20歳、感情のお片付け雑記。

こんにちは。日々感じたこと、考えてることを、とりとめなく。

昨夜の夢

今からお話するのは、

昨夜見た夢、つまり架空の話。


その世界では、

雲の上に住む人と、雲の下に住む人が分かれて存在していた。

 

行き来する手段は、水。

水の重力を借りて雲の下へ。


しかし、 移動権は雲上の住人のみ。

雲上の人は、水を操る魔法のような力を、生まれながらにして持っているのだ。

雲上の人は自由に雲上にも雲下にもどちらにも行ける。


雲下の人は水を手にしようが、操る能力がないので一生雲上へ行けない。


雲上の人、雲下の人、違いは水を操る力があるかないか、それだけ。

人種も言葉も一緒。


とりたてて水が貴重かというとそういうわけでもなさそうだった。


水は、固体・液体・気体と変化し、自然界で常に循環している。


だから、雲上だろうが雲下だろうが、水の手に入りやすさに差などなかった。



この夢は何かのメタファーだったのかな。


自信がないときにふと気がつくこと


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(プロ棋士

・・・「逃げなかった」って記憶が欲しかった・・・

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(野球部エース)

「逃げたり」「サボったり」した記憶って自分にしかわからないけど


ピンチの時によく監督に「自分を信じろ」って言われるんすけど


でも自分の中にちょっとでも「逃げたり」「サボったり」した記憶があると「いや...だってオレあの時サボったし...」って思っちゃってそれができないんです


だから上手く言えないけど


そういうの失くしたかった......って事ですよね・・・


(『3月のライオン』2巻)


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避けてきたこと

後回しにしてきたこと、


心のかせになって

ブレーキになって、


前に進めない。



これが、自信がないときにふと気がつくこと。




別れと約束と。


察してるんでしょ。


バレてるんでしょ。


もうわかってるんでしょ。


望まない結果になりそうな予感もするし。


恥ずかしいし、いまさらいっか。


なーんて言葉に逃げてた。


...でも、溢れる想いを、

言葉で音で、カタチにして、

伝えたいという気持ちは抑えられないほど膨れていた


受け止めてくれてありがとう。


それぞれの明日に乾杯。

再会を願って乾杯。


月は綺麗でした。



素直

会いたい人に、会えなくなる前に、想いを伝えるということ。

 

どうせ会えなくなるのなら、

言った恥より、言わなかった後悔でしょう。

 

勝算があるとかないとか、

ハッピーエンドじゃなかったらとか、

そういうことばかりが頭の中ぐるぐるして、

足に、喉にまとわりついて、

行動も起こせないし言葉も出ない。

 

口にしなきゃ、伝わらない。

 

他人からどう思われてるかなんて、

相手の反応をみないとわからない。


客観視してるつもりでも、それは自分が作り上げた、あくまで自分の分身からの視点。

 

自分の中で喜怒哀楽を完結させるのではなくて、

他者との触れ合いの中で喜怒哀楽を表現できたらいいよね。

 

最近モヤモヤしてたことが少し整理されたかも。

 

 

 

以上、とりとめのない話。

待つ努力 (『思いやり』続編)

 

せっかちな人は、自分のペースを乱されるのが苦手なんだろうね。

 

せっかちな人は、催促をする。急かす。

 

 

別に、そういう人に相手のペースに合わせろと言ってるわけじゃないよ。それは強要しないし、したくない。別に、せっかちはせっかちのままでもいい。

 

そういう人たちが、自分と相手との感覚の差に気付けているのかが心配。

 

 

ビジネスシーンは、レスポンスマナーの話なのでここでは触れない。

 

プライベートの話である。

 

スマホSNSが普及した今、クイックレスポンスに長けているのが大勢だけど、

 

生活の中で、SNSの優先度・重要度がそこまで高くない人に、返事を催促してしまうのは、よくないのでは?

 

 

はっきり言う。

即時的な顔の見えないやりとりが当たり前になってるこの時代が嫌だ。

 

そういうことに辟易している状態で、フェイス・トゥー・フェイスを大事にしてるような人に出会うと、「おっ」と思う。

 

女子だとなおさら希少価値が高い。

 

 

以上、とりとめないのない話。

思いやり

 

 

昔の話。

 

小学校の学級目標を決める際に、担任の先生が、

 

「思いやり」という言葉の「思い“やる”」という語感があまり好きではないから、

 

「思い合う」と表現することを提案していた。

 

 

雑多に集まった単純なガキンチョの共同生活の指針として、良いアイデアだったなと思う。

 

 

でも、いまでも引っかかってた点があって、

 

思いやりの心を向け合うことで、「思い合い」が成立するんじゃないかって。

 

 

まあ、学級“目標”だから、年度末の

「Q.学級目標は達成できましたか?」

YES or NOの結論が出るってだけの話だってことにやっと気付けたから、長年のモヤモヤは解決はしたんだけど...。

 

 

「日々心がけていることとして、他人を“思いやる”気持ちを持つことです」という使い方は正しいのだと思う。

 

改めて、

他人を思いやる気持ちってなんだろう。

 

 

私は、相手のペースを読むことだと思う。

 

相手のペースを“知る”のではなく、“読む”。

 

 

読むという言葉には、

他人の心や将来を推測するという意味もあるそうだ。

 

 

相手の立場になって考えてみることは、世渡りには欠かせないことだと思う。

 

たとえ検討違いに終わってしまったとしても。

 

 

これも想像力の話。

 

一字の違い

「〜しない?」の返事として、

「いいよ」と「いいね」のどちらを使うかで、印象が変わってくる。

 

「いいよ」は許可、上から。

 

「いいね」は賛同、同じ目線で。

 

 

企画を責任もって進める気があるのなら、

 

積極的に「いいね」を使っていきたい。