未来受け取るもの

ふと思って備忘録

 

私はもともと時間とは過去からの積み重ねだと思っている。

でも、時間は未来から過去に流れているという人もいる。

このことは、ここ2.3年で知っている

誰かの本に書いてたような

 

でも、自分は頭でわかっているだけで

体感は過去からの積み重ねだと思っていた

 

YouTubeおすすめに出てきた
『つじさん』という方の時間の説明が分かり易くて

ここ数日そうかもしれない。と思い始めて
そこに集中するとみぞおち辺りが具合悪くなる。

 

つじさんが話してたことを私が説明すると

私は裸足で小川の中に立っています。上流(未来)を見て立っています。

川の流れが時間です。

いや、全然説明になってない

 

過去は過ぎ去る

未来は未だ来ず

過去は自分が握りしめない限り積み重ならない。

過ぎ去るだけ

未来から流れてくるものをキャッチしたかったら手は空けておく。

 

今ね、美容室の予約内容変更の電話をしたんだけど、
(カラーをやめてヘッドスパにした)

電話する前に思ったの

私は未来にヘッドスパを受けたくて、今電話をするわけで、

それって、考え方によっては未来から今の行動が起こっていて

『あれ?』

って思ったんだ

 

よく、過去●●だったから、今××になっている。

そう思っていたけど、

『あれ?』

これって違くね?

もちろん過去に原因を理由を探してもいいけど

別にそっちじゃなくてもいいわけで

そうゆう意味でとても自由で

過去は過ぎ去ると書く訳だし

 

きっと小川に立てば上流からいろんなものが流れてくる

欲しいものキャッチできることもあれば

手が届かないこともあるし、

取れた!と思ったら想像と違ったり、

避けたかったのに粗大ゴミにぶつかって怪我してしまうこともある

 

何が書きたかったのかわからないけど

 

自分が持っている思い込みと

採用したい考えが

右と左で綱引きしていて

疲れる割にゼロのまま。

 

それもよき

 

今日は子供の練習試合でした

私は無邪気に他のお母さんたちに

『こんなこと気づいた、あんなこと感じた』

って話すと、

『私たちそんな難しく考えないよ~』

って言われるんだけど、

どこかでこうゆう自分のことを面倒くさい人だと思っているからか、

サラッと話し流しても

どこか疲れてしまうんだよね。

 

これも過ぎ去ったものか!

握らなくていいんだ。

ただの気持ちの吐き出し

今日は朝から辛い

天気のせいか?

 

今朝午後から雨予報なので次男を送迎して、

『日直頑張る!』と出ていった彼のために夕飯美味しいもの作ろうと思った瞬間に

長男のこと思い出してしまって、

 

長男は夕食をとても楽しみに生きている子で

夕飯のメニュー聞いては『楽しみ』と言ってくれ、

『美味しかった、ごちそうさま』と毎日言ってくれた。

彼の何がいけなかったんだろう。

夕飯楽しみに生きて、何が悪いのだろう。

私は何を見ていたんだろう。

個性を活かしたい、

なんなんだろう

私は何にイラついていたんだろう

 

社会のレールから外れること、そういうこともある、

それが悪ではないこと

そんなの頭では十分すぎるほどわかっている、わかっていた

これからはいろんな生き方、稼ぎ方がある。

そんなの知ってる。知っていた

 

でも一番それを私は怖がっていたのかな

そっちの生き方、自由や自分らしさを選んでいい、選びたいと思いつつ

心の底で恐怖や不安、振り切れなさを感じていた

 

長男は順調に進学して就職して定年を迎える人とは違うんだ、
我が家は新しい生き方を選んだ人なんだ

 

もっと汚い言葉で言うと、

順調にレールを進んだ人とは違う幸せの波に乗っているんだ

私の方が周りに振り回されることなく自由に生きる道を選択したんだ

こっちの道が素晴らしいんだ

 

そう思っていたし、自信もあったんだ

表面的にはそんな表現しないよ。

でも、心の底で

広告や常識を疑わず、時間やお金、自分のエネルギーを消費して、

疲弊している人を見て、

内心でもっとできることあるのに、なんで行動しないんだろう、と思っていた

 

その結果私が受け取った現実が長男の死だった。

 

なんなんだよ、これ

こっちの選択で幸せになれるんじゃなかったのかよ

私が選んだ情報は間違ってたのかよ

新しい選択、怖い中、何年もやってきたんだよ

 

ちょっと納得できないところはあったけど結婚して、仕事して、育休取ったら職場の人に心ない悪口言われて、長男は保育園毎日一番のりで、お迎えも遅くて、無理させてたから毎回風邪の後は中耳炎になって、私たちがイライラした結果怪我させて救急で処置してもらったり、二人目妊娠したけど、工場の作業とストレスで入院、流産して、会社戻ってもそのことで不快な言葉言われて、会社が工場閉鎖で、したくもないのに引っ越し、同居して、新しい会社がパワハラセクハラあったのに、自分殺して乗り越えて、義両親から二人目急かされて不妊治療、体外受精して、妊娠後早い時期から話し進めてた育児休暇も取らせてもらえなくて、産後に会社で罵声浴びさせられて、わけもわからず会社復帰して、その後震災あって、原発問題怖いのに義両親はまともに聞いてくれなくて、次男の発育発語が遅いって大学病院通って、先生と会わなくてやめて、夫に腫瘍が見つかって手術して、その後うつ病になっちゃって、仕事と通院の送迎して、小学校に上がった次男にトラブル増えて、やっと私が会社辞める決心した、その後長男が不登校になり、通信高校入学、年数回の登校日に登校できず中退。登校日も毎回トラブル続きだった、朝時間に出たのに自宅敷地内に隠れてたり、学校前まで送迎しても降りれなかったり、一番大変だったのはつくば本校まで新幹線、レンタカー、ホテル予約しても行けなかったこと。どこで、どのタイミングで諦めなきゃいけないのかわからなかった。

 

その後、専業主婦になり時間に余裕でき苦手だった片付けはじめた。心も整ってきて、お金も整えることが出来た。

いままでは仕事と家事、子育てをどう効率的にやっていくか。

それしか考えていなかったけど、仕事辞めることでこんな世界があるんだと知った。

 

 

社会の当り前をやめて、我が家の選択をするようになった。

疲れなくなったしお金もたまった。

そのおかげで気持ちの余裕も出来た。

 

人生よき方向に舵を切ったと思っていた。

 

ただ、いま思うのが

自分の人生を考えたとき、『何か』を継続すること、真剣にやっていくこと、覚悟を決めることは怖くてできなかった。

 

家計のことはできた、片付け、掃除、料理、買い物、など整えた。

だってこれってそんなに怖くないことなんだよ。

もちろん、買い物とかお金については夫に明らかにすることは怖かった。

自分がどんなことに今までお金使っていて何が無駄だったか、とか

夫のカード明細見せてもらうこととか。

片付け掃除も出来ない自分を認めることが嫌だった時期もあった

 

もちろん、明らかにしなくてもよかったけど、私が『堂々としていたい』タイプで、

後ろめたいとか、見られたら困るとか、びくびくするとか、
そうゆうことはもう手放したかった。

だからそうしただけ。

 

なんか、ここまで書いて読むと

結婚後の22年何だったんだろう

何を目指してどこに向かっていたんだろう

何を手に入れて残ったんだろう

 

 

 

 

 

美容室に行けました

悩んだけど、今日美容室行ってきた。

カット、カラー、ヘッドスパのコースをカットのみに変更で。

(事前に変更連絡済み)

 

頭の中で

もし話す場合のシュミレーションしていったにもかかわらず、

シャンプー台に座った時に
えりさんがたまたま正面に居て

私をまっすぐ見て

『何か変えたいんですか?』

って聞かれたら、

涙止まらなくて、

『悲しいんです』ってしか言えなくて。

 

短く事情話して、

短時間でカット終わらせてもらいました。

 

こうして話すことでどんどん現実になっていく感じがあって

でも、身近な友達にはまだいう勇気がない気持ちと

話さないでメールを返信する罪悪感みたいなものでざわざわもしてて。

 

ありがたいことに

少し距離がある方がタイミングよく聞いてくれていることで

助けられていたりします。

 

 

 

見えないことについて

友だちに連絡したいのに、

いざ連絡しようと思うと、

本当に今この友だちは実在するのかな?って思うと電話できなくて

 

私は何もわからないけど、

目に見えないこと、意識の話が好きでね、

 

こうして文章書いていることも苦しくて、

でも言葉にしてしまったら認めてしまうことになるし、

 

私が現実を作っている。

ってことを、採用したいのね。

なぜなら私が主導権を握りたいからで、

でも、なぜ握りたい?

思い通りにしたいのか、

わからないことが怖いのか。

わかることが楽なのか。

 

私は何が来ても無敵なのではないか。

何にでもなれるからこそ何者にならなくていいのではないか。

これが私が望んだ結果なのか

 

春分の望みをみんなで体験した結果がこれか。

私は何が欲しかったのかな。

 

出来事に意味はない

それぞれの意味付けがあるだけ。

 

感じたかったのは感情で

どんな出来事でもよかったんだと

でも、なんでこれなんだろう。

この出来事なんだろう。

 

どうしよう、誰に話せば整理がつくんだろう。

いや、私の中の世界の話だから私と話す?

外の世界も私だから外に手を伸ばす?

ランジェリーサロンRue de Ryu(リュードゥリュー)で号泣してきた話

先日長年の夢だったランジェリーショップ

【リュー・ドゥ・リュー(Rue de Ryu )】実店舗へフィッティングに行きました。

www.ruederyu.com

 

写真を撮ることも忘れるほど美しい空間でした。

が、

まさか、この時【こんな美しい空間で号泣するとは】思ってもいませんでした。

 

私は普段地方販売会で下着を購入しています。

こちらのお店は以前購入した下着のチェックをしてくれ、

必要であればお直ししてくれます。

 

ですので、いつも通り下着のチェックからお願いしました。

持参した下着2点とも一番奥でホックすれば大丈夫だけど、

生地が元気なうちにお直しすることにしました。

 

最近片付け、モノとの向き合いを大切にしている私は

オーナーの龍さんに質問しました。

 

私「お直しは何回までできますか?」

 

龍さん「こちらは1回ですね。一度お直しして全うしてもらいましょう」

 

そう聞いて、私のところにやってきてくれたこの2点の下着を

今回お直しして大切に使い切ろう。

そう決めました。

 

その後、新しく販売された2点の下着を試着しました。

この2つはそれぞれ違う周波数を生地に記憶させてるそうです。

 

記事を正しく書きたくてリュードゥリューのHP確認してきたのですが、

詳しく書かれてるページは見つけられませんでした。

以下、私の記憶や妄想がまざった感想です(笑)

 

1つは4から始まる3ケタ、もう1つは5で3ケタと記憶していて。

検索したところソルフェジオ周波数という言葉が出てきました。

 

そういえば、フィッティング中カタカナの言葉を聞いたような気もする。

 

だとすると、417Hz、528Hzかな

 

174Hz    意識の拡大、進化の基礎
285Hz    多次元領域からの意識の拡大と促進
396Hz    トラウマ・恐怖からの解放
417Hz    変化に挑戦する心、知性
528Hz    DNAの修復、奇跡
639Hz    人間関係の向上
741Hz    問題を解決する力、表現力の向上
852Hz    直感力の覚醒
963Hz    高次元、宇宙意識とつながる

 

龍さんからの説明を簡単に書くと

417Hzの下着は

新しい世界への恐怖を支えてくれる

528Hzの下着は

幸せに気づく

幸せになるのではなく、もう幸せだった。私はそんなイメージを持ちました。

 

両方試着して、私は今すぐに417Hzの下着を購入したかったんです。

 

新しい世界への恐怖

ここ数カ月、いや、認めたくないけど本当は数年尻込みして、

ちょっとずつチャレンジしていることがある。

「何が」とは言葉で言い表せないんだけど。

 

そっちの側に突き抜けてしまえば、そう過ごしてしまえばいいだけのこと。

尻込みしているからこそ、

ちょっとした違和感や不快感が定期的に出来事としてやってくる。

悪いことでは無い、ただのお知らせだから。

でも、この違和感を何度も、何年も体験しなくてもいいわけで、とも思っている。

雑な言い方をすれば、違和感に心乱れることが飽きてるのかもしれない。

 

下着を購入することで、
一歩踏み出せない自分を変えたかった。

弱い自分を支えて欲しかったのです。

 

同時に、いまアイテムを増やすと
お直ししたもの、自宅にある下着たちの出番が減ってしまう。

ただでさえ新しいもの優先に着用している私。

気にかけてあげられなくなる自分が好きじゃないんです。

 

ついさっき「今手元にある物を最後まで大切に使おう」と決めたのに、

弱い自分が新しい物を欲しがっていることがとても悲しくて。

 

新しい物を買う=今ある物を大切にしない

わけではない。

でも、私はうまくお付き合いができないことを知っている。

 

 

今回は購入しないことを伝えました。

 

龍さんが商品を片付けながら、

「必要であれば必ずこちらの商品は残っています。」

って話してくれました。

 

驚いたことが、

龍さんはサイズだけで私に商品を勧めていなかったのです。

 

例えば、E80のブラの在庫がが3枚だとして、

その中から私に合うものをフィッティングルームに持ってきてくれていたんです。

人の作る物だから微妙に違いがあり、それが悪いことでは無く、

微妙な違いを必要とする人が必ず現れる。
手に取った時にエネルギーの違いも感じるそうです。

 

「必要であれば必ずこちらの商品は残っています。」は

E80が残っているという意味ではなく、
私が試着したもの(私に必要な物)が残っているという意味だったんです。

 

その言葉を聞いて私は涙が出てきてしまって。

鼻水たらしながら龍さんに抱き着いて泣いてしまったんです。

 

フィッティングの限られた時間、

私がそんなにも丁寧に扱われていたこと。

物を大切にしたいのに出来ない自分。

弱い自分を物で補おうとしてる自分。

新幹線の時間が気になる自分。

お店でゆっくり選びたい自分。

 

弱くても、出来なくてもいいし、

新幹線遅らせても問題ないし、

でも家が好きすぎて早く帰りたいし。

そんな私がこんなにも丁寧に扱われていること。

いろんな気持ちが溢れてしまいました。

 

 

いろいろあった東京一泊旅行でしたが、

リュードゥリューに行けたことももちろんですが、

会いたかった方に会えて、新しい人、お店も楽しめて

「いってきな」って言ってくれた夫に感謝しかありません。

 

あー、販売会もいいけど、やっぱりまたお店に行きたいなぁ。

下着だけじゃなく新しいこと、欲しかった言葉が必ずもらえる空間。

リュードゥリュー大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子がこの子でいい理由と私が私でいい理由

今朝YouTubeのショート動画を流し見しているときに

とても気が晴れる情報を目にしました。

その動画を見ている時は気づきませんでしたが、少し前に読んだ
鏡の法則」の作家さん野口先生の動画でした。

 

ここからは動画で話している内容

昔子供に恵まれない夫婦が13年目でやっと妊娠出産できた。

生まれた子は手足がなく頭の形?顔の形だったかな、普通とは違う状態で生まれてきた。

先に我が子を見た夫は妻を心配したが、妻は一瞬顔色が変わったがすぐに笑顔で夫に言った

「神様がこの子をどの夫婦に託すか長い間探し回っていたからこんなに時間がかかったんだね、そして私たち夫婦なら大丈夫だと信頼してこの子を授けてくれたんだ。だから大切に育てようね」

 

人生の試練は「この人なら大丈夫」と天が与えたものかもしれませんね。

野口先生が言ってました。

 

以上が私の言葉で動画についての説明

 

思い出したことがいくつかあって

振り返れば妊活中は、検査してどっちに問題があるとかないとかの毎日でさ、

検査でわかる範囲なんて全てじゃないのにどっちかが責任を感じることじゃないし、理由を知らない外野がいろいろ探ることでもない。

子供を早くに亡くした友達のこととか、もちろん本人には言わないけど、短い時間でも尊い子との時間。

流産の経験とかそうゆうのも含めて、数ヶ月でもお腹にいてくれた時間。

どうしても自分を責めがちだったけど、短い間でもお腹にいてくれたこと、その後妊娠して出産、子育てしてること。

全て自分のままでいいって

 

で、同じように子供も大丈夫だと信頼されて生まれてきたんだから大丈夫で

 

日常いろいろあるけど、逃げてもいいし乗り越えてもいいし、

どっちでもいいかって

なんか思った

 

私はこの子の親として何者かに信頼されて今居る。

自分は自分らしくいれば問題ない。

 

確かに、次男とのことは会社辞めて私がのんびりできるようになってからあっとゆうまに解決した。

気持ちがざわつくことを一つ一つやめていけば、私らしくやりたいことだけやってればそれでいいのかもしれない。

 

動画が「鏡の法則」の方だと知って知ってビックリした。

動画も見たことないし、検索もしたことないのに。

YouTubeのおすすめって頭いいのなー

不登校の長男とイライラしながら過ごす私の愚痴①

あーぁもう毎日疲れた。

気持ちが疲れた。

とりあえず3年生の勉強に進みつつ、2年生のスクーリングがクリアしてないから学校側から進路について何も話がない。

仕方ないよね。話したってさ、

で、スクーリングいけない理由をちゃんと学校側に伝えてほしいって言われて、長男の希望で親を挟まず保健指導の先生とのやり取りに進んだものの、あいつまだメールしてなくて、お盆あたりから何もしてないじゃん。って。

基本独り言+イヤホンだから日常話にならないし、在宅で仕事していても独り言他歌や笑い声がうるさくて私は仕事が進まないし、諦めて図書館行ったりしつつも、なんで住宅ローン払った私が家を出なくちゃいけないのか腹立つし、あと半年でうまいこと行けば家を出るかもしれないからあと半年の辛抱なのか、なぜそんなことを私が辛抱しないといけないのかわからなくて、結局仕事やめて第一の望みだった次男との仲の修復はできたけど、あいかわらず長男が面倒くさい。

 

文句なんてたくさん出る。

でも、わかってる。私がやりたい事をしていないから長男が目についているだけでさ、やりたい事に邁進していたら長男なんてそもそも気にもならないわけだから。

自分のやりたい事をしないこと、させてあげないことって恐ろしい。

可愛い息子をこんな風に言ってしまうんだから。

さとうみつろうさんの本、悪魔とのおしゃべりにもあったけど、本当の意味で自分勝手にしていることが平和につながるのかもしれない。いや、平和につながるんだ。

自分のやりたい事をさせてあげてる。ストレスもないし、いい気分なんだから。誰かを傷つけようともしない。自分一人で感情の完結が出来ていれば、八つ当たりもしないしね。誰かに物足りなさを埋めてもらおうとも思わないし。

自分がやるべきことから目をそらすからこんな汚い感情がでてくる。

私はこんなことがしたいんじゃない。

次男が自立したタイミングで私も自立する。

今すぐ家を出れないのは(いや、すべてを捨てて出ればいいだけなんだけど、それよりも次男が大事だから)準備期間がもらえただけ。ありがたい。

自立に向けて一つ一つ準備ができるんだ。おまけに次男と過ごせる。

だから、長男に腹立ててないでちゃくちゃくと準備をするんだ。

次男との関係の為に退職したように、20年前に私が私にしてあげたかったことをするんだ。