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口実
新しい靴を買ったので
あなたを誘ってみようと思う
この間から借りたままのCDも返さなきゃいけないし
「歌詞は好きだけど、メロディは少しものたりないね」
そう言って渡すつもり
そしたらきっと躍起になって語って聴かせてくれるのでしょう
あの歌のメロディの良さを
あたしの前髪には目もくれず
愛とは呼べない
恋人たちはパズルのピース
少女だった頃、そう聞いた
互いに足りないものを補い合う、うつくしいつながりを
少女は探しに行ったまま、戻らない
あとに残された寂しいあたしは、あなたにキスするふりをして
その、やわらかな内臓に、熱くにがい酸を流して、空いた穴に舌をねじこむの
そうして、お返しにあなたがあたしの肩に噛みついて、赤黒いまだらを残すときには
ひどくいとしい気持ちになるわ
恋人たちはパズルのピース
運命とやらの足元で
自分をかたちどるために、互いをかじりあうあたしたちは
愛とは呼べない、ただのきずあと
わたしよ
わたしよ
わたしだったものよ
どこへ行ってしまったのか
四月の椿が落ちた朝に
松葉に千切られた風が笑う午後に
太陽を灰色の海が呑んだ夕に
潰れた紙コップがやけに目についた夜に
もしかして、死んでしまったのか
わたしよ
わたしだったものよ
おれんじの頬にくちづけた春に
髪を切った夏に
光りかたを思い出した秋に
それと引き換えに、いくつかの歌を忘れた冬に
もうそこにはいなかったのか
わたしよ
わたしだったものよ
それならば
それならば
この
鼓動は
アネモネ
また、ドアが叩かれる
「…どうぞ」
「うっとり」が「がっかり」に壊されないよう、冷えた両手に柔らかく握りしめて、
「この音は少し違うかもね」
なんて、舞い上がりそうな心に「じっくり」を被せて大人しくさせる。
ドアが開く
か細い隙間から覗くつま先が
箱の中の猫の生死を決めてしまう前に
深く、
吸い込んだ空気
春の花の香りが混じる
遊星より、
あの日はあなたもご存知のとおり
降ってくるには絶好の星空でした
ぼくは月のひかりに流されないよう
必死に流れ星のしっぽにしがみついて
夜のはじっこに着地しました
記念すべき初上陸に
ぼくはといえば空を見上げて
すっかり遠くなったあなたを探したものです
探さなくてはあなたが見えないことに、そのとき初めて気づいたからです
あれから少しの時間が経って
ぼくも少しは慣れてきたつもりです
皮膚と空気の境界線や、
声で気持ちを伝えること、
それから焼きたてのパンの香り
そうそう、海は思っていたより
ずっとしょっぱかったです
あなたももうすぐこちらに来る頃だと
風の便りに聞いています
そのときは
生まれて初めて、握手をしましょう
愛を込めて。