企画のコアを研ぎ澄ますこと

企画書はページ数の多いものよりも、A41枚くらいにまとめるべきという考え方に出会うことがあります。実際には書式が指定されていたり、RFPに書かれている内容がどうやっても1枚にはおさまらないケースが多いですが、この考え方は『企画書は1行』に書かれていることと共通していて、1枚というよりは1行で言えるような企画のコアの部分を研ぎ澄ますことに注力すべきということだと思います。1行で何をやるのかが明確に分かり、かつ説得されるほどの力があれば、伝わりやすく実行イメージも沸きやすいためです。

本書はキリン「氷結」商品開発者、サントリー「マカ」広報に携わっている方、ナムコの「フードテーマパーク」プロデューサーから、元警察庁長官マネックス証券社長、レストラン「ル・マンジュ・トゥ」オーナーシェフなど、職業も企画する内容、企画を提出する相手も異なる方々へのインタビューで構成されています。個人的には「マカ」広報の斎藤さんの、健康食品の効能効果を謳うのではなく、開発している社内の方のエピソードを面白おかしくエッセイとして書くという話が興味深かったです。

企画書の作り方や活用の仕方はそれぞれに違いますが、企画のコアとなる1行を研ぎ澄ますことの重要性、という点は全てのエピソードに共通して表れています。企画のコアを練らずに企画書を作ると、どうしてもあれこれ入れた総花的なものになってしまいがちなので、企画のコアの部分を練り上げて、何をしたいかが明確に分かるようにすることは忘れないようにする必要があると思います。

企画書は1行 (光文社新書)

企画書は1行 (光文社新書)

『クロスイッチ』「クロスメディア」の意味と実用例について

単に一キャンペーンにおいて複数の媒体を組み合わせる「メディアミックス」とは違う、メディアをまたがって展開されるシナリオに接触することで、製品やブランドに対する強い興味や忠誠心を抱く体験をデザインする「クロスメディア」の本来の形を知るための、事例とノウハウ集です。
数々の事例を交えながら非常に明快に書かれており、ネットに限らず媒体のプランニングに携わっている方には必読の書といえます。
インターネットの普及等により情報量が急増し、消費されない情報が大量に発生し、興味関心領域から外れるものに対しては「情報バリア」を張っている消費者に対して、そのバリアを壊すというよりは「誘い出す」アプローチが重要であるという現状認識の下で、思わず誘い出されてしまうシナリオに基づいた導線設計がなされたクロスメディア企画の事例が紹介されています。

特に本書でなされているクロスメディアの下記の定義はプランニングにおいても非常に重要です。

クロスメディアとは、
【1】ターゲットインサイトやメディアインサイトにもとづいて、
【2】「広さ」(リーチ&フリークエンシー)と「深さ(関与が高まる度合い)を考えた、
【3】コミュニケーションの「シナリオ(導線)」を、
【4】複数のコンタクトポイントを効果的に掛け合わせてつくること。

これらのうち、【3】のターゲットを動かすためのシナリオ(導線)づくりというのがポイントで、これがあるかないかで、単に広さの獲得を志向するメディアミックスと決定的な違いが出るといいます。これは実行しようとすると非常に難しく、どうしても単にメディアの予算を配分しただけになりがちです。
シナリオづくりのために必要なことは、キャンペーンの核となるアイデア=「コアアイデア」、そしてコアアイデアを実現していくための仕組みのアイデア=「シナリオアイデア」です。そしてシナリオアイデアを描くためには、「コンタクトポイント」、「メッセージ」、「心理的なアプローチ」の三つの視点を持つ必要があります。

本書の第3章ではさらにシナリオづくり、クロスメディアの構造設計の手法として、電通さんが提唱しているモデル「AISAS」×「コンタクトポイントマネジメント」や、「キャンペーン・モチベーター」と呼ばれる消費者の深層心理や基本的な欲求を踏まえた仕掛けづくりを行う、といったやり方が紹介されています。
他にもクロスメディアの成功事例やメソッド、ツールが豊富に紹介されており、現在メディアに関わるプランニングをされている方にとってはかなり分かりやすく、頷ける内容のまとめ方になっていると思います。

■紹介されている事例の一部
・「検索しないでください」というメッセージ付きのTVCMから逆にウェブサイトに誘導し、3回同じキーワードで検索した人だけ特設サイトに誘導することで、コアなファン層から一般層への口コミを誘発、さらに交通広告では山手線をめぐる各駅に一話ずつ漫画を掲載し、全ての駅を回って初めてストーリーが分かる仕掛けを行った『集英社ジャンプスクエア」創刊キャンペーン』。コアなファン層をあえてターゲットとすることで、コアな層と一般層に「情報の格差」を生み出し、創刊前に3000人のブログで言及され、コアな層から一般層へ口コミを通じて広がっていったことで、発行部数50万部から10万部増刷し、60万部の売れ行き達成に繋がったそうです。

・"6月28日は街へ出て魔法をかけよう"という交通広告と新聞広告による「予告」によりイベントに誘導し、実際に集まった人達が魔法を唱えると29台のサーチライトが一斉に点灯。未知のものへの興味と、光の塔が実際に出現したことが関心を誘発しPRに繋がった『ハリーポッターと不死鳥の騎士団「魔法の塔プロジェクト」』。

・"自由"をテーマとしたブランドキャンペーンの一環として実際にアニメのDVDを販売し、興行収入と共に若年層に対してブランド認知を獲得した、『カップヌードル『FREEDOM PROJECT』。エンゲージメントを強くするためのアイデア、発想もさることながら、DVDシリーズを実際に製作・販売した実行力に注目すべきキャンペーンでもあります。

カージナルスの看板から突如マスコットの鳥が取り去られるという事件を起こし、注目を得た上ですぐ横の小さな看板に鳥のイラストを描き、"カージナルスは、KTRSに移りました"というメッセージを伝えたラジオ局のキャンペーン『KTRS「盗まれた鳥」キャンペーン』。低予算でもアイデア次第で、莫大なPR効果を得たアメリカのキャンペーン事例です。

・『CREA』『FRaU』で「自分の中にある本当の美しさ」をテーマとした小説を掲載し、それぞれふたつの別々のストーリーがTVドラマでシンクロしていくという展開に、新聞でのPRやWebサイトへの掲載、文芸誌『ダ・ヴィンチ』でのインタビュー記事等を織り交ぜ、新しいファン層を獲得した『爽健美茶 Beautiful Story〜あしたまでの距離』。普通の広告メッセージでは振り向かない人の関心や共感を得る洗練された導線設計が行われています。

クロスイッチ―電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた

クロスイッチ―電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた

『BCG流 成長へのイノベーション戦略』イノベーションから“ペイバック”を得るために

これまで様々な業態の企業のイノベーション成功事例、失敗事例に立会い、分析してきたボストンコンサルティンググループが、アイデアを計画期間内に実現されるキャッシュ──「ペイバック(payback)」に変えるためのマネジメントができているかという観点でイノベーション戦略を論じています。

イノベーションが上手くいかないという場合、よくアイデアの不足に原因があるとされることがあります。しかし本書では、問題はアイデアの不足ではなく、優れたアイデアをペイバックに変えるための方法論、マネジメントの方に問題があると指摘されています。イノベーションから生まれるペイバックの予測や管理のためには、「アイデアの創出」→「商業化」→「実現化」へと至る市場投入プロセスにおいて、次の《四つのS》を視覚的に分析するキャッシュカーブを作成することが重要だといいます。

・スタートアップコスト(Start-up costs):市場投入前の先行投資
・スピード(Speed):市場投入までの時間
・スケール(Scale):量産までの時間
・サポートコスト(Suppot costs):各種コスト、再投資を含む市場投入後の投資

市場投入が行われるまでの先行投資の期間は、リターンなくコストばかりがかかり続ける状態のため、グラフにするとマイナス側に潜り込むカーブになります。市場投入後もサポートコストという形でプロモーション費やチャネル施策、顧客サポート等の費用がかかるため、ある一定規模の量産を達成するまではプラスに転じることはありません。この、市場に出てから量産を達成するまでの期間が長過ぎた場合や、市場投入前の投資が重過ぎてマイナス側のカーブが深くなりすぎた場合は、ある一時期に表面だけは成功しているように見えても、ライフサイクルの全期間を通じてペイバックを生み出していないという帰結に陥ってしまいます。このような生産とサポートに係わる費用がキャッシュリターンを上回っている状態──「キャッシュトラップ」に陥った場合、利益を生むべく開発された商品が逆にキャッシュを吸い取ってしまうため、結局は市場から撤退せざるをえなくなります。

また、イノベーションが生むペイバックの分析で困難なこととして、単なる新商品の売上高という数字だけではどのくらいのキャッシュリターンを得ているかの計測として十分ではない、ということが挙げられます。何故ならイノベーションには直接的なリターンの他に、「知識」や「ブランド」、「生態系(顧客やサプライヤー、協業企業、販売チャネル、株主等のステークホルダーとの関係性)」、「組織」に関わる間接的なリターンに寄与するという側面が強いためです。
例えば事例として紹介されているSONYの『アイボ』は、販売により直接的な利益を生み出すためというよりは、開発に関わった人達に『アイボ』に用いられているセンサーや人工知能等に関わる基本技術に関するノウハウが溜まり、それがやがてはその後の主力製品に活かされていくという狙いがあったそうです。また、ボストン・ビールが最もアルコール度の強いビール『ユートピア』の開発と製造を行っているのは、いままで誰もつくらなかったものをつくり出すという誇りを社員に与え、イノベーションの文化を社内に根付かせるためであるとされています。そのために採算ギリギリでも販売に踏み切っているとのことです。

イノベーションには大きく分けて次のようなモデルがあり、このモデル選択を誤るかどうか、また切り替える時機を逃すかどうかに、成功か失敗かの分かれ目があると言われています。


・インテグレーター型アプローチ・・・最も一般的なイノベーションモデルであり、イノベーションに関わる全てのプロセスを“自前で”行う形態。イノベーションにおける《四つのS》を厳格に管理したい場合や、イノベーションの成果を独占したい場合、そして社内リソース、スキルに自身があり、部門間の連携もとりやすい場合にはこのモデルが選択されます。
・オーケストレーター型アプローチ・・・イノベーションの全ての側面をコントロール、マネジメントするものの、実行段階の一部において外部のパートナー企業の資産や組織能力を活用する形態。単なるアウトソーシングとは異なり、共同研究、共同商品設計、新規市場への共同参入等、自社の基幹活動にパートナー企業を巻き込む必要があります。また、ソニー・エリクソンのように、複数社が共同オーケストレーターとなって、商業化と実現化をマネジメントする責任を共有するというケースもあります。
・ライセンサー型アプローチ・・・新商品の発案の部分にのみ関わり、実行化プロセスには関与しない形態。知的財産をライセンスとして供与し、市場投入におけるコストや労力を回避しつつ一定額のペイバックを得るための仕組みで、バイオテクノロジーやIT等の分野で利用されています。また、ライセンサーの模範例としてはドルビーラボラトリーズが挙げられています。


いずれのアプローチを取るにせよ、重要なことはイノベーションをトップ自らがリーダーシップを取って推進すること、また責任を負う個人、部門を明確にした上で、全社的なコミットメントを得ることです。そのような組織や環境の問題をクリアしなければ、いかに事前分析し最適なアプローチを選択しても、イノベーションの成功は困難といえます。

最後に本書で取り上げられているケーススタディからいくつ興味深い事例をピックアップします。
Xbox・・・第一世代機を出すタイミングが悪く、ペイバックにあまり結びつかなかった反省から、第二世代機Xbox360においてはスケール(量産までの時間)を最優先課題に設定。自前の製造ではなく、エレクトロニクス機器の受託開発企業、フレクトロニクスに委託、さらにウィストロン、セレスティカを製造パートナーに加え三社合同での早期量産化計画をまとめたことで、クリティカルマスを早期に達成するための足場を固めました。
コンコルド・・・超音速旅客機として開発されたコンコルドは、開発に約40億ドルという膨大なコストがかかったことに加え、ブリティッシュエアウェイズ(BA)とエールフランスが最初のチケットを発売するまでに14年かかるというスピードの問題があったこと、さらに燃料費のかかるオリンパスエンジンを利用していた事等から、典型的なキャッシュトラップに陥りました。
iPod・・・キャッシュカーブ・マネジメントの模範例。iPodのキャッシュカーブはスタートアップコストの穴が浅く、すばやく市場に投入され、スケール部分の曲線が急上昇しています。プロジェクトチームの実働人数が50人を超えることはなかったというスタートアップコストの抑制、外部の部品メーカーやパートナー企業のスキルと専門知識の活用と規制部品の採用による早期市場投入の達成、生態系内のリレーション強化に重きを置きつつ『iTMS』をローンチしたこと、クリスマス商戦に間に合ったこと・・・等多くの要因が理想的なキャッシュカーブを実現しました。また、iPodに使われているミニハードディスクドライブを唯一製造している東芝からミニハードディスクドライブを18ヶ月間にわたり独占的に買い上げるという思い切った策を講じたことで、競合商品の追随を阻止したことも成功に結びついたといわれています。

BCG流 成長へのイノベーション戦略

BCG流 成長へのイノベーション戦略

『SAMURAI 佐藤可士和のつくり方』個人のブランディングについて

「アートディレクター」佐藤可士和さん個人のブランディング、PR、マネジメントについて、奥さんでありクリエイティブスタジオSAMURAI(サムライ)のマネージャーでもある佐藤悦子さんがケーススタディを交えながら解説しています。
本の出だしが、「ミケランジェロピカソアンディ・ウォーホルのような存在になりたい」という佐藤可士和さんの大胆な発言から始まっていますが、ファインアートの世界ではなく広告デザインの世界でそのような存在になれるのかという疑問や戸惑いを著者自身も持っていたことをまず明らかにした上で、そのような目標に到達するための「アートディレクター=佐藤可士和」というブランディングについて語られていきます。

著者が広告代理店の営業局、雑誌局、外資系化粧品ブランドのPRマネージャーという経歴を経て佐藤可士和さんのマネージャーとしてSAMURAIに参加したという経緯もあり、佐藤可士和さんという個人をいかにブランディングし、PRしていくかに特に力点を置いて紹介されているように思います。
ファインアートの場合は、アーティストの死後に作品そのものの力によって「発見」されて、世界に影響を与えるというケースもあります。しかし、広告デザインの場合、リアルタイムで評価されなければ仕事が続いていかない、仕事がなければ世の中に何も提示できない、という違いがあるように思います。そのため、実績のPRやプレゼンテーションにより、"この人なら何かやってくれそう"という期待感を醸成し続けることが重要となります。だからこそアートディレクターとして社会的に影響力のある仕事を継続的に行っていくためには、何を言って何を言わないか、何を見せて何を見せないかというコントロールのなされたPR活動が、個人のブランディングにおいても必要であることがうかがえます。

仕事の進め方、些細なやり取りも含めたディテール、今後手がけたい分野、オフィス等仕事環境の説明と何故移転したかという考え・・・等ひとつひとつについて丁寧に、そして内容や順番、構成をかなり整理して書かれているのは、この本もまた佐藤可士和さんのブランディングのための集大成的で重要なツールであり、ファンを増やすだけではなく仕事の取り組み方に対する理解者を増やし、ミスマッチを減らすことや目標を達成するためのチャンスをつくることが目指されているからなのでしょう。
今後デザイン会社を興したい、経営したいという方、そしてマネジメントやPRを行っていきたい方には非常に多くのヒントを与えてくれる内容だと思います。


数々のケーススタディが取り上げられている項では、狭義の広告デザインの枠に収まらない、空間設計やプロダクト等を含めて状況全体をデザインするという仕事の広がり、それに伴い佐藤可士和さん、佐藤悦子さんそれぞれが認識を変えなければならなかったことや、新しく勉強しなければならなかったこと等について追っていくことができます。

《掲載されているケーススタディ
ふじようちえん(園舎を含めた環境全般のリニューアル)/NTTドコモFOMA N702iD」(プロダクトデザイン)/イッセイミヤケ(2006春夏ミラノコレクションのインビテーション、プレスキット等のアートディレクション)/明治学院大学(CI)/リサージ(スキンケアブランドリニューアルのクリエイティブディレクション)/国立新美術館(シンボルマーク)/ユニクロ(グローバル旗艦店出店プロジェクトのクリエイティブディレクター)/千里リハビリテーション病院(環境全般のリニューアル)

SAMURAI 佐藤可士和のつくり方

SAMURAI 佐藤可士和のつくり方

ジェネラルマーケティング/ダイレクトマーケティングいずれに特化するか

マーケティングは大きく分けてジェネラルマーケティングダイレクトマーケティングの2種類があると言われます。企業の市場調査から商品開発、そして流通支援、小売店の店頭販売支援までの一連の流れの戦略立案と実施を担うのが前者のジェネラルマーケティング。間に卸売・小売店を挟まずにTV、ラジオ、新聞、Web等の通信販売で商品を顧客に対して直接取引をして販売していく場合はダイレクトマーケティングという分け方です。

Webプランナーに限らず、プランナーであれば基本的にはそのキャリアの中でジェネラルマーケティング/ダイレクトマーケティングの両方に関わっていくことになると思いますが、ある程度の段階でいずれかに比重を置き、特化することを選択する場面に出会うのではないかと思います。それは会社自体の戦略としてダイレクトマーケティングに特化したチーム編成を行って、通販案件を中心に扱うといったようなケースもありますが、個人としてもいずれかを得意分野としてそちらのスキルや経験を強化していくといった選択を行う必要があるのではないかと思います。ジェネラルマーケティング/ダイレクトマーケティングにはもちろん両方に通用する考え方、手法、経験もありますが、ディテールも含めるとかなりの違いがあるように思います。


ジェネラルマーケティングの場合、単に販売の最終地点だけを見ていれば良いわけではなく、製品ブランドや企業そのもののブランド、そしてそれに関わる様々な部署、立場の人達全ての考え方、行動に深く関わる必要が生じます。マーケティング担当者の立場からこの商品は本来このカテゴリーで売ったらよいのではないか、という方針や戦略があったとしても、小売店に対して営業を行う方、小売店の店主の方はこれまでに培ってきた経験や実感、実績等から独自の戦略や方針を持っています。にも関わらず「営業を担当される方はこう考えているであろう」という想定でジェネラルマーケティングのプランを進めていくと、必ず齟齬が生じることになります。そもそも自分が経験、実感したことのない部署、立場の方の考え方や行動は想像はできても正確に当てることは困難であるためです。できるだけ多くの利害関係者に何度もヒアリングして様々なことを聞き出しながら現状を把握した上でなければ、本来非常に多くの方に動いて頂かなければ進行しないジェネラルマーケティングに関わる施策をスムーズに行うことはできません。もちろん様々な利害調整の過程でエンドユーザーが見えなくなっては本末転倒ですが。
これらはジェネラルマーケティングの難しさであると共に、逆にプランナーとしての遣り甲斐にも繋がるものであり、様々な立場の利害関係者の方と密にやり取りしながら仕事をしたい人に向いているといえます。


一方、顧客との間に入る利害関係者が実質的にはほとんどおらず、その代わりにエンドユーザーとの窓口としてダイレクトに関わりながら販売企画の立案と実施、時には運営までを行うのがダイレクトマーケティングです。こちらは間で様々な調整やコントロールを行う仕組みが薄いこともあり、施策の良し悪しの答えが出る期間が短く、急速かつ急激に結果が出ます。そのため、施策が間違っていたらすぐに直すというスピードが要求される分野でもあります。何度か使われてきた手法として、通販のテンプレートとしてA、B、C案の3案などを用意しておき、それぞれを一定期間ずつ使用し実際の売り行きを見て、最も販売実績の高かったデザインや構成、コピーをその後の基本テンプレートとして採用する、という実効果測定をしながら作り込みを行う、という手法もあります。ダイレクトマーケティングでは顧客の目に留まる要素全てが重要で、コピーの順番、デザインのディテール、写真の並び方、解像度等かなり細かい部分に気を配っていくことが重要となります。
豊富な運用経験から、「これをやると売れ行きが上がる」「これをやると売れ行きが下がる」といった鋭い感覚のようなものが即座に働くかどうかも、ダイレクトマーケティングに関わる人の必須スキルになると思います。


これらジェネラルマーケティング/ダイレクトマーケティングはもちろん両方そつなくこなせればベターなのですが、同じマーケティングという名前がついていてもやることや求められることにはかなりの違いがあるように思います。また、仕事を頼む人の立場からするとやはり得意な領域と方法論を持っていて、この案件ならこの人に頼めば間違いない、という人に頼みたいのではないでしょうか。もしどちらかに特化して自らの得意分野とし、安心して頼まれる状態を作り出したいプランナーの方やプランナー志望の方は、自分で経験する案件を選ぶ機会のある時や、勉強する時に、どちらに特化したいかというキャリアパスを念頭に置きつつ進めていくと良いのではないかと思います。

『買いたい空気のつくり方』セールスプロモーションの教科書

『買いたい空気のつくり方』は、電通内のセールスプロモーション専門集団が中心となって構成されている「電通S.P.A.T(Shoppers Promotin And Tactics)」のメンバーの方々がまとめた本で、まさにセールスプロモーションの教科書ともいうべき内容になっています。
前半はセールスプロモーションにこれから関わる方、既に関わり始めた方には最適の内容で、後半はセールスプロモーションに深く関わっている方およびセールスプロモーションを発注する側の方をターゲットとして書かれているように思います。何故なら前半は消費者の意識や関心、購買行動の変化等の消費形態についての現状整理が調査データやAISASモデルなどの理論によりなされているのに対して、後半は主に仮説やこうあるべきではないかという「新たな提案」がメインとなっているからです。これはSP業界への提案であると同時に、クライアントサイドへの提案内容にもなっているような気がします。SPのことを勉強しつつパートナーを探しているような方々に対して、提案内容を広く伝播できるという意味では、このような本の出版というのは非常に強力なツールであると言えます。

前半の教科書的な箇所では、「商品の魅力を伝えるためのストーリー編集力」と「店頭に行ってみたくなるマグネット力」を生み出し継続することの重要性とその方法について書かれています。マーケットポジション最適化から売り場の最適化、店頭メッセージ開発、さらにはセールスシートやセールスマニュアルによる販売員への啓蒙までというSP施策の全体の流れについても知ることができます。
後半のセルフ販売とコンサルティング販売について書かれた章では、コンサルティング販売で得られたノウハウをセルフ販売に生かすことの重要性が説かれています。また、広告・プロモーションと店頭施策にギャップが存在することで生まれる機会の損失について書かれており、マス広告のクリエイティブを各販売店の広告にも活用(連動・統一化)することや、店頭でマス広告を再現すること等も提案されています。また、メーカー主導でマス広告と連動した効果的なVMDツールを提供すること、メーカー主導のマス広告によりコンサルティング販売等の現場を後方支援する等の提案がなされています。

さらに、携帯機器を使ってタイミング良く店頭に誘導する仕組み等、近年使われ始めているSP施策についても触れられていることが特徴です。例えば、ドイツのメトロ社の「フューチャーストア」等の事例も紹介されています。これは、買い物客の持つ端末に対して商品棚に仕掛けた装置からラジオ電波を発信し、現在見ている棚の商品の関連情報等、最も最適な情報をタイミング良く発信するというものです。

また、本書全体を貫くメッセージとしては、やはり帯の裏側にも書かれている

売る人の言うことは信じない。
買った人の言うことは信じる。

そんな時代に、どう売るか。

ということだと思います。その意味でAISASの最後のS(Share)、つまり口コミの重要性についても多く書かれています。
ただ、身近な人の推薦や「お客様の声」は確かにSP施策の成果を大きく左右するものですが、同時にその商品がどのような背景で開発され、どのような技術的意図があって作られたのか、その結果何が実現されているのかといったいわゆる「開発者の声」的なメーカー側の情報も購買検討時の大きな判断材料になるのではないかと思われます。食品の場合は、食材の産地についての情報や、育てている方のメッセージ等も重要な判断材料となります。そのため口コミは何となく沢山あるように見えるが売り手側のきちんとした解説がないよりは、オフィシャルでしっかりとした説明を行っておくことの重要性もけして薄れることはないと思います。

もちろん理想的には、特に企業側が何も説明しなくても、製品そのものの良さから使い手の間でどんどん広がっていき、一方公式情報には「これしかない」というシンプルなメッセージだけが上がっていて、そのメッセージを使い手がさらに反復していく・・・という流れができるのが最も良い形だと思われます。この流れで最も成功している事例としては、やはりよく言われるようにAppleの手法が高度に洗練されているといえるでしょう。

買いたい空気のつくり方―AISAS型購買行動に対応する広告・販促・陳列・接客等のアイデアを電通が提案

買いたい空気のつくり方―AISAS型購買行動に対応する広告・販促・陳列・接客等のアイデアを電通が提案

「買い場」とは、「買うことを決意する場」だと仮定すると

「買い場」というと一般的には"株の買い時"といった意味でよく使われていますが、広告やSP(セールスプロモーション)の世界でも「売り場」と対比させる言葉として「買い場」という言葉が使われつつあります。昨年末に参加した「関西WEBマスター研究会」第一部のセミナーの中でも、講師を担当されている博報堂の方から"買い場"という言葉が出てきていました。そのセミナーからの帰りの電車の中で、同行した方と「買い場」というのは結局「売り場」と何が違うのかということが話題に出たのですが、結局その時は結論が出ませんでした。

マーケティングやSPの古典で言われてきた「売り手側の視点から買い手側の視点で・・・」といった話と、今使われている「買い場」という言葉の意味するところは同じなのか、それとも何か新たな概念が含まれているのかというのが分からなかったわけですが、「買い場」というのが基本的には「売り場」と同じで、視点を消費者サイドに移したということだけであれば、結局のところ違いが曖昧なため、言葉として流通しにくいのではないかと思われます。また「買い場」について語られる際は店頭のPOPやパッケージについての言及になっていくことが多く、結局語られていることの大半が「売り場」に関することに収束していってしまうような懸念も感じます。

あくまで自分なりに「売り場」と「買い場」というものをどのように区分できるかを考えてみた結果、「買い場」とは「買うことを決意する場」だと仮定すると比較的整理しやすいように思いました。例えば、服なり小物なりを選ぶ時に、Webサイトで色々なブランドや商品写真等を見て調べる過程で、"これが欲しい"というものが決定した場合、その決意した瞬間と、その時に触れていたメディアが「買い場」だといえます。しかし、買うことを決意した後で、実際に近くの店舗に来店して試着なりをしてから購入した場合、この店舗は「売り場」ということになります。もちろんこれには逆の場合もあって、店舗で欲しいものが見つかって、実際に手で触れて買うことを決意したものの、ちょうど良いサイズがその店舗には置いてなかったため、いったん帰宅後にECサイトで該当する商品でサイズがフィットするものを購入するというケースもありえます。この場合は店頭が「買い場」、Webサイトが「売り場」ということになります。

つまり、

  • 「買い場」とは、精神的な決済が行われる場
  • 「売り場」とは、物理的な決済が行われる場

という風に整理すると、実際にお客さんがお金を払った行動だけを見る「売り場」とはまた違った解析をしたり戦略を打ったりしやすくなるのではないかと思います。
販売実績を上げている「売り場」も、もしかしたら商品が陳列されカウンターがある店頭だけを見ていたのでは、売れている原因の本当のところはつかみにくいこともあります。「買い場」はもしかしたら違うところにあって、それが雑誌だったりWebサイトだったり他の人からの推薦だったりするかもしれないためです。あるいはもっと厳密に買うことを決意した瞬間を追っていくと、いったん商品の特性やイメージを記憶した上で、どこか別の場所でそれを使っているシーンをふっと思い浮かべた瞬間に決意するということもありえます。その場合はその瞬間が「買い場」であり、決意を導いた要因を分析していくことが「買い場」へのアプローチに繋がっていきます。

日用品や食材を買う時に訪れるスーパーマーケット等、売り場でそのまま何を買うかを決定する(事前にどのような食材をどれくらいの予算で買うかは決定しているが、具体的に何を買うかは売り場で決める)場合は、「売り場」と「買い場」がほぼ一致するため、「買い場」視点の戦略があまり必要ではないと感じられるかもしれません。しかしこの場合も、食品のブランドについての事前の認知やこれまで買ってきたものの評価等、売り場に行く前にストックされている情報や体験が存在します。それらが"これを買う"という決意を後押しすることも多くあります。単に「売り場」だけを見ていたのでは見落としてしまうことが、買うという精神的な決済が行われる場「買い場」を分析することによって見えてくるといえます。

また、「買い場」をこのように仮定した場合、「売り場」との連結という問題も重要となります。買う意志を一度は決めた(精神的な決済は行われた)ものの、お店が見つからなかったり、Webの場合はフォームの入力で躓いたりして、結局売りには繋がらないというケースが存在するためです。つまり「買い場」がきちんと設計され構築されているのに、「売り場」との連結が悪いために売りに繋がっていないというケースです。

このように考えると、SPにおいて重要なのは「売り場」の構築ではなく、「買い場」の構築と、「買い場」と「売り場」の連結をスムーズにする施策といえるのではないかと思います。「買い場」さえしっかりと構築されていれば、「売り場」への連結がよほど悪くない限りは売れるためです。一番最初に「買い場」という概念を考えた方の意図は全く違うところにあるかもしれませんので、あくまでも私見にしか過ぎませんが、おそらく「買い場」という言葉が使われる時に意図されていることは、このようなことなのではないかと考えています。