「乳と卵」川上未映子

乳と卵

乳と卵

それから自分の背丈を越えた柱のような巨大な赤鉛筆を抱えて、さらに巨大な紙に、大きなしるしをつけてゆかなければならないというような心象がたちこめて、重さだるさに意識がねっとりと沈んでゆくなか、生きていく更新が音もなく繰り返される。

緑子、ほんまのことって、ほんまのことってね、みんなほんまのことってあると思うでしょ、絶対にものごとには、ほんまのことがあるのやって、みんなそう思うでしょ、でも緑子な、ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで。


10/100

「犯人に告ぐ」雫井脩介

犯人に告ぐ〈上〉 (双葉文庫)

犯人に告ぐ〈上〉 (双葉文庫)

「あなたは刑事の血を知らない。思い上がりではなく、正直に言ってるだけです。これは紛れもなく私の捜査です」

「正義は必ずお前をねじ伏せる。いつかは分からない。おそらく正義は突然、お前の目の前に現れるだろう。首を洗ってそのときを待っていろ。以上だ」

私の感想
9/100

「奇術師」クリストファー・プリースト

 チンの有名な金魚鉢は、突然の謎めいた出現にそなえ、手品実演中、ずっとチンとともにあったのだ。その存在は、観客から巧みに隠されていた。チンは身に着けているゆるやかな中国服の下に金魚鉢を隠し、両膝ではさみ、ショーの最後にみごとな、一見したところ奇跡としか思えない取りだし芸をおこなう用意をしていたのだ。観客のだれも、そんなふうにその手品が演じられていたとは想像だにできぬだろう。すこしでも論理的に考えれば、謎は解けたはずなのだが。
 しかし、論理は不思議にも論理自体と衝突したのである!重たい金魚鉢を隠すことができる唯一の場所は、中国服の下なのだが、それでもそれは論理的に不可能だった。チン・リンフーがきゃしゃな体をしているのはだれの目にも明らかで、実演中ずっと足を痛そうにひきずっていた。ショーの最後に頭を下げると、アシスタントにもたれかかり、ひきずられるように舞台から下がっていくのがつねだった。
 現実はまったくことなっていた。チンは非常に体力のある健康な男であり、余裕綽々で金魚鉢を膝ではさんでいたのだ。そうだとしても、金魚鉢の大きさと形のせいで、歩く際に纏足された中国人のようによちよち歩きをせざるをえなかった。その歩き方は手品のタネを明かしてしまう危険性があった。移動する際に関心を集めてしまうからだ。秘密を守るため、チンは生涯足をひきずって歩いた。いかなるときも、自宅や往来でも、昼も夜も、秘密がばれないように普通の足取りで歩くことはけっしてなかった。
 これこそ、魔法使いの役を演じる人間の性質というものである。

私の感想

8/100