怠惰に創作

細々と小説の様なものを創作しています。設定など思い付いたように変更しますので、ご容赦ください。

犬を連れた独裁者 FILE4

皇居周辺での首都内防衛隊とクーデター軍との戦闘、「皇居の戦い」が注目されている「サロス帝暗殺事件」であるが、当然ながら他の場所でも戦闘は行われている。

クーデター軍の一部が皇居目指して攻め寄せる中、地下第1階層の行政区画と地下第2階層の軍行政区画に、それぞれにクーデター軍が重要施設を占拠しようと動いていた。皇居襲撃部隊は、それらのための囮であったのだ。彼らは重武装であったものの、首都内防衛軍並びに宮廷警護連隊を相手にするには兵力不足であり、囮と捉えるのが妥当との事だ。

皇居の戦いは戦闘が激しく注目度は高いのだが、クーデター軍の目的はあくまでも地下1階や2階の重要施設の占拠であるとの見解がなされている。しかし、重要施設を占拠したとして、其の後クーデター軍だけで維持する事が出来たのかと言う疑問もある。ただ、そこには所謂「陰の協力者」と呼ばれる者たちが大勢いるものだ。貴族や政治家、官僚や軍人、彼らは事が成せばクーデター軍に協力して表に出て来るが、失敗すれば我関せずを決め込む日和見主義者である。そう言った者たちも上手く抱き込まないとクーデターなんて起こせないだろう。

今回の場合で言えば、それはアガレス大公とその派閥である。何回も言ってるがヴァサーゴ大公家とはライバル関係にあり、彼を権力の座から引きずり落と虎視眈々と狙っていた。

彼の派閥は皇国貴族内で最も大きい派閥で、此処がクーデター側についたとなれば勢いもついただろう。結局、クーデターは失敗してアガレス大公派はヴァサーゴ大公派に追及されたが、知らぬ存ぜぬを貫き通している。

話を戻してその首都地下区画での戦闘だが、クーデター軍による各地での軍事行動はそれらを実質的に守って居た憲兵隊を大いに混乱させた。サロス暗殺以降、憲兵隊本部には各所からの通報が相次ぎ、非番の憲兵隊員も駆り出されて対応に当たっているが、各所での軍事行動と囮となるテロが頻発して、その対応に火の車だったようだ。そのため戦闘が始まって1時間もしないうちに、行政の中心である議事堂を占拠されてしまうほど憲兵隊は後手後手に回っていた。

因みに憲兵隊以外の軍人は何をしているのかと言うと、主に避難するかクーデター軍に捕らえられて人質になるかの2択だったようだ。それを聞くと情けなく聞こえるかもしれないが、軍行政区画で武装しているのは憲兵隊くらいで、他の軍人たちは拳銃すら携帯していない。と言うか、皇国では銃刀規制法で銃や刃物、それに準ずる危険物を携帯する事を禁じられているのだ。憲兵隊も普段は銃を携帯しておらず、テロやクーデターなどの重大事件でも起きない限り武装許可は下りない。

但し、「武門(軍事)」貴族のみ刀剣の携帯が許されている。武門貴族とは、近衛士官や貴族出身の国防軍士官の事で、彼らはステータスとして刀剣の携帯が許可されているのだ。しかし、ムカついたという理由でそれらを抜刀して人を殺傷することは禁じられている。ただの飾りとも言えるが、貴族としての身分を表す証明書と言った処だろう。

では、一般的に軍隊と聞いてイメージする実働部隊は何処にいるかと言うと、彼らは都市とは別の各所に点在する基地に駐留している。軍行政区画に居る軍人は専ら「官僚軍人」と呼ばれる軍務省勤務の軍人だ。

序に言うと、各基地の地上軍はクーデターが起こった際は、ネクロベルガーから待機命令を受けていて動いてはいない。これはクーデター軍に内通している部隊がいるかもしれないという考えからの処置だろう。それに国防軍の部隊が首都にわんさか来ても混乱するだけだろう。

話を戻して地上での戦闘ではあるが、前にも言った通り東部方面守備群の活躍もあってクーデター軍の予測よりも早く皇居襲撃部隊との戦闘が決してしまったため、此処から彼らによる反撃が行われる事になる。

まず地上での戦闘終結直後に、首都内防衛軍は近衛軍麾下から一時的にネクロベルガーの指揮下に入り、地上を宮廷警護連隊に任せて地下1階の憲兵隊の救援に向かう。行政区画では、議事堂内にいた職員や下院議員たちが人質になっていたので憲兵隊が手を出せずにいたのを、首都内防衛軍は突撃を敢行して瞬く間に議事堂内のクーデター軍を鎮圧してしまった。と言うのも、王宮と議事堂は中央支柱を通ってエレベーターでつながっており、首都内防衛軍はそれを使って議事堂内部に踏み込んだのだ。

こんな事をクーデター側が見過ごしていたのかと、クーデター軍を間抜けの様に思われるかもしれない。勿論、クーデター側も皇居と議事堂を繋ぐ皇族専用エレベーターの存在は知っており、ちゃんと見張りを置いていたのだ。しかし、首都内防衛軍はそれとは別のルートで侵入したのである。

実は、中央支柱エレベーターには皇族専用と近衛軍用の2種類のエレベーターが存在して、皇族専用は頻繁に使われたので知っている者も多く、クーデター軍もそこを見張っていたのだが、近衛軍専用はその存在を秘匿されており、しかも使われたのが今回が初めてで、クーデター側はその存在を全く知らなかったと言われている。まぁ、知ってたらそこにも部隊を配置するわな。そのお陰で首都内防衛軍は容易に議事堂内に入り込む事が出来たと言う訳だ。

それに皇族専用は普通のエレベーターなので、兵員を運ぶに狭すぎて何度も往復しなければならなくなる。それに対して近衛軍専用は、正確な場所は秘匿されているが議事堂内に数か所存在し、一基につき数十人の兵員を運べる広さがあるらしい。

首都内防衛軍の襲撃に、議事堂に立てこもるクーデター軍はパニックに陥る。それはそうだろう。中央支柱エレベーターに近衛軍専用のエレベーターがある事など知らなかったし、彼らは議事堂を取り囲む憲兵隊に意識が向いていたのだ。背後から行き成り別の軍隊が来たとなれば驚かない訳がない。首都内防衛隊は大きな抵抗を受けることなく議事堂内のクーデター軍を鎮圧する事に成功し、人質も負傷の程度は有れど死者を出すこと無く救助している。

議事堂が開放されると一気に形勢は鎮圧軍側へと傾き、クーデター側からは投降者が続出して行く。程なくして、最期まで抵抗していた者達も首都内防衛軍や憲兵隊に鎮圧されてクーデターは終息したのだ。

その後、首都内防衛軍は近衛軍麾下へ戻る事なく、そのままネクロベルガーの指揮下に入り、翌月には「総帥警護連隊」と改名する事になる。

そういった経緯で編制された総帥護衛連隊は、事件の直後に失われた兵員の補充、人事などを経て再編されたものである。主な任務は首都内防衛軍時代とほぼ同じだが、そこに総帥警護の名が示す通りネクロベルガー総帥を護衛する任務も兼ねる事になる。

ネクロベルガーは、ゲーディア皇国国防軍総軍司令長官と言う肩書が示す通り国防軍の全権を握ってはいるものの、彼直属の部隊と言うものは所持していなかった。ここに来て初めて直属の部隊を得た事になる。

同連隊隊長は、皇居の戦いで窮地に立たされた南部方面守備群の救援で活躍した東部方面守備群指揮官の「エルリック・デュラン・ギーズ(当時大佐・194年現在中将)」が就任している。

総帥警護連隊は、首都内防衛軍時代には総指揮官である准将が居たのだが、彼は再編時の人事で移動となっている。この件について一説には准将はギーズ大佐が南部方面守備群の救援を具申した際、それを却下したから左遷されてたのでは? と言う憶測も流れている。

しかも、ギーズ大佐は若い頃はネクロベルガー総帥の父親であるドレイク・ネクロベルガー元帥の副官をしていた事もあり、ネクロベルガーとは何かと縁がある人物である。そのため総帥のコネで連隊長になったとの噂もあるらしいが、俺としては皇居の戦いでの活躍もあっての抜擢と思う。それに、ネクロベルガーとしても人となりを知っているギーズは信用できる人物だったと思う。やっぱり勝手知ったる何とやらだ。

ギーズ大佐は、その後准将に昇進して宇宙歴191年に総帥警護連隊から「皇国(総帥)親衛隊」へと改名されると、少将に昇進して同組織の最高司令長官の座に就く。

そしてギーズ長官の下、親衛隊は大きく躍進して行くことになる。

前にも言ったが、親衛隊と言うとエリート部隊のイメージが強いと思うのだが、皇国親衛隊に関してはそう言った色は薄い。ただ総帥への忠誠が彼らに求められる絶対条件である。しかし総帥を守る部隊という特別なイメージもあり、入隊者の中には、勝手にエリート意識を持つ者も多いそうだ。入隊のハードルの低さと、そういった特別感が相まって志願者が多く、急速に肥大化して行く。

今では兵力30万人以上の大組織になっていて、地上軍、宇宙軍に次ぐ第3の軍と呼ばれている。

では、ここからは親衛隊を構成している大まかな組織を紹介する。

先ずは親衛隊総司令部である。言わずと知れた親衛隊の総司令部である。親衛隊の全てを統括する部署で、初代最高司令長官はギーズ中将とその幕僚たちで構成されている。

総司令部の下に「親衛隊本部」「親衛隊情報本部」「親衛隊特別作戦本部」の3つの本部がある。

まず最初に(皇国)親衛隊本部だが、此方は親衛隊の様々な事務を行う部署であり、組織内には第1局(人事局)第2局(法務局)第3局(経済局)第4局(福祉局)第5局(医務局)第6局(登録局)などの部局があり、これらを管理・監督している。

続いて(皇国)親衛隊情報本部だが、此方は簡単に言ってしまえば親衛隊の諜報機関である。内部部局には「情報局」の他にも、あのマリア・ブルジューノ少尉が所属している「警察局」や、悪名高い秘密(政治)警察である「国家保安情報局」がある。

あと、国家保安情報局を調べていて驚いたのが、局長の次の地位である次長にあの「シュヴィッツァー」少佐の名があった。ネクロベルガーの命で、月に亡命していたノウァ帝を迎えに来たあのシュヴィッツァーだ。

フルネームを「アウロ・シュヴィッツァー」と言い、今は昇進して大佐になっていた。出世したもんだ。

そして最後に(皇国)親衛隊特別作戦本部である。此方は親衛隊の軍隊である。一瞬、何言ってんの親衛隊は軍隊だろうと思ったかもしれないが、親衛隊員は一般隊員と戦闘隊員と呼ばれる2種類に分かれていて、前者を一般に親衛隊と呼ぶのに対して、後者を「武装(戦闘)親衛隊」と呼んでいる。この武装親衛隊国防軍並みの兵器を装備した戦闘部隊であり、それを監督するのが親衛隊特別作戦本部である。

う~ん、通常の軍隊の参謀本部みたいなものなのかな?

武装親衛隊には、正規軍である皇国国防軍と同じように地上軍と宇宙艦隊がある。有事の際には近衛師団と共に首都ミシャンドラを防衛する任務に当たるのだ。

ではその武装親衛隊の中でもいくつかの部隊を紹介しよう。

まず最初に紹介するのは「護衛旅団」である。その名の通り規模的には一個旅団クラスの部隊で、ネクロベルガーが移動する際は必ずこの部隊も行動を共にするため別名「ネクロベルガー旅団」とも呼ばれている。

護衛旅団は、特別作戦本部の中で一般的な実働部隊とは別の警備局所属の部隊である。警備局は、要人護衛とその部隊である警護部隊の手配を主任務とした部局で、中でも特に重要な部隊が警護旅団と「第1警護(小)隊」である。

彼らは警護旅団と同じくネクロベルガーを警護する部隊なのだが、彼の周囲にぴったりと付いて回る、所謂ボディガード的な部隊である。人数も小隊と呼ばれるだけあって少人数で、何かあれば自らの身体を盾にしてでも総帥を守る者達で構成されている。その任務の特殊性から審査が可成り厳しいらしく、親衛隊内で最も入隊する事が難しい部隊と言われている。

因みに総帥警護連隊時代には「ガード隊」と呼ばれていた。

あと、おもしろい話に第1警護小隊のライバルが、ネクロベルガーの異名でもある「犬を連れた独裁者」の由来ともなった2匹のロボット犬、アドルとドルフだそうだ。あの2匹は最もネクロベルガーに近い存在だから嫉妬しているとか。同じ対象を守る存在としてライバル関係にあるそうだ。其処は‥‥‥まぁ良いか。

次に紹介するのが「第1親衛隊師団」である。此方は武装親衛隊の中でも精鋭中の精鋭と言われる部隊である。実戦経験がない部隊なので実際は如何か分からないと言った処だろうが、訓練などでの成績が優秀なんだろう‥‥‥多分。

他には宇宙艦隊があるが、これはネクロベルガーが移動する際に護衛艦隊として従事する艦隊である。一応、首都防衛艦隊と呼称はされているが、何方かと言えばネクロベルガーの座乗艦の護衛と言った処だ。

さて、親衛隊の事も大まかだが紹介したので、次はネクロベルガーについてもう少し深堀して行こうと思う。

 

続きを読む

犬を連れた独裁者 FILE3

ゲーディア皇国歴代皇帝の歴史取材をしている時から、ネクロベルガー総帥には興味があった。だから取材が打ち切りになったタイミングで暇を見ては色々と調べていた。

その中でも、ネクロベルガーと切っても切れない組織である「親衛隊」に付いては紹介して行こうと思う。

まぁ、親衛隊を本格的に調べる様になったのは、マリア・ブルジューノ捜査官に目を付けられたからなんだけどな。それは良いとして早速紹介して行こう。

ゲーディア皇国親衛隊。またはネクロベルガー親衛隊は、ネクロベルガー総帥や国の要人の警護と、皇国首都ミシャンドラ・シティ防衛を主任務とする軍事組織である。簡潔に言うとこの説明で事足りてしまうが、其れでは前々からちょくちょく言っている事と変わりがないので、前回よりは詳しくなるように解説したいと思う。

親衛隊は、元々「総帥警護連隊」と言うネクロベルガー個人を警護する私的な護衛部隊から始まったが、その前身は「ミシャンドラ・シティ(首都)内防衛軍」である。

首都内防衛軍は軍事政権下で近衛軍に代わり、首都内部の防衛を任務とした部隊だ。

彼らは宇宙歴181年にネクロベルガー総帥(当時元帥)の発案により組織された部隊であるが、元々首都内防衛軍構想は軍事政権下で提案されたのものである。目的は近衛軍の監視である。軍事政権の中心である北部方面軍が、クーデター時に貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんの寄せ集めと馬鹿にしていた近衛軍(特に宮廷警護(連)隊)が、思った以上に勇猛果敢に闘い善戦したことが理由である。要するに「此奴ら貴族の腑抜けとは違うぞ!」と思って警戒したって事だ。

但し、名目上は首都の防衛強化と言う事になっている。これは、クーデター時に首都内防衛を担っていた宮廷警護(連)隊が、クーデター軍の首都侵入に際して何もせずにただ皇居(王宮)の防衛に専念した事で、クーデター軍に呆気なく皇居以外の都市内部を制圧される事態を招いた事もあり、防衛強化と言う観点で宮廷警護隊以外に皇居敷地外の首都内部全体の防衛任務に当たる部隊の設立を考えたのだ。近衛軍の監視と首都の防衛の強化、このふたつを主な目的として軍事政権が発案したのが首都内防衛構想であり、それによって結成されたのが首都内防衛軍である。

しかし、軍事政権が結成当初から内部での対立や権力争いによってゴタゴタしてしまったために、結成は先送りされる事になる。結局、軍事政権がそのまま崩壊してしまった事で、首都内防衛構想は立ち消えとなってしまった。

因みに、首都内防衛構想が一向に実施されないのを良い事に、近衛軍が勝手に「皇都守備隊」と言う独自の部隊を組織して首都内部の防衛に当たらせている。

では、何故ネクロベルガーはその首都内防衛構想を復活させ実行したのか? これに付いてはイマイチ分かっていない。この構想をサロスに上申した際、当時の近衛軍長官のターゲルハルトに猛反対された。

当然と言えば当然な反応だ。ターゲルハルトからすれば近衛軍の縮小は自分の権力の縮小と言っていい。それを許すはずが無いのだ。それにチョコチョコ別組織が混じる事はあっても、ゲーディア皇国建国以来、首都の防衛を担って来たのは近衛軍であり、その伝統と言うかプライドがあるため、首都の防衛に関して国防軍に介入されたくないと言うのもあるのだろう。多分この件についてはターゲルハルト以外が近衛軍長官をしていたとしても反対していただろう。

結局の処、ネクロベルガーしか信用していないサロス帝の鶴の一声で首都内防衛軍は結成される事になるのだが、これによってネクロベルガーとターゲルハルトの確執が表面化したとも言える。

抑々、首都内防衛軍結成は軍事政権下で上がった話で、表面上の目的は兎も角、その最大の目的は近衛軍の監視だからだ。自分たちを監視し抑える部隊をワザワザ配置すること自体、近衛軍からしたら不満以外の何物でもないだろう。既に自分たちを監視しようとした軍事政権が既に崩壊して失われているにも拘らず、国防軍による首都内部の防衛部隊など必要ないはずである。この時点で既に首都内防衛のために皇都守備隊が近衛軍で結成されている。彼らに任せればいいのだ。それなのに何故ネクロベルガーは首都内防衛軍の結成をゴリ押ししたのか? 何故近衛軍と国防軍の対立を生む様な真似をワザワザしたのか? 大きな謎でもある。

謎の真相は兎も角、元々ネクロベルガーの事は気に入らなかったであろうターゲルハルトが、此処であからさまに敵視し出したのは言うまでもない。

対するネクロベルガーだが、彼がターゲルハルトを敵視している描写は無く、必要だからそうしたまでと言うスタンスで当たっていた様だ。感情的なターゲルハルトを内心見下していたかもしれない。政治に感情は不要とでも思っているのだろう‥‥‥多分。

とは言え、人間が政治を動かしている以上、感情は入るものだ。ネクロベルガーのやり方は否定はしないが、感情を入れないというやり方は他の人には無理があると思う。それにネクロベルガー自身も無表情で無感情なイメージはあるが、その冷徹な仮面の下には人間の感情が隠れていていても可笑しくない。もしかしたら何かしらの思惑により、首都内防衛軍結成させたと思う。顔に出ないだけで心の奥底には色々と計算があると俺は思う。多分。

さて、多分ばかりで埒が明かないので話を親衛隊に戻そう。とも思ったのだが、この際なので近衛軍に付いて軽~く説明しておこう。

近衛軍は皇族の警護や皇居のある首都の防衛を担っている軍隊である。真紅の軍服を身にまとい、位が上がるに従い金のモールやらマントなどの意匠が派手になり、士官に至ってはサーベルを帯刀しているなどチョット時代錯誤的な格好をしている。だけど見ている側とすれば見栄えもよく、カッコイイの一言に尽きる。正にロマンあふれる軍服と言ってもいいだろう。

一見すると、見た目重視の派手な軍装の軍隊と言った処だ。機能的に余り戦闘向きとは思えない軍隊でもある。そのため一部では「着飾ったお人形の衛兵」などと馬鹿にされてもいるようだ。

まぁ、別に近衛軍は積極的に戦場に出る訳ではないので大丈夫と言えば大丈夫なのだろうが、仮にも首都防衛を預かる軍隊なので、もうチョット‥‥‥あゝそうだ、士官は派手なのだが兵士となる戦士は普通の戦闘服らしい。一応赤い軍服もあるらしいのだが、それは式典用で普段は簡易的な戦闘服で居るらしい。士官と兵の軍服の格差が激しいのも近衛軍の特徴だ。もしかしたら戦闘になれば近衛士官も戦士(兵士)と同じような戦闘服に着替えるのかもしれないな。

そんな近衛軍の主な部隊には「宮廷警護隊」「近衛警察」「皇都守備隊」「近衛師団」「近衛艦隊」と、大きく分けて5つの部隊がある。

先ず最初に宮廷警護(連)隊であるが、彼らは皇帝やその家族である皇族の警護と皇居(王宮)内やその敷地内を警備する言わばエリート部隊である。

そして、宮廷警護隊の中でも特に優秀な者だけがなれるのが、皇帝や皇族個々人の専属ボディーガードである「皇室専属警護官」である。彼らは基本的に生粋の貴族出身の近衛士官から選ばれており、例え優秀であっても戦士や庶民出身の近衛士官からは選ばれる事は無く、武門系貴族にとっては大変名誉な職である。彼らに求められるのは、皇帝への忠節は勿論のこと、戦闘技術や状況判断力、高い学識や高貴な者としての教養なども要求される。さらに皇帝や皇族に気に入れられなくてはならないため、話術や容姿も重要な要素になっている。そのため彼らは「騎士の中の騎士」とも呼ばれている超エリートであり、皇帝・皇族ひとりに付き大体2~4人ほどが常時警護しており、何かあれば身を挺して要人を守るのが彼らの任務である。

因みに、皇室専属警護官は警護対象と同性と暗黙のルールがあったそうだ。正式では無かったので守っていたのは初代ウルギア帝くらいだったそうだが、何故そんなルールがあったかと言うと、まぁ、アレだな、ノウァ帝みたいなことにならない為だろうな。結局、正式な規定ではなかったため有耶無耶になってしまったと言う事だ。

特にサロスは、彼らの事も信用していなかったので、即位当初は高級娼婦に近衛士官の軍服を着させて周りに付かせていたとも言われていている。そんなので大丈夫か? とも思うかもしれないが、殆ど皇居の奥でヨロシクやっていたのでそれでよかったのだろう。どちらにせよ彼の在位後半では警護官に警護させていた様だ。しかも全員男性で、以外に暗黙のルールを守るタイプ? かも知れない。俺なんかは絶対女性士官を侍らせていたと思っていたので予想外だった。

ハッ、もしかしてそっちに目覚めた⁉ などと気持ち悪い妄想は辞めて次に行く。

次は宮廷内の事件や事故の調査・逮捕などの警察業務を担う「近衛警察」である。此方は宮廷警護隊と一部被る処もあり、しかも宮廷で事件など余り起こる筈も無く(起こったしても内々に処理される。まぁ、その処理を請け負っていたかもしれないが)、そのためこれと言った活躍は無く、専らパレードなどの警備に就く事が多いそうだ。そのため「着飾ったお人形の衛兵」と揶揄されるのは彼らだとも言える。

続いて皇居の敷地以外の首都内部の防衛を任務とする「皇都守備隊」である。この部隊は先ほど言った通り、首都内部に入り込んだ敵との交戦を主任務とした部隊である。主に皇居外の宇宙都市内での戦闘を主眼に置いているため過度な重武装はしておらず、戦闘車両も軽武装したものが配備されている。

首都の内部に敵が侵入した時点でアウトだろうと思うかもしれないが、まぁ、敵国の軍に当たると言うよりも、専らテロやクーデターなどの内乱に対する部隊と言ってよいだろう。先ほども言った通り、北部方面軍がクーデターを起こした際に皇居がクーデター軍に包囲される事態になった。其処で首都の防衛強化の一環で軍事政権が首都内防衛軍を結成するはずが、一向に結成されないため急遽近衛軍が組織した部隊である。

最後はミシャンドラ・シティ外での防衛を任務とした「近衛師団」と「近衛艦隊」である。近衛師団は地上軍3個師団あり、近衛艦隊の1個艦隊とともに首都に攻め寄せてくる敵を迎撃するのが主任務である。

因みに近衛艦隊は、皇帝や皇族が外遊を行う際の護衛艦隊にもなっている。

これが近衛軍の主な部隊である。その中で、皇都守備隊が首都内防衛軍と入れ替わったことで、皇国建国以来初めて近衛軍以外の部隊が首都を守る事になり、彼らのプライドを傷つけたとも言える。

一応、ネクロベルガーも近衛軍長官の任に就いていた時期があるため、彼らの思いも理解していただろうが、それでも国防軍に首都を守らせる事にこだわったのは何故だろうか? もしかして自身の影響がある部隊を置きたかったのだろうか。そこでふと思うのは、首都内防衛軍が後の親衛隊の基になったという事実だ。もしかしたらネクロベルガーは最初から親衛隊結成のために首都内防衛隊を組織したのでは無いだろうか、そう思うと彼の先見性が末恐ろしくもある。

ネクロベルガーにとってサロス暗殺も、その後の混乱とそれを収める首都内防衛軍の活躍も、予測していた事と言う事になる。そしてそのまま首都内防衛隊を親衛隊と言う自身の私兵に変えてしまったのだ。

う~ん、チョット飛躍し過ぎだろうか。結果論とも言えるし、何よりこれだとネクロベルガー陰謀論者のクエスと一緒になってしまう。それは嫌だ!

其れに首都内防衛隊は、サロスにべったり作戦を取ったターゲルハルトの頑張りもあってか、宇宙暦187年には近衛軍の麾下になっている。果たしてそこまで予測できたのだろうか?  下手をすると皇都守備隊として再編されてしまう恐れもある。一応、将兵国防軍のままで近衛軍の士官が指揮する様な人事の変更等は無かったものの、何時までもそのままだとは思えない。ゆくゆくは皇都守備隊が復活したかもしれない。そうなると、その前にサロスとターゲルハルトを‥‥‥とも考えられる。

いや駄目だな、また陰謀論に染まりそうになる。

歴史の事実として、首都内防衛隊は皇都守備隊に置き換わる事なく2年後の宇宙暦189年のサロス帝暗殺に伴う反サロス派との戦闘に突入して見事にこれを鎮圧している。そして首都内防衛隊は半年後に総帥警護連隊と名を改めるのだ。

此処では少し「サロス帝暗殺事件」について語ろう。

サロスが新しく出来た軍の施設へ視察に赴く途中で襲撃を受け、近衛長官ターゲルハルトと共に暗殺されてしまうと言う事件だ。

皇帝と近衛軍トップの同時暗殺により首都はパニックに陥り、その隙を突いて反乱軍が皇居を占拠しようと襲撃したと言うのが「サロス帝暗殺事件」の概要である。

因みにこの時ネクロベルガーも暗殺の対象だった様だが、彼は偶々遅刻して事件に巻き込まれる事が無かったのだ。だがこれもネクロベルガーがサロス暗殺の黒幕説を唱えるクエスの話では、暗殺計画を知っていてワザと遅れたと言う事らしい。

まぁ、証拠も根拠は無いが、根の葉も無い作り話とも思えないのが陰謀論の質が悪い所でもある。もしかしたらそうかもしれないと思えるんだよなぁ‥‥‥。

よく陰謀論を何故信じるのか? と思う人もいるようだが、それは陰謀論が物語だからだと言われている。人は物語りが好きで、そう言った構成で聞かせると信じやすいのだそうだ。

それに対して事件の調査報告書なるものは、調査で判明した事実のみを並べているだけで大方の人々にはつまらないものだ。人はつまらないものに興味を示さない。そこに興味を示したとしてもほんの僅かな人々だ。だが、そのほんの僅かな人の中に、その報告書の抜けている処や調査では分かりようもない事を勝手に想像してしまうのだ。これが陰謀論が生まれる経緯だと言われている。そうなるとただのつまらない資料が物語となって面白みを増し、人々に受け入れられると言う訳だ。

陰謀論に付いてはまたの機会にする事にして話を戻そう。

事件が起きたのは宇宙暦189年4月26日の事だ。10:00頃に、皇帝サロスは近衛長官ターゲルハルトと共に首都の地下第2階層のとある軍施設(場所は伏せられていて不明だが、リホームして新しくなった「士官学校」と言われている)への視察に向かう。

この時ネクロベルガーも同席するはずだったが、サロスに遅れると連絡があり、視察地の軍施設で合流する事になる。此処でひとつの疑問が出ている。ネクロベルガーはこの時一体何処にいたのかと言う事だ。

ネクロベルガーは軍の最高司令官なので、サロスたちが向かうミシャンドラ地下第2階層に居るのが普通である。地下第2階層は軍の中枢として機能しているからだ。しかしネクロベルガーはサロスが唯一信頼している人物なので、皇居の近くに屋敷を構えているのだ。此方にいたとしても不思議ではない。

それに付いては如何もどちらにもいなかったと言われている。理由は簡単で、もし地下第2層の軍事施設(司令部など)にいたのなら、わざわざ一緒に行かなくとも、初めから視察地の軍事施設で合流すればいいのだ。だかネクロベルガーはサロスと一緒に行く予定だった。司令部にいたのなら二度手間である。

そうなると、自身の屋敷にいた事になるのだが、ネクロベルガーの屋敷は皇居の隣にあり、サロス側から迎えをやって一緒に行けばいいのだ。遅れると言ってもそれほどスケジュールが圧していた訳でもない様なので、少し遅れてもネクロベルガーが来るのを待てば問題無かったはずである。

そうなると一体どこにいたのかともなる。公式には何も語られていないので、それも陰謀論者の格好の餌食になっている。隠れて反サロス派に指示を出していたのだと。

それが根も葉もない様に聞こえないんだよな。まぁ、何処にいたのか分からないのをいくら考えても埒が明かないので話を続ける。

皇居は、都市の中央に位置しており、地下の階層の中央柱と一体化しているので、地下階層の移動は皇居からエレベーターで降りる事が出来る。そのため地下階層への移動に関しては概ね安全なのだが、そこから視察地への移動は公用車で向かうため其処で襲撃を受けたわけだ。

襲撃時間は11:13と記録されている。宮廷警護連隊に守られながら高速道路で視察地に向かうサロス一行の目の前で、突然の爆発が起きて急ブレーキをかけた後、すぐさま引き返そうと車がバック仕掛けた時に、後方でも爆発が起きて身動きが取れなくなると、四方八方から武装集団がサロスたちを襲ったのだ。

すぐさま宮廷警護連隊と武装集団との間で銃撃戦が起き、憲兵隊本部に救援連絡が送られ、連絡を受けた憲兵隊本部は武装した憲兵隊を救援に向かわせている。

意外に思うかもしれないが、軍事の中心であるシャンドラ地下第2階層で武装する事が許されているのは憲兵隊だけである。その他の軍人は拳銃すら携帯する事が禁止されている。以前に軍政省庁舎にて若手将校が立て籠り事件を起こした話をしたと思うが、軍人にも拘らず彼らが丸腰であったのは、銃の携帯が禁止されていたからである。

だが、武装した憲兵隊の前に、サロス救助を阻む武装集団が現れこちらでも銃撃戦が起こってしまいそれが原因で憲兵隊の到着が遅れてしまい、サロスとターゲルハルトを含む37名が死亡、襲撃犯も、遅れて到着した憲兵隊に全員射殺される。

なかなか痛ましい事件だが、ここで事件は終わっていない。憲兵隊本部はサロス帝死去によって起こるであろうパニックを抑えるためを事実を隠蔽して「襲撃を受けて負傷したがサロス陛下は生存している」と報道する。

だが、この報道が流れた直後の13:30 ミシャンドラ地表層に潜伏していた反サロス派が一斉に放棄する。各地で爆破テロが起こり、首都内防衛軍は鎮圧のために出動する。

当時の首都内防衛軍の兵力は約1200名ほどで、反サロス派の兵力は200余りだと言われる。ただ当時は反サロス派の兵力が分からず、さらに反サロス派は、数名でひとチームの数部隊が各地で爆弾テロを繰り返しており、これによって敵の数や本体が何処にいるのか分からず、翻弄される事になる。結局、首都内防衛軍の東西南北の各方面群は、皇居へ通ずる街道を防衛する事に専念する事になる。

その間も、各貴族の屋敷から「怪しい集団がいるから捕まえろ」と言う趣旨の電話が矢の様に首都内防衛軍司令部に掛かってきたいたらしい。ただ、首都内防衛軍司令官と近衛軍副長官をはじめとする近衛軍幕僚は、各方面群に皇居防衛に専念するように指示を出して動く事を禁じて居る。これでは7月事件の二の舞とも言える醜態である。

そんな中、14:20頃に南部方面群を反サロスの部隊が攻撃を仕掛ける。

首都内防衛軍の編成は、2個中隊とそれを運ぶ兵員輸送装甲車で構成された部隊で、その中で最も強力な武装は兵員輸送装甲車に設置された12.7mm重機関銃である。

宇宙都市を傷付けない配慮として、余り破壊力の高い武装をしていなかったのだが、それが裏目に出てしまった形となる。反サロス派の部隊は携帯ミサイルなど、ひとつ間違れば都市に大きな損傷を与えかねない武装をしていたのである。その武装の差により南部方面群は行き成り大苦戦を強いられ、司令部に至急救援要請を打診たのだ。しかし、司令部の返答は「そん場に留まり死守せよ」だけであり、同じ頃、東部方面群からも南部方面群への救援に向う許可を求められたがそれらも却下され、各方面群はその場で防衛に当たるよう指示が出される。

これは、南部方面以外にも敵部隊が潜んでいた場合、南部方面群を他の方面群が救援に向かってしまうと、そこを敵に突かれてしまい恐れがあり、そうなると戦線が一気に崩壊しかねないとの判断なのだろう。

だがここで司令部にネクロベルガーがやって来た。この日初めてその所在が確認された瞬間でもある。

ネクロベルガーは、首都内防衛軍司令官や近衛軍幕僚の指令を撤回して、すぐさま東部方面群に南部方面群の救援に向かうよう指示を出す。これには他の幕僚たちが口々に反対意見を漏らしたが、「すべての責任は私が取る!」と一蹴して東部方面群を南部方面群の救援に向かわせた。

そしてこれが大当たりする。側面からの強襲に反サロス軍は大混乱に陥って崩壊、散り散りになって逃走を図ったのである。

こうなるともはや一方的な掃討戦となり、サロス暗殺から始まったクーデター事件は鎮圧されたのである。

 

 

続きを読む

犬を連れた独裁者 FILE2

現皇帝であるノウァは、軍部(北部方面軍)が起こした7月事件によって身分を隠してアフラに亡命せねばならなくなった。

しかし、そこでの隠れた生活に疲れた彼女は、護衛役の近衛士官の息子であるエアニスと恋仲になり、しかも子供まで身籠ってしまう。この事が発覚したのは「サロス帝暗殺事件」の4か月前の事で、その頃にはすでに妊娠3ヶ月だったそうだ。

一応、エアニスの妹が皇女様と兄との仲に気付いていて、妊娠自体もいち早く気付いていたらしく、それとなく母親に相談し、頃合いを見て母親が父親である近衛士官に話した事で発覚したと言う事らしい。

因みのこの話は、ノウァ皇女が帝位について3年後に、エアニスの妹で皇帝付き侍女の「アニー・プラトニー」が出した、ノウァ皇女の亡命時代の日々を綴った「亡命皇女」の内容を掻い摘んだ説明になる。

これを聞いた父親の近衛士官は烈火の如く怒ったらしいのだが、皇女様と息子が真剣だと言う事と、すでに妊娠までしてしまったからには如何する事も出来なかった。と言った処だろう。幾らなんでも皇女様のお腹の子を下ろすなんて、一近衛に過ぎない彼には出来なかっただろうしな。

とは言え、大問題であることは間違いない。皇族ともなれば、その婚姻関係にも非常に神経を使う事である。抑々皇族と婚姻関係になると言う事は、その人物だけでなく、その家族にも大きな権力が与えられると言っても過言ではないし、歴史上、そうやって外戚として権力を振るった者は枚挙に暇がない。

現に皇国では、ノウァ帝の母親はであるパウリナ帝は、夫のディーノの父親であるサウル・ロプロッズが権力を手にした事で下級貴族から上級貴族となって、最期には皇国宰相の地位にまで登りつめたのである。その後どうなったかは言わずもがなだが、皇国に大きな混乱を招いたのは事実である。

いま気付いたんだが、母親のパウリナ帝も、娘のノウァ帝も、結婚相手が低い身分(と言っても一応貴族だが)の出身者だったんだな。今後、彼女に何か良からぬことが起きなければいいが‥‥‥。

皇帝の婚姻と言えば、多くの娼婦を侍らせ31人の一般女性と関係(ほぼ強姦らしい)を持っていたサロスにも、意外にも正妻と言うものが居たそうだ。名前は「アリーゼ・ジーネ・クロイル」2代目ヴァサーゴ大公・リーンハルト・マティーアス・クロイルの娘だ。

宰相ザクゥス大公との関係を考えれば当然だな、彼は孫娘をサロスの嫁にしたんだ。ただ夫婦関係は完全な仮面夫婦だったようだが‥‥‥。

それに比べれば、ノウァ帝とエアニスの夫婦仲は良好なようだ。取りあえずあの近衛士官の家族はロプロッズの様な権力に取りつかれてはいない様にも見える。

では話を戻そう。

この「皇女妊娠事件」と仮に名付けようか、この事件は発覚時にはノウァ帝と近衛士官の家族内での事であって外には一切漏れてはいない。抑々ノウァ帝はアフラでは殆ど外出していないので、近隣住人にもその存在を知られていなかった様なのだ。だから外部にこの事が漏れる事は無かったのだ。

なので、公にはサロスの死後、皇国の使者がノウァ帝を迎えに来た時に初めて発覚したのである。

妹の著書には、皇女を迎えに来た使者は3人の皇国軍人だったそうだ。

まぁ、ネクロベルガーが遣わしたのだから軍人であっても不思議ではないが、その内2人の士官は皇女が妊娠していると聞いて尋常でない狼狽っぷりを見せたらしい。

まぁ当然だよな、しかも相手は護衛任務に当たっていた近衛士官の息子となると問題になるわな。

一応、近衛軍の士官たちは中下級貴族で構成されているのだが、皇女の結婚相手となるとやはり上級貴族以外には無いと思う。それなのに、迎えに来たら中級貴族である近衛士官の息子とそんな事になったらそりゃ驚くだろう。

ただ2人の上官に当たる「シュヴィッツァー」少佐と言う人物だけは沈着冷静で、この事実を聞いても眉ひとつ変えず、直ぐに本国へ連絡する様に他のふたりの部下に指示を出したみたいだ。

アニー女史は著者の中で、その少佐が余りにも冷静で感情が無かったため怖かったと回想している。感情が無いとはネクロベルガーそっくりだな。その少佐はミニネクロベルガーと言った処だろうな。

まぁ、その少佐の事は置いておくことにして。すぐさまその皇女妊娠の報は本国へと伝えられ、それによって予定を変更してノウァ皇女の帰国が半年先延ばしされたのだ。

この処置は、既にノウァ皇女が妊娠7か月以上たっていた事を鑑みて、帰国して出産するより、このままアフラで出産した方が母体への悪影響が無いとの判断だったようだ。

あとは産後の体調の経過を見て帰国すると言う事になったのだろう。経過によっては帰国がもっと先延ばしされてかも知れないと書かれていた。

お陰でネクロベルガーの摂政期間も延びる結果となったのだ。

此処でノウァ皇女帰国にはチョットした疑問があり、俺なりに考察してみた。

先ず最初の疑問は、何故ネクロベルガーは身分を隠して暮らしていたノウァ皇女の所在を知っていたかである。

彼はサロスが暗殺され、その後の反サロス勢力のクーデターを鎮圧した直後にシュビッツァー少佐らを使者に送っているのだ。これは驚くほど動きが早すぎると言える。

本来ならノウァ皇女の生存、所在の確認、そして使者を送ると言う手順を踏んで迎える筈なのだが、もうすでに知ってたかのように迎えの使者を送っているのである。

あくまでこの時のノウァ帝は、身分を隠してアフラに潜伏していたのだ。皇国では消息不明扱いになっていたようである。それを見つけると言う事は、以前からに捜索していたか皇女側から何かしらのコンタクトがあったとしか思えない。

しかし、ノウァ帝の当時の立場からすれば後者はあり得ないと考え、以前から捜索されていたと考えるのが妥当だ。すると一体だれが何の目的でとなる。

先ず考えられるのは、サロス帝や宰相のザクゥス大公がネクロベルガーに探索させたと言う事だ。彼からすれば、先帝であるパウリナ帝の娘は、自分たちに敵対する勢力に利用される恐れがある。そのため、先んじて対処(保護の名目での幽閉、または暗殺)しなければならないはずである。

それに関連しては、ヴァサーゴ大公家の政敵でもあるアガレス大公家も行方を捜していた筈である。彼らにとって皇女は、自らの派閥の再起のための武器になるのだ。探していて当然であるが、ネクロベルガーを使ってとは考えにくいので、此方の方は考えなくてもいいだろう。

ぶっちゃけネクロベルガーが実は裏でアガレス大公家と繋がっていたと言うなら話は別だが、それは無いと思う。多分‥‥‥。

ふたつ目に考えられるのは、ネクロベルガー自身が探索していたと言う事である。

此方の理由は、うちのクエスなどが良く言っているサロス暗殺の黒幕がネクロベルガーと言う陰謀論の根拠となる説だ。

要するに、サロスが制御できなくなった際の首のすげ替えのためにノウァ皇女を探したと言う話だ。だからサロス死後にアレだけスピーディーに皇女を迎える事が出来たと言うわけだが、まさか皇女が護衛を務めている近衛士官の息子と恋仲になって、子供まで作ってしまうとは想定外だっただろう。ノウァ帝は、亡命時代は匿われている家から殆ど出ていないので、もし仮にネクロベルガーが皇女(と言うより近衛士官の家族)を発見して監視していたとしても、妊娠には気付かなかったかもしれないからな。あるいは気付いていたからシュヴィッツァー少佐は驚かなかったとも考えられるが‥‥‥これについては分からんな。

まぁ、知っていたか知らなかったはネクロベルガーにとっては何方でも良かったのかもしれない。皇女が帰国するまでの期間が延びれば、彼が摂政としての延命がなされる訳だし、彼にとっては悪い話では無い様に思える。

とは言え、皇女が帰国して皇帝に即位した後もネクロベルガーは摂政であり続けたのだから、延びた延びないは余り関係無いかも知れないがな。

イヤ、でも新皇帝の一声でネクロベルガーが摂政を解任され、宰相のフローグ子爵が補佐する事も十分考えられるたのだ。ネクロベルガーとしては何かしらの手を打つ期間はあった方が良かったのかもしれないな。例えば皇国議会の議員を買収するとか‥‥‥。

ネクロベルガーは現状から起こりうる未来を正確に予測し、それに逐一対応していたと言う事だな。普通に出来る事ではないが、ネクロベルガーはそれをやってのけたと言える。あるいは本当にただの強運の持ち主なのか? 結果から見るとどちらにも取れる。

まぁ、それについては一旦置いておいて、ふたつ目の疑問に取り掛かろう。それはノウァ帝の父親の行方である。

7月事件で、ノウァ帝は父親のディーノ・ロプロッズ伯と一緒に皇国を脱出し、アフラに亡命したのだ。だが、帰国時に彼の姿は無い。亡命皇女では、宇宙暦180年の2月頃に何も告げずに突如行方をくらませたと書かれている。

宇宙歴179年の4月に皇国で軍事政権が崩壊し、サロス帝の親政が行われた。と言うニュースが世界中に報道された頃から少し様子が変になったと亡命皇女では書かれているが、当時はアニー女史も気が付いていなかったらしく、行方をくらませた後に振り返って見れは様子が変だったと言う程度のものだったようだ。

結局、それ以降連絡が取れなくなったために、ディーノの所在は分からずじまいだそうだ。ただ噂程度の話なら幾つかある。例えば幽閉されたパウリナ帝を救出しようと皇国に戻って捕らえられて処刑されたとか、身分を隠してサロス暗殺事件に参加したものの首都攻防戦で戦死した。或いは逃亡したなどの話がある。しかし、実際にはどれも憶測の域を出ないもので、生きているのか死んでいるのかさえ不明なのだ。

ただ、娘が皇帝になったのに未だに出てこない処を見ると、死亡している確率が高いと俺は見ている。

其れに父親が居なくなったノウァ皇女は大変ショックを受けていたようで、食事も殆ど喉を通らなくなって衰弱していたと書かれている。結構危なかった様だが、そんな彼女を真摯に支えたのがエアニスだった訳だ。そりゃ、恋心も芽生えるってもんだ。

どっちが告白したんだろうな? やっぱり皇女様かな? いくら何でもエアニスの方からって事は無いだろう。身分の壁って言うのを弁えてるだろうからな。一体皇女様は如何言ってエアニスに迫ったんだろうな? 何でこう言う事書いてないんだろうな?

個人的には興味をそそるが、抑々亡命皇女は暴露本では無いからこう言うところは描かないのか? 皇女と兄貴は隠れて付き合ってたと言っても、家の中でのふたりの会話とかで気付いてたんだろからそういうのも描いて欲しかったぜ。

ゴホン、話が逸れましたので戻します。

さて、ノウァが4代目皇帝となる事になったのだが、彼女が帰国するまでの6か月間のに皇国でも結構ゴタゴタがあった様だ。

その最たるものが、サロスの後継者問題である。

イヤイヤ、サロスの後継者はノウァだろと思うかもしれないが、サロスには高級娼婦の他に、31人の女性と関係を持ち、うち17人の女性を妊娠させているのだ。それら子供を持った女性が、我が子を皇帝にと思ったとしても、無謀とは思うが何ら不思議では無いだろう。そして実際にそれは起こったのだ。ただこれに関しては、予想通りサロスは子供を一切認知していなかったため、宮廷側も最初は突っぱねたのだ。

しかしDNA鑑定で血縁が証明されている事もあり、宮廷側も何かしらの手を打たないと色々面倒になると考えた様で、この騒動の早期幕引きのために彼女たちを買収する事にしたのだ。要は金の力で解決したって事だな。

一応、皇族と認めるが、後継者に関して一切口を挟まない事を条件に、可なりの額の生活保障を約束する事で彼女たちを納得させたんだ。

これに対して殆どの女性は納得した様だが、ひとりだけ、モニカと言う女性だけはいくら保障の条件を引き上げようと納得しなかったそうだ。

彼女曰、サロスは自分の子供だけは認知したと言っているのである。だが、他の女性の手前、皇子として迎える訳にはいかず、離れて暮らす事を強いられたのだと言い。何時か皇子として迎えると約束もしたと訴えたのだ。

まぁ、体のいいその場凌ぎの口約束だろうが、モニカはそれを信じていた様だ。

う~ん、これに関しては如何いったらよいか分からん。サロスは己が欲望のために彼女たちと関係を持ったのだ。自分の立場を利用して彼女たちに拒否する権利を与えず、性的行為を強要したとされる。それによって妊娠すると自分は知らないとばかりに彼女たちを捨てる。最低のクズ野郎だ。

だが、そこでサロスが死んだからといって、自分の子供を皇帝にと考える彼女たちの神経も如何だろうとも思う。まぁそうなれば、自分は皇帝の母親、つまり皇太后になれるって思ったのだろうか? あるいはそれをネタに只お金をせびりたかったのだろうか? もし後者なら彼女たちの思惑は当ったと言える。多額の生活保障が約束されたのだからな。

もし本当に皇帝になれると思ったのなら、17人の子供の誰がなるのかと争いの種になりかねないんだが、上級貴族も流石にその子供たちの後ろ盾になろうとは思わなかった様だ。

やっぱりお金、だったんだろうな‥‥‥。

そうなると、一人モニカと言う女性だけは本当にサロスの言葉を信じていたんだと思うと心が痛むが、最終的にモニカは逮捕される事になる。

なかなか自分と子供を受け入れない宮廷側に、モニカは怒りを露わにして政府の施設を放火してしまったそうだ。

気持ちは分からんでもないが、そんな事をすれば自分で自分の首を絞める様なものだ。案の定、彼女は放火罪で逮捕されてしまい、その逮捕劇によって一連の騒動は一応の終息を迎えた。

因みにモニカの息子だが、今はミシャンドラ学園に居るらしい。父親は暗殺され、母親は放火罪で無期懲役の収容所送りだ。しかも放火罪で無期懲役なのは、サロスが施行した「皇帝令第1号(人権剥奪法)」でだからな。皮肉なもんだ。

ま、ひと騒動はあったがノウァ皇女は無事帰国し、宇宙暦189年11月11日に戴冠式を挙げて晴れて第4代皇帝になった訳だ。

え~と~、今回は何だかノウァ帝の話になってしまったな。ネクロベルガーの話をしたかったんだが‥‥‥。まぁ、ネクロベルガーは摂政としてノウァ帝を支えてるから良しとしよう。

次はちゃんとネクロベルガーの話をしよう。そうだな。皇国親衛隊の話なんてのは良いかも知れないな。

 

続きを読む

犬を連れた独裁者 FILE1 

ゲーディア皇国軍総軍司令長官サリュード・アーベル・テオバルド・アルフレート・ネクロベルガー総帥は、現皇帝4代目ノウァの摂政として、皇国の実質的な指導者となっている人物だ。

そんなネクロベルガーは、国家元首である皇帝以上の権力を持っていると言われ、エレメストでは、大多数の人々が彼の事を「独裁者」と認識している。

独裁者と言えば、国民や支持者の前で大規模な演説したり、自身の肖像や銅像を飾ったりとメディアに大量に顔が出ているイメージがあるかもしれないが、ことネクロベルガーはそう言った事をほとんどしておらず、姿を映した映像もそれほど出回っていないためか、エレメストでは名前は聞いた事あるが顔は知らないという人も珍しくない。

形式的には皇帝が国のトップであるため、一応皇帝に敬意を示しているのであろうとの専らの評価だ。

そんな彼の印象はと言うと、偏に無表情と言う処だ。彼は恐ろしいほど感情に乏しい人物で、無表情か、薄っすら笑みを浮かべるかのふたつの表情しか周囲に認知されていないほど感情を表に出さない人物らしい。

ただそれが、一体何を考えているか分からないと言う一種の恐怖感を相手に与えている様で、多くの者から畏敬の念を抱かさせているとの事だ。

そんなネクロベルガーと切ってもキレない物が有る。それが「犬」である。

ネクロベルガーは、2匹のシェパード犬(ジャーマン)を連れており、数少ない映像などでは、常に2匹の犬が彼の両脇に控えている描写が見て取れる。

この2匹のシェパード犬。多分警察犬と同じロボットAI犬だろうが、その2匹に「アドル」「ドルフ」と言う名前を付けて可愛がっているそうだ。

無表情な独裁者がロボット犬を可愛がっている姿、想像するだけで‥‥‥シュールだ。

イヤ、まぁ、その話は置いといてだ。

そんな犬好きなネクロベルガーを揶揄して、エレメストの人々は彼をこう呼んでいる。

 

 

 

「犬を連れた独裁者」と‥‥‥。

 

 

 

さて、ネクロベルガーの就いている摂政だが、皇国法では「皇帝が幼く、国政を執行するに不充分と見なされた場合にのみ、成人(※1)するまでの間の代役として『摂政』が置かれる」となっている。のだが、今現在ノウァ帝は26歳でとうに成人年齢になっており、本来ならばネクロベルガーは摂政としての職務を引いて、ノヴァ帝に大権を奉還していなければならない。筈なのだが、未だに摂政として君臨している。

通常、成人した皇帝には補佐役として「宰相」が付く事になっている。宰相は、皇帝の補佐と言うだけではなく、各大臣のまとめ役として行政を取り仕切る役職でもある。本来ならネクロベルガーは、摂政ではなく宰相になるのが通例なのだが、宰相は行政のトップと言う事もあり、上院(貴族)議員の中から選出されると決まっている。なので、軍人であるネクロベルガーには就く事が出来ないのだ。

その事もあって、何時までも摂政の地位にいるネクロベルガーに対し、一部の人間は彼の権力への執着を疑っている。まぁ、要するにうちのクエスの事だな。

因みに宰相もちゃんといて、現在の宰相は「フローグ・ソロモス」子爵である。

フローグ子爵は、バルア大公「エルバルト・ソロモス」の次男であり、現大公「クラウィン・ソロモス」の弟でもある。そして、ノウァ帝の従叔父にあたる。

嘗て北部方面軍のダルメ将軍と結託し、3代目皇帝の座を狙っていた事もある野心家でもある。

結局、サロスにその座を奪われる事になってしまうが、その原因がネクロベルガーがサロスの存在をダルメ将軍のライバルであるロイナンド将軍に進言したからで、もしネクロベルガーの進言が無ければ、3代目皇帝はフローグになっていたかもしれない。歴史にifは無いと言われるが、彼が皇帝になって居たとしたら、皇国は今とはまた別の歴史を歩んでいたのだろうか。そう思うと興味深い。

それにフローグは、ネクロベルガーが摂政として君臨し続けている事を如何思ってるんだろうか? 彼が余計な一言を言わねが皇帝になれたかもしれないし、今では摂政として立場的にはネクロベルガーの方が上なのだ。内心いい気分ではないはずだ。腸煮えくりかえってそうだが‥‥‥。

話が逸れたので戻そう。

一方の摂政だが、摂政は皇帝の代理と言う事もあり、行政権だけでなく統帥権保有している。そのため特に貴族だ政治家だ軍人だという決まりはなく、皇国のために最良と見なされた人物に、一時的に国の全権を預けると言うもので、皇帝が成人しても権力を奉還しないなどのトラブルに見舞われた時は、場合によっては謀反とみなされ、逮捕や粛清の対象にされる場合もあるそうだ。

但し、それを決めるのは皇国議会(※2)の判断によるもので、正当な理由があれば、仮に皇帝が成人していても、議会から承認される事で続投が可能となっている。もし議会が不承認を出せば、前書した通り逮捕される事もありうると言う訳だ。場合によっては粛清(暗殺)もありうるようだ。怖~な~。

そうなると、ネクロベルガーが未だに摂政を務めていると言う事は、議会が承認したと言う事になる。

では、如何いった理由があるのか? その理由として挙げられているのが、ノウァ帝の境遇であろう。彼女は12年にも亘りアフラ(月)で亡命生活をしていたのだ。

宇宙暦177年、北部方面軍による大規模クーデターによってパウリナ帝は退位し、兄サロス帝が皇位を継いだ所謂「7月事件」の際に、当時皇女だったノウァ帝は、母パウリナ帝の手によって密かにアフラに亡命させられたのである。

密かにって事は身分を偽って、と言う事だ。当時と言うか今もだが、アフラはエレメスト統一連合の統治下にあり、政治的に連合側に自分の娘が利用される事を懸念したパウリナ帝は、自身が最も信頼する近衛士官に彼女の護衛させ、さらにその士官の家族にノウァ帝をまぎれさせて一緒に亡命させたのだ。

あゝそうだ。一般人を装ってたから亡命者ではなく、難民扱いだったかもしれないな。向こうでは。まぁ、どっちでもいいんだけど‥‥‥。

そんな身分を隠して異国で亡命生活をしていたノウァ帝は、帝王学などを充分に学んでおらず、その事を鑑みて議会がネクロベルガーの続投を望んだって訳だ。

因みに、サロス皇帝暗殺事件とその直後のクーデターの鎮圧後に、ノウァ帝を亡命先のアフラから皇国へ帰還させたのもネクロベルガーだ。

だからだろうか、クエスがやたらとサロス暗殺の黒幕をネクロベルガーに仕立て上げようとしているのは。要は目障りになったサロスを暗殺して、ノウァを新しい自分の傀儡皇帝にするために呼び戻したという推察だ。

確かに当時のサロスは、近衛軍長官のダーゲルハルトを重用していた節がある。ただ、それでもネクロベルガーを頼っていたし、重要な事柄は必ず彼に相談してもいる。ふたりの関係は冷え切ってはい筈だ。

とは言え、これから先も安泰とは行かないかもしれない。ダーゲルハルトは一方的にネクロベルガーをライバル視し、サロスとの間を割こうと色々画策していた様だし、その後もサロスとの良好な関係が続くとは限らない。人の心は分からんからな。だからそうなる前に手を打ったとも考えられる。まぁこれもクエスの推察だけどな。

余計な話をしてしまったので話を戻そう。

ネクロベルガー続投については、他にも理由はある。実際問題ネクロベルガーを退任させた後を如何するかと言う事だ。その時は宰相が補佐する事になるのだが、宰相だと貴族たちがその座を狙って権力争いを始める恐れもある。一応、フローグが宰相になったのだが、貴族間の派閥争いが始まらないとは限らない。と言うか、サロス時代から既にあったんだけどね。本当は取材するつもりだったのに、打ち切りのお陰で流れてしまったんだよな。あーあ、勿体ない。

取りあえず簡単に説明すると、ヴァサーゴ大公派とアガレス大公派による政争だ。其れが更に激化するって事だな。当時はヴァサーゴ派が力を持っていたが、サロスが死んでアガレス派側も勢い付いて、両者の争いに拍車が掛かろうとしていたのだろう。だから議会も争いが激化する前に手を打ったって事だ。

一応説明しておくが、ゲーディア皇国の宰相の任期は、皇帝の在位期間に左右される。要するに、皇帝が在位している期間と宰相の任期は同じって事だ。皇帝が崩御した時や退位した時に宰相も辞職する決まりとなっている。だからサロス時代の宰相であるヴァサーゴ(前)大公・ザクゥス・コーダ・クロイルが辞任して、フローグが後任となった訳だ。彼が選ばれたのは、両派閥に属さない第3勢力と言っていいポジションで、尚且つバルア大公家はアガレス、ヴァサーゴ両大公家より家格が上だからだろうな。だから他の貴族たちも納得したのだろう。

一応、宰相を続投する方法はある。それは次の皇帝が同じ人物を指名した場合だ。皇帝が指名したのだから宰相を続ける事が出来る。これに関しては、歴史の浅い皇国ではまだ事例が無いが、これなら続投も可能となっている。ただ‥‥‥これをもしやるとなると他の貴族たちの心証が可なり悪くなると言われている。

宰相ともなれば、貴族としては最高位(※3)でもある訳だから、誰もが就きたいわけだ。ザクゥスなどは、ワザワザ大公の座を息子に譲って宰相になったんだ。それだけ高い権力を有する事が出来る地位だから、同じ人物が続投するとなると他の貴族のやっかみを買うのは必至なのだろう。だから指名されても辞退するのが貴族の中では暗黙のルールになっている。らしい。

まぁ宰相についてはこれ位にして、ネクロベルガーが摂政になった経緯を話そう。

サロス暗殺とその直後に起きた反乱(サロス皇帝暗殺事件)の鎮圧後、それに伴う国内のゴタゴタを国防軍を用いて瞬く間に収束させた手腕を買われたのだ。サロス死亡で空位となった皇位に皇女ノウァが付くまでの間を、摂政として統治すると言う事で、急遽決まった人事の様だ。

しかし、当初は貴族たちがネクロベルガーの摂政就任に反対していたようで、詳しくは省くが、貴族たちはサロスのお陰で強大な権力を築いていたネクロベルガーを警戒していて、摂政就任で更に強大になる事に難色を示したと思う。なんたって皇帝の代理人なのだから誰も手を出せないよな。

その他にも皇族でも貴族でもない者が、彼ら以上の権力を持つ事に、あからさまに不快感を示したとも言える。

そこで皇国議会が取ったのが、皇女ノウァが皇位に就くまでの間だけ、ネクロベルガーを摂政に就けると言う条件で、貴族たちを納得させたんだ。

其れでもブーブー言う貴族はいた様だけど、アガレス大公が今後を考えてネクロベルガーにすり寄ったため、ザクゥスも、一緒にサロスを支えた手前、アガレス公にネクロベルガーが取り込まれる事を阻止するため、渋々OKしたとも言われている。

ならば、如何して未だにネクロベルガーが摂政を続けられているのかと言うと、やはり彼の絶大な力によるものが大きい。なんせ彼は国防軍の最高司令官である。持っている力は皇国最高の暴力装置だ。しかも、7月事件によって結成した軍事政権から続く、軍部内のゴタゴタを時間を掛けて沈静化と再編に尽力して、将兵から絶大な支持を受けているのだ。そんなほぼ一枚岩化した国防軍を有した彼に、貴族とは言えおいそれと権力を剥ぎ取ることは不可能だろう。

もし軍事政権下の様な軍部の対立構造であれば、貴族は対立している将軍や司令官に賄賂なり送って自陣営に取り込む事も出きただろう。だが、この時の軍部には、そう言った対立構造は無く、貴族が介入できる状態では無かった訳だ。

それを見越して議会はネクロベルガーを指名したのだろう。結構下院議員の連中も強かだよな。議会がネクロベルガーの摂政継続を決めた時、主だって反対する貴族は少なかったと聞く。

其れにネクロベルガーには親衛隊がいるしな。‥‥‥うん、あの時はまだ親衛隊はいなかったのかな?

あと其れと、噂程度ではあるが、ノウァ帝が続投を強く希望したと言う話もある。

子供の頃は宮廷で暮らしていたものの、12年も宮廷を離れ、余り信用出来る人物が居ないと言う事だ。

親戚筋の4大公だって、腹の中では何を考えているか分からない。特にアガレス大公とヴァサーゴ大公は、皇国貴族の2大派閥として対立関係にあるため、何方も彼女を利用しようと画策していても可笑しくない。

バルア大公家も、大叔父の前バルア公エルバルドや、叔父の現バルア公クラウィンなどは温厚な性格だと言われているので、彼女としては頼れる存在かも知れないが、宰相のフローグが野心家なので、どこまで信用できるかと言われると考えものだ。

あと、ガミジン大公家だが‥‥‥皇位継承権が一番低いからだろうか、皇国内では主だった動きを見せてはいないのだが、それはそれで不気味に感じてノウァ帝に嫌厭されていたとの噂だ。あくまで噂の範囲だけどな。

以上の事からノウァ帝は皇国内では孤立している状態で、亡命時代の近衛士官の家族以外信用していないとも言われている。実際に近衛士官を近衛軍副長官に抜擢したり、その妻や娘を侍女長や近侍女にしたりしている。

要するに、彼女からしたらネクロベルガーが摂政として十分な働きをしているなら、彼にそのまま摂政として国政を執り行ってもらうのが1番だと考えても可笑しくない。軍人だから宰相になれないと言うならば、摂政を続けてもらっても構わないと言うスタンスなのだろう。

実際の事はノウァ陛下に直に訊かないと分からないけどね。

あと重要なのは、ノヴァ帝の夫が近衛士官の息子って事だな。名前は「エニアス・プラトリー」帰国後は、父親と同じ近衛士官になるのだが、彼の場合は近衛士官と言うよりノウァ帝の個人的なボディガードの様な存在となっているようだ。

夫でボディガード‥‥‥想像するに、ファンタージー作品のお姫様を守る騎士みたいな存在と言っていいだろうか‥‥‥。中二病心を擽るってヤツだな。

まぁ、馴れ初めと言うか12年間も近衛士官の家族の一員として生活していたんだ。皇女とバレないように一般人を装ってな、だから余りアフラの人達とも付き合っていなかったと思う。そんな寂しい亡命生活の中で、義理の兄となったエニアスに恋心が芽生えて‥‥‥って感じだろうな。そんでもって出来ちまったらしい。

何がって? 分かってるくせに。

発覚したのが帰国直前で、大騒ぎになって一悶着あったらしい。当然だよな。皇女様が妊娠なんてよ、しかもお相手が彼女を守る筈の近衛(エニアスも一応近衛士官)だってんだからな。お陰でノウァ帝の帰国が半年も遅れたそうだ。

詳しい事は分からんが、それをネクロベルガーが何とか納めたって言うんだからノヴァ帝も信用したのかもしれないよな。

よくよく考えたらネクロベルガーって結構問題解決能力高いよな。しかも、そうやって色々な人に重宝されているって事だろう。だからだろうか、ノウァ帝も皇国議会もネクロベルガーに期待してしまうのは。「彼になら続投させても大丈夫だろう」っていう安心感があるんだろうな。

ただし、一人の人間に過大な期待を持つと後が怖い。人間の歴史上、そうやって皆の信頼と期待を一身に背負った為政者が、後に最悪の暴君や独裁者になったケースは枚挙に暇がないからな。

さて、前置きも長くなったが、此処からが本番だ。現在この様な圧倒的な権力を有しているネクロベルガーにも幼少期と言うものがあった。俺はその一端をレッジフォードから聞く事が出来るのだ。

続きを読む

H計画とミシャンドラ学園 FILE9

幾つかのクラブの見学を終えた俺は、人工的に演出された夕暮れを観賞しながら本館へと戻る。

時間的に夕食時と言う事もあり、学園長代理のレッジフォードから「学園の食堂でディナーでも」と言われ、特に何処かで夕食を摂ろうと言った予定も無かったので、そうする事にした。

如何やら食堂は無料らしく、貧乏人にはありがたいシステムだ。学園の食費もネクロベルガーが出しているのだから当然だが、一食分浮いた事は素直に喜ぼうではないか。

総帥閣下、ありがとう!

さて、食堂は本館と各校舎にある。本館の食堂は教職員たちの食堂で、各校舎にある食堂は生徒たちが利用している。特にモーニングとディナーに関しては、寮にも食堂があるため子供たちはそちらで済ませる事が多く、この時間には余り人が居ないとの事だ。

俺としては、食堂に集まっている生徒たちに学園での生活について取材を考えたいたのだが、人が居ないのではあまり期待できないと思いつつも、クラブ活動で寮へ帰る時間が遅れたりと、学園の食堂を利用する生徒もいるとレッジフォードが話していたので、話を聞けたらいいな程度の気持ちで本館ではなく校舎側の食堂へ向かう。

という訳で、俺は高等部の食堂でディナーと洒落込む事にした。

うん? べ、別に子供が苦手だから幼年部や初等部に行かない訳じゃないぞ、この時間に学園に残って居そうなのが高等部の生徒だろうと思ったからだ。それに俺が授業を見学したのが高等部だからな、高等部の生徒なら俺の取材をすんなり受けてくれるに違いない。だから高等部を選んだまでだ。それだけだ!

因みに断っておくが、中等部は中二病が大勢いると思っているから行かない訳じゃないぞ! 俺はそんな偏見は持っていない! 本当だよ。信じてくれ!

高等部の食堂に行くと、思ったよりかは生徒たちがいたので安心した。食事が出来て取材も出来る。正に一石二鳥、イヤ、料理は無料だから一石三鳥かもしれない。

校舎の一階が食堂となっているのだが、適当に空いているテーブル席に座る。

腰を落ち着けた俺は、さっそくテーブルの端のメニューと表示されている処をタッチしメニューの一覧を表示させる。テーブル一面に表示された料理を見て、俺の受けた感想はひとつ、「高級レストランやんけ!」である。さらに高級レストラン特有のやたらと長ったらしい名称の料理が並んでいる。

俺はメニュー画面の料理をタッチし、映し出されるホロ画像のメニューを見てみる。こうする事で、実際の料理が来た時の量や見た目を見る事が出来る。のだが、思った通り見た目の盛り付けは綺麗だが、量が少ない。

こんなん子供たちの食うものなのか? しかも無料で? 冗談だろ?

高級レストランで金持ちどもがチマチマと食べているような料理を、ここの子供達が食べている事が信じられない。しかも無料でである。

 

「如何かされましたか?」

 

俺が高級感あるメニューに戸惑っていると、ひとりの若い従業員が話しかけて来た。見たところ、高等部の生徒と同じ年くらいの若い女性だ。もしかしたら此処の生徒がアルバイトしているだけなのかもしれない。

まぁ、今はそんな詮索より料理だ。

 

「イヤね、此処のメニューが高級レストランみたいだな~と思っただけで、気にしないで」

「あゝ其れですか? それ、私も創ってるんです」

「へぇ~、君も‥‥‥⁉ えっ! 君が作ってるの? この料理?」

「全部じゃありませんよ。シェフクラブのみんなでそれぞれ担当してるんです」

「シェフクラブ? あゝもしかして料理を研究するクラブだとか言う」

「そうです。そこで毎週クラブのみんなが持ち回りで作ってるんです。今回私が担当しているのが、此れです!」

 

此処で女性スタッフが自分の担当する料理を指差して説明を始める。自炊なんてした事ない事もないが、高級料理には疎い俺にはチンプンカンプンで話が頭に入ってこない。それにどう反応したらいいか困ってしまう。すると、その事が伝わってしまったのか、彼女は話を止めて謝罪する。

 

「す、すいません私ったらつい‥‥‥」

「あゝイヤイヤ、別に構わないよ」

「それとここのメニューは全て予約制になってまして、通常メニューは此方をご覧ください」

 

女性スタッフはそう言うとメニューを次に送った通常メニューを表示する。

 

「あゝこれならわかる。って、処で何であんなメニューがあるの? しかもメニューの一番最初に、序に予約制って‥‥‥」

「あゝこれはシェフクラブのみんなが料理の腕を披露するためのものなんです。今週のテーマとか決めて、各々食堂で出すメニューを決めているんです。其れで今週は高級レストランのメニューを創作してるって訳です」

「そうなんだ。って事は、此処の食堂の料理って‥‥‥」

「はい、みんなシェフクラブのみんなで作ってるんです。幼年部、初等部、中等部、高等部のそれぞれの食堂は全部シェフクラブの生徒が切り盛りしてるんです」

「そりゃ凄いね」

「まぁ、幼年部と初等部には顧問の先生が付いてるんですけどね」

「成程ね」

「それではごゆっくり」

 

そう言うと彼女は別の処に接客に向かい、俺は改めて何を食べようかとメニューと睨めっこを始める。

 

☆彡

 

食事を済ませた俺は、食堂に集まる生徒たちに取材を申し込んだ。生徒たちはそれに快く受けてくれたので、色々な話を聞けた。

例えば、学園長代理は何時も学園内をフラフラと歩いていて暇そうだとか、あの先生とあの先生が恋人だとか、あの生徒とあの生徒は絶対に付き合ってるとか、という下世話な噂レベルの他愛もない話が多いが、ほぼ生徒たちはこの学園の事を気に入っているという趣旨の言葉が返って来る。生徒たちに取って、この学園は過ごしやすい所の様だ。それは良い事なのだが、ネクロベルガーの事を父親の様に慕っている生徒も多く、少し複雑な気持ちになる。

一応、彼は独裁者って事になっていますが、エレメストではね。独裁者と言えば諸悪の根源みたいな見られ方をしているからな。それを父親の様に慕ってるって? これってもしかして洗脳なのでは? とも思ってしまうのは、俺の偏見だろうか?

話を戻して、その他にも色々な話を聞く事が出来た。ゲーディア皇国では、生まれてから6歳になるまでに両親を亡くした子供たちは、各都市の養護施設に預けられる。

養護施設は、皇国が運営するモノの他に、個人経営などもあったようだが、サロス帝時代に一元化され、各都市にひとつの国営の養護施設だけになった。ただ、子供たちも今まで一緒に居た職員がいなくなると不安になるだろうからと、個人経営の職員も、以後は養護施設で雇うという配慮もされている。

なので、何処の養護施設にいたかを聞けば、その子が保育センター出身か、各都市の養護施設出身かが直ぐに分かると言う訳だ。保育センター出身の生徒が「エッグ」の子供たちと言う事だ。

もちろん中途入学もある。両親を亡くせば、子供たちはもれなく学園に転入となる。親戚に引き取られるという場合もあるが、ミシャンドラ学園があるこの国では、引き取られるよりも学園への転入が殆どの様だ。

それに、最初に聞いた時は驚いたが、家出した子供も引き取ると言う事だ。当然こっちはまだ親が生きてるので、半ば強制的に転入させると言う事である。

これは親の虐待や過度な締め付けから子供を救うというのが、一応の名目である。

エレメストでも、親に虐待された子供を親から強制的に保護する法律がある。それと同じように、皇国も虐待された子供は、ミシャンドラ学園や養護施設で保護される事になっている。そして虐待親は有無を言わさず収容所送りになる。

一方の家出に関しては、エレメストでは補導された後は親元に戻されるのが普通だ。家出にも色々な理由があるため一概には言えないが、一時の感情で家出したりする場合もあるので、基本的には親元に帰される。

勿論、虐待から逃げたなどの理由なら保護対象になるが、家庭環境を慎重に調べて如何するかは裁判所の判断となる。

皇国のやり方は、何でもかんでも保護という名目で学園に連れて行ってしまうと言う事であり、一種の誘拐とも取れる行為でもある。補導した子供が「帰りたくない!」と言えば警察は、親に相談せずに勝手に学園側に預けてしまうのだ。あとから親が捜索願を出した時に「その子ならミシャンドラ学園にいますよ」などと言われた時には、親御さんは如何いう心境になるのか‥‥‥。

しかも、最高権力者のやってる学園相手に「子供を返せ!」とは言い難いだろうから、時間が立って子供が「やっぱり帰る」とでも言わない限り、卒業まで会えなくなる訳ではないが、一緒に暮らす事はできなくなると言う事だ。

それに虐待の疑いを掛けられたら親は収容所行になってしまうしな。怖くて子供が家出しない様に、異常に子供に甘い親になってしまわないか心配である。甘やかされた子供が大人になると、我儘な勘違い野郎になるので他者とトラブルになりかねない。

まぁ、子供が一言「帰りたい」と言えばいいんだが、意地になって帰らない子供も居るだろうしな。此処は放任主義の自由な処で、学園の生徒たちは楽しそうに学園生活を送っている。長く居ればいるほど帰りたくなくなりかねない。

インタビューでも、家に帰って口煩い親と暮らすより、よっぽど良いと言った意見も聞かれる。勿論学園でも悪さをすれば先生に叱られる事になるが、頭ごなしに怒られるわけではないので、学園の方がいいという話だ。このまま親との関係が修復できない処まで行かない事を祈るだけだ。

ただ話を聞くと、親も親で学園に子供を預ける方が楽だと思っている節がある。現に片親だった場合、子供を預かってくれるので、預けている親も大勢いると聞く。

そんな話を聞いていると、7番目の校舎が作られる理由も納得だ。新しい校舎を立てなければならないほどに、子供を預ける親が増えているという証拠でもある。しかも、H計画で子供を作ってもいるのだ。ミシャンドラ学園の存在が、皇国の家庭環境を歪ませているようにも思うのは、俺だけだろうか?

家族って何なんだろう‥‥‥。

学園を取材して俺はふとそう思ってしまう。俺にとって家族はかけがいのないものだ。俺がフォトグラファーになる事も応援してくれたし、俺が新聞社で成功して名が売れ出した時も自分の事の様に喜んでもくれた。だからだろうか、新聞社をクビになってぐだってた時は一時的に連絡しなかった。心配させたくなかったからだ。両親からは偶に連絡があるけど、その度に「大丈夫」と嘘ついて親からの援助も断ってたっけ。あの時は強がっていたんだと思う。今思えばだけど、そっちの方が両親からしたら心配だったのかもしれない。なんせ息子の本当の状況が分からないんだからな、聞いても大丈夫というだけだし、分からないから不安だったかもしれない。

それに今の俺は、フォトグラファーでも新聞社の記者でもカメラマンでもない。故郷を離れて皇国に住む事になった小粒雑誌社の記者だ。

久しぶりに連絡するかな‥‥‥。

まさか生徒たちに取材して、望郷の念に駆られるとは思っても無かった。

そんなうちの親に比べたら、皇国の親は薄情ではないかと思ってしまう。子供を育てるのが面倒だからと学園に預けてしまう。一種の保護監督放棄と言われても文句は言えないだろう。

う~ん、人それぞれ、子供処か結婚すらしてしていない俺がとやかく言う資格は無いのかもな。

気を取り直して生徒たちに色々と話を聞いて行く。クラブ終わりなのか、疎らではあるが生徒たちが次々と食堂に来るもんだから話を聞くのに事欠かない。逆にいっぺんに大勢来ないから聞きやすくもある。

そうやっていろいろと話を聞いていると、こんな話を聞いた。何と、最近どこぞの貴族の子供が転入して来たっという話だ。中等部なので直接その生徒に話は聞けないのが残念だが、学園に貴族の子息が転入する事自体が初めてらしい。

貴族で家出って俺みたいな庶民には考えられないな。単純にいい生活できるのに勿体ないと思ってしまう。まぁ貴族に生まれた子供には、彼らなりの苦悩ってものがあるんだろうが、良い生活を捨ててまで家出するかな。この学園に留まっているって事は、一時の気の迷いで家出したという訳でもないだろう。よっぽどのことがあったのだろうか?

俺には分からないが、貴族に生まれたとしても、人生勝ち組~イェーイとは行かないもんなんだなと思った。語彙力のない感想で済まない。 

因みに貴族御用達の学園もミシャンドラにある。此方は皇族も通う学園であるため、彼らの名前を冠した「皇立ソロモス学園」という名称である。皇宮や貴族の別邸がある地表層にある。

他にも、政治の中枢である地下1階層には、そこに住む政治家や官僚の子供たちが通う「皇立ゲーディア学園」と「皇立ゲーディア中央大学」があり、軍の中枢がある地下第2階層には、同じく軍人の子供が通う「軍学校、士官学校、兵士訓練学校」がある。

やっぱり軍人とその家族が住む学校は、軍人を育てる学校しかないと言う事かな。

皇国の最高峰の教育機関である中央大学が、首都の地下第1階層にあるのも納得だ。地表面は貴族の別邸が立ち並んでいる。少しだけ地表面を観光した身としての感想だが、観光地としては良いかもしれない。しかし、多くの若い頭脳が集まる場所としては、なんだか場違いな気がする。

ま、他の学校について彼是考えるのは止めにして、生徒たちからある程度の話を聞く事が出来たので、今度は先生たちの話を聞こうと本館の食堂に向かう。

食堂に着くと、今日一日の仕事を終えた教師たちが食事をしていた。

此処は無料なので、食費を浮かせるために良く教師たちが利用していると生徒たちに聞いていたため、誰かは居るだろうと思ったが、正解だったようだ。

現在午後8時を過ぎているので、クラブの顧問をしているの先生だろうか、結構な人数が居る。此処では多種多様なクラブがあるため、クラブの顧問として雇われている教師も大勢いる。そういった教員は、クラブ以外は補助教員として働いていると聞いる。もしかするとここには正教員がいないかもしれないが、せっかくなので取材して行くことにする。

教師と言っても余り新しい話は聞けなかった。生徒たち同様に噂話などの下世話な話が殆どで、あとは仕事の愚痴などだ。愚痴に関しては聞いていてあまりいいものではないので適当にあしらったが、それでも結構疲れて嫌になるものだ。

そうやって教師たちを取材をして回っていると、ある興味深い話を聞く事が出来た。

それは学園長代理のレッジフォードの経歴についての話である。彼がこの学園の学園長代理になる前、なんと軍学校の単なる一教師にしか過ぎなかったのだそうだ。それがネクロベルガーの一声で、急遽学園長代理になったと言うのである。

 

「えっ! そうなんですか?」

「驚きでしょ。如何も総帥の中等部時代の担任だったとか、そのコネで学園長代理になれたんですよ」

 

50代半ばとレッジフォードと同年代位の教員が、人目を避けれる場所まで俺を連れられて、念のためとばかりに小声で教えてくれた。

俺にはネクロベルガーに才能を認められて、信頼を勝ち取ったみたいなこと言っていたが、この教員の話を信じるなら、それは嘘だったと言う事になる。 

それにしても驚いた。あの物腰が柔らかそうなレッジフォードが軍学校にいたとは。ああ見えて軍人なのか? 人は見かけによらないとはこういうことを言うんだな。

 

「レッジフォード学園長代理が軍学校にいたというのは驚きましたね。あそこは軍人を育成する学校でしょ?」

「へ? あゝ知らないんですか? あそこはそんな学校じゃないですよ、通常の学校です。まぁ、軍学校なんて名前ですから勘違いするかもしれませんね」

「普通の学校⁉」

 

驚いた。軍学校なんて言うからてっきり軍人を育成する学校だと思ってしまった。実際は何処にでもある通常の学校だというのだ。ただ軍人の子供たちが通っていると言う事と、軍の中枢にある学校なので「軍」という名称が付いているだけなのだそうだ。

話によると、別に親が軍人だからと言って、子供も軍人にならなければいけないと言う決まりがある訳ではないとの事だ。確かにそうであるが、名称でてっきり軍人を育てる教育機関と思ってしまった。名称を変えるべきだと思う。

軍人になるなら士官学校に入学するのだ通例だと言われた。それは分かる。エレメストでも、士官になるには地上軍士官学校や宇宙軍士官学校などに入学するからな。そこは何処も一緒だろう。

序に教員の話によると、皇国士官学校の入学条件は、中等部を卒後した健康な男女と言う事になっている。他にも、現役、退役(退役の場合は35歳以下に限られる)に関わらず、兵士や下士官は希望すれば入学する事が出来るらしい。兵士や下士官士官学校に入学する理由は、偏に昇進のためだ。彼らは、どんなに頑張っても平時は准士官(准尉)までしか昇進できないらしく、更なる昇進を求めるには、士官学校に入学して卒業(通常は5年、兵、下士官は3年)するしか士官になる道が無いそうだ。

士官になってしまえば、兵から入隊した者でも将官になるのも夢ではないそうだ。ま、実際になるには相当難しいだろうがな。

そして兵士訓練学校は、文字通り兵士の訓練学校だ。皇国では、徴兵制が採用されており、高等部を卒業した男女は身体的問題や大学に進学するなどの例外が無ければ、もれなく徴兵される事になる。そこで准士(準兵士)として2年間軍事訓練を受け、訓練期間が終わると一般生活(就職‥)に戻るか、軍に入隊するかを選ぶことになる。

但し、訓練を受けた者は30歳になるまで予備役扱いになり、有事の際は招集される事になる。さらに40歳までは、後備役として有事の際には召集され、後方部隊として従軍する事になる。

なので、徴兵された者は、41歳になるまでに戦争が起こらなければ、戦場に行かなくて良いと言う事になる。

ま、一応そう言う決まりではあるが、国の決めた事だ、戦局しだいで如何とでも変更してしまうだろうがな。

では、面白い話も聞けたので、早速レッジフォードの処にでも行こうと思う。

続きを読む

H計画とミシャンドラ学園 FILE8

応接室から出た瞬間、レッジフィールド学園長代理が振り返って何か含みのある笑顔を俺に見せて来た。

何だろう? とっても不気味な感じがする。俺は、取りあえずその不気味な笑みの真意を確かめる事にした。

 

「な、何ですか?」

「いえ、お時間はどの位あるのかと思いまして‥‥‥」

「ああ‥‥‥。どの位かかるモノなんでしょう?」

「クラブ活動は授業終わりから就寝時間の22時まで続きますが‥‥‥」

「えっ! そんなに?」

「言うなれば自由時間みたいなものですからね。生徒たちの意思で就寝時間直前までクラブ活動を続けられますよ」

「あゝそうですか‥‥‥」

 

レッジフィールドの話だと、ミシャンドラ学園のクラブ活動は、この学園に通っている生徒たちの自由時間と言う事らしい。授業が終わり、そのまま帰ったとしても寮の部屋で時間を潰すだけなので、クラブ活動をしている方が幾分か意義ある時間を過ごせるという訳だ。勿論、やる事があればクラブに参加しなければ良いだけだしな。

 

「別にこの後の予定とかはないので幾らでもかまいませんよ」

「あゝそうですか、では取りあえず夕方くらいまでにしましょうか」

「夕方以降は何かあるのですか?」

「流石に夕方以降になるとクラブ活動を続ける生徒が減りますね。大体の生徒は寮に戻ります」

「成程、其れじゃあ、夜は寮にいる生徒たちに話を聞こうと思うのですが、大丈夫でしょうか?」

「ええ、かまいませんよ」

「ありがとうございます」

 

思いのほか気なく生徒たちと話す事を許可して貰えた。学園長代理や教員の話だけでなく、此処で生活している生徒自身からも学園について話を聞かないとな。

 

「まずは校舎内にある文化部から見て行きましょう」

「よろしくお願いします」

 

俺はレッジフィールドの後に付いて行き、各文化系クラブ活動をしている教室へと案内される。

先ず最初に見て回ったのが校舎内のある文化系のクラブだ。吹奏楽や合唱に放送、科学や美術などのお馴染みのクラブの他に、ゲームクラブや復刻クラブ、研磨クラブなど、何それというクラブもあった。

ゲームクラブはその名の通りただゲームをするクラブだ。テレビゲームやカードゲームにボードケームなど、ゲームと名の付くモノなら片っ端から集めて楽しむだけのクラブだそうだ。何とも羨ましくも思うが、遊ぶだけではなく、中にはオリジナルのゲームを作った生徒も居て、一般販売もされているらしい。結構人気がある様で、発案者の生徒には、売り上げが収入として入って来ているらしい。

学制のみで商売とかを許可しているのかと聞いたら、レッジフィールドに「何か問題でも?」と不思議そうな顔をされた。

俺の通っていた高校は、バイトすら結構厳しかったんだよな‥‥‥。

次に復刻クラブだが、最初名前だけ聞いたら何のクラブだと小首を傾げたが、要は嘗て流行っていたモノで今は失われてしまったものを復刻させるクラブらしい。俺が見た時にはカセットテープなるモノを復刻させようとしていた。復刻させて如何するのだとも思ったが、生徒たちがやりたいと言えば学園側は出来る限り支援するらしい。

その次の研磨クラブは、見てすぐに分かった。何かをひたすら研磨するクラブだ。何が楽しいんだか‥‥‥。

他にも文化系クラブはいろいろある。例えば、教科クラブがある。文学に数学、歴史に地理等々、通常の授業で行う教科をクラブで受けられるというクラブだ。学園の授業よりも先に先にと学んでしまうため、クラブの生徒たちは授業の時に他の生徒に教えられる程になる。授業の見学の時に補助教員と一緒になって生徒を教えていたあの子たちという訳だ。そう言った生徒は、将来教員となって、この学園の教員となる者もいるそうだ。

勉強があまり好きではなかった俺からすると、わざわざクラブでも授業を受ける気が知れないが、結構人気がある様だ。病気で休んだりして授業を受けられなかった生徒はもちろんの事だが、大学受験の勉強のためにこのクラブを利用する生徒もいるそうだ。

まぁ、そう考えると結構需要はある様だ。俺も大学受験の時はヒィーヒィー言いながら勉強したもんだ‥‥‥。

 

「何でもかんでもクラブにしてしまうって感じですね」

「まぁ、此処は申請さえすれば、一応はクラブとして認められますからな。他にもまだまだありますが如何しますか?」

「そうですね文化系はこれ位で、今度は運動系のクラブを見学をしたいですね」

「そうですか。では、外に出ましょうか」

 

校舎内の文化系クラブを1時間かけて見て回った。他にもまだまだあると言われたが、文化系クラブばっかり見学する訳にも行かないので、俺は次は運動系クラブの見学を所望し、レッジフィールドと共に本校舎から出る。

俺は、レッジフィールドが用意した車に乗り込み、運動場や施設が点在する第1校舎の外周部へと向かう。

移動中の車内でも、レッジフィールドはクラブに関してあれやこれやと話して来る。

クラブ大好きやなこの人。

 

「まだお見せしたい文化クラブも色々ありましてね、勿体ないですな」

「そうなんですか、結構回った感があるんですがね」

「ハハハ、今のペースでひとつずつクラブを見て回って居たら、全部回るのに2、3日はかかりますよ。それにこの第1校舎内には無いクラブもありますからね」

「と言いますと?」

「別の校舎にあるクラブの事です」

「ああ、ここには全部で六つの学園校舎地区があるのでしたね。そこにはあってここには無いクラブがあるという訳ですか」

「そうなのですよ。先ほども言いましたように、生徒の要望があればクラブが出来てしまうので、次から次へとクラブが出来て、私でさえ全部を把握しておりません」

「そうでしたね。其れでは、もしここの生徒が他所の校舎のクラブに入りたいとなったらどうするのですか?」

「授業が終わった後にその校舎まで行くのですよ」

「えっ⁉ 別の地区の校舎にワザワザ行くんですか?」

「大丈夫ですよ、専用トレインもありますから」

「ああ‥‥‥。それもそうですね」

 

この地下3階層の広さは600㎢あり、その内の約400㎢の土地がミシャンドラ学園のエリアとなっている。そこに第1~第6の学園校舎地区、職業技能学校地区、事業教育センター、教員の住居地区、繁華街があるのだが、ハッキリ言ってすべての土地を使用している訳ではない。所々建物は立ってはいるのだが、実際は使用されていない建物も結構ある。さらに言えば、各学園校舎地区はある特定の場所に集中しているのではなく、学園エリアのあちらこちらに点在しているので、学園校舎地区間も可なり距離が開いていて、本来なら気軽に行き来できる距離ではない。そこで利用されるのが、学園校舎地区間を行き来する専用トレインである。これを使えば校舎間もある程度スムーズに往来できるという訳だ。

 

「他の方法としては、同じクラブを立ち上げるか、リモートで参加するという手もありますね」

「あゝ成程。参加したいクラブが自分の校舎になかったら自分で作ってしまえと言う事ですね。あとはリモート参加も可能だと」

「そう言う事です。自分がやりたい事は自分のやり方で参加する。それが当学園のモットーなのです」

「成程」

 

ミシャンドラ学園では、生徒たちに自分で考える力を付ける事を重視している。そのため教員たちも、生徒からの様々な質問に対して答えるのは勉強ぐらいなもので、その他の事柄については自分で考え自分で判断する事を重視させている。勿論、生徒から質問されれば、教員は何かしら答えるだろう。しかし、教員自身が出した答えを強要する様な事はなく、それを聞いた生徒自身が考えるヒントにするだけである。

ま、生徒自身が、その答えをそのまま採用すると言うならば、それも自由だとも言えるが、子供は大人の言葉に染まりやす。そのため学園では、それ等を鵜呑みにせず、取捨選択して自分の考えにする事を教えているらしい。これも特別授業で教えている事だそうだ。

クラブ活動ひとつとってみても、もっと言えば授業以外は、ほぼ生徒たちは自分の意思で行動しているのだそうだ。流石に授業は決まった事をやるし、病気などで止む負えない理由が無ければ、基本全員参加である。サボりは許されない。ま、どこも一緒か。

まずは自分の事を自分で確りできる様にする。それがこの学園の教育方針という訳だ。

まぁ、放任主義だそうだからな。生徒一人一人に考えさせるというのが此処の方針だと言う事が嫌と言うほど分かった。

それはクラブ活動でも同じで、特に運動系クラブがそうなのだとか。

基本的に運動系クラブは、一軍と二軍に分かれている。これはプロスポーツの一軍、二軍とは違い、本気か遊びかに分かれているのだ。

どういう事? と思われるかもしれないが、要は一軍は大会での優勝や将来プロのプレーヤーを目指す生徒が入る処で、二軍はそのスポーツをただ純粋に楽しみたい生徒が入るクラブなのだそうだ。要は遊びって事だ。

このふたつの軍は場所も分かれている。まぁ、そりゃはそうかも知れない。一軍の部員が大会などに向けてストイックに練習している隣で、二軍の部員がワイワイキャッキャと遊び半分で同じスポーツをプレイしているのだ。人によってはムッとして集中出来ない部員も出て来るだろう。そうならないための配慮ってとこだ。

その他にも一軍と二軍の違いがある。一軍は基本入ったら一途にそのクラブに居続ける生徒が多い。幼年部から高等部まで、ずっとそのクラブに所属している生徒が殆どである。当然、将来を見据えているからそうなるのは必然だ。

一方、それに対して二軍の方はというと、基本遊びでやっているので、出入りは自由、今日はあのスポーツをやりたい気分だと思えば、何時だって自由に参加できる気楽なクラブとなっている。だから二軍に参加する生徒は基本的に暇つぶしで、広く浅くをモットーに、自由気ままにクラブ活動を楽しんでいる生徒と言える。正規の部員は殆ど居ないと言ってもいいかもしれない。

 

「記者さん、着きましたよ」

 

そうこうしている内に、外周部へと到着し、俺たちは運動系クラブの見学に向かう。

さて、俺が運動系クラブを見て回る中で、レッジフィールドは特に珍しいものを中心に案内してくれた。幾ら時間に余裕があるとは言え、ひとつずつ回るのは時間が足りないので、お馴染みのクラブは避けて、宇宙都市でこんなクラブが有るのかと思うものを中心に案内された。その中でも特に驚いたのが、ウォータースポーツやウィンタースポーツまであると言う事だ。宇宙都市でだ。

先ずウォータースポーツだが、水泳や水球などはまだ分かるが、サーフィンやスキューバーダイビングなどもあるのだ。特にスキューバーダイビングクラブに関しては、バカでかいビルのような施設の中にあった。その施設の9割方が水槽になっていて、ぶっちゃけ、ただの巨大な水槽と言っていいような施設である。ただ外見は何処にでもあるビルと同じで、中に入ると前面水槽! ってな感じで圧迫感があった。そんな巨大水槽に入るには、外付けの階段を上って屋上に行き、そこにぽっかりと空いている入り口から水の中に入って行くのだそうだ。結構高いからエレベーターが欲しい処だ。そこまでしてスキューバーダイビングがやりたいのか? と思ってしまう。

サーフィンクラブは、施設内に波を人工的に作れる装置があるプールというだけで、スキューバーダイビングクラブに比べれば、言っちゃ悪いけどスケールが下がる。

そしてウィンタースポーツだが、当然スキーやスノーボード等の出来る雪山が作られているのだがこの施設も馬鹿でかかった。スキューバーダイビングクラブの施設よりも大きいかもしれない高い施設内部に、人工の雪山を作り、定期的に人工雪を降らせていると言う代物だ。そこで部員たちはスキーやスノボーを楽しんでいるという訳だ。しかも先程運動系クラブは一軍と二軍に分かれていると言った通り、この施設もそれぞれふたつあるのだ。

相当金懸かってるな。そりゃ学園の維持費に100億ルヴァー以上も掛かるよ。

それから外周部には運動系クラブしかないと思ったが、意外にも文化系クラブもいくつか存在していた。その中で、俺は刀剣クラブなるのものに興味を持ち、見学させてもらう事にした。

刀剣クラブは、所謂刀鍛冶である。今では絶滅した職種ではあるが、それを生徒たちが復活させたのである。文化系クラブでありながらこの場所にあるのは、火を使うというのはもちろんだが、設備も特殊であるため外周エリアに配置された様だ。

刀剣クラブの施設には、炉や名前の分からないモノが並んでいて、古い映像や昔を描いた映像作品などで観た事のある物があった。正直俺は何を如何して使うのかさっぱりだったが、それを生徒たちだけで、いちから作り上げたというのだから恐れ入る。話を聞くと、試行錯誤の末、丸5年かけて作り上げたそうで、本格的に刀を打てるようになったのは、2年程前だそうだ。話を聞く限り刀剣クラブの生徒たちの熱量に驚かされるばかりだ。

俺は刀剣クラブの生徒たちに、「よく最後までやり遂げたね」と称賛したが、その言葉に生徒たちからは、途中「何でこんな事やっているのだろうか?」と挫けそうになったなどの苦労話を聞く事が出来た。

そりゃそうだろう。今は無くなったものをいちから作るとなると、相当な苦労があるだろう。幾ら資料があると言ってもだ。

俺だったら半年、イヤ、1ヶ月で諦める自信があるな。自慢になんないけど。

俺からすると、刀や剣など最早映像の世界でしか見た事のない代物だ。今ある刃物は専らキッチンナイフなどのナイフ類だけだし、最近では調理器具も発展してナイフを使は無くても料理が出来てしまう時代である。そのためキッチンナイフすらない家庭もある位だ。

ただ、刀剣自体が無くなっても、形だけは存在はしている。特に皇国の近衛軍士官はサーベルを携帯していし、通常の国防軍であっても、自身が貴族である事をアピールするかのようにサーベルを携帯している者もいるらしい。

それにエレメストでも、何かの儀礼や祭事の際に、古代の民族衣装を着飾る時に剣を携帯しているのを見た事がある。そう言う意味では完全に無くなったとは言い難いが、それでもそれらは工場で作られた模造品である事が多く、本格的な殺傷能力がある刀剣では無いだろう。映画やドラマの小道具と同じで形だけと言う事だ。

まぁ、本物が全くない無い訳でもない。ただ殆どが美術品として博物館に収納されているか、金持ちの道楽でコレクターされたものが殆どだ。

さて、刀剣クラブの部員も2年前から刀剣を打っている様だが、現在剣としてあるのは一振りだけだそうだ。2年で1本とは何とも寂しいが、それだけ剣を打つのが難しい作業と言う事だ。幾らシミュレーションしようとも、実際に打つのとでは、全然勝手が違うだろう。実際に部員たちは何度かチャレンジして、やっと一振りだけ剣としての形になったと言っている。

ただその一振りも、剣と言う道具としてはガラクタ同然と言っていた。

何時か博物館に収蔵されている刀剣よりも優れたものを作りたいと、部員たちは熱く語ってくれたが、俺の率直な感想は、申し訳ないが「果たしてこの子たちは何を目指してるのだろうか?」である。

一通り、というか全部は見ていないのだが、いい時間にもなったので、一旦、本校舎に戻る事にした。

空はすっかり真紅に染まり、夕焼けが美しい‥‥‥。宇宙都市でけどね! 全部人工的に作り出した演出だけどね!

 

「いや~、語彙力が無いですが、凄いものを見せてもらいました」

「色々あったでしょ」

「ええ、特にあの刀剣クラブはクラブの域を通り越している感じがしました」

「あれは凄く苦労したようですよ。今の時代、刀工なんて職業は無いですからね。資料を探して手探り状態で作ってましたよ」

「部員たちの熱量に圧倒されっぱなしでしたよ」

 

ドスン、ドスン、ドスン

 

俺は、レッジフィールドと話ながら停めてある車の処に向かっていると、何やら地響きらしきものが聞こえて来て、思わず周囲を見渡した。

すると、向こうの方に学園の生徒たちが集まっている場所があり、その前を何か巨大な人の様なものが歩いている姿が見えた。

 

「あ、あれは一体何だ⁉」

 

俺はそのモノを近くで観ようと人だかりに向かって走る。

それは高さ10m、イヤ、14、5mは有ろうかという人型のロボットで、俺の目の前の道路のような広い舗装された地面を歩いている。

 

「なんだこれは⁉」

「おじさん知らないの? 新しい作業用ロボだよ」

「お、おじ‥‥‥」

 

人だかりはこの学園の生徒たちで、俺が思わずつぶやいた言葉に、初等部くらいの男子生徒が反応して答えてくれた。だが其れよりも、俺の事を「おじさん」呼ばわりとは、何か心にグサッと来た。

 

「こら、これ位の歳の人にはお兄さんて言わないと可哀そうだろ」

「あゝそっか、御免ね、お兄さん」

「イ、イヤべ、別に、お兄さんでも、お、お、お、おじさんでもどちらでもいいぞ」

 

今度は中等部くらいの男子生徒が、俺くらいの歳におじさんと言うのは「可哀そう」と言って来た。可哀そうと思う心が失礼だと思うぞ! そう言う事は思っていても口に出さないもんだぞ!

 

「ハァハァハァ‥‥‥。チョ、チョット待ってください記者さん!」

 

俺に遅れてレッジフィールドが、息も絶え絶えになりながら走って来た。心障を受けた俺は、顔を引きつらせながら運動不足気味の学園長代理を見る。

この学園の教育は如何なっているのか? と、思わず言いたくなったが、ここはグッと我慢してあの巨大ロボットの事を聞こうと思ったが、それは俺の隣のガキンチョが作業用ロボだと言っていたから聞かなくてもよい。

問題はその作業用ロボが歩いている場所だ。第1校舎の敷地の隣のだだっ広い舗装された平地である。柵で囲っているので、第1校舎とは別の施設か何かだと思うのだが、そこに新型ロボがお披露目されていると言う事になる。何故ここなのか疑問が浮かぶ。こんなに生徒に見られていいのか?

 

「あそこは何ですか?」

「ハァハァハァ、あ、あそこですか?」

 

レッジフィールドは、俺の質問に呼吸が整うまで待ってくれとばかりに手を振り、荒い呼吸を整えている。

 

「ハァー‥‥‥。あそこは昔、兵器の実験場として使っていたものです」

「兵器の実験場⁉」

「ここはその昔、全体が皇立科学研究所の敷地であった事はご存じでしょ」

「ええ」

「その時も広すぎて研究施設だけではなく、その他の施設もあったんです。特に軍は兵器の実験場を幾つか作っていて、あそこはそのひとつなのです。確か第2兵器実験場だったかと」

「じゃあ、あれは軍の新兵器!」

 

その瞬間、俺の脳裏に「X計画」の言葉が浮かんだ。

 

「だから新型の作業用ロボ出って言ってるじゃん。僕の言った事もう忘れたの? 頭お爺ちゃんじゃないか、おじぃ兄さん」

「お、おじぃ!」

「こらこら、やめなさい」

「は~い」

 

レッジフィールドに窘められ、初等部のガキンチョは不承不承の体で学園長代理の言葉に従う。

こ、このガキンチョ、頭握りつぶしたろうか(# ゚Д゚)

 

「昔はそうだったというだけですよ。それにあれはただの宇宙作業用のロボットです。人間と同じ動きが出来る最新型だとか」

「そ、そうなんですか‥‥‥」

「それに、もしあれが軍の新兵器だとして、学園の校舎が隣にある場所で運用試験などしますかね?」

「あゝ其れもそうですね‥‥‥」

「我々学園は、広い敷地面積を所有している割には使っている場所が限られていますでしょ。そう言った使っていない場所を企業などに提供しているのですよ。ま、使用料は取りますがね」

「ちゃっかりしてますね」

「ハハハ、余っているモノを有効活用するだけですよ。それより戻りましょうか?」

「あゝええ、そうですね‥‥‥」

 

本当に作業用ロボなのだろうか? 学園長の説明を聞いても、あの巨大ロボが作業用ではなく、兵器になるのではないかという疑問が頭から離れなかった。人型ロボット兵器など、アニメの世界の話であって現実的では無いとも思う。しかし、俺は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした‥‥‥。

 

続きを読む

H計画とミシャンドラ学園 FILE7

人間には様々な能力や才能がある。

それらは全ての人間の中に秘められたものであり、諸君ら一人一人にも才能はあるのである。

だがしかし、それらはただ単に自然発生するものでは無い、自らが行動し、経験し、学んだ先に備わるものである。

そして自身にどのような才能があるかは、自ら探し当てなければならない。で、無ければ、その才能に気付く事なく生涯を終える事になるだろう。

では如何すれば才能を見つけ出す事が出来るか。答えは好奇心である。

好奇心を持ち、何事にも臆する事無くチャレンジする行動力が必要である。

そのためには、まず自分を知らなければならない。

自分を知る事が自らに秘めたる才能を見つけ出す方法である。その才能こそが自らに自信を与え、行動力を生むのだ。

では自らを知るためにはどうするか、それは自らに興味を持つ事である。自らに興味が無いものに自らを知る事はできない。

そして自分に興味を持つためには、自分を好きにならなければならない。自らを愛さなければならないのである。

人間がまず最初に愛すべき人間は自分自身である。

自分自身を愛した者だけが自分に興味を持ち、自分と言うものが如何形作られていのかを知る事が出来るのだ。

それによって自ら考え、行動し、自制し、自らを守る事が出来るのである。

私の言葉は今の諸君らにはまだ理解できないかもしれない。しかし、諸君らがこの学園で生活する12年間の中で少しずつ理解して行くと、私は信じている。

この学園での学と経験が諸君らの才能を開花させると、私は信じている。

そしてこの学園を巣立った諸君らが必ずや社会で活躍すると、私は信じている。

自らの未来を掴むのは君ら自身である。自らがこれから生きて行くために必要な術を、12年の学園生活で学び吸収してほしいのである。

 

俺はミシャンドラ学園の学園長「代理」室内の応接スペースでソファー椅子に座り、ネクロベルガー学園長様の有難いお言葉を、テーブルの上に浮かぶホロディスプレイで視聴している。

 

「如何ですかな総帥の素晴らしい入学式の挨拶は」

 

テーブルを挟んで向かいに座るレッジフィールドから感想を求められ、正直困惑している。

応接スペースに入ってソファーに座った瞬間、レッジフィールドからこの映像を見せられたのだ。まるで独裁者の演説でも聞いている様な気分になるが、内容はミシャンドラ学園に入学した新入生に向けての言葉だ。

目の前の学園長代理はネクロベルガーのシンパである。余計な事を言って心証を悪くするのは得策ではないので当たり障りのない返事をする事にした。

 

「先ほど学園長が自らを知ると言っておられましたね。そのためには自分を愛せと、人間が最初に愛する人間は自分自身とも言ってました」

「愛するというのはチョット大袈裟に聞こえるかもしれませんが、要は自分を好きになると言う事です。自分を好きになれば自分に興味が出て来ます。自分とはどんな人間なのか? 好きなモノ嫌いなモノ、何が出来て何が出来ないのか、そういった自分を知るための第一歩が自分を好きになると言う行為です。即ち自らを愛すると言う事です。それにオルパーソンさんが今日ここに来たのも当学園に興味があったからでは?」

「確かにそうですね。今日来たのは興味があったからです。興味の無い事には人は無関心です。逆に興味が無いもの、無い事柄に取り組ませるには報酬など何かしらのメリットでもないと人はやる気になりません」

「その通りです。そして自分に興味を持つ事で自分とは? と客観的に見て考える力を養うのです」

「成程。では生徒たちに自分を愛すために学園では如何いった教育を?」

「そうですな、具体的には放任主義ですかね

放任主義ですか?」

「子供たちを放任する事で、自己主張が強く、独創的な思考力が付いて決断力もある生徒になります。他にも自由で寛容性があり、リラックスした性格になります」

「しかし放任主義のデメリットには、自己管理が出来ず社会性にも難がある子供になると言われていませんか?」

「確かにそう言われてもいますね。ですがその事に関しては何も問題ありません。ちゃんとデメリットにも対応しています」

「例えばどのような対応を?」

「そうですな、明確なルールを教えたり習慣的なルーティンを作る等々です。しかしこれは当学園より各シティの養護施設や保育センターの方が力を入れています。勿論、当学園も引き継ぐ形で継続していますが」

「あゝそうでしたね‥‥‥」

 

ヤバい、保育センターの見学は保育士の方に重点を置いて、余り子供の事は重視していなかった。とんだミスをしてしまった。

言い訳を言うと、子供の方はミシャンドラ学園でじっくり聞こうと思っていたんだ。保育センターはエッグという人工子宮に面食らってしまったから、そのエッグの子供たちを管理する大人の方に目が行ってしまったのだ。結局俺は見てくれに騙される三流記者って事か、反省‥‥‥。って、しょ気てる場合じゃない。ここで挽回するぞ!

 

「如何かなされましたかな?」

「えっ!? ああ、え~と~、生徒を放任主義で教育するというのは分かりました。実際の取り組みは如何いったものですか?」

「貴方も先ほど教室で見た通り、やる気がある生徒はドンドン学ばせて教員と同じように生徒を教える側になったり、やる気が無い生徒には無理強いしないと言うものです。要するにゆとり教育と言った処ですかな」

ゆとり教育ですか?」

「そうです。子供たちの好奇心に任せて学ばせるのです。そうすれば子供たちは自分が何に興味があるのかを知り、突き詰め、将来社会に出た時の武器になると思うのです」

 

好奇心に忠実に行動か‥‥‥興味が湧いた教科は好きに学ばせるが興味が湧かなかった教科は学ばなくていいなんて、幾らなんでも極端すぎないか? そんなに簡単に諦めていいものなのだろうか? もっと何か方法があるのではないだろうか? と、俺などは思ってしまうのだ。例えば生徒たちが興味を引く様な、面白い授業をするとかそういった試みは無いのだろうか? その点の事をレッジフィールドがは如何思っているのだろうか?

 

「ですが興味を持った教科を重点的に学ばせ、興味がない教科は学ばなくてもよいというのはチョット極端に過ぎるのではないでしょうか。生徒たちが興味を持つ様に面白い授業にしたりとかはしないのですか?」

「当然、全ての教科に興味を持って学んでもらえるように工夫はします。それについては教員に一任していましてね。ふたりの補助教員と話し合って授業内容を決めて貰っています」

「教師しだいですか。実は私の母国のエレメストでは、生徒に興味を持ってもらうためにトンデモ授業をした結果、教員が生徒の親に訴えられた事例がありまして」

「そうですか、我が学園ではそんな事は起こっていません。‥‥‥あゝそう言えば過去に、他校の教師が生徒に興味を持ってもらうという理由で犯罪や性的な表現で授業をしていたと問題になった事がありましたな。それで当学園の教員たちにはそのような事が起こらない様に通達しました」

「皇国でもそう言った事はあるのですね」

「それは20億以上もの人間が住んでいるのです、そういった可笑しな行動をする人間も出て来ますよ。それに当学園はひとりの正教員とふたりの助教員のチーム制で授業を担当しています。これはそう言った事への予防策にもなります。たとえひとりの教員がズレた授業を考えても、残りふたりが止めれば済む事です。一応、教員たちは事業内容を決める際は、話し合いで教員全員が授業内容を把握し、納得したうえで授業をする様に徹底させています」

「そうなのですか、其れなら安心できそうですな」

「まぁ油断は禁物と言う事ですが、万が一にそんな事が起こったら‥‥‥どうなるでしょうね。総帥がどう判断するか‥‥‥ですが」

 

あ、これ怖い話になる。話を変えよう。

俺は親衛隊の影がちらついたので話を変える事にした。

 

「そ、それでは他に取り組みとかはあるのですか?」

「他にですか? そうですね‥‥‥特別授業なんかは如何でしょう」

「特別授業ですか?」

「はい、当校では学習指導要領で決められた通常の授業の他に、特別授業というのが週に1、2回あります」

「どのような事をするのでしょう」

「社会に出た時に経験するであろう様々なモノです」

「ざっくりとしていますね」

「すいません。例えば社会科という教科がありますよね」

「ええ、まぁ。地理とか歴史とかですね」

「他にも政治学や経済学、社会学倫理学など人間社会を理解するための学問です。例えば当校では皇国の歴史よりもエレメストの歴史、地理も第4惑星よりエレメストの地理の方が時間を割いています。悲しいかな皇国には歴史も地理もエレメストには到底及びませんからね」

「まぁ確かに皇国は建国からまだ40年そこそこですし、人類が第4惑星に移住してからでも約100年と言った処ですか。100年と言えばまぁまぁ歴史があると言えますが、エレメストで人類が誕生して数百万年前と言われてますからそれに比べれば、と言った処ですか」

「そうですね、人類が文明を築いてからでも数千年は経っていますからな」

「で、歴史の授業を受けている訳では無いですよね? 話が見えないのですが‥‥‥」

「勿論です。所謂社会勉強ってやつですよ。例えば挨拶は日常生活で何気なく行っているものですが、そういった挨拶を始めとしたマナーなどを教えています」

「マナーですか?」

「ええ、社会に出て冠婚葬祭などに出たり様々な格式ある式典や会食や宴席などでのマナーがあります。知らないと恥を掻いたりしますから事前に調べたりするでしょう。ですが、そういった付け焼刃では上手くできるかと緊張して失敗する事もあります。そうならないための授業です。もしかしたら一生縁が無いかも知れませんが、憶えておいて損はないでしょう。そう言った諸々の事を特別授業で教えるのです」

「成程」

「他には法や犯罪についても授業をします。これについては別に法律を全部教える様な事は致しません。実際にすると可成りの時間が掛かりますからな。生きて行く中で特に重要な事柄を教え、法律というルールを理解して守る事の重要性を解くのです」

「成程」

 

社会勉強ね。通常の社会科の授業とは違う社会科の授業っと言う事か? う~ん、社会科の授業ではできない事を特別授業ですると言う事か。

 

「他にはどんな授業内容を?」

「そうですね。嗜好品が人体にどのような影響を及ぼすか、というのは如何でしょう」

「嗜好品? あゝ煙草とか酒類、お茶やコーヒーなんかもそうですよね。生きるためには必要ないが香りや味なんかで心理的に習慣性を‥‥‥って、まさか!」

「オルパーソンさんの想像通りです。皇国での嗜好品で教育しなければならないもの。そう、麻薬です」

「麻薬の教育!?」

「痛み止めとして医療用にマリファナを使いますが、皇国ではシガークラブで様々な薬物を嗜む事が出来ます。それらの危険性を毎年の様に授業で生徒たちに注意と警告をしています。その他にも酒類やたばこ類などもそれぞれ授業で取り扱っています。過剰なアルコールの摂取が人体に与える影響や、たばこの健康被害などです。それとは別に食品の中での健康に影響を与えるものも教えています。まぁ後者は一般的に食育と言われているものですな」

「成程。特に麻薬に関しては皇国ではエレメストで危険薬物として指定されている殆どが合法ですからね。噂には聞いてましたが、実際にシガークラブを取材した時には驚きました。要するにそれらの危険性を教えていると言う事ですね?」

「その通りです。あのような薬物を使用したらどのような結果になるか、それを教えるのも学園の重要な役目です」

 

やはり危険薬物が合法というのは皇国内の人々にも思う処があるのだろう。チョット話はズレるがこれについても聞いてみる事にしよう。せっかくだし、教育者としてレッジフィールドが危険薬物についてどう考えているのかを。

 

「その麻薬ですが、学園長代理はどのようにお考えですか? そもそも危険薬物が合法というのが危険薬物に関する授業をしなければならない一因では?」

「それについては‥‥‥」

 

レッジフィールドは、俺の質問を聞くなり急に腕を組んで考え込んでしまった。それだけ難しい問題と言う事か。

ただこれは聞いておいた方がいいと思う。幾らシガークラブの店舗内でしか使用が出来ないとはいえ、麻薬を取り扱うのは可なり危険な行為だ。麻薬の管理は法で厳しく定められ、店舗ごとに徹底されているとはいえ、それでも店舗外に持ち出される危険性はある。それを何かの拍子に子供が使用してしまったら目も当てられない。そう言ったリスクを皇国は抱えているのだ。それでも合法にした理由は何なのだろうか?

 

「麻薬の合法については第一に犯罪組織の資金を断つという名目です。我が国の麻薬はそれこそ非常に安い。オルパーソンさんはエレメストでの麻薬の値段をご存じで?」

「ええまぁ、調査した事はあります。例えばコカインなどは1gの末端価格は90ルヴァー~600ルヴァーでしょうか」

「コカインですか、コカインは原産地では安いのでは?」

「え~と、確か4ルヴァーだったはずです。1回の使用量は大体0、1gですから1回40ブロンと言った処ですか」

「皇国でも大体それ位の金額です。安いから高く売って儲けようとする犯罪組織にとっては皇国は儲けにならない。だから麻薬の密売と言うものは皇国には無いのですよ」

 

麻薬による事件は無いとレッジフィールドは断言したが、本当だろうか? 以前シガークラブ「R&J」店長のロメオ・エフェリタに聞いたのだが、未成年や中毒患者はシガークラブを利用する事が出来ないそうだ。そのため彼らを狙って麻薬の密売はあるかもしれないと言っていた。彼らになら多少吹っ掛けても買ってくれるだろうしな。この国は入国の時に荷物検査をしないから持ち込むのは簡単だろう。ただ防犯意識が高い皇国で麻薬を密売するなど結構なリスクだ。でも方法が無い訳ではないはずだ。俺は思い浮かばないが、そう言った事を考え出す奴は何処にでもいる。

 

「確かにそうかもしれませんが、其の為に皇国民の健康や生命に重大な悪影響をもたらす麻薬を合法にするのはチョット‥‥‥」

「だから麻薬に対する認識を持つための授業があるのです。これは当学園だけではなく全ての学校で実施されています。序に飲酒喫煙についても授業をしています。食育に関しては学校によって様々です」

「そうですか‥‥‥」

 

この話は一旦ここで終わりとしよう。今回の目的はあくまでミシャンドラ学園の取材であって麻薬の合法の是非を議論する事ではない。話がズレてしまったようなので、一旦仕切り直すとしよう。

 

「すいません。話が逸れてしまいましたね」

「いえいえ、麻薬の合法については皇国議会でも度々議論されていましてな。皇国でも賛否分かれているのです。抑々合法にしたのはサロス陛下ですからね」

「あゝ其れは知っています。それに噂では‥‥‥」

 

するとレッジフィールドが手を出して俺の言葉を遮る。俺が何を言おうとしていたのかを察しての事だろう。噂の域を出ない話だが、サロス帝自らが麻薬中毒者だったからこんな法律が出来たと噂されている。あくまで噂ではあるが、皇国にとってはタブーとされているだろう。ただ俺としてはそうなんじゃないかと思っている。だってあのサロスだぜ。幽閉時代に侍女を強姦して彼女の彼氏に殺されそうになった。

 

「特別授業は他にも道徳や宗教観、労働や企業、株や投資、戦争と平和、心理学や性教育なんかもありますね。兎に角、色々ですよ。社会に出て『こんなの学校で習ってないよ』なんて言い訳をさせないための授業、それが特別授業です」

「成程そう言う事ですか」

「あゝそう言えば、面白い授業に嘘と裏切りを教える授業がありましたね」

「嘘と裏切りを教える!?」

 

余りにインパクトに思わず立ち上がって叫んでしまった。レッジフィールドも俺が行き成り大声を出して立ち上がったので驚いた顔になっている。

驚かせてすまないとは思うが、嘘と裏切りを教えるってどういう事なんだ?

 

「う、嘘と裏切りですか‥‥‥」

「落ち着かれましたかな、そうです人間は嘘をつく動物です。勿論生物の中には擬態など相手を騙す生物はいますが人間のそれはもっと高度なモノです。それによく裏切ります。それを理解させる授業です」

「もうちょっと詳しく聞かせてもらえますか?」

「詳しくですか? そんな難しい事ではありませんよ。噓や裏切りのメリットデメリット、何故人は嘘を付き裏切るのか、嘘で人を騙す方法に嘘を見破る方法、裏切りを防ぐ方法などですよ」

 

嘘を付いて裏切る方法? オイオイ詐欺師でも作るつもりか? とんでもねぇ学園だ。まぁ其れを見破る方法も教えるみたいだけど‥‥‥。

でもやはり嘘や裏切りを教えるというのは抵抗がある。と俺が思っている事を見抜いたのか、レッジフィールドはその授業の意図を話し始める。

 

「例えば自分を大きく見せようとする人間は、嘘をつきますよね」

「まぁ実際は大きな人間じゃありませんからね。盛ったりして大きく見せるだけです」

「だがそれが分かったとしても、嘘を付かれた人にとっては何も関係ないのです。だからその嘘を見破ろうとは思わない。そう言う時は嘘を付いた側は嘘を付きとおせるという訳です」

「う~んと~、ですが嘘を付かれた方は嘘だと知ったら怒るのでは?」

「そうですか、何か不都合な事がありますか?」

「え、イヤ騙されて腹が立つとか、信用したのに裏切られたとか?」

「確かに聞いていた事と違いますが、ただ其れだけです。騙された方にデメリットは無いのです。相手が大きいか小さいなど自分にとって一切関係ない事です。それによって自分が大物になる訳でも小物になる訳でも無いのですから、目の前の相手が小物なのに大物ぶって、それがバレたらただ大物から小物に戻るだけです。勝手に相手の立場が変化しただけで自分自身には何も関係ありません。もし騙されたと思うのは、相手によって自分が変わると思い込んでいる証拠です。何も変わりませんよ。変わるとすれば、相手の行動や言葉によって感化され、自分自身が行動した結果で変われただけです。その切っ掛けを与えてくれた事に感謝するだけです。結局は自分の行動なのです。これこそ自分のためですよ」

「成程、嘘を付かれて怒るのは自分の行動に原因があると」

「そうです、相手が大物か小物かは関係ありません。全ては自己中心に考えるのです。自分がこの人物と付き合いたいと思えば付き合い、付き合いたくないと思えば付き合わなくてもよい、それを決めるのは自分自身です。嘘で一喜一憂するのは、それだけ自分を持っていないと言う事です。自分を知るという意味でも嘘を教えるという授業を行こなっております」

「成程‥‥‥」

「それに裏切りも同様です。自身の立場や利益や心情、それらを鑑みて自分が苦しんでまで他人に忠誠を誓う必要は無いのです。そして裏切られたくないなら相手の事をしっかり理解し、裏切られないようにしなければなりません。ただ『裏切るな!』と頭ごなしに言っても効果はない。必要とあらば人は裏切ってしまうのです」

「成程‥‥‥」

「まぁ今のは単なる一例です。他にも色々あります。特に特別授業は授業内容によっては、幼年部から毎年行うものから中等部や高等部から始めるものもあります」

「相当力を入れているのが分かります」

「当然です。当学園の生徒は親の居ない子供たちです。卒業したら寮を離れて一人暮らしをしなければならない」

「確かにそうなりますね。頼れる親が居ないのですから」

「まぁ中には気の置けない友人と部屋をシェアして暮らしている子たちもいます。他にも恋人同士で同棲したりもしています」

「ふぇへぇ!? ど、同棲!?」

 

俺が行き成り奇声を上げたので、レッジフィールドは再び驚いた顔をする。

 

「ど、如何されました!?」

「あ、い、いえ、何でも‥‥‥」

 

同棲と聞いて衝撃を受けてしまった。まさか高卒で同棲とは。ムムム‥‥‥俺だって彼女と同棲始めたのは26歳過ぎてからだぞ! 結局別れたし‥‥‥許せん!

俺は次から次へと頭に浮かぶ同棲を始めたばかりの甘い生活が蘇り、そして地獄に突き落とされるような別れのシーンを思い起こして絶望する。

 

「あ、あの‥‥‥大丈夫ですか?」

 

意気消沈する俺をレッジフィールドが気遣ってくれた。優しひとだ学園長代理! (´Д⊂グスン

 

「い、いえ‥‥‥お気遣いなく」

「そうですか?」

 

まぁ高卒同棲の件は置いといてだ。レッジフィールドの話を聞いて、この学園が子供たちに良い教育環境を築いているのは分かる。親の居な子供や虐待を受けた子供が暮らすのがこのミシャンドラ学園である。そう言った意味では、彼らは恵まれていると言っていいだろう。なんたって彼らを保護しているのは皇国の最高権力者なのだから。

但し、俺はまだこの学園を100%信頼している訳ではない。なんたって毎年親の居ない子供を人工的に1万人も作っている国だからな。なんだってこんな事をしているのだろうか? 多くの子供を確保するため? それは一体何のためか。少子化対策とは言っていたが‥‥‥本当にそれだけだろうか? 最近では片親の子供や家出した子供まで学園に迎え入れていると聞く。

う~ん、謎だ。ただの慈善事業か? ネクロベルガーはこの学園の維持に毎年数十億ルヴァー、場合によっては100億ルヴァーを超える資金援助をていると聞く。そこまでして何がしたいんだ? これもH計画の一環なのだろうか?

俺が難しい顔で考えているのを、レッジフィールドが訝しげな顔で見ている事に気付いた俺は愛想笑いをする。

いかんいかん、それらは後で考察する事にして今は学園長代理様の話に集中しよう。

 

「何か考え事ですか?」

「いえいえ何でもありません。話を続けてください」

「それでは‥‥‥あ~と~‥‥‥。ハイ、要するに彼らが一人で暮らせるように特別授業があるのです。それと同じ位に重要なのがクラブ活動です」

「そう言えばかなりの数のクラブがあると言ってましたね」

「ええ、理事長代理の私でも実際のクラブ数は分かりません」

「そんなにですか?」

「というのも、生徒たちが何かやりたい事を見つけたらそれに関連したクラブが出来てしまうのです。そしてそれらは事後報告でして、まぁ要するにクラブ活動費が必要になったら報告すると言った感じでしょうか」

「え、そうなんですか? それじゃあ予算が要らないって部活は学園側が把握していないと?」

「そうなりますね。だから私も全クラブを把握していないのです」

「そうなのですか、それじゃあ‥‥‥」

 

さらにクラブに付いてレッジフィールドから話しを聞こうとした時、何やら部屋の外の廊下が騒がしくなる。如何やら今日の全ての授業が終わった様だ。

 

「授業が終わったようですな、其れではクラブ活動を見て観ますか。話の続きはその都度お伺いいたします」

「分かりました。では行きましょう」

 

俺とレッジフィールドはソファー椅子から立ち上がり、クラブ活動を見学するために学園長代理室を後にした。