⑫評議と昼食
証人尋問が終わると、裁判員から質問することができます。
実際質問される方もいらっしゃるようですが、休息の時間、裁判官が「質問したいことはありますか?ご自身でされますか?質問しずらければ私から質問します」と代わりに質問して下さいました。
さすがに法廷で質問する度胸はなかった……。
証拠調べが終わると「論告求刑」に移ります。
検察側が被告人に対して〇〇を求刑する。
ここでいったん休憩が入ります。(続けて進んでもいいのに……というくらい休息はちょくちょく入ります)
そして「最終弁論」 「最終陳述」と進み、審理は終わります。
いよいよ『評議』の始まり。
評議の進め方はその裁判所や裁判官によっても違ってくるようです。
当選してしまったときには、裁判官に、初対面の方たちに意見を言えるのだろうか。そもそも法律も知らない人間に「意見」などあるのだろうか……。
などなど不安だらけでした。私だけではありません。最初はみなさん意見が出ません。裁判官が質問するような形で、遠慮がちに話していました。
裁判官もとても気遣ってくださいます。裁判官同士でも意見が分かれることもあり、「僕は違うんだよねえ」と話し始め議論になると、裁判員も意見を出し合うようになります。
『名探偵コナン』でいえば、コナンと服部が裁判官なら、裁判員の私たちは蘭や園子や光彦たち。といった感じでしょうか。
裁判官も私たちの意見を真剣に聞いて下さいます。
ちょっとした疑問にも一緒に考え、納得のいくように説明して下さいます。
何度も言いますが『解りやすい』です。
おそらく中学生でも参加できるだろう、というくらい誰にでも理解できる言葉で説明、評議は行われます。何の心配もありません。
証言で暴力団特有の言葉が出て来たことがありまして、質問したところ、暴力団の業界用語といいましょうか、暴力団の専門用語ですよ。といくつか教えて頂きました。お若い裁判官もつい最近知ったようで、裁判長から「〇〇裁判官も知らなかったんだよね~」と言われ照れ笑い。そんなものなのかと、ちょっとほっとする場面もありました。
とにかく慎重に何度も何度も証言に食い違いはないか話し合います。
検察側の三人の証言はほぼ一致するものでした。矛盾はない。ですが、検察側だけの証言を信じて判断することはできません。今度は被告の証言が真実だとしたら……矛盾はないか。どこが食い違っているのか。残された証拠や通話記録などと照らし合わせていきます。
ひとつの証拠を様々な角度から見ていきます。
「真実はいつもひとつ!」
と言っても、真実に形はない、見えない。事件の全貌を知る作家はいない。
物的証拠はほとんどないなか、証言を分析しながら話し合いは進みました。
この頃になってくると、名前も知らない裁判員の方たちとも打ち解けて雑談も交わすようになります。話し合いがしやすくなる半面、
眠い。
締め切った空気の悪い部屋の中、お昼を食べた後の評議は正直しんどかったです。裁判が終わった後、みなさん正直に「眠かった」と仰っていました。
昼食はどこの裁判所も自由のようです。
外食もOK。ただし、日当に含まれているのでしょうが……、自費です。
ただ、ここ〇〇地方裁判所はビジネス街からちょっと離れていて、すぐ近くにはあまり食事する処がなく、ワンコインの日替わり弁当を職員の方が朝注文にいらっしゃるので、それで済ませる方がほとんどでした。
東京から通勤している裁判官が、いつも私たちと共に駅弁を食べていらっしゃったのですが、ある日駅弁の話題で盛り上がりました。あの〇〇弁当美味しいよね~。食べたい! 裁判員の一人が言ったところ、「じゃあ買ってきますよ」と裁判官。
次の日はお昼にみんなで駅弁を食べるという、想像もしなかった光景がありました。
『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑫』
⑪筋書のないドラマ
ミステリーは好きです。
無実の主人公が意地悪な弁護士や検察に証人尋問でじりじりと追い詰められるような法廷ものは観ていてモヤモヤしてしまうが、謎を投げ掛けられたら解きたくなるもの。
小説の場合、最後まで読めば事件の真相は解るもの。
ですが、現実の裁判はそうはいきません。
無実を主張していた被告や、または真犯人が「実は私がやりました」と事件の真相を法廷で告白する──
「そんな大どんでん返しは起こりませんねぇ」
と裁判官。
何が真実なのかは裁判官はもちろん、検察も弁護士すらも知らない。
被告が有罪か無罪かは被告しか知らないのだよね。
事件を知らない第三者が集まって判決を下すのだから、不思議といえば不思議。そこに自分がいることがもっと不思議。
けれど、その結果は被告にも、被害者にも、そしてその家族にも、今後の人生に大きく関わってくるのだと思うと、無責任な発言、判決はできない。
被告が悪そうな顔をしているからといって「やっただろう」などと先入観を持ってはいけません。
『12人の優しい日本人』のように「あの人は人を殺すような人じゃないよ」などと判断されたら、被害者や被害者の家族はたまったものでありません。
証人の話は、ひと言も聞き漏らさないよう真剣に聞く。ちゃんと聞いていられるだろうか。眠くなったりしないだろうか。と心配していましたが、そんな心配は無用でした。
ドラマより、子供の話より、ママ友の井戸端会議より真剣に聞きました。
そして証人尋問。
これは苦手です。聞いているほうもちょっとドキドキ。
案の定弁護士の尋問。これは事件とは関係ない突っ込みだなぁ、と素人でも思ったていたら。
出ました。
「異議あり!」
ドラマのように立ち上がったりしません。息巻いて指さしたりはしません。検察も弁護士も法廷を歩き回り、証言台に手を置いて、証人の顔の前で目を見つめながら尋問する、なんてことはありません。
残念……。
最近はよくバラエティ番組でも言われているのでご存知の方も多いと思いますが、逆〇裁判にも登場するあの「静粛に!」の木槌。
あれもありません。
残念……。
それでも冷静に冷静に慎重に慎重に言葉を選び、検察VS弁護士。見えない火花が散っておりました。静かに、張り詰めた空気の中、筋書のないドラマは淡々と進んでいきました。
『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑪』
⑩ちょっと休憩
評議の内容は秘密なのでお話しできませんが、休憩やお昼休みには裁判官の方々が雑談しながら色々と教えて下さいました。
『暴行罪』と『傷害罪』
違いがわかりますか?
と裁判官のひとりに質問され誰も答えられない。
みんな首をかしげる。
「『暴行罪』というのは、暴力をふるったけれど怪我をしないものが『暴行罪です』」
と裁判官。
『???』
解るような解らねぇような……
ますます首を傾ける裁判員たち。
「どういうことですか?」
ひとりが口にする。
「つまり、『でこピン』も暴行罪にあたるんですよ」と裁判官。
「ええっー!!」
思わずみんなで声を上げる。
ドヤ顔の裁判官 (に見えただけかもしれない)
「でこピンやしっぺ。肩や手を叩いたり、押したり、平手打ちも暴行罪ですよ」と裁判官。
「え~。そんなの、普通に……」
思わず声を出してしまい、裁判官の向こうにいた主婦の4番さんと目が合う。
「やってることだよね」
そう言った私に「うんうんうん!」と頷く4番さん。
「えっ! やってるんですか!?」
と、芝居がかって大げさに私に顔を向けた裁判官。
「あっ! いえいえ、やってません。やってませんよ!!」
思い切り否定しました。(危ない危ない……)
『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑩』
⑨補充裁判員て?
休憩時間、携帯電話をチェックすると電話が入っていた。
「この電話番号はもしや……」
掛け直してみると思った通り、息子の通う中学校からだった。
「息子さんの具合が悪いようなので迎えに来てください」
との電話。
こんな時に限ってこんな電話がある。
「実は裁判中で……」
と事情を告げると先生の方がびっくりしてしまった。
「で、ではお父さまに連絡します」
と即、電話を切ってしまいました。
電話のやり取りを聞いていた裁判官が「どうしました?」と気遣ってくださる。
「もしもの時は遠慮する必要はありませんよ」
と言う。
そのために補充裁判員がいる。
途中、病気や事故でやむを得ず裁判に来られなくなった場合には、補充裁判員が後を引き受けることになります。
では、補充裁判員はその時になったら裁判所に行けばいいの?
誰ひとり欠けることがなければ最後まで裁判所に行く必要はないの?
と思っていたら違うのですね。
補充裁判員は最初から裁判員と共に法廷で裁判を傍聴することになります。
※法廷で証人や被告に直接質問することができない。
※評議では意見を述べることはできない。
※評決に加わることはできない。
とあります。
ですが、裁判官から意見を求められれば評議で意見を言うことができます。
今回の評議では、裁判員と同じように意見を求められていました。法廷での質問も直接はできませんが、裁判官が質問があれば私が代わりに聞きますよ。と必ず訪ねて下さっていましたので、裁判員とほとんど変わらないものでした。
ただし、評決には加わることができません。
評決の直前、
「ここで思う存分意見を言って下さい!」
と裁判長に求められ、思いの丈を語っていらっしゃいました。
『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑨』
⑧事実は小説より奇なり?
「実際の裁判は淡々と進みますよ。『実は私がやりました!』なんてドラマチックなことは起こりません」
と裁判官が残念そうに首を振る。
そのように淡々と進んでいきます。
途中、休憩はこんなにあるの!? また休憩? というくらい間にちょこちょこ入ります。
冒頭陳述によれば、今回の事件は『強盗傷害事件』
被告はABCと強盗を計画し、ABCが事務所へ侵入。被害者に怪我を負わせ、金庫から現金を奪い逃走したという事件。
実行犯であるAとBの供述によれは、被告は強盗の話を持ち込んだ主犯格であるという。
この『A』と『B』そして強盗の話し合いが行われた場に一緒にいたBの彼女である『D』の三人が検察側の証人として。被告の友人で事件当時、被告と一緒にいたという『E』が弁護側の証人として、以後3日かけて証人の話を聞くこととなりました。
いよいよ『証拠調べ』
検察側から現場の写真。被害者の写真がモニターに映し出されます。荒らされた事務所の様子やこじ開けられた金庫、そして被害者の怪我の写真。
少し緊張しましたが、思わず目をそむけたくなるような証拠写真はありませんでした。
あまりに悲惨な写真が証拠としてあげられる場合。あらかじめ予告されることもあるようです。
それぞれ立場の違う証人の話を聞きながら、事件が少しずつ見えてくる。それと同時に人間関係が見えてくる。
被告とAは暴力団の師弟関係にある。
Aが逮捕され、初めはBとC三人でやった犯行だと口裏を合わせていたのだが、Aが被告へ宛てた手紙が証拠として読まれた。初めは被告を気遣い、庇っていたが……。そこにはAの複雑で素直な思いが綴られていました。
そしてBの彼女であるDさん。被告に借金をし、返せないためにBは今回の事件を持ち掛けられたという。このDさん。こんな女性にお願いされたら男性は引き受けてしまうのだろうな、そんな印象。
そして弁護側の証人である暴力団組員Eの証言。
このEさん。まるで強面俳優の〇〇さんのよう。
人間てそれまで歩んできた人生が、話し方や佇まいから滲み出るものなのだなぁと、改めて感じる。
まるでその役の為に用意された俳優の演じる二時間サスペンスドラマを見ているようではあるけれど、現実なのですね。
淡々と進みはするが、生々しい人間ドラマが展開されていきました。
法廷での内容に守秘義務はない。公開されているものに関して守秘義務はありません。
守秘義務が課せられるのはふたつ。
『評議の秘密』と『職務上知り得た秘密』です。
例えば『誰がどのような意見を言ったのか』『どう判決をするのか』『事件関係者や裁判員のプライバシー』は 家族でも言ってはいけません。
「墓場まで持って行ってください」とのこと。
評議の間は窓も開けてはいけない。という徹底ぶりでした。
重い裁判、重い判決の場合、この守秘義務は相当の負担がかかると思われます。
裁判員同士なら話してももちろんOKなので、判決後も交流を持つ方たちがいらっしゃるようです。
裁判官たちも「気分は? 大丈夫ですか?」「法廷中でも遠慮なく言って下さい」と度々声をかけてくださりました。
専門のカウンセリングも用意されています。
医者やカウンセリングに相談する際には話してももちろん差し支えありません。
評議の内容を公にされれば、誰がどのような意見を言ったのか、どのように評決をしたのかが公にされます。そうなると後で批判されることも起こりかねない。評議で思うような意見を言えなくなることを避けるため、裁判の公正と信頼を確保するために守秘義務はあるのですね。
『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑧』
⑦開廷
いよいよ裁判当日。
前日から大雪の予報。それまでは暖冬だったというのに……。なぜこの日に初雪。それも大雪なのか。
もちろん早めに出るが車はまったく動かない。大渋滞。
「もしも遅刻しても開廷時間をずらしますから、慌てずに来てください」
そう言われていましたが初日から遅れたくはない。
ビル風に横なぐりの雪を受けながら、なんとか集合時間には間に合う。
9時30分に評議室へ集合し、スケジュールの確認。トイレ休憩。そして10時開廷です。
持っていくものはファイルとボールペン(裁判所から用意されたもので、どんな小さな備品にも裁判所と名前が貼ってあった。さすが細かいです)
それからブランケットも用意されていました。
裁判官たちがあの『黒い服』を羽織る。
「おお~」
と声が上がる。
何色にも染まらない。という意味で黒なのだそうな。(花嫁さんとは逆なのね)
思っていたより薄い生地。と思っていたらシルクだそう!? ちなみに書記官は木綿なのだそうです。(違うんですね)
ちなみに裁判員は特に決められた服はありません。スーツでなくても普段着でOK。ジーンズにスニーカーの方もいらっしゃいました。
ドアの前で番号順に並びます。
裁判長に続いて入場。
ちょっと緊張です。
抽選日に見た光景とは違う。被告。被告の横には警察官。検察官。弁護士。書記官。そして傍聴席にも人が。
被告は法廷に入る前までは手錠をかけていますが、法廷では外されます。
ドラマでよく見る光景。
でもドラマではないのですね。徐々にこれは現実なのだと実感がわいてきました。
被告が証言台の前に立ちます。
被告は元暴力団組員。事件当時は暴力団組員です。
本人確認をし、検察官が起訴状に記載された罪状を読み上げます。そして罪状認否。
被告は「無罪」を主張しました。
そして冒頭陳述。
よくドラマや小説では専門用語が多く使用されますが、非常に解りやすいものでした。
これは裁判員制度になったからなのだと思いますが、誰にでも解る言葉で、質問を必要とするようなことは今後もありませんでした。
冒頭陳述も、これはひとにもよるのでしょうが、検察官から渡された資料は人物相関図や箇条書きで解りやすく書かれ、裁判員への配慮を感じました。
『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑦』
⑥ 評議室へご案内
抽選当日のその後。評議の行われる部屋へご案内。
部屋には「12人の優しい日本人」のように大きなテーブルがどーんと置いてある。
部屋の隅にはロッカーが並び、テーブルとソファが置かれ、コーヒーとお茶。それから小さな冷蔵庫にも飲み物が用意されていました。
裁判官は名札だが、裁判員は与えられた番号の番号札が置かれ、その番号に座る。
そこで裁判の日程など説明を受ける。
それからファイルが一冊ずつ。日程や白紙のメモ用紙が綴じられています。
「メモ用紙は裁判で自由に使って下さい。裁判が終われば誰も中身を見たりしません。そのまま処分します」
とのこと。
軽い自己紹介。自己紹介と言っても裁判の間、裁判員はお互い「番号」で呼び合います。プラシバシー保護のため、名前を言いません。
私は5番だったので最初から最後まで「5番さん」です。
年齢は20代から60代まで、ばらばら。
裁判官も始終笑顔。優しく丁寧に説明してくれます。
テレビで見るようなお堅い、近寄りがたい感じはしませんでした。
後で裁判員の1人が「もっと怖い感じかと思ってたよね。裁判官て。七三分けで黒縁メガネで」って言っていた。
わかる、わかる! 解るけど、いつの時代だよ。ってイメージですがな。
担当する事件は『強盗傷害罪』 裁判員裁判は殺人事件など重い裁判と聞いていたので、比較的軽い事件でほっとする。
ただ、被告は暴力団。証人も暴力団かまたは関係者だという。
通常の裁判は4日程度だというが、今回は8日間。
被告が無罪を主張し、証人が多いため長いのだという。
それから裁判の行われる法廷へとご案内。
そう、あのニュースで見るあの部屋。ただし、テレビで見るのは傍聴席からのものだが、入口は裁判官の真後ろ。そこから入り裁判員の席に着く。あの一段高い席ですね。裁判官と同列の同じ椅子。
補充裁判員はこの席ではありません。
裁判官の後ろ、入口の左右にテーブルが置かれ、ここに座ります。
裁判員の長いテーブルには2人でひとつのモニターとメモ用紙が置かれています。
気分が悪くなったら遠慮なくこのメモに書いて回してください。休息を入れます。と言う。
ただし、一人でも欠けたまま裁判を行うことはできないので、その間裁判は中断されるとのこと。
そんな感じで終わった抽選日。予定通りお昼前には終わりました。
でも長~い一日に感じられました。
「では、来週月曜日。お願いします」
建物から出ると、裁判員に選ばれた皆さん口々に「ああ~やっぱり当たっちゃったよ~」などと本音を愚痴る。
皆さん同じような思いだったのね。
「じゃぁ、来週からよろしく!」と別れる。
なんとかできるかも。そんな気分で家に帰る。主人や子供達にも「裁判が始まったら家事の手伝いよろしくね~」と緊張もあるけど上機嫌。
そして月曜日。
なんとその日は今年初の雪。それも大雪だった。
こんなことまで大当たり。トホホ……。
『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑥』