛と欲望と出費のバランスを穏やかな心で考えられるようになったのかもしれない。
ちょっと精神的に追い込まれ過ぎてて、生きてるだけでハッピー!毎日楽しいサイコーナイスゥ~!!ってテンションでいられなくなってた自分がしんどかったのだけど、よーくわかった!! お金がなくてあまり現場に行けなくてもオタクになかなか会えなくても、やっぱり私は生きてるだけでハッピー!毎日サイコーナイスゥ~!!
なぜなら大好きな人がこの世に生きててくれるから!
そんな大好きな人が日々増えていくから!!