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出会ったこと、出会ったおもい

旅に必須、お金と水。これで大丈夫|サマルカンド・ブルーを見たい⑥

空港からホテルまでは日本語の話せるガイドがドライバーをつれてやってくる。

若いガイドのお兄さんは優しそうなんだけれど、どこか軽々しい。

でも久しぶりに(といっても数時間ぶりに)聞いた日本語が嬉しくてお話してしまう。が、あんまり通じない。基本的なことしかしゃべれないみたい。そりゃそうだよね・・・。

「両替をしたい、ホテルでできるよね?」と確認すると、「私が両替してあげよう!」。

え??大丈夫なのそれ???と思いながらも、ウズベク語もロシア語もしゃべれないので、今のうちにと思って両替してしまう。

たしか4~5万円分だったと思う。

今のレートで1円=33.2ウズベキスタンスムなので、4万円で約130万スム。算数苦手な私には計算できない。


「水を買いたい」ぐらいのリクエストは聞いてくれて、途中で車を止めて大きなペットボトルを買ってきてくれた。お金と水。これでとりあえずは大丈夫。

 

 

初日のホテルは、タシケントの中でもおそらく良い場所にある「ウズベキスタンホテル」。悪くもないし、トップクラスでもない。

でも地元のホテルっぽいし、名前に国名を抱くぐらいだし、タシケント中心部のアミール・ティムール広場も目の前だし、「ここは超豪華ホテル!」と思い込みながら一晩を過ごしました。

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サマルカンド・ブルーを見たい|⑤目的の違うひととの間で

前のブログから1年経ち、もう覚えていないことだらけ。

でもそういえば、私の大好きな「深夜特急」も旅が終わってから何年も経ってから書かれたんだ。だからやっぱり、続きを書いてみる。
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空港に着く。
タシケント国際空港。
夜は遅い。

あぁ、異国の地に着いたなどうしようと感慨深く思ってみようとするけど、疲れてそんなことを考える余裕もない。なんとなく空気が土っぽい。これはどこかで感じたことがある。5年前、大学の友人、教授とアフリカに行ったとき、トランジットで降り立ったドバイの空気だ。


それでもウズベクに着いた感動はほどほどに。
私はとにかく入国審査を終えてしまいたい。やっぱり韓国からの8時間の空の旅で疲れていた。周りの集団に身を任せ進んでいくと、ちゃちな出国ゲートが現れる。ゲートの前には長い待ち列……。

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周りの大人たちは、みんな似ている顔立ちだった。覚えているのは韓国人のお兄ちゃんたち、そして日本人ツアーのおじさま、おばさま方。

50代ぐらいのベテラン男性添乗員さんがテキパキと並び方を指示する。待ってる間、日本のそこらへんのイオンで話すように、みんながリラックスしておしゃべりしてる。みんな一仕事終えて、ゆっくり旅行を楽しむ世代。

これから待ちうける、聞いたことのないウズベク語とロシア語の世界に飛び込む私の緊張心がするすると小さくなっていく。


あぁ、このおじさんおばさんたちは幸せなんだろうなぁーと。
一世一代の大旅行というわけでもなく、とはいえお金持ちで余裕があるわけでもなく、たまーに贅沢してこんなことして遊んでいるようだ。


ウズベキスタンってなかなか知られていない国だけど、まぁこんなご老人がゆるゆる遊べる国だって言うなら、まぁなんとか私にも攻略出来るかもしれない。


ちょっとシラケた気分でただ入国審査の様子を見つめながら、耳は日本語を追いかける。勝手にシラケるなんて、どんな大冒険を期待していたの、私は。自分の気の持ちようが、ちょっと恥ずかしいものだってわかっているけど、でも冒険してみたかったのは本当だもの。シラケちゃう。

そのかたわらで、これから数日間、1人で生き抜けるはずだけど生き抜けないかもしれない、そんな緊張感は消えてはくれず、胸のすみっこの方で小さくなって丸くなってました。

サマルカンド・ブルーを見たい |④始まりは本物の雪山と、アナ雪

関空から韓国へ、韓国からウズベキスタンへ。

移動中の飛行機の中で、たまたま観たのが「アナと雪の女王」。

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韓国からウズベキスタンに向かう機内から。ひたすらシルクロードの乾いた大地が続く。

 

今回の旅行の第一目的は、「海外に1人で行くこと」。

 

一生絶対に私には無理だと思っていたことを、クリアするための旅行でした。

 

2013年の年末に色々あって、「もうちょっと、がんばってみたい」と思ったのがきっかけ。

 

だから、特にリラックスしたいとか、どうしても成し遂げたいことがある、というつもりはなく、飛行機に乗り込みました。ただただ、「海外に行って、帰ってこれたら、私は私をほめることができる!」そんなつもりでした。

 

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韓国までは日本人だらけだった飛行機も、トランジット後は韓国人やウズベク人ばかり。知らない言語を話す人々の空間に1人。まさに、ここが私の‘海外旅行’のスタート。

 

 

当然、飛行機に乗っていれば、必ずウズベキスタンに到着します。さらにウズベクの空港には、私の名前を書いた紙を持つドライバーが待っていて、ホテルまで連れて行ってくれる予定。だから今日1日は無事に過ごせるはず。

 

そういう安全な状況にいながらも、1人になるとどうしても考えてしまう。

「なんでこんなところに1人でいるのか?」

「海外に1人で行くのが怖いのに、わざわざこんなことをする必要があったのか?」

 

挑戦しているくせに、まだウズベキスタンにも到着していないのに、やはり『怖くて一生無理』と思っていた海外一人旅行はハードルが高く、一気に孤独感に襲われてしまいました。

 

 

とはいえ、飛行機の中で過ごす時間は長い。映画を見ることにしました。

 

今回は韓国航空だったため、機内で楽しめる映画に、吹替え版の「アナと雪の女王」が。特に見たかった訳ではないけど、話題作が無料で見れるなら、見ないわけにはいきません。

 

まったくどんな話なのかも知らずに見たアナ雪。なんだかんだ言って幸福感にあふれた幸せなアナに比べて、不幸な環境とネガティブ思考な‘雪の女王’・エルサ。普段から素直ではないタイプの私は、エルサの行動がなんとなくわかる気がする…と思いながら観ていました。

 

そしてやってきた「Let It Go」。歌詞を聞いて、涙が出そうになりました。

 

 

風が心にささやくの

このままじゃ ダメなんだと

 

それももう やめよう

ありのままの 姿見せるのよ

ありのままの 自分になるの

どこまでやれるか 自分を試したいの

そうよ変わるのよ わたし

もう決めたの

 

 

 (こうやって書いたら、すっごくポエム…)

 

でも、その時の私にはすごく強いメッセージにしか聞こえなかった。

 

「海外に1人」が出来れば、何か変われる気がしたんです。

 

実は去年色々あって、自分が周りにたくさんの優しさをもらっていたのに、それに応えられていなかったことが、ずっと気になっていました。

でも一方で、割と自分はがんばっていたり、周りに対して必要以上に優しくしてしまっているんじゃないのか、という矛盾に満ちた悩みを持っていました。 

 

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この歌を私が聞いていた場所はそう、中国大陸の真上。写真を見たらわかるように、乾燥しきった山と雪が、ただただ永遠に広がる大地の上。そこには頼れる人も、話しかけられる人もいない。外を見るたび、恐怖を感じていました。

 

でも、エルサと少し似た状況でこの歌を聞いて、「あぁ、自分のしてきたことは、多分悪かったし、良かったんだ」と思った。

でも、こんな矛盾した気持ちを抱えている以上、今の私の考えや行動は、変えなければならないものであり、変えてもいいんだ、とも思った。

 

 

こうやって旅行の中で1人の時間を過ごすということは、自分と対話する時間を長く、長く持つということ。

 

自分の中で自分で考え、他人に頼らず自分で感じることで、気づくことがある。

 

恐らくこの映画を日本の映画館の中で見ても、ここまで感動しなかったと思うんです。1人飛行機の中にいて、明日どうなるかわからない恐怖と、でもここにいることで少し自由になったという高揚感を感じていたからこそ、この歌詞に強く強く惹かれました。

 

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この曲を歌いながらエルサは、とてもとても美しい氷の城を創りあげていきます。その様子はさながら魔法。(実際魔法なんだけど)

 

 

エルサの様に美しすぎるお城を創ることはできなくても、私にも何かできるのか?そのために、この旅行は私に意味をもたらしてくれるのか?

 

 

こうやって、「私は少し私を変えたかったんだ」という気づきと「でもどこに進んだらいいの?」という疑問を発見し、私の旅行は始まりました。

 

 

 


『アナと雪の女王』ミュージック・クリップ:Let It Go/エルサ(松たか子) - YouTube

最近の気になるCM 4月

恒例のCMピックアップ。

やっとかなければ、と思いまして。

最近全然見れてないなぁ。。。

 

①JT Roots 「甘い香り 会議編」15秒


竹野内豊 | JT Roots 甘い香り 会議篇 | CM - YouTube

 

「すべてのひとに くつろぎを」

これは個人的にどツボ!

いかにくつろいでいたか、本当に本当にわかる表現+笑える。

最高!

 

 

カロリーメイト


満島ひかり、本物のチーターと共演 カロリーメイト新CM - YouTube

 

2回目だけど。

このトーンが大好き・・・と思ったら、水野さんの作品だそうで。

この広告が表紙になっていたので、4月発売の「デザインノート」(雑誌)

買っちゃいました。

 

 

 

他には思い出せないな…テレビちゃんと見ないと。はぁ。

深夜特急ノート 旅行から1か月経ってようやく気付くこと

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旅行の感想とかを書くためにブログを始めたのに、

6日間のウズベキスタン旅行から帰ってきて、早1か月。

 

たまたま、「いつか読もう」と思っていた

バックパッカーのバイブル「深夜特急」の後日談「深夜特急ノート」を読んでみました。

そうか、わたしこんなこと考えて旅行してたんだって、

本が代弁してくれたようなところがすごく多くて、

改めて旅行を振り返ってみようと思うようになりました。

だから、少しずつ、振り返ってみようと思います。

 

 

振り返る前に、この本で気になったところを、

ピックアップ。

これからの振り返りに、この要素を入れていきたいなぁと思います。

 

 

ちなみにですが、私は3月末に6日間、1人でウズベキスタン行ってきました。

バックパックを持って移動はしたけど、いいホテルに最低限のドライバーも

確保してあるツアーで申し込んで行ってきました!♪

 

 

【以下抜粋】

 

・そこでの話は森羅万象に及んでいた。こんなにも多様なことに関心がある人たちを知らなかった。恐らく、私は幼児がオトギバナシを聞いているかのように素直に耳を傾けていたことだろう。

 

・確かに、旅に出ると面白いことにぶつかる人とそうでない人がいるような気がする。吉行さんと私の「面白いこと」は違うにしても、やはり私も面白いことによくぶつかる。面白いことが向こうからやって来るという感じさえする。

 

 

・ひとりバスに乗り、窓から外の風景を見ていると、さまざまな思いが脈絡なく浮かんでは消えていく。そのひとつの思いに深く入っていくと、やがて外の風景が鏡になり、自分自身を眺めているような気分になってくる。

 バスの窓だけではない。私たちは、旅の途中で、さまざまな窓からさまざまな風景を眼にする。それは飛行機の窓からであったり、汽車の窓からであったり、ホテルの窓からであったりするが、間違いなくその向こうにはひとつの風景が広がっている。

 しかし、旅を続けていると、ぼんやり眼をやった風景の中に、不意に私たちの内部の風景が見えてくることがある。そのとき、それが自身を眺める窓、自身を眺める「旅の窓」になっているのだ。ひとり旅では、常にその「旅の窓」と向かい合うことになる。

 フレドリック・ブラウンが『シカゴ・ブルース』というミステリー小説の中でこんなことを書いている。

 

 「おれがいおうとしたのはそれだよ、坊や。窓の外を見たり、なにかほかのものを見るとき、自分がなにを見てるかわかるかい?自分自身を見てるんだ。ものごとが、美しいとか、ロマンチックだとか、印象的とかに見えるのは、自分自身の中に、美しさや、ロマンスや、感激があるときにかぎるのだ。目で見てるのは、じつは自分の頭の中を見ているのだ」

 

 ひとり旅の道連れは自分自身である。周囲に広がる美しい風景に感動してもその思いを語り合う相手がいない。それはさびしいことには違いないが、吐き出されない思いは深く沈潜し、忘れがたいものになっていく。

 

 

・もしかしたらあの旅の話は他人にとっても面白いものなのかもしれない、という発見は私にほんの少し自信を与えてくれた。

 

 

・私は、『深夜特急』を書き進めていく過程で、その白井氏の言葉を何度となく思い出すことになった。

 重要なのはアクションではなくリアクションだというのは、紀行文でも同じなのではないだろうか。どんなに珍しい旅をしようと、その珍しさに頼っているような紀行文はあまり面白くない。

しかし、たとえ、どんなにささやかな旅であっても、その人が訪れた土地やそこに住む人との関わりをどのように受け止めたか、反応したかがこまやかに書かれているものは面白い。たぶん、紀行文も、生き生きとしたリアクションこそが必要なのだろう。

 

 

 

・振り返ってみて、もしいまあのとき食べたのと同じものを食べたとしたらどうだろう、もしかしたらあまり感動しないかもしれないな、と思ったりもする。

 つまり、あの当時の私には、未経験という財産つきの若さがあったということなのだろう。もちろん経験は大きな財産だが、未経験もとても重要な財産なのだ。本来、未経験は負の要素だが、旅においては大きな財産になり得る。

なぜなら、未経験ということ、経験していないということは、新しいことに遭遇して興奮し、感動できるということであるからだ。

 

 

 もしそうだとするなら、旅をするには幼ければ幼いほどいいということにならないか、という疑問が湧いてくるかもしれない。しかし、それはそうはならない。極めて逆説的な言い方になるが、未経験者が新たな経験をしてそれに感動することができるためには、あるていどの経験が必要なのだ。

 

 

・私が松田先生の授業に惹かれたのは、授業の合間の雑談が面白かったということもあるが、それ以上に、人間としての松田先生が興味深かったのだろうと思う。私たちは、少なくとも私は、大学の講義に、書物に記されてあるような知識の断片を求めているわけではなかった。

私たちは、いや私は、大学の教師から何らかの「熱」を浴びたかったのだと思う。その「熱」に感応して、自分も何かをしたかったのだと思う。

 

 

・「問題は予期しないことが起きるということを予期していないところにあるのではないか」ということだった。

 

 そのとき、「あっ、予期しなかったことが起きてしまった!」と動揺するのではなく、まず「こういうことは常に起きうることなんだ」と思うことが、予期しないことに対処する力を引き出す第一歩になるのだ。

 

・そのとき、大事なのは、あくまでも予定を守り抜くことと、変更の中に活路を見出すことのどちらがいいか、とっさに判断できる能力を身につけていることだ。それは、言葉を換えれば、偶然に対して柔らかく対応できる力を身につけているかどうかということでもある。

 

 そうした力は、経験や知識を含めたその人の力量が増すことによって変化していくものだろうが、それはまた、思いもよらないことが起きるという局面に自分を晒さなければ増えてこないものでもある。

だからこそ、若いうちから意識的に、思いもよらないことが起きうる可能性のある場というものに自分を晒すことが重要になってくるような気がするのだ。

 

 

・ひとり旅の最も良い点というと、これは妙に聞こえるかもしれないけど、相棒がいないことだと思っています。話し相手がいないと自然と自分自身と向き合うことになるから、この風景の中で自分は何を感じたか、この土地についてどう考えたか、常に自分に問うことができる。

それに、ひとりで異国を旅していると危機的な状況に直面するときもたって、そうしたときにどんな行動ができるか、自分を試すというか、確かめることができる。

 

 

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旅した時の沢木さんは26歳。私はいま25歳。

今さら大学生みたいなことして、って思ったけど、

ちょうどよかったんやん、って安心しました。

サマルカンド・ブルーを見たい |③気付いたら、当日。ソウルの空港にて

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出国前にもっと色々情報を整理して書いていこうと思っていたのですが、余裕がなくて、結局韓国のインチョン空港なうです。

約9時間後にはウズベキスタン
どうなるやら……


いままでのインドやタンザニア旅行と今回も同じ。「きっとこんな国だろうな」っていう想像や感覚は持っていきません。知識として、歴史はちょっと頭に入れたけど。

新しい土地に入るときは、なんにもない、フリーの状態で楽しむのが好きです。なぜかというと、その方が全部受け止められるから。

中国人はマナーが悪い、インドは世界遺産を見なければ意味がない、色んな固定概念を持っていくと、見えてるものが見えなくなってしまいます。


ちなみに、関空で立ち読みした今月のクーリエジャポンでは、「なにかを始めるときには、海外旅行がおすすめ。頭をからっぽにしてイチから考えられるから」っていう紹介がありました(ちょっと違うかも)。
なるほどなぁ~と。


今回は仕事がイヤでの現実逃避ではなく、絶対無理だと思っていた「ひとりで海外」に挑戦する旅。

あんまり緊張してないようで緊張してますが、せっかくなのでセカセカせずに、ゆっくりウズベキスタンの空気感を味わってこようと思います。



今インチョン空港4階のリラックスシートでごろごろしながらこれ打ってます。あと17分でボーディング。超絶眠い!

ブックカバーをはずして、本棚に並べたい願望

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私の部屋には本棚がちょっとしかない。

けど、本はわりと読む。

 

ということで、とりあえず箱にギュウギュウにしてあります。

 

本屋さんで買うときは、必ずそのまま帰り道にすぐ読めるようにブックカバーをつけてもらいます。読んでる最中はいいんやけど、やっぱり本棚に直したときに、背表紙が見えるか見えないかって大きな違い。

 

多分背表紙が出た状態で、ズラリと本棚に並べることができたら、ちょっとカッコイイ気分♪を味わえるのはもちろん、自分の知識の偏りを整理することができるだろうな~、と。

 

最近明らかにマーケティングと歴史・政治に寄りすぎているし、その割には浅めの内容のもので、身になっているのか?と大きな疑問がわいてきました。気づくの遅い。

 

ブクログも使ってて、表紙がずらりとアプリの本棚に並んでるけど、違うんだな~

 

ちゃんと出版社が選んだ紙の材質、印刷の色の出し方、本の重さ、本の分厚さ、そんな手に取った時の本の感触が私は好きです。

 

 

 

けど、ぱっと「あ、今日あの本読みたい!」って時にブックカバーがついていないと持ち歩くのが不便。でもカバーがついていると中をチェックしないといけないのでそれも不便。ということで、ブックカバーをしたまま箱に入っている…

 

それを解消するために大小様々かつ使いやすいブックカバーがあるといいのだけれど…。なぜか世の中には小説文庫用のブックカバーしかかわいいものは売っていない。

 

 

女子のみんながA5サイズのハードカバー本を読んでくれれば、雑貨屋さんはかわいくて安いブックカバーを売ってくれるのでは?

 

ご協力をお願いしたいところです。

 

 

 

写真のカバは、4年前タンザニア行ったときにサファリの土産物屋で買った子。たまらなくスキ。