ゆーすけのブログ

思いつき小説

「“縁”?」

「そうだ、この一連の流れを総称して“縁”と呼んでいる。まあ一般的には運と呼ばれているので、そちらのほうがイメージが湧くだろう」

 私は少なからずこの運に関しての話に興味がでたので質問をしてみた。 

「この“縁”というものは“情け"と”感謝”のふたつが行われないと発生しないのですか?」

「その通り。例えば“情け"を与える相手が拒否したらそこで“縁”は成立しない。また“情け”を与えた人間が自分のところにきた“感謝"を受け取らない場合も縁にはならない」

「なるほど。“縁”が成立しない場合は当然のことながら他人にも連鎖しないですよね。」

フリィップ氏はさも当然という風にかぶりをふった。考えてみれば、条件を満たしていないので当然のことだ。

「また“縁”の力は介在する人間が多ければ多いほど、その力は増長する。そしてスピードも早まる」


 要約すると“縁”は他人に何らかの働きかけをすることで、その力が自分に返ってくると、そしてその力は他者にも及び、連鎖すればするほど強くなるというものだ。
  「君は欲しいか?このチカラを」
 一瞬、時間が止まったかと思った。何を言い出すのだこの人は?
 「そうですね、ただこの作用はもらうものなんですか?どちらかというと運命論の話かと思ってましたが」
「私がたんに君に運命論を説いてどうなる?ただでさえ忙しいこの時期にそんな話をするためだけに君を呼ぶか?」
  確かに、フリィップ氏は世界的大富豪にしてフリィップグループの総帥、たかが極東の一会社員に説教を垂れるのは自然ではない。
 しかし、話が抽象的すぎて私には何がなんだかわからない。この話がどう取引と関係あるというのか。
 「わかった。簡潔に言おう。この忌々しい能力を君に譲る」
「能力とは今説明した“縁”の能力を使えば使うほど強化できる能力だ。つまり君の見返りは君次第で何十倍にも何百倍にも増える。そしてまた見返りの速度も早くなる」
  フリィップ氏はおもむろに指で例の黒服を呼びよせた。
 「こういうのは見せたほうが話が早い。
今から私はとある国のとある地域に募金をする。もちろん善意でだ。場所、どこにするか、君が選んでくれ」
「わ、私ですか、そんな大事なことは」
フリィップ氏は眉毛で睨めつけるようにこちらを眺めた。無言の圧力、その雰囲気はまるで冷風をあてられているかのようで力強く、強引だ。
 「わかりました、では国を愛するものとして日本でお願いします」
 「いい選択だ。海外だと募金がなされたかどうか確認しづらいからな。では福島に私はポケットマネーで一億ドル募金する。確認してくれ」
 黒服が持つノートPC画面では確かに送金されましたと記載がある。NPO法人地方自治体、地元企業など複数に募金したようだ。
 やわら、けたたましい電子音が鳴り響く。
 「フリィップ様、例の子会社の上場成功により新株の価値が五十億ドルになりました」
 ほんの数分のことだ。私はフリィップ氏の募金を確認した、その後に上場成功の連絡、もちろんこれを偶然と見なすことも出来るが。
「わかりづらいだろうが、こういうことだ。他人に情けを送ると何らかの作用が働き返ってくる。今の場合は五十倍の見返りだったな」
 「・・・」
「まあ今の話が仮にやらせだとしても、君にとっては何のデメリットもないだろ?むしろ私が変人だという情報が手に入るわけだからプラスか」
 「いえ、そのような意味ではなく、あまりに私の想像の範疇を超えているためなかなか飲み込めていません。つまりは・・・」
 そうフリィップ氏は私に何を望んでいるのか、すべてはそこに帰結する。
 「実はこの能力を獲得するには犠牲を払わなくてはならない。まず現在健康な人間が能力を手に入れる代わりに慢性的な持病を受け入れること、これがこの能力獲得の条件だ」
「なるほど、ところでフリィップさんはこの能力を渡したいとおっしゃりました。とするとフリィップさんはこの能力を失い、私にこの能力が移ると考えてよろしいですか?」
「ああ、その通りだ。この契約が成立すれば私はこの能力を失う。そしてまた私の持病もじきに回復に向かう。あくまで能力とセットの病気だからな」
「どの病気に罹患するか検討をつけることは可能ですか?」
「もちろん、リン来なさい」
 アジア系スレンダー美人が涼しくしかし凛とした態度で私の目の前に歩み寄って来た。
「この、リンは私のメディカルサポートをしてくれるドクターだ。君がかかりそうな持病をリストアップしてくれた。見るかな?」
  私はこの時不安に襲われた。まるでがん患者ががん宣告を受けるような、受け入れ難い恐怖感、絶望、そういった感情がミキサーに入れたようにバラバラになり私の心は混乱し始めた。
 「やはり、聞くのはやめます。私は病気と知ったら何をするかわかりません。それほど精神力は強くないので」
 フリィップ氏はリンと目配せしながら、何か悟られていたかのように平然と構えていた。その余裕はいったいどういうことなのか全くわからない。
「では、改めて聞こう。君は今説明したことは理解したか?」
「はい、理解はしました」
「この能力を引き受けるか?」
「・・・」
「10秒やろう。10秒以内に返答がない場合はこの取引はなかったことに」
 この瞬間私に選択肢はなかったとだけ弁明しておこう。会社からのフリィップ氏に近づけという厳命から見てももう返事は決まっている。それはさも当然のような、鮮やかなイエスだった。
「グット!取引成立だ!君は私の能力を引き継いだ。あとは君次第だ。どう使うかは自由。使わない選択肢もある。ただ、使ってみて判断してみるといい」  
「わかりました」
 「私はしばらく日本にいる。情けとして君のサポート役を二人つけよう。先ほどのドクターのリン、トラブルシューターのウィルだ」
 例のハンサムと美人が私の目の前に立ち握手を求めて来た。ハンサムの方は気さくでニコニコしている。一方の美人は必要最低限の挨拶をこなすとふたたび椅子に座り始めた。
 「今日の取引は以上だ。長い間付き合ってくれてありがとう。私は肩の荷が降りた。感謝してる」
フリィップ氏は安堵の表情を浮かべながら、静かな口調でそういった。

窓の外はすっかり暗闇に包まれ、宝石のような煌びやかな夜景が語りかけてくる。まるで生命の輝きのような強い光。
今私が飲んでいるシャンパンの淡い輝きはそれに比べると儚い。
そうしてフリィップ氏との会談は食事をしながら幕を閉じた。
一抹の不安は決して消えてくれなかった。
 


能力

「君とある取引がしたい」

 ひとしきりの雑談を終えたあと、フリィップ氏はこう持ちかけてきた。

 雑談の内容は家族関係のことから、友人関係の話、そしてとりわけ突っ込まれたのは、私の病気に関する話だ。

「今まで過去に重大な病を患ったことがあるか?」

「手術の経験はあるか?」

「家族でうつ病統合失調症等の精神疾患にかかったことがある人がいるか?」

 これらはほんの一部だが、概ねそういった類の質問をされた。

 私は健康だけが取り柄といってよいほど病気とは無縁の人間だ。健康診断では常に問題なし。虫歯の一本すらない。もちろん答えはすべて、いいえ。

 フリィップ氏は隣にいる例の美人と目配せし、その美人はなにやら一心不乱にパソコンに入力している。

  また例のハンサムもこちらを見ながら微笑をたたえ直立不動を維持している。

 「取引ですか?」

 「そう、取引だ。それも君との個人的な取引」

 「つまりビジネスではないと、フリィップさんと私の直接取引ですか?」

 「いかにも。君は運についてどれくらい信じているか?」

 「運ですか?それは運の存在は否定してはいませんが、運の良し悪しは解釈によるのでは?」

 「そう、運とは不確実性が伴うものでコントロール出来ないもの、また天から降ってくるようなもので非常に曖昧なもの。一般的にはそういう解釈だろう」

フリィップ氏は碧眼を光らせながら静かな口調でそういった。

「ええ、私もそう思います」

「これから話す内容はやや荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、よく聞いてくれ」

 そしてフリィップ氏は紙とペンを持ち出しなにやら書き始めた。

 「日本では古くからの諺に“情けは人のためならず”という諺があるね?」

 「ええ、他人にいい行ないをすれば巡り巡って、自分にいいことが返ってくる、そういう意味でしたね」

 フリィップ氏は紙に自分と書きその周りに円を書いた。そして同じく他人と書きその周りに円を書いた。

 そして自分から他人の間に矢印を書きその上に“情け”書いた。

「この一方向の流れを“情け”と呼ぶ」

 私はとりあえずフリィップ氏の話を全部聞こうと集中していた。

 フリィップ氏はふたたび円をランダムを書き始め、その円の中に他者と書き始めた。そして今度はビリヤードが玉突きを起こすように直接を書きそれらを連鎖させるように繋げていった。

 「こういう一連の流れで“情け”は連鎖する」

 そして今度は始めの自分というところに直接を繋げた。その直接の上に今度は“感謝”と書いた。

「そして最終的には自分に帰ってくる。これが運のシステムなのだが、ここでは“縁”と呼ぶ」


取引

  気づいたら自室のベッドの上にいた。部屋の明かりは全くなく、エアコンすら点いてない。真っ暗の自室は静寂に包まれている。

「あれ?何故ウチにいるんだ? 」

  いったいどうなってるんだ?

  慌てて、携帯に手を伸ばす。

  ディスプレイをみた瞬間、あっと声をあげそうになった。

  携帯のディスプレイには日曜日、二十二時と表示されていた。金曜日から丸二日経っている。

  混乱の渦に巻き込まれた。

  なんとか金曜日からの記憶を思い出す必要がある。しかし、頭を働かせても全く思い出せない。

  おもむろに立ち上がり、自室の中をウロウロウロウロして頭を抱えながら歩き回った。何かめぼしいメモでもないかと鞄の中を漁ったり、机の引き出しを開けたりだしたりした。

  しかし、肝心の金曜日の情報は見つからなかった。そこでスケジュール帳を開き予定を確認した。

「そうだ、フリィップス氏と面談した、それは覚えてる。フリィップス氏との会話の内容が思い出せない。

何故だ?」

  こんな時に身体全体から空腹欲求のサインが送られてきた。それもとてつもない食欲が。

 「とりあえず腹ごしらえしよう」

 カップ麺の包装紙を剥がし、熱湯を入れようとしたが、やかんが見当たらない。棚をいろいろと漁り探しまわっているその時、棚に思い切り頭をぶつけた。

 「いってぇー」

 次の瞬間、まるでフラッシュバックのように金曜日の面談を思い出した。それはまるでPCの電源がオンになるかのように。

「思い出した、私は取引をしたのだった」

  そう、取引である。それはまさに悪魔の取引だ。


  私は取引で、ある能力を手に入れた。ただし病気を処方されることと引き換えに……

いざ、ゆかん。

   フリィップ氏との対談は来週の金曜日に決まった。世界的不動産グループの会長と直で話せる機会などそうそうない。金曜日の対談いかんによっては我が社の今後の展望にかかわってくる。つまり私は我が社の重責をひとりで抱えることになる。
  フリィップ氏は健康問題について話合おうとおっしゃっていた。そこで私は健康に関する本を神保町まで行き買いあさり、徹底的に読みまくることにした。
  病理学、薬学、栄養学、各種スポーツ理論から、セラピー、果ては東洋医学まで。
  もちろん日常業務としてのルート営業もあったが、そこはこの前失態を犯した後輩の野々村に回らせることとした。少々荷が勝ちすぎるところはあったが、それなりの負荷を与えなければ下は伸びない。
「先輩のルート僕がやるんですか?」
  流石の野々村もこれには血の気が引いたようだ。
「そうだ、君にもそろそろ適切な負荷を与えないとね、将来我が社の次期エースとして活躍してもらうのだから。」
   わずかに野々村の顔が気色ばんだのは見逃さなかった。まあわりかし単純だよな。
「じゃあ最低限のサポートと引き継ぎはお願いしますね。」
「あと、せめてもの情けとして、法人営業部二部の佐々木さんの下で動いてもらうから」
「佐々木さん?!ウチのエースの佐々木さんですか?」
「そうそう、彼女には話を通してあるから、挨拶に言ってこいよ」
「それはもう!じゃあ早速言って来ます!」

  ゆかり、いや佐々木と野々村は案外相性いいと思うからまあ大丈夫だろ。

  ルート営業がなくなってからというもの健康関連の知識はかなり吸収されてきた。これならばどんな話題が来てもある程度は返すことが出来そうだ。

  面談の三日前、一通の手紙、それはフリィップ氏の側近からだった。
“Dear, George takeda

この度は御多忙にもかかわらす、対談のオファーを受けていただきありがとうございます。今回フリィップもこの対談を楽しみにしております。お互いに是非有意義な時間を過ごせますことをご期待しております。
唐突ですが、貴殿は持病等をお持ちでしょうか?もし持病をお持ちでないなら、返信不要です。持病のお持ちの場合は持病の詳細を返信していただきたい。
この質問は今回の対談で必要不可欠になるためお伺いさせていただいた次第です。
では、当日お会い出来るのを楽しみにしております。 

                                                 Sincerely”
  その他面談の場所、日付、地図が書かれた用紙が書かれた紙が一枚。
ウェリントンホテル東京、一三××号室”

「もっとフランクな会談だと思っていたが、案外気合いが入っているな。付け焼き刃の知識で大丈夫か?それとも何か狙いがあるとか?」

まあいいだろう、今日は水曜日。定時で上がれる。早くダラダラしよう。

であっという間の金曜日到来。
「なんとしても、フリィップ氏と懇意になるんだ。わかってるよな?このことは重役ならびに社長たっての希望だ」
「はい、わかってますよ。というか課長こそ大袈裟じゃないですか?ただ対談するだけですよ?」
  ヤバイ、これは説教スイッチ入れてしまった。
  案の定、課長の顔色がみるみる変わって行くのがわかる。総務課の女の子クスクス笑ってるし。
「とにかく万全をきして早めにでます、言ってきます」

  こうして、フリィップ氏のいるウェリントンホテルへと私は向かった。        電車の中手紙に書いてあった病気の有無の意味をひたすら考えていた。どうして病気の有無など聞いてくるのか?仮に病気を持っていたらどうなるのか?向こうの狙いは何か?

  考えて考えあぐねたうちにいつの間にか、最寄り駅について慌てて飛び降りる。
  ウェリントンホテルは外資系の超一流ホテルであり、まさに超高層ホテルと呼ぶにふさわしい。まず自分の給料では来れないだろうなとか無駄なことを考えながら、フリィップ氏の待つ部屋へ受付で通してもらう。

  美しいシャンデリア、身体を包み込むソファー、手入れのいきとどった観葉植物、そこで待つこと10分。

   ハリウッド俳優顔負けの美男子がこちらに向かってくる。
「武田譲二さんですか?」
  完璧な日本語で話かけられややパニックになりながらもなんとか同意する。
「ようこそ、わざわざお越しいただきありがとうございます!では早速ですが、お部屋にご案内致します」
  身長はゆうに180cmを超える、短髪、ブロンド、ブルーアイ、仕立ていいスーツはバーニーズかブルックスブラザーズあたり?紺スーツが憎いほど似合っている。痩せ型ではあるが、適度に筋肉はついてそうだ。
「失礼ですが、携帯電話は電源をお切りください、それとICレコーダーの類がありましたらお預かりします」
ICレコーダーは持ってなかった、携帯電話をOFFにした。
「ありがとうございます。ではこちらの部屋になります。どうぞ」
   部屋に入るとすぐ正面にフリィップ氏がニコニコしながら立ち上がり迎えてくれた。
「よく来てくれたね、楽しみにしてたよ」
「こちらこそ、お時間いただき恐縮です」 
「まあリラックスしていこうか、コーヒーでもどうだ?」
「ありがとうございます、いただきます」
  そこへ、今度はアジア系スレンダー美人がコーヒーを持ってきた。日本人?中国人?とにかくこの人もその辺の女優が裸足で逃げるほどの美人には違いなかった。

今思うと私はここで帰るべきだったのだ。
今でも自分の判断が悔やまれる。もしこの時帰っていれば、今ごろどうなっていたのだろう?

接点

  外資系超高級ホテルの会場を借り切ってそのパーティは行われていた。
  エントランスからの雰囲気からして違う。まさに非日常の体現。目を見張るような調度品の数々とさながら摩天楼のような外観、一流のスタッフとまるで自分との格差を思い知らされるようだ。
  早くも帰りたくなった。
  憂鬱が音をたててやってくる。

  そもそもこのパーティは日本のお偉いさん方が主催する日米企業間交流が表向きの目的ではあるが、いってみればなんてことはないロビー活動的な要素の強いなんでもありのパーティだ。

テレビでしか見たことがない大物政治家、財界人、起業家、果てはアーティスト、文化人、芸能人etc.
とんだ場違いだ、しかし、男のくせに壁の花になるわけにはいかない。なんとしてもフリィップ氏に近づかなければ。

まずはフリィップ氏を見つける必要がある。
彼の外観的特徴は資料にて目に穴があくほど確かめた。

しかしいない。どこにも。
この時ばかりは流石に焦る。この夜景もシャンデリアもシャンパンも用はない。
私はフィリップ氏に会いに来たのだ。

少し抵抗があったが近くにいた人物に話かけてみることにした。
「フィリップ氏ですね、あの人はだいたい遅れてくるんです。でもいつもスピーチをするからわかると思いますよ」
ありがとう、との矢先に名刺交換。サラリーマンの習わし。

結局壁の花状態になってるところで半ば諦めたところにフィリップ氏は登場した。

「みなさま、このたびお忙しい中お集まりいただきありがとうこざいます。今回フィリップグループ会長のフィリップ・ゲラーさまから一言いただけるようです。ではみなさまご静聴よろしくお願いします」

 やっとおでましですか、待ちわびてましたよ。

  生でみるフィリップ氏は小柄ながら、威厳と優しさを兼ね備えていて、僧侶のような落ちつきでありながらエネルギーの塊のようであった。

  スピーチの内容は日米の交流に飽き足らずこれからは発展途上国をみなさまのお力でどんどん発展のサポートをしていきましょうという、極めてシンプルなモノだった。

  こうして要約だけすると味気ないが、フィリップ氏は3分に一回笑いを入れて来たり、かと思えばビジネスの話になったり、日本のどこが好きかを話したりと、非常に多岐にわたる。
  特筆すべき点はスピーチの技量もさることながら、彼は技術だけではなく、感情を操り伝えてる点にあるだろう。まるで会場全体が彼の言葉によって揺れ動くようなそんな印象を受けた。

  その後フィリップ氏の周りは黒山の人だかり、もちろん一流の人間が彼の周りに集まっている。
「この中に割って入るのはどうしたらいいだろうか?」

  しかし、何も解決策が浮かばないままひたすら待つことにした。いつかは人も減るだろうと淡い期待を寄せながら。

  壁の花、もちろん私は男性なので花にもならないが仕方ない待つしかないんだ。

  人がひとりふたりといなくなり、フィリップ氏の周りにも人がいなくなっていった。

「今がチャンスだな。」 

フィリップ氏の元へと一直線、ふかふかの絨毯を踏みしめながら、彼のもとへ。

すぐ目の前にあのフィリップ氏がいた。
意思の強そうな眼に、知識人のような柔和な雰囲気、そして、圧倒的なオーラ。
目が合う。私の第一声は、
「先ほどのスピーチ、大変勉強になりました。特に発展途上国にもチャンスをというところは感銘を受けました」
「ありがとう、私は本来こういうパーティは好きじゃない。ここにある食事、会場費、人件費、その他もろもろのかかったお金を貧しき人々に送るほうがよっぽど有益だと思ってるくらいだからね」
「ところで、君名前は?」
「失礼しました、芝電機工業の武田譲二と申します」

その後は、「会話の達人」たるフィリップ氏の巧みな会話によって私はかなり気持ちよく話せた。確かプロフィールには日本語多少と書かれていたが、ほぼネィティブの日本語に近い。会話の引き出しは豊富、適度に自分の話をして飽きさせない。相手の話もちゃんと聞く。

そんなこんなで、パーティはお開きになった。
「フィリップさん、今日は貴重なお時間ありがとうございました」 
「そんなことは気にするな、こちらこそ楽しかったよ」
「ところで、君は健康問題について興味があるか?」
「はい、まあそれなりにはあります。自分のことですから」 
「君さえ良かったら今度是非健康問題について話合おう」
「はい、それは喜んで!」

  一応フィリップ氏との対談は上々に終わった。これなら課長も文句は言わないだろう。
  次の約束まで取り付けたわけだから。

「フィリップ氏と次の約束をこぎつけた?そりゃあでかした。よくやった。」 

まさかあの社内では鬼軍曹と呼ばれる課長に褒められるとは、この時ばかりは自分で自分を褒めてもいい気分だった。

確認

  その日は金曜日だった。得意先回りを終えた私は大手コーヒーチェーンにて一服していた。その日は例のパーティに出席する予定だった。もう一度、件の人物のプロフィールをチェックする。
「すごい大物の担当になってしまったな…」
  そのファイルには柔和ながらも、眼光の鋭い品のいい老人がいた。
  フリィップ・ゲラー、64歳、男性、ユダヤ系アメリカ人、不動産会社フリィップグループの創立者にして現会長。中古車セールスマンから一代にして、ショッピングチェーン、ホテル、倉庫事業、アウトレット等の不動産コングリマリットを創り上げる。
つまり、典型的なアメリカ的成り上がり。
離婚歴、犯罪歴なし、配偶者死別、子供なし。日本語、中国語多少。フロリダ在住。大の日本好き。
別名「会話の達人」、「セールスのマエストロ」

  そこで、私は先日課長に言われたことを思い出した。
「今回、彼の来日の目的は何だと思う?」
「さあ、フリィップグループの日本進出の視察ですか?」
「もちろん、それもある。近年の日本のアウトレット事業は目を見張るものがある」
「では他に意図があると?」
「それなんだが、どうやら彼は引退を考えてるようだ。そこで、フリィップグループの次期後継者を探していると」
「なるほど、そのパーティで次期後継者の発表があるとそういうことですね」
  課長は不敵な微笑を浮かべて言った。
「しかし次期後継者の発表があるのはいつかはわからん。一年後かも知れないし、来週かも知れない。そこでだ、その発表の前に彼に気に入られろ」
「次期後継者の発表の前に彼に近づき、次期後継者を紹介してもらうと解釈してよろしいですか?」
「我が社の北米事業は今競合他社との争いもあって相当苦しい立場にある。特にエレベーター事業部、君だって少しはわかってるだろ?」
まあ、それはね、わかってますとも。
「フリィップグループと我が社のエレベーター事業部がもし取引段階まで持ち込めたら、我が社の北米事業部も少しは展望が見えてくる。だから次期後継者に近づくために、フリィップ氏に気に入られろ」

  本来、30代の一社員がこのような仕事がまわってくるはずがない。せめて役員か社長クラスの人間がいくべきだろう。そう抗弁したらあっさり

「業務命令だ、やれ」

そうですか、私のような不良中年社員でいいんですか、やれやれ。

「あと、君にはサポートで君の後輩の野々村をつける。二人でなんとかやるんだ」

少しは安心した、元気溌剌の明るい野々村がいれば少しは糸口が見つかるかな。
と思った矢先

「先輩、ごめんなさい。今日立て込んでまして厳しいです…本当に申し訳ありません」

「……」
もちろんこのあと説教したのは言うまでもない。というわけで一人で行くことになった。徒手空拳。

さあどうなることやら。


現状

「水曜日はノー残業デー!なんという素晴らしきひびき!」

そう、今日は水曜日だ。

ウチの会社では運がいいことに水曜日はノー残業デーである。


個人的には金曜日の夜よりも水曜日の方が大事だ。だって中日はダレる。これがなかったら金曜までもたない。

 ウチの会社は港区にある機械メーカーだ。一応BtoBで手堅く稼いでる老舗中堅企業である。

  そこの法人営業を担当してる。仕事はそこそこ。稼ぎもそこそこ。

  大学新卒時にあの大変な就職活動をくぐり抜けなんとか潜りこんだ。 

  たまたま好景気だったこともあり、講義にもめったにでない留年スレスレの不良学生だったが、運良く入ることが出来た。

  新卒で入社し、今年で八年になる。

 人生逃げ切りタイプの私にはうってつけ。なんとなあく、ぼんやりとした社風が私にマッチしてる。


  九時十七時というわけにはいかないけれど、二十二時までには帰れる。

  帰ったら私の至高の時間、ネットサーフィンやりながらダラダラダラダラ。


  これでいいんだ。まさに王道スタイル。お布団万歳、スウェット万歳、ビール万歳である。

  独身男の一人暮らし、笑うんなら笑ってくれ。

  なんとなあく先延ばし、考えてるのは今日が早く終わること。つまり生きるってこういうことだろ?

 



 貴重な水曜日が終わり、憂鬱な木曜日がやってくる。


 乗車率二百パーセントの田園都市線に乗り、渋谷から銀座線へ、新橋まで憂鬱な密室。考えてるのは今日の布団のこと。それとルート営業も少し。


「先輩!おはようございます!」

「ああ、おはよう、いつも元気だなー。」


  この至って元気のいい私の後輩、自分と真逆にいるから何かと気が合う。自分にもってないもの持ってるからかもしれない。とにかく気を使って何でも話してくれる。いいやつには違いない。


「そういえば昨日課長が先輩探してましたよ、先輩が帰ったあとに尋ねてきました。」

「課長が?何だろう?要件は聞いてないよね?」

「聞いてませんよ。直接確認したらどうですか?」

「うん、そうだね…」


  この時頭を巡っていたのは、めんどくさい。またよくわからない新規事業を任せられるのだろうか、もしくはダメだしだろうか。とにかく憂鬱にうなだれそうになりながらも課長に聞かなければと一応理性を働かせる。


「あるパーティに行ってこい、そしてこの人物に近づけ」


ああ、なるほど、営業ですか。


「何故私にいかせるんですか?ウチにはエースがいるじゃないですか?」


「ん、ああ、それはだな、えーと」


  要するにエースはこの仕事やる暇がないと、で、暇そうな私に巡って来たとそういうことだ。

 課長から渡されたファイルを押し戻し断われたらどんなに楽か、この時ばかりはサラリーマンの宿命を呪った。