高専に入学する前から現在について~高専4年生編~
前置き
お久しぶりです。1年以上ブログの更新をサボっていましたが、ちゃんと生きてます。今年(2023年度)から社会人になりました。考えれば、ブログを開設してから2年以上が経過しているんですね。早いですね。
さて、このブログの目玉記事である「高専に入学する前から現在について」シリーズですが、高専4年生から卒業までのお話を記事にしていなかったのを思い出したので書いてみます。
前編・後編・中学生編はこちら↓
中学生編:高専に入学する前から現在について~中学生編~ - 高専生ぜろ
前編:高専に入学する前から現在について~高専生編・前編~ - 高専生ぜろ
後編:高専に入学する前から現在について~高専生編・後編~ - 高専生ぜろ
4年生
4年生(高専5年目)です。私が卒業した高専は、4年生から私服登校になります。全国の高専には、1年生から私服登校の高専と、4年生から私服登校の高専があり、その割合は半々くらいです。制服のメリットとしては、毎朝服を選ばなくてよい、高校生気分()を味わえるなどがあります(制服4年間着たんだけれども...)
4年生から私服登校だったんですが、服とかどこで買えばいいのか分からなかったのでとりあえずGUとRight-○nで揃えました。友達に古着屋も連れて行ってもらいました。
最近はかわいい絵がバックプリントされているTシャツとかパーカーが好きで、Z○Z○T○WNで買ったりもしてます。
4年・前期
4年生になると、専門科目がさらに難しくなりました。前期中間・定期テストでもいくつか赤点を取った記憶があります。また、クラス全体が就活・受験ムードに少しずつ切り替わっていき、週に1度ほど企業の人が会社説明に来たりしていました。
それでも、私は相変わらず遊びまくってました。本当は校則でNGなんですが、友達と髪にメッシュいれてお揃いにしていました。
ちょっと話は脱線しますが、私が卒業した高専は髪染めは基本的にダメなんですよね。大半の先生は見て見ぬふりしてくれますが、中には校則にうるさい先生もいて、その人に校内で捕まってしまい、生活指導?の先生の元に連れていかれました。
当時の生活指導の先生は、仏みたいに優しくて、髪の毛もお坊さんみたいな方だったので、生活指導の先生からは「染める髪があっていいな~」とだけ言われて解放されました。
全国高専で見ると、髪は金などの明るい色でも🆗って高専が多いのに、なぜウチはダメなのか、、、と思っていました。
担任の専門科目で赤点を取ってしまい、テスト返却の時に「髪染めてる暇があるなら勉強しなよ」と言われた記憶があります。
あと、6月ごろに普通自動車の運転免許取りました(AT限定じゃないよ)
父親の車がMT車だったので乗り回して遊んでました。
4年前期で書くことはこんなもんですかね。もっと面白いイベントがあった気がしますが、なんせ2年前のことなもんであんまり覚えてないです。
4年・後期
夏休みが8月のお盆前~9月いっぱいまであります。4年生の夏休みの記憶がほとんどないんですよね...部屋に引きこもってたんでしょうか?
夏休みが終わると後期スタートです。この頃(3年の春休みからだけど)はひたすら筋トレしてました。たまにジムに行き、ジムに行かない日は家で腕立て100回くらいやってました。なぜそんなことをやっていたのかというと、秋にある体育祭で重役を任されていたからです。(詳細は私のインスタ参照)
そして体育祭が無事に終わり、次週の高専祭も楽しみました。
この頃は結構充実してて楽しかったです。
あっという間に冬が来て、後期中間テストがありました。(12月中旬)
後期中間テスト終了時点で、点数が足りてなくてヤバい科目が1つだけありました。
後にこの科目に苦しめられることになります。
そんなこんなでいろいろあって冬休みに入り、年が明けました。
冬休みは家族で車で初詣に行った記憶があります。デカいファミリーカーを私が運転したんですが、駐車とか慣れてないから結構怖かった。
年が明けると、クラスの雰囲気は本格的に就活・進学ムードに切り替わっていきました。大学・企業調べをやったり、インターンシップに申し込んだりしました。私も某・大手プラントメーカーのインターンシップに申し込みをしました。
しかし、この頃の私は就活よりも、「無事に5年生になれるのか」の方が心配でした。赤点を引きずっていた例の1科目が恐ろしかったのです。
そして学年末試験の試験期間になりました。友達の家に泊まって勉強会をしたりしたんですが、結局アニメ映画を一緒にみたりして進みませんでした...........
学年末試験の嵐が過ぎ去ると、そこに残ったのは赤点の専門科目1つ。本格的にこれはマズいんじゃないか?と思いました。「次留年したら高専やめろ」と親に言われていたからです。春休みにある再試験で落としてしまうと留年確定です。どうするぜろ。
4年・春休み
不安を残すまま春休みに入ってしまいました。ちなみに、4年生の春休み初め頃の私の予定と心情は、
に書いてます。が、達成できなかった予定もあります。詳しく知りたい方は読んでみてください。
再試科目を1つ残して春休みに入りましたが、2月下旬に東京であるインターンシップに友達4人で行きました。インターンシップから帰ってきた5日後くらいに再試験があったんですが、東京に行っている間は全てを忘れて楽しんでました。観光も兼ねて行きました(アホ)
写真貼っときます。
この時はマジで楽しかったです。
写真は割愛しますが、他にも色々行きました。
友達が彼女にネックレスをプレゼントしたいからと言うので原宿に一緒に買いに行きました(今思うと黒歴史)
さて、そんな楽しい時間もつかの間、家に帰ると、留年がかかっている再試験まで残り数日という現実を突きつけられました。
それからは、数日間必死で勉強しました。「なんで赤点取る前に同じくらい勉強しなかったんや?」って自分に突っ込みたくなるほど勉強しました。
そして数日後、再試験を受け、無事に進級確定しました。
この科目は4年電気科の中でも最難関科目だと思います。担当教員のクセが強いというのもありますが。
ちなみに、同じ科目が再試験だった友達は落ちました。彼は2回目の留年です。今年ようやく卒業できそうとのこと。よかったね。↓
留年した友達は今楽しそうにしてるので多分大丈夫です笑
さて、無事に進級が確定したので、就活の準備をしつつ、春休みを満喫しました。
春休みは、遠方の高専から来たフォロワーさんと柿小屋に行ったり、日雇いバイトやったり、留年する前の同級生の卒業式に突撃したり、コンテストのために学校に通ったり、Tinderやってるのが同校の女子にバレたりしましたw
あとは人生初の競馬もやりました。
そんなこんなで春休みを満喫し、4月から最終学年の5年生になりました。
次回へ続く
というわけで、高専4年生のお話はこんな感じです。
卒業まで1つの記事にまとめてしまおうかと考えていましたが、結構長くなりそうなので、5年生~卒業までは別の記事にしようと思います。
色々あった4年生でしたが、5年生もとっても濃い内容で、苦労もいろいろありました。
次回、卒業編!お楽しみに!
春休みに入ったよって話
前置き
お久しぶりです。先週くらいから春休みに入ってたのでブログを書きます。この記事は前哨戦みたいな感じで、第四学年の総まとめは春休み終わりごろに別記事に書こうと思います。
てかブログ書くの久々すぎてこのブログでの一人称忘れました「僕」か「私」を使っていたと思うんですがとりあえずは「私」でいこうと思います。なんか上品なので。
ちなみにまだ進級は確定していません。当たり前に進級できると思うなよ(怒り)
具体的には、物理系の激ヤバ科目の再試が1つ残ってるんですよね。その科目さえクリアしていれば今頃ウハウハ(?)で春休みを過ごしていたと思うんですけどね。まぁもうすぐ就活も始まるんですが...
そろそろ本題に入ろうと思うんですが、なんせこの記事にはオチが無いです。
春休みに入った報告程度に書いてます。
俺の風呂ルーティーン
さて、私は風呂に入る前と後に、脱衣所の洗面台の鏡で自分の肉体美(?)を観察する時間を設けています。設けているというより、気付いたら眺めてしまっているって感じですね。
なんか筋トレ始めたてのイキリ中高生みたいなことやってんなとは思いますが、それでも自分の身体に筋肉が付いているのは見ていて飽きないし嬉しいのです。
あと、体を乾かすのにも時間をかけてます。髪は多少湿っていてもいいんですが、体が湿っている状態で服を着たくないんですよね。
そのせいで風呂に結構時間かかってしまっています。多分浴室と脱衣所にいる時間が同じくらいです。たまに家族には申し訳なく思います。やめられないんですけどね。
また、私は湯船に浸かっている間によく考え事をします。たまに、凄い韻を踏んだ文章を思いついたりするんですが、風呂を上がるころには忘れていますw
ちなみにこの記事の構成も風呂の中で考えていました。
春休みの予定
ここまでダラダラと書いてしまいましたが、春休みの予定を書こうと思います。もう1週間過ぎてるんですけどね。
【東京に行く】
諸事情で東京に行きます。ちなみに東京童貞です。某ウイルスの感染対策だけはしっかりして行きます。東京の地下鉄とかどうなってるのかさっぱり分からんけど、まぁ携帯電話と🍉あれば大丈夫でしょ(適当)
特に言うことは無いです。
【再試験を受ける】
高専生活の運命の分岐点です。高専生の最後の希望です。落ちていった仲間の魂を背負ってます(壮大)
ちなみに東京から帰ってきて数日後にあります。勉強しなきゃ。
【バイトへの復帰】
ここからは再試験が終わった後の予定になります。
去年の冬くらいからやってたバイトなんですけど、学業上の理由()でお休みしてました。時給めちゃくちゃいいんですよね。多分そこらの塾バイトやってる高専生より余裕で高いです。かなりしんどいですけどね。おそらく皆さん1度はお世話になったことのあるあの会社です。
【筋トレ&資格の勉強】
これは今までもやってたんですが、テスト前からお休みしてました。
筋トレもしばらくやっていなかったので横腹に若干肉がついて不快感があります。来年度は体力テストでAを取るという目標もできたので頑張ります。それと、短距離走も長距離走も速くなりたいです。短距離は平均よりは速いんですがまだまだです。今年の体育祭は足首をねん挫した状態で走り、2着でした(謎の武勇伝)。
長距離走は、部活を引退してから落ちていってます。このままだとデブ道まっしぐらです。危機感を覚えています。
資格試験ですが、今年度は3つくらい取りました(普通自動車運転免許も含めて)
来年度こそは電験三種の全科目合格を果たしたいです。てか残りの科目合格しないと2020年に合格した理論の科目合格が無効になります。
それと、危険物取扱者の残りの類も取ろうと思ってます。特に理由は無いんですが、免状の枠を埋めるためです。
【コンテストの準備】
現在、学校の課外活動のとして、チームで2つのコンテストに挑戦しています。専門知識を使うコンテストで、詳しくは今度別記事にしようと思います。
1つはもう応募して結果待ちです。もう1つのコンテストはかなりレベルが高く、準備に時間がかかるんですが春休みは他の用事で忙しいうえに、諸事情によりなかなか準備の都合が付きません。どうなることやら。
やっぱコンテストや課外活動で活動し、何かしらの結果を残すことって、学生にとっては大切なことですよ。私も最近気が付きました。最近は学科のイベントの手伝いにも参加しています。教員からの評価爆上げだぜ。えっへっへ。
【一人旅】
なんか最近一人旅やってねぇなーってのと、私の周りの人が一人旅やってて羨ましいので久々にどっか行きます。私の古参勢(?)なら、私が意外とキャンプとか旅好きなのは知ってると思います。
コロナ大丈夫なのかよって言われそうですが、陰キャラなので人が密集するところには行かないです。
実現出来たらこれも記事にしようと思います。
【就活】
とうとう来たなこの時が!4年が終われば就活です。早いですね。特筆すべき点はありません(書けない)。進学勢は頑張ってください。
終わり
いくつか計画を立てていきましたが、私にはまだやるべきことがありますよね?
そう、ブログを書くことですよね(?)
というのも、たまに思い立ってブログを書こうと思って題材を決めても、途中でめんどくさくなったり、忙しくて下書き行きになった記事が10本ほどあるんです...
この記事内でも「後日別の記事にします」って書いてるのがいくつかありますよね。
ということで、春休み中にいくつか投稿すると思うのでお楽しみに!
おまけ
去年、ブログを開設したころから始めてたんですよね。ウマ娘。
そこから少しずつ沼にハマって、今じゃグッズとかコラボ商品を買い漁るようになってしまいました。そう、これは高専生としてのキモヲタ活動録です。
ついでに競馬にもハマりました。馬券は20歳からしか買えないので、今のところは予想するだけにとどまっています。ハマりすぎないようにしなきゃね。
~画像垂れ流し~
ウマ娘はゲームのリリースからもうすぐ1周年を迎えることもあり、いろいろイベントが来て楽しいです。育成が捗るわ(勉強しろ)
以上
どうやら磁界と電界は切っても切れない関係にあるらしい
こんにちは.今回の記事は専門的な話になるので,その手の人だけ見ていただいて結構です.とはいっても,筆者も何も分かっていません.ただ電磁気学の奥深さに浸るだけの記事です.しかも,浅くしか語れません.ご了承ください.
疑問というよりは発見
先日,学校で電気回路の授業中に突然現れた式について色々書きます.
私も謎すぎて何も分かりませんが,とりあえず謎なりに考えてみようと思います.
電気回路の授業で,分布定数回路の伝送路の伝搬速度みたいなのを求める式で下の式が突然出てきました.
私は,磁界と電界は何となく,"別のもの"というイメージがありました.今までの電磁気学の勉強では1つの問題に透磁率と誘電率の両方を使うことはありませんでした.この二つの概念の相関性など知らなかったんですね.(自分の単なる学習不足かもしれないが)
なのでこの式を見たとき,オイラーの公式を初めて見たときのうような衝撃がありました.式の美しさに感動するなんてことは滅多にない事ですが,久々にその感覚に陥ってしまいました.
ここで,デキる人なら証明したり色々やるんでしょうけど,私はよくわからいので,とりあえず透磁率・誘電率の定義をおさらいし,それぞれの単位から考えてみようかと思います.
透磁率・誘電率の定義と単位
さて,この疑問を解決するには,透磁率・誘電率とは何かということを知っておかなければなりません.とりあえずネットで調べてみました.
透磁率とは,誘電率とは何かということについては私もうまく説明できる自信がありませんし,ネットで探せばいくらでも出てくると思うので割愛させていただきます.
簡単に言うと,透磁率は物質の磁化しやすさ,誘電率は物質の誘電分極のしやすさの度合いらしいです.
まず,透磁率について考えます.
前提として,以下の式が成り立ちます.(B:磁束密度,H:磁界(の強さ))
透磁率は,磁束密度と磁界の強さを表す式の比例定数になっているみたいです.
B=μH → μ=B/H [H/m] (B[T],[Wb/m]),(H[H],[A/m])
真空中の透磁率はμ0 =1.26×10^-6 [m kg/s^2 A^2]
※ここではあえて,単位を基本単位で表しています.通常は組立単位の[N/A^2]が用いられています.
次に,誘電率.詳しい説明は割愛しますが,式にすると以下のようになります.
D=εE → ε=D/E [F/m] (D[C/m^2],E [N/C])
真空中の誘電率はε0 = 8.85×10^-12 [s^4 A^2/m^3 kg]
そして,光速度はC = 3×10^8 [m/s]
これらを最初の式に代入すると,ちゃんと成り立ちます.不思議ですね.
ただただ美しい...
これが気になって,電磁気学の講義をしている先生に聞きに行きました.
すると,先生はこんな図を描いてくれました.
磁界と電界の波が90度倒れたような図です.正直,どうしてこうなるのか,これから何が分かるのかはさっぱり分かりませんが,磁界と電界には密接な関係があることが何となく見て取れます.というかこれはマクスウェルの方程式に起因します.
そう考えると,これを発見したマクスウェルさんの偉大さがよく分かります.
初めてこれを知った人は,まず電磁気学の奥深さに浸り,自然の中から導かれた式の美しさに感銘を受けてほしいと思います.
この範囲(マクスウェルの方程式は4つあるらしいけど最後の1個)については追々詳しく学習するらしいです.なんせ,学が浅すぎてまだ深いところまでは語れません.なので,また何か分かったらここに書いていこうと思います.
何が言いたかったのかというと,電磁気学って意外と面白いなということを言いたかったんです.お疲れさまでした.
(間違っているところを見つけた方はやんわりとしていただけると幸いです)
自動車運転免許と適性検査の結果について
前置き
こんにちは。実は先日自動車学校を卒業しました。自動車免許取得者まであと一歩です!
さて、自動車学校に在学中、ちょっと気になる出来事があったので記事にしました。
突然ですが、皆さんは運転免許を持っていますか?
持ってるよって方も、まだの方もいると思いますが、人はそれぞれ性格も違いますし、車の運転に対する適性も違います。
今日は、そんな車の運転に関す適性を調べるための検査(OD式安全性テスト)の結果についてのお話です。
運転の適性検査とは?
おそらくほとんどの自動車学校(教習所)は、入校すると、まず適性検査を受けることになります。
適性検査は「OD式安全性テスト」と「警察庁方式K型」の2種類がありますが、僕が在学していた自動車学校ではOD式安全性テストを実施していました。
検査の内容はIQテストと性格診断が合わさったようなもので、単純な図形の問題が多いです。
この検査の結果により、自分が運転に向いているか向いていないかが分かるらしいです。ちなみに、この検査に合否はありません。
OD式安全性テストを詳しく見ていこう
この検査の総合評価には「運転適性度」と「安全運転度」があり、運転適性度は1~5の5段階、安全運転度はA~Eの5段階で評価されます。
それぞれの結果が、5・Aに近いほど適性があるということになります。
先に言っておきますが、僕の結果は1Eでした。
最も適性が低いという結果です。これには自分でも驚きました。
「高専に在学していて資格試験にも合格してる俺が1E...?」って感じです。
自意識過剰かもしれませんが、認めたくない現実でした。
後述しますが、この適性検査の結果と学力は何の関係もありません。
ここからは僕の結果をもう少し具体的に見ていきましょう。
仮免許取得後、こんな紙を渡されました。
「事故違反多発傾向タイプ」らしいです。大変だ!
なんでこんな結果になったのかと聞かれてもよく分からないですね。
強いて言えば、問題の指示の意味をくみ取るまでに時間がかかったり、問題の指示の意味が理解できずに違う解き方をしたりしたことですかね。(問題だらけで草)
1枚目の紙の下半分には、「あなたは~なので~に十分注意してくさい。」という文章が10行くらい続いています。見せたくないです。
【まとめ】1Eという結果はヤバいのか
はい。もちろんこの結果がよろしいくない事は明確です。
気を付けないと重大事故を起こすかもしれません。
なんせ「事故違反多発傾向タイプ」の中でももっとも低いんですから。
しかし、1Eだからといって、必ずしも事故を起こすというわけではないです。
「あなたは事故を起こす可能性が高いから気を付けて」ってだけです。
なので結果が悪くても免許取れないわけでも無いですし、車に乗ってはダメということでもないんです。
この結果を見たときはかなり落ち込んで、「適性検査 1E」でググったりしてましたw
どうやら1Eでも無事故無違反の人は普通にいるみたいです(あくまで傾向だから当たり前)。
しかも、自動車学校の教員曰く、適性検査の結果が良い人でも調子にのったり、油断して事故を起こす人が多いらしいので、何とも言えないですね。
ですので、僕と同じような結果を取った人はあまり心配しすぎないようにしましょう(少しは心配しろ)。
そして、この検査の結果と学力は関係ない、はずです。
僕はあまり学力が高いとは言えないと思いますが、大学編入を目指してる知り合いも1Eだったらしいので。
そして最後に、もしあなたが適性検査で悪い結果を取っても、知り合いに喋ったりTwitterに乗せたりするのはやめましょう。
僕は数人から「お前は車乗るな」と言われました。
適性検査の診断書にボロクソに書かれて落ち込んでるのに、更に落ち込むことになります。(実体験)
地方では、車なしではまともな生活が送れないので車に乗りますが、、、
まぁ何が言いたかったというと、適性検査の結果が良かった人も、悪かった人も、車の運転は安全第一で行きましょう。慣れても初心忘れずに!
おわり
高専に入学する前から現在について~高専生編・後編~
前置き
後編です。
いよいよ(?)留年回です。
知らない人のために一応書いておきますが、僕は3年生のときに留年しました。
なので3年生が二回あり、期間にすると2019~2020年度は3年生だったことになりますね。
前編を読んでない人は先にそちらをどうぞ。
高専に入学する前から現在について~高専生編・前編~ - 高専生ぜろ
予備知識2
高専に関する予備知識です。
これは書かなくてもいいかなと思いましたが、念のため書きます。
高専は、低学年は一般科目が多く、学年が上がるにつれ一般科目の割合は減っていきます。
言い換えると、低学年は専門科目が少なく、学年が上がるにつれ専門科目の割合が増えていきます。
当たり前の事かもしれませんが一応書いておきました。
予備知識については、足りないなと思ったら後で追加するかもしれません。
それと、この記事では「3年次」(=高専3年目)という表現をします。
なので「4年次」は3年生という事になります。
実はこの「年次」の使い方が正しいのか正しくないのか自分でもよく分かっていません。もし間違いだった場合はご指摘願います。
1回目の高専3年生
この年は高専生活の中で(今のところ)、最も内容が濃い年になりました。
良くも悪くも色々ありました。
3年次・前期
3年生から寮を抜けて自宅通学になりました。
「寮を抜けたから留年したんじゃないのか?」と思う方もいるかもしれませんね。
確かに寮を抜けた影響も多少はありますが、寮に入っている頃から成績は悪かったので、寮はあまり関係ないと思います。
ちなみに、寮生か自宅生かは成績には何の関係もありません。
とりあえずまぁ、なんか雰囲気がちょっと変わった感じがして浮かれてました。
6月の初めごろに前期中間テスト。
このテストでは赤点を8~9個取りました。
そして、追試もクリアできなかった科目が4つくらいあった気がします。
この時点で2年の頃よりもヤバいのが分かります。
この後担任から呼び出されてこの実態の理由を聞かれました。
そのとき僕は「高校総体で忙しかったから」と言い訳をしました。
勿論これはその場しのぎの言い訳です。この後のテストでも成績は悪かったので。
8月初めごろに前期定期テストはあります。
赤点の個数は忘れましたが、相変わらず悪かったと思います。
そしてこのときも、追試も落とした科目が3つか4つありました。
今思えば完全にこれが原因ですね...
ぶっちゃけた話をすると、「本試験は落としてもいいけど追試は死ぬ気で頑張れ」です。
しかしこれは言うなれば、リスク管理ができていない人の言葉です。
ギリギリで生きていたい人の言葉とも言う。
普通に本試験から頑張りましょう。やる気出ないのは分かりますが。
夏休みは普通に遊びまくりました。
人生で初めて赤色に髪を染めました。
赤点が多かったから赤色にしたわけじゃないです。
ちなみに、前期定期テストの追試は後期に入ってから行われますが、特に対策はしていませんでした。
3年次・後期
後期に入ると体育祭、文化祭、3年生は工場見学などがあり楽しみまくりました。
行事が楽しいのも高専の特徴かもしれません。
楽しいのもつかの間、後期中間テスト。
もちろん(?)赤点を取りまくりました。
またしても追試でもクリアできない科目があり、ここで2科目の再試がほぼ決まりました。
そして冬休みの前日、クリスマスイブの夜に担任から親呼び出しがありました。
その後僕はそのまま実家に強制送還され、家族会議になりました。
あの重苦しい雰囲気は二度と味わいたくないです。
この日がクリスマスイブだった日もあり、18年の人生で最悪のクリスマスイブの日だったと思います笑
12月~2月は不幸続きだった気がします。やれやれ。
学年末テストが最後のチャンスだったので冬休み中もそれなりに勉強した気がします。
でも課題が多くてイライラしていたのを覚えています。
学年末テスト。
このあたりから僕は周りに「9割留年する」と保険をかけ始めました。
もっとすべての娯楽を削るくらい勉強していたら、もしかすると進級できたかもしれませんが、まぁ無理でしたね。
年間成績が59点の科目もありましたがどうにもなりませんでした。
半分諦めてました。
3年次・春休み
春休みが始まってしばらくすると進級判定会議というものがあります。その名の通り、学生の進級・留年について話し合うんだと思います。
進級判定会議の後、担任に進級の合否を聞くために教室にクラスのメンバーが10人くらい集まりました。
「留年する心配もないのになんでこいつら来てんだ...」と思ってました。
で、一人ずつ担任の部屋に入って合否を聞きました。
結果から言うと、僕のクラスは僕以外進級しました。
担任から「残念ながら...」と話されたのを覚えています。
当時のツイートを発掘しました。
留年決まりました!!!!!!!!
— ぜろ (@zero_NITS) 2020年3月5日
留年することはほぼ予想できていたので取り乱したりすることはしませんでしたが、悔しかったですね。
廊下で待っていた数人に結果を伝え、最後に(?)皆で写真を撮って解散しました。
その後家族に留年を伝え、数日後に両親と俺で家族会議になりました。
クリスマスの時以上に重苦しい雰囲気になりました。
学校を辞めるいう選択肢もありましたが、僕はそのつもりは全くありませんでした。
しばらくすると学校で担任と三者面談がありました。
内容はあまり覚えていませんが、これからどうするのか話し合った気がします。
そんなこんなを終えて、晴れて留年生です。
1つ下のクラスの人とは知り合いが数人いました。
LINEグループに入れてもらいました。
3年➔4年の春休みは課題が無かったんですが、留年したので2年➔3年の課題をまたやることになりました。
留年が決まった後は逆に気持ちがスッキリしていました。
そして2回目の3年生へ...
2回目の高専3年生
(劇的に成績が上がったりはしません)
また、この年は例の感染症により例年とは違う1年間になりました。
4年次・前期
学校が始まりました。3Eの教室の場所は事前に把握していたので、何事も無いような顔でスッと教室に入ったんですけど、内心ちょっと緊張していました。
始業式が合って、最初のHRで学級委員を決めることになりました。
僕はここで調子に乗って手を上げ、学級委員長になりました。
それからは普通に楽しい学校生活が始まったんですが、1週間っ経った頃に緊急事態宣言が出されてすぐに休校になりました。
結果的に休校は6月末まで続くことになります。
休校になるとすぐにオンライン授業が始まりました。
文系科目はあまりやる気が出ませんでしたが、専門科目は前年と比べ物にならないほど理解できました。
休校期間が長かったので前期中間テストは無くなりました。
休校が明けると1カ月ほどで前期定期テストがありました。
結果は、赤点1個でした。
しかもその科目は歴史(日本史)で、59点でした。おしい!
親からは、「2回目だから赤点1個も取るな」と言われていましたが、前と比べたら成長したと思いました。(休校期間の課題点も大きいけど)
また、前回上がれなかった専門科目は全て80点以上を取りました。
夏休みになると、何も気にせず普通に遊びました。
しかし、コロナの影響で夏休みが例年の半分くらいになりました。
後に春休みがめちゃくちゃ長くなることになるのでまぁ良かったんですが。
4年次・後期
夏休みが明けの時間割は、休校期間の間にできなかった電気科の実験が入っていました。
そして僕はすぐに資格試験の予定があったので勉強しました。
このあたりから僕は資格取得に目覚めることになります。
資格の話については別の機会にしようと思います。
10月になると体育祭、文化祭がありました。
高専の行事は楽しいので、これについてもいつか記事にしたいですね。
11月の終わりごろ、後期中間テストがありました。
ここで僕は油断していて、赤点を3個も取ってしまいます。
これはやばいと思い、追試はしっかりクリアしました。
冬休みが明けると、後期定期テストが毎週数科目ずつ、くらい前倒しで行われるようになりました。人によって賛否は異なりますが、僕にとってはテストの前倒しは助かりました。
また、テストの前倒しによって時間割が毎週変わりました。
冬休みが終わって1カ月も経たずうちに前倒しされていない教科の学年末テストがありました。
1科目だけ赤点を取って追試をうけて合格しました。
そしたら無事に進級です!お疲れ様!
4年次・春休み
そして現在に至ります。
今年の春休みは2カ月くらいありますが、もうあと20日くらいしかないです。
春休みは何をしているかというと、ほぼ自動車学校です。
資格試験も受けました。
そこそこ充実しています!
最後に
これで僕の4年間のお話はおしまいです。
なんか読者からしたらつまらない終わり方をしましたね。
色々書きましたが、2回目の3年生で、専門の科目は理解できると楽しいことに気が付きました。
今思うと専門の勉強をするために高専に入ってきたので、何やってんだか...って感じですが笑
最後に締めの言葉を言うとすると、「留年は案外悪くないぞ」ということですかね。
留年したのはもう仕方ないので、ダブったその期間に自分がどれだけ成長できたかが大切だと思います。とか言う僕は劇的に成長できたわけではありませんけど()
今後4年生の終わり、あるいは卒業後に「4年生編」「最終学年編」の記事も書くかもしれません。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
高専に入学する前から現在について~高専生編・前編~
前置き
いきなりですが、皆さんは現在通っている学校(高校・高専・大学)に入学したことを後悔していませんか?
結論から言うと、僕は全く後悔していません。
3年次に留年したにも関わらず後悔していません。
それどころか、留年したこと自体も後悔していません。
さすがに留年が決まった当初は、「もっと勉強しておけばよかった」と後悔しましたが...
今僕が言っている「後悔」とは、そういうことではなく、「なんでこの学校に入学したんだろう」という後悔です。
全国の学生には、こういった後悔をしている人が少なからずいると思います。
これは学生側のリサーチ不足と、学校側の情報不足によります。
高専にもこのような学生さんがいて、毎年数人進路変更をしています。
先に言っておくと、進路変更は悪い事ではないと僕は思っています。
「親に迷惑がかかるから...」と、自分に合わない学校に通い続けて自分の今後の人生がうまく進まなくなるよりマシです。
「この学校合わないかも...」と思ったらまずは高専の教員(できれば専門)なり、親なりに相談してみましょう。
(家庭により様々な事情があるので、僕の言っていることが絶対正しいとは言えません)
前置きが長くなりましたが、言いたかったのはこれじゃないんです。すみません。
僕が伝えたかったのは、僕は高専に来たことを後悔していないということです。
僕のブログを読むうえで、「この人は高専が好きなんだな」ということを念頭に置いてただくと助かります。
ちなみに、高専が好きと言っても、高専の教員になりたいとは思っていません。悪しからず。
現在中学生で高専に興味がある人は前回の
高専に入学する前から現在について~中学生編~ - 高専生ぜろ
も是非読んでみてください。
では、本題に入りましょう。
高専1年生
寮の話
入学式の前日に寮に入りました。
全寮制ではないのですが、僕は2年生まで寮に入っていました。
寮に入るべきか否かですが、僕は寮に入ったほうがいいと思います。
理由はざっくりいうと、人間関係(友達)を作るためです。
寮については今度別の記事に書こうかなと思います。
課題テスト
高専に入学すると、すぐに課題テストがありました。
数学のテストの結果はボロボロで、クラスで下から3番目くらいでした。
最初はショックでしたが、すぐに気にしなくなりました。(アホ)
弊高専に関する予備知識
予備知識として、多くの高専は前期・後期に分かれていて、夏休み後から後期が始まります。定期テストは前期2回、後期2回で計4回が年間に行われます。
テストで60点に満たなかった科目は追試を受け、追試で60点以上取れると合格になります。追試で合格にならなくても、年間成績(4回のテストの合計点)が240点に達していれば進級できます。
240点に達していなかった場合、再試を受けることになります。
再試をクリア(60点以上)できなければ留年となります。
また、再試科目が3つ以上(4つ以上だったかも)になっても留年します。
ちなみに僕が留年した理由は後者です。
もちろん出席が足りなくても留年します。
ちなみに、高専の特徴の一つして、夏休みと春休みが長い!ことがあります。特に春休み。
1年・前期
前期中間テストがありました。赤点3つ取りました。
高専は赤点が60点なのです。
担任が少し厳しい人だったので呼び出し食らいました。
前期定期テストでも、特に反省することなく赤点3つ取りました。
後期が始まってから担任に親呼び出されました。少し反省しました。
今思うと、「赤点3つくらいで呼び出す必要あったのか?」と思うくらいに今後赤点を取りまくることになります。
1年生のうちにどうにかしなければ。と、担任も警告してくれていたのかもしれません。
1年・後期
後期中間テストでは前回の反省を生かし赤点0個でした。
順位はちょっとだけ上がりました。
(最初のテストの時点で順位はあまり気にしなくなっていたけど)
学年末テストでは点数が足りなかった代数学を特に頑張りました。
その結果、最後には追試も再試も残すことなく1年次は進級できました。
1年・春休み
無事に進級できると、1カ月以上の(弊高専の場合)長い春休みが待っています。
1年生の春休みは、ローカル鉄道を1周したり、自転車で旅したり、部活に打ち込んだりと満喫しました。
高専2年生
この年から怒涛の赤点ラッシュ()が始まりました。
2年・前期
前期中間テストで赤点を8個くらい取りました。
完全に怠けてました。
前期定期テストでも同じくらい取った気がします。
赤点を取りまくっていましたが、殆どは追試でクリアしていました。
しかし、線形代数・歴史など追試もクリアできなかった科目も残りました。
専門は比較的取れていた気がします。
夏休みは部活の記憶しかないです...
アホなのでテストのことなど気にせずに遊びまくってました。
2年・後期
後期中間テストは前より少し頑張って赤点の数を減らしました。
それでも、3回のテストの平均が60点に満たない科目も少しありました。
学年末テストでは頑張りまくって赤点を減らしました。
特に、平均で60点に満たなかった歴史(世界史)はこのテストでは頑張って90くらい取った気がします。
しかし、最後の最後に線形代数が60点を満たせず、再試になりました。
再試は春休みの序盤あたりに行われます。
これを落とすと留年なので、頑張って取りました。
二年次、進級。
2年・春休み
前述のとおり序盤に再試がありました。
その後は、これまた部活の記憶しかないです...悲しい。
ただ言えるのは大して勉強はしていませんでした。
次回予告というかまとめ
ここまで読んでいただいた、高専生以外の方には知っていてほしいのですが、高専は僕みたいなアホばっかりじゃありません。もちろん勉強怠けて留年するアホもいますが、優秀な人もいます。高専のイメージを悪くしたくないので、それはご周知願います。
いよいよ問題の3年生(3年次)の話に入ろうかと思いましたが、長くなりそうなので一旦終わりにします。
3年生は2回あるのでね。
この記事を前編とし、残りを後編とします。
読んでいただきありがとうございました。
高専に入学する前から現在について~中学生編~
最初に
はじめまして。ぜろです。
現在は某高専(※)の電気科に在籍している3年生です。(2021年4月から4年生)
詳しい自己紹介は下のページを参照ください(面白くないので飛ばしていただいて結構です)。
実はまだブログの詳しい使い方が分かってないのですが....始めていきましょう!
ぜろの中学生時代
僕が高専に行こうと思った動機・その後の勉強法を語るには、もちろん中学生の頃まで遡る必要があります。
中学1~3年までの生活を順を追って説明していきます。
中学1年生の頃
実は、中学1年生の頃から高専の存在は知っていました。
知っていたと言っても工業系の学校だというアバウトな感じで、工業高校との違いなど、詳しい事はまだ分かっていませんでした。
高専を知った理由は、母から勧められたからです。
何故母から勧められたかというと、自分は幼いころから図鑑を見たりするのが好きな、いわゆる理系少年だったのです。(この表現正しいのか分からんが...)
前置きは置いといて、こんな僕が漠然と高専を目指し始めたころの生活・学力を見ていきましょう。
まず、僕は地元の公立中学校に通っていたのですが、入学してすぐにの学力テスト(小学校の範囲)で、12位/約100位を取りました。
この頃から、「俺ってもしかして頭いい方なんじゃね」と己惚れる(勘違いする)ようになっていきました。家での勉強も、課題をやるだけでそれ以外の勉強は特にしていませんでした。
その後の詳しい成績は覚えていませんが、そんな感じでナメてた結果、後の学期末テストで20位/100位くらいの成績を取ってしまって焦ったことを覚えています。
こんな感じで、1年生の間は良い成績を取れないでいました。
中学2年生の頃
この頃、小さな転機が訪れます。
実は春休み直前、母親が塾の広告を見て、僕を塾の春季講座みたいなのに通わせ始めたのです。
そこで受けた人生初の模試テストで、高専はE判定を取ってしまいます。
この結果から、問答無用で塾にぶち込まれてしまいます。
最初は乗り気じゃなかったのですが、塾に通ううちに塾の雰囲気が好きになっていきました。塾は週2日で、理科・数学・英語の3時間でした。(19時から22時)
そして学校の成績、模試の判定は少しずつ上がっていき...中学3年生へ
中学3年生の頃
中学3年生は大事な学年です。誰にとっても。
夏休みか、夏休み明けごろから、塾の日程がハードになっていきました。
週2日なのは変わらないのですが、1日5教科(18時から23時まで)の講座を受けていました。今思うと学校の後にこれはきつすぎる。
余談ですが、夏休みは高専の体験入学があるので、少しでも高専が気になってたら遠慮せずに参加してみましょう。
また、僕の中学校は夏休みに進路に関する三者面談があったのですが、そこで担任が第二志望の高校の話ばかりしてちょっと気分が悪くなったのを覚えています。
そんなこんなで、中学2年生から3年生まで、模試の判定はE→D→Cと徐々に上がっていき、入試直前(秋ごろ)の模試ではB判定まで上がりました。結局A判定は取れなかったのですが...
はい。ここまで読んだ方はお気づきかもしれませんが、僕の高専入試は塾に支えられていた部分が大きいんですねぇ!
これから高専を目指す中学生諸君が見たら「こんなの参考にならない!」と思われそうなので、今度は家でやっていた勉強を書いていきます。
まず、前述のとおり僕は中1の頃の成績があまり良くなかったので、内申点での推薦入試は無理かもなと薄々予感していました。
そのため、中3の秋ごろからは高専の学力試験に向けて勉強を始めました。
実際、内申点が2点足らずに推薦入試は受けることができませんでした。(当時は悔しかった)
主な勉強方法は過去問です。これが9割くらいを占めていました。
と言うのも、基礎的な部分は塾に通うことで身についていたからです。
あとは高専の入試問題特有の捻った問題に対応するために、過去問をひたすら解きました。
「ひたすら」という表現が合っているのかは分かりませんが、5教科×過去10年分×3周くらいしました。(もしかしたら2周だったかもしれん、4年前のことだから忘れた)
高専の過去問は書店やネットで買えます。「高専 過去問」とか「高専 過去問 10年」とか検索すると出てくるはずです。
受験本番から入学まで
さて、受験日の当日です。
僕は現地(高専)まで出向いて入試問題を解きましたが、試験会場は他に数か所あるみたいですね。
試験当日に関する重要なアドバイスはあまりないのですが、挙げるとすると、「周りの話声は気にするな!」ってことと、「食べ物を少々持っていこう」ということですね。
大した事言えなくてすみませんね。
「周りの話声は気にするな!」というのは、例えば試験の休み時間、周りが「簡単だったね~」と話してても気にしてはダメです。落ち着いて次の試験にのぞみましょう。
「食べ物を少々持っていこう」というのは、僕が受けた高専は(他の高専も同じかも)、試験は5教科あるので、脳が栄養不足にならないように食べ物を食べたほうがいいです。ここで沢山たべすぎてしまうと眠くなるかもしれないので注意です。
ちなみに僕はおにぎり数個とチョコを少し持っていきました。
そして、試験前日は早めに寝ましょう。
そして試験を終えていよいよ合格発表。
僕は中学校で給食を食べている時に担任から合格を知らせられました。
第一志望の学科です。
ちなみにその学科に入れなくても、試験の点数次第では別の学科に入ることができます(もちろん断ることもできます)。
高専の入試は公立高校の一般入試より早く終わったので、ひとまず安心です。
安心しているのもつかの間、数日後に高専から大量の課題が送られてきました。
僕の高専のように、入学後に「課題テスト」と称するテストがある場合があるので、課題は真面目に取り組みましょう。
そして合格者登校日を終えるともうすぐ入学です。
合格者登校日については、特筆すべきことはないです(多分)。
そして晴れて入学です!おめでとう!
いかががったでしょうか。
ここまで、僕の中学校時代の生活について書かせていただきました。
勉強の事しか書いていませんが、中学時代は色々ありました。
それについても別の機会で書けたらいいなと思っています。
この記事が高専を志望している中学生の励みになれれば嬉しいです。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
そして暗黒の時代(!?)の高専生活編に続く....