LINEグループの抜け際、どうして良いかがよくわからない。
「○○が退出しました」と表示されるからである。
こういうことはこの時代、よくあるのではと思う。
ただそれを話す友人がいない。こんな自分が、恥ずかしいから。
そもそもあんまり会いたいと思う人間のいないグループだった。
中学時代をほとんど毎日一緒に過ごした旧友から「BBQやるらしい。一緒に参加しよう」と招待されたのが5年ほど前。思いがけない連絡と、彼女と会えることがうれしくグループへは参加したが、私は結局この集まりに出向くことはなかった。
彼女は明朗快活、だれとでも楽しく話せる優等生。いまだにこのグループの集まりにきちんと参加し、しかも好かれている。
しかし私には、彼女以外に会いたいと思える人はただの一人もいなかった。
だから追加されてから一度も声を発していない。
空気に徹してきたわけだ。
それなのに何年も経ってから唐突に「退出」という明確な拒絶を表明してよいものかと考えてしまう。だって失礼ではないか。とかなんとか、色々考えたがつまり、単純に嫌われたくないわけである。何年もかけて会話を一通り見物し、やはりこの人たちとは未来永劫交わることがないだろうと確信したくせに、そのグループから嫌われたくは、ないのだ。
我ながらなんと下卑た考えかと思う。
***
「こないだ地元の人間と会って、今年も夏休みにBBQやろうぜ!って話して~
みんなどんな感じか知りたいんで、とりあえずリアクションお願いします!」
2日前、声を上げたのはやはり中学時代の同級生だった。
地元の工業高校を卒業、同じ中学の女と18で結婚し現在3児のパパ。
車も家も手に入れ、日曜日には黒に金色のラインが入ったジャージにごつめのサングラスで大通り沿いの回転寿司に家族連れ現れるような感じ。
そしてそんな感じの男女ばかりいる、そういうLINEグループだった。
こちらは29歳になった今、付き合って長い彼がいるが独身。大学卒業後、都内の企業に入社。今まで2度の転職を経て可もなく不可もなくといった収入を得、板についたOL生活とひとり暮らしを謳歌している。趣味は美容と白ワイン。デートする店は、瀟洒なイタリアンが相場。海へ行くなら夜がいい。日焼けは敵。
並べるとやはり、話すことなど一つもないように思えてしまう。
恐らくこれから(予定はないが)結婚し出産を経たとしても、彼らと話すことなどないのではないか。長年目指してきた方向が異なる彼らとは、もはや言語ごと、ずれてしまったのではないか。
***
中学のころ、少しずつグレていく同級生にまったく共感できず、いやな人たちではないにしろあまりうまく会話を交わした記憶が無かった。授業をさぼったり、教師にキレてみたりする彼らの行動を、無意味だとバカにしていた。
それがどうだろう。15年近く経過した今、彼らはあのころと変わらない友人と仲良くし、遊びに誘う。私はほとんど友人などいないくせに、人目を気にしてそのグループを退出できない。ダサい私。多感なあのころと変わらぬ過剰な自意識。
そんなことを2日もぐるぐると考えていた。抜けたい。恥ずかしい。ダサい。
しかし日曜日、どんより曇った朝に突然、あ、とひらめいた。
アカウント名を「、」に変更する。退出。アカウント名を戻す。
おお、解決した。
これでグループLINEの画面には「、が退出しました」とだけ表示されるだろう。
だれからも思い起こされずに済んだ。私の存在。
すっきりした。
ここ何年か、心の隅のほうに小さすぎる影を落としていたグループ退出できない問題がいま、10秒ほどの操作で解決した。おとなになるにつれ、こういうずるさを身につけて年々楽になる。おとなになってよかった。25を過ぎたころから、時々感じる心境。
しかしダサい。
私は己のダサさも受け入れる。これが大人になることだろうか。
思っていた未来とは、結構違う。