去年、半袖の季節

 高校生の頃、ほぼ毎日小さな本屋の前を通っていた。ドアを開けて入るタイプではなく本が吹きさらしになっていて、雨の日は大体閉まっている本屋。外から暗い店内を覗くと奥の方におじいさんがいるようないないような、見えるような見えないような、そんなご老人を時々見ながら私の高校三年間は過ぎ去っていった。

 卒業して何年も経ったある日、私は母校の近くにあるいきつけの歯医者に行った。やっぱり歯医者はここしかないぜと気分良く先生にお礼を言い、そこまでしないだろうと値段も聞かず注文した歯の健康を保つペーストが意外と高かったことにたじろぎながら紙幣を5枚差し出し、歯医者を後にした。帰り道、新しいお店や当時からあったお茶屋、仕立て屋をきょろきょろ眺め、辿り着いたはあの本屋。1分歩けばなんでも揃う丸善があると思いつつ高校生の私の、知らなくても困らないがちょっと気になる、そんな些細な好奇心を満たすためにその本屋に足を踏み入れた。まずは美容雑誌VOCEを手に取る、この段階ではまだ店員がいるのかいないのかわからない。もう少し店の内側に入ってみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長いこと存在が曖昧だったご老人は本屋の奥の雑然とした小さなスペースに腰を下ろしていた。手足の細さからは思いも寄らない陽気な声で挨拶をしてくれた。まずは店内を把握しよう、顔を2、3回動かすと全てが分かった。4分の1がエロ本、あとは雑誌やら希少価値が高いのかただ上梓されてから年月が経っただけなのか判然としない古い本、美容雑誌の最新号。店の蔵書数からしたら多すぎるエロ本の次に多かったのはNewtonである。売れ残ったものを出版社に返品せず全てお店に出しているのだろうか。あっちにもこっちにも大量のNewtonが積んであった。全て200円。エロ本を選りすぐるスーツを着たおじさんの横に立ちNewtonを立ち読みした。若い女に横に立たれたらエロ本選びの邪魔になるだろうかと懸念したがどうやら杞憂。おじさんからは珠玉の一品を探し出そうというガッツが感じられた。病気とかはあんまり興味ないんだよなと絶滅危惧種や惑星の回を見ているとご老人が「お姉さん、そこらへんに積んでいいから下まで見て、いっぱいあるから」と声をかけてくれた。軽くお礼をしてNewtonに視線を戻すと背中にご老人の視線を感じた。振り向くと「せっかくきたんだからほら、全部見てって」と、久しぶりにおばあちゃんの家に行ったときのような手厚い歓迎を再度受けた。もういいけどなと思いつつ全てのNewtonに目を通すことになり積んだ雑誌が崩れないか心配しながら本を選んだ。別の場所にあるNewtonを見ると「それは最近ので高いから、そっちのを見なさい、サイズが小さくなったんだよね」とNewton豆知識とお金がなさそうに見えたのか、心遣いに笑顔で返し、再び200円コーナーに舞い戻った。購入する本を先に選び終わったのはサラリーマンのおじさん。ご老人に「一冊でいいの?いつも二冊なのに」と言われ「あぁ、」と、一冊でいいですという意味なのか他の客の前でエロ本蒐集家の一面を暴露されたことへの落胆なのか分からない一言を発しおじさんは店を去っていった。

 私は恐竜回二冊と絶滅危惧種の動物回一冊、計三冊を持ってご老人の元へ。水筒や何かのお知らせ、封筒、新聞が雑に置かれたスペースはやや汚いが秘密基地のようで羨ましかった。埃まみれだったでしょと埃よりも汚いものを拭いたのではないかと思う濡れたタオルで手を拭くよう促され憧れの人とのハイタッチくらい軽くその布にタッチした。紐で吊ったガラケーを胸ポケットに収納するおじいさんルックをまじまじと見ながらおじいさんの標本をつくるならこんなかなと思ったり絶滅した血縁上のおじいちゃん2人に想いを馳せたりした。なにか世間話を持ちかける勇気はなくお礼を言って次の目的地たかのチェーン(団子屋)へ向かった。

 

勝手な決めつけ

 この世の勝手な決めつけ史上一番迷惑な決めつけ、それは私が小学1年生の時にした、「この先生は殺人を犯している」かもしれない。ちんちくりんの田舎の児童に嫌すぎる断定をされるという被害に遭ったその先生は推定30代前半の中学校の男性教諭だった。私の地元は毎年新任の教師が「ここへの道中、最初にすれ違ったのが人ではなく猿でした」と、ひとボケする、いずれ消滅するんだろうなという人口の少ない村で、小中一貫校であったので行事をやる際などは中学の先生とも交流があったのである。運悪く地区会の担当教師が殺人犯になってしまった私は、ある日その先生と会が行われる教室へと2人きりで歩いていた。私と殺人犯以外誰もいない廊下、私も殺されるのではないか。可能な限り距離をとろうと壁に肩を密着させながら歩いていた。今思えば、小学1年生の私からしたら中学生も立派な大人であり、その人達を統率しているという得体の知れなさ、それに加え人相がやや悪い、スーツを着ている、整髪料つけ過ぎ、という細かな情報が私の未発達な脳みそに入り込み、ぽんっと導き出した答えが
“This guy is a murderer”だったのかもしれない。気を遣って話しかけてくれる殺人犯に愛想笑いを浮かべながら私の肩はますます壁と一体化していった。なんとか教室に到着したものの、地区の児童生徒は私を含め2人。とてもじゃないが太刀打ちできない。さあ会が始まるかというところで殺人犯はカーテンを閉めた。日光が強すぎるという理由からのありがたい心配りだったのだが私は絶望した。目撃者を0にしようとしている。カーテンを閉める犯人の力強い腕からは誰にも証言させるものかという気概が感じられた。私の人生、もはやここまで、記憶はそこで途絶えている。

 なぜ私がそこまで強く先生を殺人犯だと信じ怯えていたのかはよくわからない。どうもすみませんでした。

音楽の近況 

有名な曲を知っておこうと思い買ったビートルズのCD、もう聴いていないのだがテレビで洋楽が流れた時ビートルズビートルズじゃないかを当てられるようになったので購入した価値があったといえる。最近はBeyond the seaばかり聴いている。曲が始まった途端に陰鬱な気分が晴れるので助かっている。

 

 

親友との思い出

中学の3年間、毎年写生大会があった。私は親友と共に東屋に行き写生大会の数時間を過ごしていた時間が人生で1番幸せだったように思う。 

 描きたい風景があるからではなく椅子と日除けの屋根があるという理由で丁度よかった為その場所を選んだ。トイレも近くにあった。何を描いたかは忘れた。たしか道路を描いていた。田舎であったので車の音もないし学校からやや離れているので先生の目もさほど届かない。6月ということで気温も心地よく会話も弾んだ。目的は絵を描くことではなく友情を深めることであったので先生が見回りにくる時だけ黙り丁寧なタッチで絵を進め、話しかけられれば穏やかに微笑んで応答した。ちなみに美術の先生は50代だっただろうか、猥褻行為でいつか捕まるのではという危うさを孕んだセクハラおやじであった。当時は美術の先生は皆こんなものなんだろうかと思っていたが高校の選択授業の先生は美しく優しく儚い雰囲気であったのでその偏見は早々に取り除かれた。とても良い上書き保存ができた。私達は先生の前では良い子を演じていた。先生が去るとまた会話に花を咲かせた。何を話していたかは忘れたが楽しい会話をしていた。色を混ぜて実際の風景の色に近づける努力もせず直に絵具を画用紙に絞り出し塗っていた。会話を優先させなければならないので仕方がない。しかし友人は要領が良いのでなかなかの絵を完成させていた。後で学校の廊下に飾られ全校生徒及び教師に見られることを忘れ遠近感がめちゃくちゃで色も工夫ゼロのお粗末な絵を描いていたのは私だけだった。

卒業後も彼女とは仲が良く、成人して自由に動けるようになった今は上野公園でアイスを食べたり博物館に行ったり同級生の実家の蕎麦屋でカツ丼を頂いて絆を深めている。

 

 

大量流出

動物園の蝙蝠がエアー抽選器の中を飛ぶ籤みたいだった。エレベーターで乗り合わせたお兄さんが私が降りる時開けるボタンを押してくれていたのでお礼を言ったがそれは閉めるボタンだった。閉めるボタンに手を添えていた。「牧野富太郎 なぜ花は匂うか」著者の名前の方が本のタイトルより大きいことあるんだ、と思ったが「牧野富太郎」含め本の名前っぽい。マウスピースを就寝時付けるのが面倒で装着せずに寝てしまう。もうすぐ歯が無くなるかもしれない。風呂に入る前に歯磨きを済ませ髪を乾かし終わった瞬間布団に入り眠るのにハマっている。オーストラリアの甘いお菓子ティムタムが美味しくて夢中で食べた。一生働かず毎日知識を入れ続けたらどうなるんだろう。言葉で元気付けられるのは体調がいいときだけな気がする。戦後の学生の読書と勉強。友人と電話中に突然弾き語りを始めるとウケる。電車の中で読む本を選ぶ時間が何よりも楽しい。本を読んでいると突然自分の顔を見てしまうことがないので助かる。最近は木曜日で死んでしまう。カジュアルな松平、ラフ平。子供が叫んだ「猛スピード」を「more speed」と聞き間違え急ぐ外国人。しちゃだめだけど考えること。みなとみらい駅の長いエレベーター下りに乗った瞬間前の人の背中を蹴る。何人いけるか。誰かが空気階段の鈴木もぐらのことを「社会性の欠如したメルヘンな生き物」と言っていてなりて〜と思った。野菜スープを毎日飲んでいる。ねこあつめのBGMで作業したい。色を1から説明するのって難しくないですか?日中たくさんいる鳩は夜間どこにいるのかと誰かが言っていたがうちのベランダにいる。寝るより楽はなかりけり。「酸素のスペースがあるから、まだ小さくできる」と言われたら私は。面接官と会話のテンポが合わない。中学の時「市民大会」を「庶民大会」と言ってしまったが庶民大会って想像すると面白い。数学嫌いなまま死にたくない。砂場の限界。底のない沼。フグの刺身くらい薄い。アメリカの刑務所。スマホのメモに「無理になったら外国、元気出していこうや」と書いてあった。スキー場で陽気なおじさんが何か言っていて聞き取れなかったからとりあえず笑ったら後でやばい内容だと分かった。「泊めてくれる人ならいくらでも見つけられるわ、冗談よ」と投げキッスしたロシア人美女の自信が凄かった。製作者側が何かを気づかせようとしてることは分かるがいかんせん顔が覚えられないのでは?となってしまう。犯人が顔を出した時の興奮を味わえない。日曜祝日雨の日は休みの小さい書店、最高。ロボットに表情のバリエーションでも負けている気がする。一眠りというのは本当に有効である。駅で左ポケットに小説、右ポケットに新聞を突っ込んで歩いているおじさんがいて良かった。小説の名前を頑張って見たのに忘れてしまった。読書中は潜水してるような気分になる。弟の同級生のお母さんが「楽しいと思えばいいんだよ、かわいいと思えばいいんだよ」と言っていた。彼女のことは好きだが圧倒的なパワーでこちらのなけなしのエネルギーまで吸い取られてしまうのでたまにしか会えないのが残念だ。ありがとうございました。

 

 

 

20191107

帰り道、猫の鳴き声が聞こえたので好奇心から家を通り過ぎ声の主を探した。近くの喫茶店のマダムも気になっていたらしく声をかけてきた。「あなた猫飼ってるの?」「いいえ、でも犬を飼っています」「ああ犬ね、この辺で猫見ないからどこかから来たのかしら」「そうですね」と無難な会話をしていると自称のら猫協会のおば様が通りかかりその猫を捕まえることに。車の下に隠れなかなか出てこない猫。帰るに帰れなくなりぼーっと突っ立っている私。

すると店に戻ったと思っていたマダムが白米に鰹節を振りかけた即席猫飯を持って帰ってきた。「これでいいかしら」とマダム。「いい匂い、私が食べたいです」と言ったら少しウケた。それでも微動だにしない猫。声をかけるマダム。落ち着いてどっしり構えるのら猫協会のおば様。居酒屋にやってきたが騒ぎが気になって見にきた農家のおじいさん。早く帰ってうどんが食べたい私。なんと言って帰ろうか。「私はこれで失礼します」を脳内で反芻していると颯爽と飼い主が登場し猫が回収されていった。一件落着。

私が久しぶりに日記を書いたのは突然の猫捕獲劇が印象的だったからではなくそのあと農家のおじいさんが「そこのお姉さん、さつまいも持ってきな」と声をかけてくれ私の小さいとは言えない顔よりも大きなさつまいもを袋にたくさん分けてくれた喜びを残しておこうと思ったからである。私の好物さつまいも。ありがとう私の好奇心。ありがとうおじいさん。あなたの畑が末永く豊作でありますように。愛する親友を突然知らん男に奪われたといじけている場合ではない。世界は輝きに満ちている。以上。

 

 

20190821

帰省の2番目の楽しみ、かかりつけの歯科医院を受診すること。優しい歯科衛生士さんと山寺宏一似のテンション高めの歯医者さん。四年前に友人に紹介されてからこの歯医者の虜になり地元を離れてからも通い続けている。建物はコンクリートの箱のようで冷たい印象、電気ついてますかと思う外観だが待合室の床にはかわいらしい動物、天井には魚が泳いでいる。もちろん電気もついている。診察室に入り、動く椅子(ユニットというらしい)に横たわると天井にマイクのぬいぐるみが磔にされており他にも人気キャラクターのシールが貼られていて治療中の怖さを軽減する工夫。何故かニュージーランドの象徴キーウィのぬいぐるみが沢山ある。先生のスクラブも何の柄かは忘れたがかわいいキャラクターがプリントされていてありがたい。

下の前歯が痛いと伝えるといつ痛くなるか、どんな痛みかきかれ、痛みは不定期でズキズキしますと答えた。この大雑把な擬音に全て託されているのかと不安になったがレントゲンを撮って確認してくれたので安堵した。虫歯は無く歯を噛み締めていることが原因の痛みらしい。歯に罅が入っている所を見せてもらい悲しくなったが先生は初めから歯ぎしりを疑って痛くなるタイミングを聞いてくれたのか先生すごいなありがとうございますと勝手に想像し感動した。噛み締めが原因で首が相当張っていたので歯科衛生士さんに滑りのいい何かでマッサージしてもらうことに。その間子供の患者さんを楽しい会話で笑わせている先生を見て一生通いますと再度決意。マッサージが終わり、どうですかと聞かれ正直変化は分からなかったが軽くなりましたとオーバーリアクションで喜びを表現。美容院でのカット後と同じ反応をしてしまった。次にマウスピースを作るために歯型をとった。先生の指示に従い口を開けるだけで賞賛を浴びることができる。溢美過賞喝采。冷たいスライムみたいなものが口に入ってきて驚いて笑ってしまった。型がとれて終了。

本棚にギャグマンガ日和が置いてあり益々好きになった。

 

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帰り道

大馬鹿安の店です