引き継がれるもの

今日やっと精神科に行けた。

元々気分に波があって、一年でめちゃくちゃハイになる期間が一か月くらいあって

逆に地獄みたいに憂鬱になる期間が二か月くらいあって

その他は所謂「普通の状態」で過ごせる。

このサイクルを認識したのは19歳の時。

その時思ったのは「あーやっぱりな。私もなっちゃったか。」

この症状は一般的に双極性障害って言われるやつ。

なぜ分かったか。

それは自分の母親がそうだからだ。

幼い頃からお母さんは心の病気なんだって言われて育ってきた。

自分もそうなってしまうんじゃないかって不安はあった。

今日医師にあなたも同じですよって言われたとき、一種の安心感を覚えた。

自分の制御できない心の動きに名前がついたこと。

「なるかもしれない」っていう未来への不安がなくなったこと。

処方箋が出たことで治る可能性が出てきたこと。

 

病院へ行ったことも、診断内容も、だれにも言っていない。

墓場まで持ってくとまでは言わないけど両親と友達には言わないつもりだ。

言うとしたら結婚する相手にだけ忠告として言うつもりだ。

 

医師にそうだと告げられた時、ある物語を思い出した。

タイトルは忘れてしまったけど主人公の父親がどうしようもない人で

主人公はそうはなるまいと生きているんだけど

たった一瞬のある出来事で父親と同じようなことをしてしまって

血にあらがえない、と絶望するお話。

 

私の父親は朗らかで鬱なんかと真逆にいる人だから

もしかしたら私はそれにならないかもしれないと思っていたのに

結局なってしまった。

欠陥品でごめんね。

でもお薬ももらったし、ちゃんと生きていくから。

悲観的になるのは悪い癖だと思う。

悲観的というか悲劇のヒロイン気取り、かな。

悲劇のヒロインを気取ってもだれも見向きもしないって学習したんだ。

前を向いていきたいな。

初めての記事

はじめに

なぜブログを開設したかというと思考整理にしようしたかったからだ。

中学生の時はほぼ毎日ブログを書いていて、それ繋がりで友達を作ったりもしていた。

高校生になると部活や委員会で忙しくなりブログどころではなくなってしまった。

大学3年生になった今なぜ再び書こうと思ったか。

就活、サークル、人間関係などが複雑になってきたからもはやリアル(Twitterの自分しか見ない版みたいなもの)では賄いきれなくなってきたのだ。

もっともらしい理由を書いたが、バイトの頻度を減らしたので暇になったのが大きな理由である。

実はバンドの追っかけや水族館巡りで全国を旅していた時に開設していればな、と後悔している。

 日々感じたことや自分の頭にある考えを言語化するための練習として、今後更新していきたい。