踊るあほうのブログ

同じ阿呆なら踊らにゃ損

東京心覚とか最近の刀ミュに感じてたこといろいろ



東京心覚を初日、3/14と観てやりたいことはなんとなくわかるんだけど私には響かなかった、Not for meだったなって話。
本当にただのオタクのお気持ち表明なので見なくていいです。書いて発散したいだけなので。
※ネタバレ配慮してないし、なぜかエヴァの事も話してる。







今回いつもの6振編成から8振になったことで色々不安はあったんだけど、さすがみんな経験値があるから下手じゃないし、キャストの解釈や心情の動きがすごくよかった。
何より冒頭刀剣乱舞でみんなステージの高台から盆が回っていく演出は歴代刀剣乱舞の中で一番かっこいい。盆*1好きだからね、贔屓しちゃうよ。
今公演の推しは個人的には五月雨江なんだけど顔が綺麗でぎこちない動きがギャップがあっていちいちかわいい。
照れたときとか困ったときに襟で顔隠したり、足を揃えて座ったり上げた掌がまっすぐでぎこちないのが本当にかわいい!!
歩くときの姿勢がとてもよかったり、歌を詠む教養や上品さがありながらも第3形態の衣装がめちゃくちゃけしからんかった。
月とか海や川とか、歴史を比喩的にとらえるの好きですね、そういうのオタク大好きだよ。
今回はそれに花も加わった感じかな。歴史はその時代に勝ち残ったものもの、例えるなら実った野菜や果実とするなら負けたものは花なんだね、
実を結ぶことはなくても花は確かに咲いた、それがなかったことにはならないっていうメッセージかな。
あと水心子の一人舞台はメタととらえていいんだよね??


今回ステージングが新之助さんではなく音楽も今までとテイストが違うので多少違和感や好みはあるけれど、長年やってるとマンネリに陥るし制作側から今後も刀剣乱舞、刀ミュを今後も続く長期コンテンツとして売っていこうという感じはするのでこの5周年という区切りで手札を増やしたり色々と味を変えていくのはありなのかなとも思った。
刀ミュの初めから続けてきた路線は2018年の真剣乱舞祭で最高到達点は迎えていると思ったので。。。


刀ミュが2.5次元という枠を越えていこうとしている、というのは過去のインタビューやらコメントやら作風やらで感じていて、やりたいことは分かるんだけど見る度に思うのが2.5次元の枠を越えようとしているなら、なんで過去作未履修者を置いてきぼりにするんだろうな?
葵咲本紀は辛うじてまあ理解できるか、というレベルだったけど東京心覚はマジで過去作の三日月の知識がなければ意味不明では。
今回初めての子を14日観劇に連れていく予定でいたので初日を1人で観たあとこれどうやって説明する?前程知識入れておいた方がいいのかと思ったもん。。。

私は考察や前知識は必須条件ではなく作品に対して解像度を上げる必要条件でしかないと思っているので、例え2.5次元が元々のファンを対象としたものであっても前作を観ないと理解できないのは舞台としてどうかと思ってしまった。
2.5次元が演劇の中で別離している、閉鎖的なのはクオリティとかは置いておいて、一つに原作・過去作の知識を必要とすることだと思います。

そして何より「原作(過去作)を知っているとより楽しめる」と「原作(過去作)を知らなければよく分からない」には雲泥の差がある。
刀ステを直前に観たせいか余計に思っちゃった、刀ステはちゃんと前者だったよ。

2.5次元舞台でスポーツものが重宝され多く量産されるのは話が分かりやすくて便利だからなのかな。
特にテニミュとか敵対関係や勝敗がはっきりしてて基本一試合完結なので原作知識とかなくても戦って勝ち負けが決まるんだなってわかるもんな。


あと量産される2.5次元の舞台でよくあるのが、原作丸々コピーで別にこれ舞台でやらなくてもいいんじゃない?喜ぶのは原作ファンだけじゃない?
結局それだと今のファン層以外に広がりはないんじゃない?と思うような舞台なんですが、形態は違うけれど今回の刀ミュと何が違うんだろう?
過去作や原作の知識を前提としてる限り2.5次元2.5次元のままだと思ってしまった。

こんだけ手軽に楽しめる娯楽が溢れる世の中で、前程知識必要です。理解したいなら過去作見てください(全●作、各公演時間2時間超)。残っている舞台映像はあくまで映像であり生の舞台を再び見れる機会はありません(再演を除く)。チケット代は1万円です。

ってそれはエンタメとして生き残っていけるのか、、、
本当に誰目線だって話だけどめちゃくちゃ心配になってしまった。
演劇とは、刀ミュとはそういうもの、ついていけないなら見なくていいというならああそうなんですが、なんですけど。

映画も続編ものあるけどちゃんとした続編は前作見てなくても理解できる要素が散りばめりていて知らなくてもちゃんと面白いし(もちろんちゃんとしてない続編もある)、何より映像だから前作がそのままの形で見れるんだよね。
舞台はどう御託を並べても劇場で観るものが完全体なので、そう考えると舞台の入り方ってめっちゃ難しい!!


まあそれだけだったら私は知ってるし楽しいしいいか~みたいになれたんだけど一番心が折れたのが、こんな刀ミュとして挑戦的なことしてるのに、なんで冒頭の30分*2をよくある2.5次元方式のキャラ紹介とキャラ付けのために各キャラ1曲歌わせとくか〜みたいに使ったの?なんであそこだけ2.5次元バリバリに出してくるんだ。

そもそもミュージカルを名乗るなら歌と芝居と台詞の境目を自然にしてほしいし、初日はミュージカルが嫌いな人が言う「突然歌が始まるのが不自然」っていうの地でいってたよ。
2回目は自分が慣れたのか回を重ねてよくなったのか違和感は減ったけど。これキャストや脚本のせいとかではなく構成・演出の問題では。
そんなことを観劇中考えてて一幕は「何がしたいんだろう」ってずっーと頭の中で思ってた。

あと今回の東京心覚からは少しズレるけどパライソから薄々感じていて幕末再演で決定的だったのがアンサンブルや音楽の使い方がグランドミュージカルに寄ってきたのかと思うところが多く、歌わせること増えたしストリングスが入った壮大なナンバー全員で歌わせるとか。

個人的にミュージカルだからと言って全員が歌う必要ないしオリジナル演目なんだから歌える人は歌えばいいし演技、ダンスがいい人はそれを魅せればいい。
画一的な型にはめなくてももっと適材適所に出来たんじゃない?
双騎でその可能性の片鱗を見せてくれてそれに今まではそれが比較的出来ていたじゃん。

2.5次元2.5次元の良さがあると思ってるし、どれだけ寄ってもそれは『っぽいもの』でしかなくて、そもそもグランドミュージカルが観たいなら東宝とか海外招致に行くし......
そもそも2.5次元のキャスティングは歌や実力よりもいかにキャラクターに似ているか、要素を持っているかが比較的重視される中で厳しいところがあるよ。(グランドミュージカルが優れてるとかそういう話ではなく)

でも東京心覚のラスト付近、出演者総出演のメロディーが重なってのフィナーレ、重奏&紙吹雪はめっちゃあがったので、キャストの実力×曲×演出がぴったりとハマればめっちゃよくなるので幕末再演のあれは本当に惜しいと思ってしまった。
めっちゃ小池修一郎演出の一本ものにありがちな一幕の終わりの演出に似てたのは置いておいて。*3
あれはあれで美しい演出の型の一つ。



東京心覚の一幕見た後のこの感情、めっちゃ既視感あるなと思ったら新劇エヴァのQ見た時の感覚でした。
その時も結局は前作の破が好きで同じものを期待して行ったらぜんぜん違くてハァ?ってなったので結局は『自分が期待していた刀ミュじゃなかった為の身勝手な愚痴』ですね。

主語を大きくすると怒られますが初日は小劇場作品とか歴史・考察好きな人はすごくはまるのかな。と思っていたけど東京心覚は刀ミュのどこが好きなのか、何に魅力を感じていたのかその種類によって評価が分かれるような気がする。
私がテニミュ生まれ宝塚育ちというガチガチなスター制度、エンタメに全振りした舞台で生きてたせいも絶対にある。



余談
これの下書きを大まかに書いた後に新劇のシンエヴァを見てきてそれまでエヴァQに感じた感情に落とし前をつけることが出来たし、初日より2回目の方が受け入れられたので今の自分にはNot for meでもいつかこの舞台の意味や意義を理解出来る時が来たり大好きな作品の1つなることもあるのかなとふと思った。

それが凱旋公演なのか数年後なのか、刀ミュが終わる時なのか(そもそも刀ミュはちゃんと終わってくれるのか)は知らんけど。


ってそういうことを言うと複数回観ないと消化できない舞台って?それを前提に作るなよ、とかもう一人の私が言ってくるんだけどさ。

*1:回転する舞台機構

*2:体感なのでもっと短いかも、めっちゃ長く感じた

*3:連れて行った友人も言ってた

刀ステに思い入れがない人がみた天伝





※うっすらストーリーと演出に関するネタバレしてるかもしれない

思い入れがない、は決して悪い意味でなくすごい熱意を持っている人たちに比べて、というだけなので気にしないで下さい。
なんなら私は刀ミュは好きだけどゲーム刀剣乱舞に対してあまり思い入れがなく、

サービス開始から登録してるのに直近でログインしたのは大演練の63振貰える時と東京心覚のゲーム先行位。
あまりにゲームやってなくて原作の刀剣男士のボイスや原作立ち絵よりミュの俳優の声や顔の方が馴染みがあるようになってしまった。


刀ミュにハマってから舞台版もあるらしい、そっちは制作会社が別で話が重い、しんどいらしいといわれているの位しか知らなくて、いつか観に行きたいと思ってたんだけど最速が円盤先行、チケットがとりにくいということでハードルが高く、

コンテンツデビューはできるなら生観劇がよかったのでやっと一昨年維伝 赤坂ACTで初観劇しました。
前知識だけさらっと入れていったんだけどちゃんと面白かった。

 

そして自粛期間の5月に無料配信があったのでせっかくだからと虚伝~慈伝まで観ました。
個人的に好みだったのは虚伝とジョ伝で特に好きなのは
虚伝主軸となる織田信長の正体が分からないまま幕を降ろすところ。
ジョ伝→タイムパラドックスものってやっぱりおもろい。バタフライエフェクトとかカメ止めみたい。

確かに面白いな〜とは思ったけど私は俳優から深みにハマっていくタイプなのでハマるまではいけず、多分今後も1回は観に行こうかなと思ってました。
科白劇行けなかったから来年は行きたいな、かいちゃん*1も歌仙和田さんも出るし。


まず天伝を観る前にステアラでの観劇が初めてで事前周りから駅の周りに何も無い、座席が回転するから酔う、トイレが大行列等など言われてるのを聞いて気になってたけど駅回りビルはあるし日曜行ったから開いてないけど新豊洲市場もあるし。
トイレも近くない、というか舞台慣れしてしまって幕間休憩にもほぼいかないので開演前に行けば全然問題なかった。


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幕観て1番の感想が想像以上に舞台の奥行が無い!
劇団新幹線の髑髏城を映像で観た時には気にならなかったけど普通の劇場の半分も無いんじゃ?

それを横幅とスクリーンの映像に奥行きを持たせることで補ってる感じ。
因みに開演前どの位の舞台の広さで展開されるのか分からず150度位1面スクリーンだったので草食動物並の視野を求められてるのかと思った。
※だいたい1場面1セット90度くらいの4分割だった(当たり前)
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幕はそれがとても顕著で、特に大阪城内の階段なんてここで殺陣やるなんて正気か、と思ったけどそれを補う横広のスクリーンと本来幕前であるスクリーン前芝居なんだろうなー

.....ってずっと舞台の奥行に思いを馳せてたら2幕で7振がステアラ最大限に広い八百屋舞台にスポットライトが当たったやつが映える映える。めちゃくちゃかっこよかった。歌舞伎みたいに拍手切りたくなっちゃった。

舞台は緩急が大事なんだね。


その後一人一人の見せ場殺陣をやっていくんだけどあの可動式の台は殺陣を立体的に見せるための補助的な役割をになってるんだろうな。
横の動きは体力だけど縦はどうしても身体能力に寄るところがあり、今回の刀剣俳優ではれおくん、さっくん、尚弥くんが抜けてるかな。

それを補うにはセットを作る必要があるんだけどセットを作ると可動範囲が狭くなるからあの時動く台になったんだろうと想像する。

主要キャストと同年代なのでこの舞台を11公演ないし2公演、3ヶ月続けるって本当に尊敬。
あと普段宝塚ばっかり見てるので、2.5次元の舞台観る度同じ事言ってる気がするけど殺陣の重厚感だったり、ダンスの力強さ見るとしみじみ外部の舞台見てるな〜って思ってしまう。


終盤刀ステで真剣必殺の姿が出てくるのすっかり忘れてたので、出てきた瞬間めちゃくちゃ動揺した。特に清光。
松田凌さんを初めて見たんだけど凄く不思議な人。

生々しくてとても人間っぽいのにちゃんと加州清光だった。

あと私観劇後初めて知ったんだけど刀ステはカラコンしてない時としてる時があるんですね。

1度目見た時はたぶん清光がカラコンをしていて、また観たいと2度目行った時はカラコンをしていなかったんだけど、白目の演技が映えるので私はカラコン無しの方が好きだな、きっと映像に残るのはカラコンアリなんだろうけど。

清光が家康と対峙した時の白目がめちゃくちゃ良くて、2回目の記憶をほぼそこに持ってかれた。


本田礼生さんは生ではエーステ、映像はチアステとテニミュ位しか見た事が無いんですが声からして憑依型の役者なんだろうな。

一幕ラストの秀頼と一期一振がいい芝居するんだよな。
会話めちゃくちゃ良かったな。芝居もそうだけどさ。



エンタメ重視で舞台を見てしまう身としては今回の刀ステ何が1番良かったってラスト付近で1回転しながら殺陣し出すので血湧き肉躍った。興奮しすぎて死ぬかと思った。

末満さんの舞台は答え合わせをしている気分になるんだけどわかってくれる人いないかな。
ちゃんとパーツがハマる感じがして観ていて気持ちいい。


2回ステアラを経験してみて座席回転のせいじゃなくてスクリーンの視点移動のせいかと。
幸い私は三半規管が強いので何ともなかったけれど、USJのハリポタアトラクションのような画面移動を多用するので3Dで酔いやすい人は本当にダメなんだと思う。


私が刀ミュファンだからどうしても比べてしまうんだけど、刀ミュがハッキリと刀と人間の境界線を引いているのに対して刀ステはすごく人間に近く刀を書くなと思いました。

そして刀に刻まれた記憶をとても大切にするなと。


一期一振に秀頼がお前は何者なのか、って聞く場面があるんだけど、一期一振は兄、と答えるのね、でも兄って弟が居ないと存在していないわけで、兄でなければ何なのか、と聞かれて答えられない一期一振に弟たちがお前をお前たらしめてくれる。

他人が自分を自分たらしめてくれる。ってすごく哲学というか演劇的だなと。

舞台だってそうで、どの役で演じていようが観客がその役だと思って見なければ演劇は成り立たないわけでその事も相まって感心しきりでした。

途中でも書いたけど思い入れがないと言いつつ1回目の観終わった後ローチケのチケット状況見たよね。
そして行けるスケジュール確認して2月のチケット足しちゃったんだよね、16000円を。帝劇レミゼより高いチケットを。
自粛以降家計管理にハマって前まで考え無しに買っていたチケット代に本当にこの金額の分の価値はあるのか考えて日々金勘定してる自分にとってはびっくりなこと...。
无伝もとりあえず4月は取って面白かったらまた増やそうと思います。
このコロナ禍で唯一の良かったこと=どこも席や日程に拘らなければチケットが取れること。。。

都内在勤の一人暮らしで周りも類友ということもあり普通に観劇行ってる人ばかりなので(勿論ご飯もお茶もしないでほぼ直行直帰)感覚麻痺するけど、エンタメ業界の友人に聞くと当たり前だけど全体的に券売はめちゃくちゃ落ちてるし多分私も実家住まいだったら止められたのかなとも思うし。
私のしてる事は反社会的なのかもしれないけど国から中止を要請されない限り、舞台がやってる限り、そして自分の体調が良好である限りチケットを買って足を運ぼうと思う。


とりあえず行く気はあるので早くレミゼのキャスケと花組東宝の公演スケジュール出してください。

*1:七海ひろきさん

いままでのこと


ずっと書いてなかったので簡単に20208月から212月までのことを振り返ってみる。

それぞれの舞台の感想は気が向いたら書こうかな。



8月宝塚がクラスターの為中止に、贔屓の心情を察ししんどい日々を送る。

中止が発表された日私は観劇予定無かったんだけど友人は宝塚に向かう電車の中や空港に向かうタクシーの中で中止の発表を知ったらしい...

花組の穴を双騎とかヒプステ、エーステの2.5次元で埋める。


9月双騎と花組の為に兵庫へ。

無事花組大劇場公演と双騎神戸公演の千秋楽を見届ける。

エーステライブにも行ったり、1回だけ銀河劇場で中止前の天狼傅観たり。


10月初日が中止になった時はドキッとしたけど双騎再演に狂いアンフィ通い。


11月あんまり記憶ない。


12Switch買う。ゼルダピクミンにどハマりし時間を溶かす。

2020年の観劇本数は数年ぶりに100には届かず。


1月音曲祭と花組がまさかの日程ど被りで家と有明と有楽町を往復する。

終盤に見た刀ステがめちゃくちゃ良かったので1回の予定が追いチケしてしまった。


2月仕事が忙しい。

宝塚観たりヒプステ観たり、ぼちぼち観劇生活



明らか自粛以降家計管理にハマって財布の紐が固くなった。

観劇は趣味なのでお金は使うけど本当に観たいのか、観ようとしてる公演は本当にチケット代の価値はあるのかとか考えるようになって、複数枚チケット持ってたやつは通えないな、と判断したらリセールしたりしてた。


毎年100本観てるとどう計算しても使う金額は3桁は最低いっていて、界隈だと当たり前もしくは少ない方なんだけど雑誌のお金特集やインスタとか見てると普通に考えて趣味に3桁以上かけるのって少数なんだよね。


2021年の目標は本当に行きたいと思う公演、数を見極めること。

とりあえず前半は丸かぶりの花組レミゼのスケジュールをなんとかする。


阪急は花組東宝のスケジュールを、東宝レミゼのキャスケを早く出して欲しい。

帰ってきた

 

待ちに待った柚香光さんの大劇場トップお披露目公演初日から1週間。

 

毎日初日の中継録画をひたすら見つつ余韻が残る中でこのブログを書いています。

 

長いようでいてあっという間、というのは語弊があるけどもう3月から6月までの記憶が薄すぎてそう感じてしまっている。

その間のスケジュール帳を確認しても中止になった公演を二重線で消している以外はほぼ白紙に等しく、実際は本当に長かった、長かったよ。

 

 

まずは忘備録的に宝塚の2月末から宝塚大劇場初日再開までの発表を時系列で。

※劇団のニュースリンクが切れていたので、日刊スポーツのリンク参照

 

2/27 2/29~3/8までの全公演中止を発表

www.nikkansports.com

3/6 星組9日(千秋楽)、雪組10日~公演再開を発表

www.nikkansports.com

3/11 雪組12~19日まで再中止

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3/18 公演再開を22日に延期

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3/21 花組初日を3/27に変更

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3/22 雪組千秋楽1日だけ再開

3/25 3月末まで公演中止

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3/30 4/12まで中止期間を延長

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4/7 宝塚歌劇全公演当面の間中止

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4/9 中止期間を6月末まで延長、同時に現在発表されているトップの退団時期を延期に

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6/15 花組大劇場初日が7/17に決まる。

www.nikkansports.com

 

7/17 花組大劇場公演初日

 

特に3月下旬の発表が怒涛すぎてまとめているだけで当時のことを思い出して胃が痛くなりました。

朝夕夜と劇団のニュースページをひたすら更新して一喜一憂し、1度も舞台を観たこと無いであろう外部の人に叩かれ、実際私はこの期間めちゃくちゃに病んでいた。

 

 

公式に発表されてるだけで花組の初日が3/13→3/22→3/27→7/17に変わってるけど、ふわっとした延期発表の時にも発表されてからでは手遅れになる可能性があるので初日を予想しホテルや飛行機を押さえたりチケットの譲渡を水面下で探したり勝手に心を消耗してた。

 3/25の発表があった時点でこれ当分上演出来ないなーというのは分かったので辞めましたが......

何としても大劇場、東宝の千秋楽だけはやらせたかったんだなというのはわかった。

 

それからしばらく配信やスカステとかも観る気になれなくて、7月とか言ってても結局延期になるのかな〜とうっすら思いつつ自粛期間をほぼ在宅勤務で過ごし、迎えた6/15の発表。

とりあえずホテルだけはと思いすぐ押さえました。*1

 

発表時点で初日まで約1ヶ月、その後チケットの申込が始まっても公演をするという実感が全く持てず、じわじわ湧いてきたのが1週間前、飛行機を取ったのも前日だった。

 

実際に公演出来るかは当日幕が上がるまで分からない、というのはそれまでにあった中止公演から学んでおり伊丹空港から宝塚に着くまでも3/20に帝劇SHOCKの当日中止告知を見ながらリトショ初日観劇の為日比谷に向かっていた時を思い出していた。

 

 

館内は事前の動画で見た通りガイドラインに合わせて感染予防対策をされていて、新宿の舞台の件でかなり敏感になっていた所もあるけれどこれでかかったらもうしょうがないな、と納得出来るレベル。

特にモニターに顔を合わせて瞬時に体温を測る機械は空港で見たものとほぼ同じで宝塚ひいては阪急阪神東宝グループの資金力......

このコロナで選挙同様エンタメも3ばん(看板・地盤・鞄)があると安心が違うなというのはひしひしと感じて ました。宝塚、ジャニーズ、LDHしかり。

何より持ち劇場、専属の劇団員っていうのが外部の延期公演のスケジュール再調整の難しさを見てると何よりも強みなんだろうなと。

 

そして劇場ロビーに入ってまた別の方向で感動したんですが、少し歩くだけで見たことある顔に出会う。

こんな状況の中しかも平日昼間の公演に有給取って来る人なんてガチ勢中のガチ勢しかいない。劇場なんて不特定多数の集まる場所なのに、ひいてはここは兵庫なのに!ここは日比谷かと勘違いしてしまうくらいいつもいる人で構成されてたと思う。

 

オケピの音合わせすらなく、1席飛ばしの千鳥配席もあってずっと静まり返った劇場。

トップの挨拶より先に組長さんのご挨拶で始まった。

『4か月にわたり公演を中止して参りました。その間たくさんの温かいご声援を頂いたこと、心から感謝申し上げます。』 

 どうしてもバッシングが目立つ中で、そういった再開を待つファンの声もちゃんと届いていた事が純粋に嬉しかった。そしてその挨拶に呼応するような拍手は客席半減なのに満員の劇場と遜色なく、その劇場を満たすような拍手も数ヶ月ぶりに体感するもので始まってもいないのに鳥肌が立った。

もうその挨拶から涙腺にじんわりきてたけど続く花組トップとしての挨拶、いつもの定型文に加わった

『皆様にお会い出来る日を心待ちにしておりました。』

 という言葉。

その場で吹き込んでいるような高揚したような優しい声色は本人の持っている暖かな人間味に溢れていて、その時だけは花組トップ柚香光ではなく、私の好きなれいちゃんそのものだった。*2

 

そこからもう駄目で、泣くだろうな〜とは思ってたけどそんなレベルじゃなかった。

 

無事にお披露目公演の幕が開いた安心感、

本当にまた宝塚が観れるんだという喜び、

今まで自粛を強いられていた舞台のこと、

日々の生活の不安に至るまで今までずっと堪えていた感情がぶわっと湧き出してしまいマスクの下で嗚咽を堪えて泣いた。

 

自分でもなんで泣いてるのか分からないくらい涙が止まらなかった

 

私は普段感情の波がほぼ無いのでこんなに感情を全面に出して泣けることに自分でもすごく戸惑ってて、嗚咽を堪えるために顔はくしゃくしゃだしオペラは曇るし、目の周りに塗った色は全部取れた。

 

プロローグでせり上がりでピンスポを浴び、贔屓が拍手に包まれる。テーマソングに合わせて送られる手拍子。

その光景をきっと私はずっと忘れないと思う。

 

2017年初演を観ている身としては散々見てきた公演であり、自分の中では2017年で綺麗に終わったものだと思っていたので再演には正直すごく複雑だった。

短いトップ生活の作品の1本を再演で消化してしまうのか……という思いが強くて。

でも幕が空いたらそんなの吹っ飛ぶ位、作品の力と同じ役だからこそ柚香さんの少尉に惹かれてしまい、今ではこの作品をお披露目公演として上演できることが出来て本当に良かったと思います。

私ははいからさんが通るの中で「風の誓い」という曲が初演から大好きなのでその曲がかかる度に涙腺を刺激されてました。

 

作品自体の感想はまた次の機会に書くとして、フィナーレの黒燕尾はずーっと鳥肌、今まで明日海さんのいた位置に柚香さんが立ってる、逆三角の頂点にいる。

柚香さんが花組のトップスターになったことは散々、もう嫌というほど分かっていたけれど、私はその時に本当にトップなんだと視覚的に理解できました。

プレお披露目であるDANCE OLYMPIAを見ていたけれどやっぱり大劇場の大階段の0番はもうどの劇場も比でないほどトップスターが映える。

 

挨拶も、作中もフィナーレも大羽根で登場もうっすらと泣くだろうなーというポイントは自分でも分かっていたしその通りだったんですが、まさかパレードに泣かされるとは思ってなかった。

あのテーマソングのアレンジイントロがかかった瞬間、挨拶の時のような思いがせりあがってきてここでも嗚咽。

いつも通りではない生活の中で、宝塚のお約束としていつも通りに始まったパレード、今までの当たり前にあったものが今ではこんなに尊く、キラキラと輝いて見えるなんて。

何より音くりすちゃんのエトワールがとんでもなかった。本当に好き。めちゃ可愛い。

 

最期終演後の挨拶の順番をフライングするというほのぼのエピソード?でふわふわしてまうのはなんか流石だな~らしいなーと申し訳ないけど思ってしまったよ。

新公時代から校長先生か!!と突っ込みたくなるようなガチガチの挨拶か、和やかな笑いに包まれる挨拶しかない気がするんだけどそんなところも好きなんだよなぁ。盲目オタクだわ。

 

フィナーレの人数を制限したとはいえ、外部の舞台や刀ステ観てると舞台上は密だなぁ、という思いは捨てきれない。普通に抱きしめてるし濃厚接触あるしw

 前に言っているように専属の劇団員、しかもムラという社会でほぼ隔離されたような生活を送っているのと首都圏在住で不特定多数と関わりのある仕事では全く状況が違うのだけど。

たぶん外の人と接触しないよう言われてるだろうし......と思ったら日刊紙面でも言及されてましたね。

www.nikkansports.com

6月上旬から固めたガイドラインには、各組組長をはじめ、自宅で自主稽古を続けた生徒から自発的に意見が出たという。「家族、生徒同士でも2名以上で食事をしない-などは、生徒からの申し出もあった」などと明かした。 

稽古場やスカステの番組を見ても対策をされているようで、あくまで舞台上の必要な演出については例外としているようです。 

 

 これは本当に本当にファンのエゴですが、トップお披露目という1度しかないあの瞬間を満員の劇場、3000人超の拍手で迎えてあげたかったし、こんな宝塚の再開公演の先陣を斬るという大役、色々な激重感情が入り交じったものでなく純粋にトップお披露目だけを祝いたかった、喜びたかった。

...と思ってたんだけど実際舞台を観て贔屓の顔を見たらそんな思いぜんぶ昇華されてしまった。

実際に自分が舞台を観れたこと以上に、贔屓が笑って舞台に立っている。その事に何よりの喜びを感じた。やっぱり舞台に立つ贔屓が一番好きだ。

  

  

『宝塚に歌劇が帰ってきた』

という花組初日翌日の日刊スポーツ(関西版)の一面コピーは本当に愛があって素敵だなぁ......

 

初日の前、阪急電車の窓から大劇場が見えた時、私はここに帰ってきたんだと思った。

言っておきますが私は東日本出身、ムラに来るのも年数回くらい、来たのも1年振りくらい。

 

 

それでも帰ってきたって思ってしまった。

お帰り宝塚、そしてただいま宝塚。

 

 

私は8月のチケットも持ってはいますが、現在の状況から次の公演は観れないかもしれないという覚悟で初日から1回1回観劇に挑んでいました。

終演後の挨拶でも千秋楽とは言わず、1週間後、2週間後もお元気で、という言葉にもしかしたら千秋楽を迎えられないかもしれないという思いが生徒にもあるんだなということと、上演に対して並々ならない覚悟を感じました。

今はただ花組公演が無事千秋楽まで上演出来ますよう、そして贔屓が健やかでいられるよう祈っています。

 

その覚悟を無駄にしないように、私は次の観劇に備え自粛と予防を徹底します。

 

*1:皆考えることは同じで市内のホテルの予約ほぼ当日で取れなくなっていた......

*2:※この挨拶は初日、2日目限定で3日目からはちゃんと花組トップ柚香光の挨拶になってましたw

行ってみたいな静かの海のパライソに。

ミュージカル刀剣乱舞 静かの海のパライソ 思いがけず早い千秋楽になってしまったけど東京公演を観劇してのあくまで個人の感想を自分の忘備録として残しておきます。

 

※ネタバレ有り、しかも断片的で観てないとあまり理解できないのでなので観てない人は見ない方がいいです......

 

 

前提として6振りの中では演じている俳優も含めて鶴丸推しなのですごーく偏ってるんだけど、

初日終わってみてまず思ったのが、よくこの座組でこれやろうと思ったな!!!!ってことです。

あと全体的に1部のアンサンブルの役割が殺陣やダンスより演技やコーラスの比重が重くなって、今までより音楽と殺陣と芝居の境界をあまり感じずミュージカルとしての流れがとてもスムーズに感じた。

 

パンフレットの茅野さんの話にもあったけど、刀ミュ自体葵咲本紀で1つの区切りを迎えて、初心に立ち返ってトライアルのように一から積み上げていく、そのスタートをあえてこの若い座組に任せるって。。。

その座長を任されたのが三日月と対で描かれる鶴丸、岡宮君なんだけど、葵咲本紀、歌合せを経て元々すごく器用だと思っていたけど、相変わらず安定してる。

これはずっと思ってるんだけど岡宮君メンタルが強い。役の比重や周囲の期待によるプレッシャーもあると思うのにそれを気負った様子がない。

もちろん内々で何を考えてるかはわからないけど、それを外に出してこないのがマジで芸能人向きのメンタルしてると思います。

全体を通して茅野さんに「正解をすぐに求めようとしなくていい。」と言われたようにまだまだ変化していく素養は感じられたので、今後の公演を経ての進化がすごく楽しみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全体の大まかなあらすじとして、パライソや編成から予想されていたように今回は島原の乱の時代が舞台となり、天草四郎が時間遡行軍に殺されてしまったので、鶴丸(と日向君、浦島君)が天草四郎に成り代わって山田江模索(島原の乱唯一の生き残り)に協力して歴史を正史に修正していく刀ミュでいうみほとせ方式を取っている。

島原の乱を知っているともう鶴丸が自分が天草四郎で歴史を修正すると言った時点で結末見えてくるやつ。

 

刀剣男士が来たときには1万人くらいしか一揆軍がいないので3人が四郎になって各地で正史通り3万7千人の一揆軍を集めるんだけど、その3万7千人皆殺しにする集めているわけなのでその時点でなかなか辛い。

その一揆軍を集めるための合言葉として「パライソ」が使われてるけど、今公演ではパライソが本当にその本来の意味であるキリシタンの意味する天国の意味から離れて概念化してるんだよね。

作中でも言われているように島原の乱一揆軍はけっしてキリシタンだけの一揆ではなく、百姓の不満であったり豊臣の旗印をもとに立ち上がったり、鶴丸いわく黒と白にはっきりと分けることは出来ない、戦ってそういう事だと、分かってはいるけれど白黒分かれない脚本を書くって結構骨のいることだったり、舞台としてまとめるのが大変なので御笠ノさんはそういうところ上手いし、ちゃんと2.5次元舞台を舞台として向き合ってるんだなと感じられる。

単一して正義と悪を書かない、という隠れた歴史の寄り添う立場であること、弱者や敗者の物語を書くこと、それが今語るべき物語とはっきりとパンフレットで語られているので、御笠ノさん、茅野さんが刀ミュにいる限りは今後このスタンスを貫いていってくれるんでしょう。

 

その中でも鶴丸の歴史への寄り添い方が一方的に肩を持つような寄り添いになっていないところがまた良いなと思う。

歴史的に皆殺しにされた一揆軍が被害者、というのはもう疑いようがないんだけど、農民が税を払えない時には蓑を巻いて蓑踊りをさせるんだって、残酷だー!と一揆軍がいかに不遇か、可哀そうか訴える浦島君に対して「見たことはあるのかい?」って聞いたりするのはそのあとで語られる歴史の真実・事実という話にもつながっていくし、

一揆に参加しないという理由で殺された人たち、異教徒だと理由で寺を焼かれた描写含め歴史に記されなかった奥の奥の数字でしか見れない人も救いあげる気概を感じました。

 

そして今回は特に刀剣男士は人じゃないんだな、思わせてくれるセリフの数々がグサグサと刺さってくるんだよ。。

特に四郎の死体を運び出そうとする右衛門作に対して「それはただのものだ」という鶴丸、劇中曲でインフェルノ(地獄)とパライソ(天国)の境目、正義と悪の境界線を教えてください、という歌詞があるんだけど刀剣男士的に刀剣男士はモノ、死体もモノ、であるならそれこそヒト、とモノの境界線ってどうなってるんだ?

 

あと鶴丸がすべてが終わった後に言う「俺たちは流した血に学ぶしかないんだ」ってメタメタ刀っぽい考え方じゃないです?(まぁ刀なんだけど)

 

あと地味にゾクっときたのが、今回の編成の6振りの中では刀としても若く人間にとても肩入れしている感じの浦島君がパライソが天国のことだと知った後にパライソを信じている人を「気の毒な人たち」って言い放つことだよなー!

回を重ねるごとにあそこがざらっと心に引っかかるようになってきて怖さすら感じました。

 

あと今回の鶴丸は死後にパライソがあるなんてちっとも思ってなさそうなところが特に好きです。。。

 

 

タイトルの「静かの海」というのはまあ予想されていた通り月にある静かの海にかかっていたんだけど、鶴丸の話す月にあるという「静かの海」には波も風もなく足跡も残る。

大海の波が正史なら語られない、残されなかった歴史は砂浜についた足跡のようなもので、波に流され消えてしまうという比喩もあると思うんだけど、そもそも波が起こる要因の1つに月の引力であることにもかかっているんだろうか。

 

「真実なんてどーだっていい」っていう鶴丸もね、大事なのは事実、事実とは正史だと思うんだけど、鶴丸という役を理解し落とし込むのはすごくむずかしい。

物語における演技って表情、言葉、心のうちが必ずしも一致しなくてよいものなんだけど、鶴丸は特にその3つが直結していないと言うか、噛みあっていない役なので受け取り方によって全然違う解釈になると思うし、演じるのもかなり骨のいる作業なんじゃないかと思います。

 

 久々ストレートに通って楽しい!!と思える舞台でチケット頑張ったかいがあったなぁ。。。と思ったんだけどこんな状況だから再開を待つしかないのがもどかしい。

 

今回東京公演を経て思ったことを書いてるけど、きっとすべてが終わった頃にはまた違うことを思うんでしょう。

特に舞台はナマモノと言われるようにその時、1公演1公演違うし舞台の正解はそれぞれの舞台上にしかないと思っているので、自分の中で初日、中日、千秋楽で解釈が違ってくるなんてザラにあるし、人によって解釈が違うのは当たり前なんだな。

 

でも今回の散見されるパライソを地獄とか救いがない、絶望の物語と言うのは違う気がしていて.....

確かにどうしても結末を知っていると重い話ではあるんだけど、とても救いと望みのある話だと思います。

だからこそ私は今回の舞台も刀ミュも好きなんだと思わせてくれる。

刀剣男士の紅白、CDTV出演に寄せて

 

間もなく紅白歌合戦が始まりますね!

刀剣男士の紅白歌合戦CDTV出演についてなんとなーく思ったこと書いてきたいと思います。

私は出演決定の際には刀ミュの存在は知っていても作品すら見たことなかったので新規がなんか言ってるなーと流し読みでもしてください。

 

 

刀剣男士の出演が決まった時、まだ未履修の私は凄いなーと思うと共に正直「あーまた何も知らない外野から馬鹿にされるんだろうなー」と思ってしまった。

2.5次元ミュージカルという言葉は以前より浸透してきたとは思うけれど、現状今の2.5次元がコンテンツの1つとして一般人に受け入れられる土壌はまだ育っていないと思うからだ。

なによりその嘲笑に似た雰囲気や批判を矢面から受けるのも出演するキャストである。私にはそれが一番耐えられない。

応援している私たちをキモイと叩くのは100歩譲っても良い、けれど懸命にステージに立つ彼らを馬鹿にしていい玩具として扱われるのはとても心が痛む。

私にとって好きなものを否定されるのは自分自身の存在を否定されることに等しいからだ。

 

でも【受け入れられる土壌】が出来て出演できるのはいつなんだ?【受け入れられる土壌】というのはいつ育つのか?と聞かれると、今が育てている最中なんだろうなー

今回の紅白、CDTV出演も結果でなく【2.5次元ミュージカルがサブカルチャーでなく1つのコンテンツとして受け入れられる】過程の一つとして考えられるのかなーと。

 

日本人口1億2000万、紅白の視聴率30%として3600万人が見ている計算、その中でもしも1万人に1人でも興味を持って劇場に来てくれるなら3600人、1000人に1人なら36000人、アリーナクラスなら余裕で埋められる。

そんなに劇場に来てくれる人がいるとは考えられないけど、目に触れる機会が無いとワンチャンすら生まれない。

 

仕事をしていると宣伝、広告というのは本当に重要でお金をかけてでも人の目に触れさせるというのは何よりも優先すべき事なんだなーと丸がいくつも並ぶ広告の見積もりを見ていて思う。

今では仕事より私生活よりなにより劇場に通う事を優先している私も元々舞台もテニミュも宝塚も昔は嫌いというかバカにしていた方だった。

そんな私が観劇沼に転がり落ちたのも、まだマイナーだったニコニコ動画テニミュに出会ったのがきっかけだった。

 

 

現状日本の観劇人口は全人口に対し1%位と言われていて、今はそのわずかなパイを奪うような状態になっている。人口減少が進んでいるので観劇人口はますます減るし、演劇は基本劇場で上演するので、今はライブビューイングもメジャーになったものの市場はTV・動画コンテンツよりもずっと狭くなる。
劇場が集中している銀座日比谷界隈にいるとほぼ同志しか居ないので完全に麻痺するんだけど、遠征先で他のアーティストの公演(ジャニーズとか)とぶつかると舞台ってマイナー趣味だなと感じることがあって。
これだけ娯楽の増えた今の時代で、先細りせずに新規顧客層を広げていくにはとにかく目に触れる機会を増やしていくのが大切なのかなーと。

演出も進化してプロジェクションマッピングを使った映像演出とか大人数の舞台最近多いけど、あれだけのものを用意するのにどれだけ予算が必要か。。。

実際に舞台だけでは採算が取れずグッズやLVに頼っている公演沢山ありますほんと。

ジャンルは違いますが、東宝ミュージカルも『芝居をしている間になんでいきなり歌うの?』状態から今ではFNS常連になって受け入れられつつあるし。*1

 

色々うだうだ考えていたんだけど、リハーサル風景とかいろんなメディアで刀剣男士を見るとやっぱり上がるし、演じるキャストが出演決定含めリハーサルに至るまで、本当に楽しそうに報告してくれるのが何よりうれしい。

 

ともかく紅白も、CDTVも今後出られるか、そして出られたとしても今のキャストで出られるとは限らないのでせっかくなら今の祭状態を楽しんでいきたい!!

 

『踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々』by阿波踊り

 

とりあえず朝5時まで出演は読めないので買い出し行ってきます!!

*1:※これはハリウッドのミュージカル映画も影響としてあるだろうけど