風に向かって 壁に向かって

風に向かって書くように。壁に向かって話すように。日記や考え事の中身を書いたり、気に入ったものの紹介をしています。どちらかといえば個人的に。

最愛の綾波レイ

‪最愛の綾波レイ。‬
‪一緒には死んでくれない綾波レイ。‬
‪「あなたは死なないわ。私が守るもの」

‪今日見る月がとても青い。綾波。最愛の綾波。‬
‪最後の吐息はオレンジ色で、僕の胸にばちゃっとかかった。

‪ぜったい力を緩めちゃダメだ。逃げちゃダメって何回も言ったろ?‬
‪きっかり620秒でおしまい。‬
‪気持ち悪いなんて絶対に言わせない。‬

‪ぐにゃぐにゃになった体。白い白い白い首。
見開くお目々は赤いままで、青い髪じゃ馬鹿みたいだから、市のゴミ袋で覆ってあげた。

 なんだ。‪この子もLCLにならないのか。

こんなにいい子、他にいないよ?

‪僕はベッドに腰掛けて、スマホのゲームでガチャを回す。‬彼女の体を踏みつけていく電車の音なんか消えればいい。

 

一体どこへ行けるっていうんだろう。誰もいない僕だけで。

喉が渇いた。コーラが飲みたい。

 ‪そうだ。

ぽっかり月が隠れたら、船を浮かべて出かけよう。‬
‪大洗にいけとみんな言うんだ。そこからフェリーに乗り込もう。

‪いまから駅へ向かうなら、ハレ晴レユカイジャパリパーク、どっちを歌えばいいんだろ。‬

夕日を探して歩く

捨てられた教室の窓越しに夕日を見ていた。

「これは違うよ。」と彼女は言う。

「これも違うね。」と僕は返す。

いままで沈んだ夕日の数を数える。

遠くまで、歩いてきた。

 

夕日を探しにいこう、と彼女は言った。

それでおしまいにしよう、と彼女は言った。

きっとそこには、幸せだった頃の僕らがいるのだ。

 

二人で遠くまで歩く。

ブランコの上を横切る夕日、海を黒く染める夕日、紙コップに落ちる夕日、眠るラクダを包む夕日。

「これは違うよ。」と彼女は言う。

「これも違うね。」と僕は返す。

 

教室には柔らかい影が差している。

「もういこう。」と彼女は言う。

「そうだね。」と僕は返す。

彼女はじきに出ていく。

僕はまだ立ち去らない。

地球をゴミに

火曜日、地球を生ゴミに出してしまおう。

ピンクのゴミ袋をぎゅっと縛って。階段を二階分降って。

広々とした朝の部屋で、紅茶でも飲んでやろう。

焼却炉の火がみんな燃やし尽くす時間まで。

影が伸びる

ーあなたが初めて自分の異変に気付いた時のことを教えて下さい。

 

はい・・・。七月の二十九か三十日だったと思います。風があって気持ちいい日でした。

友達と二人で学校の帰り道のとても長い坂を登っていたんです。

 

ー時間は?いつ頃でした?

 

六時半かそのくらいです。少し自習室で勉強して帰った時はいつもそのくらいに帰りますから。

 

ーわかりました。ではもう一度、その異変について話してもらえますか?今度は概略でなく、漏らさず詳細に。

 

はい。坂を登ってる時に自分の足元を見て、えっ、と思ったんです。なにかおかしいと。

 

ーその異変に最初に気付いたのはあなた?

友達は気付いていましたか?

 

友達は最後まで気づきませんでした。その異変のことを言うのも怖くて。

頭の中では怖くて怖くてしょうがないのに、口は勝手に普通のお喋りを続けてるんです。

気づかれちゃいけない、と直感的に思ったんです。

 

ー友達に気づかれるのが怖かった?

 

いえ、友達ではなくて・・・私を見ている誰かに気づかれちゃいけない。普通のフリをしなきゃいけない、って必死でした。

私を見ている誰かなんていないんですけれどね。

でも私の影だけが・・・

 

ー話を戻しましょう。異変の内容について話して下さい。

 

坂を登ってる途中で気づいたんです。なんか私の影が妙に長いなぁ、って。

身長は一緒に歩いてる友達とほぼ変わらないのに、私の影だけが頭半分くらい長かったんです。

 

ー夕日以外の光源の問題とか、坂の傾斜による錯覚とか、なにか思い当たる合理的理由はありますか?

 

真っ先に疑ったのは二人の立ってる位置の問題でした。だから話をしながら、さりげなく二人の位置を入れ替えて見たりしました。

それでも私の影は長いまま。しかもどんどん長くなっていくんです!

坂の真ん中を歩く頃には、私の影は友達の影の二倍以上の長さになってました。

 

ーそれで?その伸びた影はどんな形でした?

 

私の影は、引き伸ばされていました。柔らかいゴムでできた人形を思いっきり引っ張ったみたいな。

どんどんどんどん引き伸ばされて、細長くなった頭の部分が坂の頂上にかかるところだったんです。

 

ー坂の頂上に差し掛かった後、影はどうなったんですか?それ以上は伸びなかった?

 

いいえ。

坂の頂上に影が伸びる直前に、私、気づいたんです。「帰りたがってる」って。

 

ー帰りたがってる?誰がですか?

 

私の影です。影は坂の頂上に向かって伸びてるんじゃなくて、空に向かって伸びていってるんだとわかりました。真っ赤な夕焼けでした。

坂の上に伸びた影は、赤い空に差し掛かった部分からすうっと消えているんです。

「あぁ、帰ったんだ」と思いました。おかしな話ですけど。

 

ー影が消えた、と?

 

消えた、というよりやっぱり「帰った」といった方がぴったりな気がします。根拠はないのですが。

 

ーその影はどの部分まで「帰った」んでしょう?

 

私が見たのは腰のあたりまでです。ちょうど今の私が・・・すみません。

 

ー影の異変、それがあなたが犯した犯罪と関係あると思いますか?

 

・・・わかりません。

気付いたらこんな姿で病院にいましたから。

本当に私がそんなことをやったなんて・・・。信じられません。実感がないんです。

 

ーお友達の死因は脳挫傷でした。あなたが突き入れた凶器によるものです。そしてあなた自身も下半身に麻痺が残るほどの重症。

屋上から飛び降りる前のことは本当に何も覚えていないんですか?

 

何も覚えてないんです。そんなことする理由なんて何も・・・。

でもなんとなくわかるんです。私の影が「帰った」せいだって。でもー

 

ーいえ、わかりました。

すみませんが先生に許可を受けた時間が過ぎましたので、今回はここまでで。何か思い出したら次の機会に。

 

あのっ、一つだけお願いが・・・

 

ーどういう内容でしょう?

 

部屋、部屋を変えて欲しいんです。

 

ーこの部屋は病院の中でも特別な部屋なんです。少々難しいと言わざる負えませんね。

 

でも、西日が・・・

 

ー西日がどうか?

 

西日が当たらない部屋にして欲しいんです。

もう見たくないんです。

だって、私の影、伸びてきてるんですよ?今も。

 

日曜日の電車

晴れた日曜日の電車のおおらかさ。

いくつものさざめきにひかりが差し、座席にはうっすらと涼しい影がかかる。

子連れのばかどもにも、酒に酔ったごみのような大人たちにも、駅名を唱和するきちがいにも、さるのようにはしゃぐ女の子たちにも。

 みなさん、どちらへ行かれるんですか。

私はレコードと水菓子を買いに行くつもりです。

今日はなにかいいことがあるんでしょうか。

忘れてしまう幸せは、いみの無いことなんでしょうか。

またいつか、お会いできる日があるんでしょうか。

 

いつのまにか景色が流れて、降りる駅が近づいてきました。

みなさん、御機嫌よう。みなさん、それでは。

みんながボールを蹴るのをやめた日

みんながボールを蹴るのをやめた日。

ピカピカとした太陽がすこし穏やかになりました。

いつもより増えたひとりごとが、夏の雲にかわりました。

男の子と女の子が静かに手を繋ぎました。

図書室のカレンダーがうたた寝をはじめました。

 

今日という日は、どうしてこんなにやわらかいんでしょう。

 

世界中のみんながボールを蹴るのをやめた日。

鉄格子の中の人が初めて家族のことを思い出しました。

毛むくじゃらのピアニストが鍵盤にぽーんと指を置きました。

草原のライオンが遠い雨の匂いに気づきました。

少年はラブレターを書く手を止めました。

 

今日はもう、誰もボールを蹴ったりしないのです。

ボールはゆらゆらと揺れています。

ゆらゆら、ゆらゆら、楽しそうに。

太陽がすこし穏やかになった日のことでした。