『プラダを着た悪魔』を借りてきたらディスクから香水の匂いがした話

 先日、すごく久しぶりにレンタルビデオ店に行って映画を借りた。

 中学生くらいから映画が好きになって、全盛期は年間を通してほぼ常になにかしらレンタルしていた。返しに行くときは必ず新しい作品を借りて帰っていたものである。

 いまでも映画は好きだが、サブスクリプションサービスで見られる作品が増えたことや、そもそも以前のように頻繁には映画を見なくなったこともあり、レンタルビデオ店からはずいぶん足が遠のいていた。

 そんな折、YouTube岡田斗司夫の解説を聞いて、なんとなく知ってはいたが男の見るものじゃない気がして敬遠していた『プラダを着た悪魔』が俄然見たくなってきた。ところが『プラダを着た悪魔』はAmazon Prime Videoの見放題対象ではなかったので、久方ぶりにレンタルビデオ店へと向かったのである。

 中学生のころからほとんど変わらない店内に、ありがたさと同時に少しの息苦しさを感じながら、洋画のコーナーへと足を運ぶ。

 『プラダを着た悪魔』が「ドラマ」カテゴリーではなく、「ラブロマンス」カテゴリーにあることにやや驚きつつも、家に帰ってさっそくPCのDVDドライブに挿入して再生するのを待っていると、なんだか妙な匂いがすることに気づいた。

 むさ苦しい男性が10年以上営んできたむさ苦しい生活が染みついているこの部屋から到底するはずもないような、なんとも派手派手しい香り。例えて言うのであれば、ZARAMOUSSYといった服屋に入った瞬間に鼻を突くあの香り。そしてZARAMOUSSYで服を買っていそうな、地毛が混じって斑色になりパサついている金髪に、スキニーのダメージジーンズを履いて、花魁が履く下駄みたいな厚底のブーツで街を闊歩している女性の放つあの香り。

 香水のことは詳しくないので、そういったなんとも下世話なたとえ話でしか表現できないのが申し訳ないのだが、本当にそういう女性と街ですれ違ったときのふとした香りがしたのである。

 自分の身体や持ち物からそんな匂いがするはずもないので、恐る恐る『プラダを着た悪魔』のDVDディスクを取り出して嗅いでみると、紛れもなく匂いの犯人はそいつであった。パッケージからも同様の匂いがした。

 たかだか1週間やそこら家に置いていただけのレンタルビデオにそんな匂いがつくって一体どういうことなんだと思いながらも、気を取り直して物語に集中した。

 そして見終わってみて、なんとなく、この映画のディスクにならこの匂いがついていてもおかしくないな、と思った。それは、自分の姉が『プラダを着た悪魔』が好きだったことを思い出したからである。

 私の姉は、べつにギャルというわけではないが、若いころAZUL by MOUSSYでよく服を買っていたし、ZARAでは今もときどき買っている。そんな人物である。

 また、ここで詳しく書くことはしないが、なかなかに一筋縄では行かない人生を歩んできた人物でもある。

 そんな姉の、一筋縄では行かない人生の原点が、この映画にあるような気がした。そして、なぜ『プラダを着た悪魔』を好きな女性がこれほど多いのか、そういう女性に多くの共通点を見出すことができるのかも、なんとなく理解できた。

 はじめはファッションに興味がなくいなたかった主人公が、厳しくも尊敬できるメンターの影響を受けて段々と洗練されていき、それとともに仕事や人生も上手くいき始め、輝いていくというストーリーは、たしかにある種の女性にとってすばらしいロールモデルなのだろうと感じた。

 私が借りてきたレンタルビデオの前の借り主――まさに目覚めたばかりの若々しい向上心そのもののような匂いの香水を、部屋中のものに染み付くくらいに愛用している人物は、ひょっとしたら私の姉と同じような一筋縄では行かない人生の入り口に、まさに今このとき立っていて、その未来地図として『プラダを着た悪魔』を見たのかもしれない。

 ずいぶん久しぶりにそんな無益な空想に浸ったのである。

 中高時代、レンタルビデオ店に行って無数の作品が収納されている棚を流し見ていて、決してメジャーとは言えず、また内容的にも人好きのしないような作品のパッケージが空になっているのが目に留まることが時々あった。そんなとき、こんなマニアックな作品を一体どんな人が借りていったのだろう、などと考えていた。だが、そんな想像はあまりにもあてがなさすぎて、ただの数秒も保たなかった。

 しかし、DVDディスクとパッケージに染みついた香りは、まるで私の想像力に自分自身の存在をアピールするかのように力強く匂いを放っていた。

 アナログな「モノ」は、時にそういった予定外の物語を刻んで私たちのもとを訪れる。それによってその「モノ」の見方が変わったり、「モノ」のもつ奥行きがぐっと広がったりする。

 サブスクリプションサービスは便利だからどんどん活用していくべきだが、たまにはレンタルビデオ店に足を運ぶのも良いものだし、また、そうしたアナログな出会いの場を提供してくれるお店ができるだけ長く続いてほしい――TSUTAYAのレンタル事業撤退のニュースを最近聞いたこともあり、そう思った。

 レンタルビデオ店での思い出はほかにもいくつかある。また機会があれば書きたい。

 以上、『プラダを着た悪魔』を借りてきたらディスクから香水の匂いがした話。