退職しました
こんばんは。
ブログ移転後最初の記事が退職エントリという幸先の悪い(?)幕開けになってしまうのですが、 実は今年8月末をもって退職していました。 2012年5月に入社しましたので3年4ヶ月ほどお世話になったことになります。
退職からだいぶ経ってからの投稿となってしまったのは、2つの理由で退職エントリを書くのが億劫になっていたためです。
- 後述するように現状まだ次の職場が決まっておらず、その状態で退職エントリを書くことに若干の心苦しさがあった
- 全ての思いを誤解なく伝えることは難しく、どこまで書くかの線引きが難しかった
しかしながら自分の現状を知人と共有できていないと何かと面倒な部分もありますし、 何より自分が前に進んでいくためには一度整理しておく必要があると考え、重い腰を上げた次第です。
なお、本エントリにおける会社に関する記述はあくまで私の視点から感じた話&過去の話であり、人によっては事実に対する捉え方が異なる、又は現状既に変化している可能性があります。 また、多少ぼかして記述している部分もあります。ご了承下さい。
何をして来たのか
在職中はエンジニアとして下記のような仕事をしてきました*1。
それぞれの時期について振り返って行きたいと思います。
初期
レコメンドエンジンの実装や自然言語処理的な技術の活用など、やりがいのある受託案件に携わらせて頂きました。 もともと大学時代に勉強していた統計・機械学習的な知識を活かした開発を行いたいという入社動機でしたので、案件内容的には満足度が高かったです。 クライアントにはそのあたりの分野に関する知識を持つ、私なんかよりずっと優秀な方もいらっしゃったので、良い意味でプレッシャー・やりがいがありました。
技術的には下記のようなことを学べたと思います。
また、後半は小さなチームではありますがプロジェクトのリーダーも経験できました。 この時感じたのは、マネジメントの基本として、各メンバーがストレスなく自身の能力を発揮できるように支援することが大切だということでした*3。
中期
自社新規事業で利用するシステムの開発・導入・運用に携わりました。 今思えば開発期に関しては別案件で抜けたりで、そこまで大きくコミットできなかった気もしますが、事業の立上げに最初から携われたのは得難い経験だったと思います。 時流に合った事業だったこともあって結果的には複数のクライアントに導入して頂くことができ、会社の業績にもある程度貢献できたと思います。
しかし同時に反省点の多いプロジェクトでもありました。 多くは語りませんが、下記のようなことを感じました。
- 事業が提供する価値を明確に定義し、企画〜開発〜営業まで一貫してその価値に従わせることが大切である。
- システムだけで事業が完結するわけではなく、業務フロー定義や組織設計など事業開始までにやっておくべきことは沢山ある。
当たり前のようなことを言っている気もしますが、当時の状況や私を含むチームとしての至らなさにより、できていない部分もあったと思います。
ご多聞に漏れずこういったツケは運用フェーズで支払うこととなり、安心して夜眠ることのできない状況が結構続きました*4。 周囲の協力もあって最終的には落ち着いていきましたが、なかなかヒリヒリした業務環境を経験しました。
技術的には下記のようなことを学べたと思います。
- AWS の各種サービスを用いた開発・運用
- Ansible を用いた構成管理
ただ、この時期は技術的に新しいことを頑張ったというよりは事業を回すことに精一杯だったと思います。 導入に関連する設計等を行う傍ら、クライアントとのやり取り、スケジュール管理、パートナーさんのタスク管理といった業務が多くを占めました。
この時期は エンジニアとして というより 人として 鍛錬された時期だったと捉えています。 組織として仕事をするとはどういうことか、クライアントや社会に価値を提供するとはどういうことなのか、といったことも考えたりしました。
末期
この時期はあまり長い期間ではないのですが、技術調査や社内基盤の整備として下記のようなことをやっていました。
- 海外論文の調査
- Spark を使う
- Scala でプログラムを書く
しばらく業務で技術的なことができていなかったので、こういうことをできたのは楽しかったです。 GitHub を用いたプルリクベースの開発も良い経験でした。
3年間を通して思うこと
自分の得意不得意というよりは組織にとって足りていないと感じる部分を担おうというスタンスで仕事してきたように思います。 メンバーの自主性に委ねられる部分が大きいいわゆるベンチャー企業だったため、各人の役割がカッチリ定義されている組織ではありませんでした。 そういった組織では、もちろん高い技術力で突き抜ける人も必要(というか、そういった人の方が貴重)ですが、 全体のバランスを取って上手く事が進むように尽力する人間も必要だろうと思います。 そういった意味である程度の組織貢献はできたと思っています*5。
反面、自分自身がどういったエンジニアを目指していくのか、どういう技術を磨いて行きたいのかといった思考が少し弱かったのかなと反省しています。 もともと機械学習をやりたいと思って入社したわけですが、どこまでそこにこだわって仕事を追求できたのかと思う部分はあります。 ただ本章で振り返ってみて改めて思いましたが、初期や末期などはある程度そういった業務に携われましたし、それは自分にとって貴重な経験であったと感じます。
また、自分が所属していた3年間は企業としての成長フェーズでした。 企業の成長を内部で感じながら仕事をすることができたのは、自分にとっても良い経験だったと思います。
なぜ退職したのか
ここは正確に説明するのが難しいところなのですが、端的に言うと私自身が会社を通して実現していく目標を描けなくなってしまっていたことが理由です。
当時、会社としても一つのマイルストーンを達成したところでしたし、私自身の業務的にも一つの区切りを感じている時期でした。 そんな中、企業として次に描くストーリーや考え方に対して心を合わせていくことができませんでした。 事業を回していくことの厳しさも身に沁みていましたし、自分自身の中に目標を共有できない状態のままもう一周このトラックを走るのは難しいと感じました。
実際にはこれ以外にも諸々悩んだことはあるのですが、全て書き出すとキリがない部分でもあるので、ここでは割愛します。
退職後に何をしていたか
まずは一息つきたいという気持ちが強かったため、すぐに次の仕事を探すことはせず、自分自身を休めることを選択しました。 健康面・生活面での負債や、プライベートでやっておきたいこと等が貯まっていたので、それらを消化していった感じです。 例えば下記のようなことをしていました。
- 後回しになっていた身体の治療や検査をした*6
- 運動をして体力をつけた
- 断捨離をした*7
- 親を旅行に連れて行った
- 曲を作って新宿駅前で弾き語った
- インターネットの英会話レッスンをやってみた
- トピックモデル本輪読会で発表をした
- PRML を読み出した
- NumPy, pandas を勉強し出した
- ・・・etc.
おかげさまで今はだいぶ元気になり、自分自身を前に進めていく活力も取り戻せてきました。 退職当初は頭の中が整理できていなくて方向性を見失っている部分もあったと思うのですが、今後自分がどう進んで行くべきかもある程度見えてきたと思います。
これからどうするのか
働く
もちろん食っていくためにという大前提はあるのですが、それ以外にも「まっとうに生きていかなきゃな」という思いがあります。 ここで言う「まっとうに生きる」とは「自分の持っている能力をちゃんと運用して社会に価値を還元すること」だと考えています。 働くことだけがその手段ではないと思いますが、今の自分にとってはそれが一番現実的かなと思います。
どのように働くことが自分自身の満足と社会的な価値を最大化することになるのか。 これに関してはこれからもう少し検討をしたいとは思いますが、やはり機械学習の分野に携わりたいという思いがあります。また、サービスに近い位置に居たいという思いがあります。 機械学習をITサービスに活用することで、世の中を少しでも便利で楽しいものに改善させることができればと考えています。
上記のようなことを考えつつ、自分の力を役立てることのできる場所を模索して行きたいと思います。
勉強する
自分自身の力不足は常に感じています。
特にデータに向き合ってロジックやモデルを設計するという実務経験はあまりないと感じていますし、理論に関する知識も不足していると思います。 社外勉強会に参加して発表するなど実務外での勉強はある程度しているものの、Twitter のタイムラインに流れてくる話題などを見ていると自分自身の知識不足を痛感させられます。 エンジニアリング的な領域としても、特に分散処理などに関してはもっと経験を積みたい部分だなと感じます。
少し話がそれますが、以前何かの記事で「技術に対する尊敬の念がなければ勉強しても役立てることはできない」といった内容の投稿を読んだ気がするのですが、考えさせられる部分がありました。 自分を省みると、そういった尊敬の念の不足がエンジニアとしての弱さや迷いに繋がっていたかもしれません。 技術を扱うエンジニアとして、技術に対する尊敬の念を持ち、技術が世の中を良くすると信じ、技術の発展・活用に貢献するという気持ちを忘れずにいたいです*8。
前に進む
休んでいる間、ふと「自分は今年あまり人生を前に進められていなかったかもしれない」と感じました。 ではどうすれば前に進めることができるのかと考えたのですが、結局は下記の繰り返しだと思います。
- 自分が正しいと思うこと、あるいは、自分がやりたいと思うことを実行する
- 実行した結果を素直に受け入れて、自分の中のモデルを更新し、次にやるべきことを考える
休んでいる間もこのことは結構意識しました。 不確実な要素の多い世の中ですが、失敗を恐れず、前に進んで行きたいと思う次第です。
おわりに
これまで一緒に働いてくれた方々には本当にお世話になりました。 特にエンジニアの方々は多様なバックグラウンドを持つ優秀な人ばかりで、多くのことを学ばせて頂きました。 既に様々な新天地で活躍されている人も多くいますが、会社に残って頑張っている人も含めて、彼ら彼女らの存在自体が大きな励みになっています。 また、そのようなメンバーと出会う場所を提供してくれた会社にも感謝しています。
最後に自分を奮起させる意味も込めて拙い例え話を一つ・・。
組織に所属せず一人でいる状態というのは、やはり孤独で心細いものです。 この心細さは何かに似ているなと感じたのですが、新宿駅前の路上で演奏しようとして一人立っていた時の感覚と似ている気がします。 少しでも心が負けると通行人がみんな自分のことを笑っているみたいに見えて、やっぱりやめてしまおうか・・と尻込んでしまう。 実際ビビってずいぶん長い間突っ立っていたものですが(笑)、同時に、純粋に自分という人間自体が試されているような心地良さも感じていました。 まぁそこまで来といて演奏しないわけにはいかないので演奏するわけですが、その時支えとなるのは、(例え拙いとしても)自分なりにちゃんと考えて曲作ってきたよね、練習してきたよね、ということです。
3年4ヶ月を振り返った時、もちろんうまくいかなかったことや力不足を感じることもありましたが、自分としては能力の限りやってきたつもりであり、一人のメンバーとして会社の成長を支えてきた実感があります。 そこに恥ずべきことは何一つないので、お世話になった方々に感謝しつつ、私なりに前に進んで行きたいと思います。
これまでありがとうございました! そして今後ともよろしくお願いします!!
*1:実際は時期毎に綺麗に分かれるわけではなく、互いに並行していたり別業務があったりはしました。
*2:入社前はこのあたりの経験がほぼない状態だったので。。。
*3:そんな事を言いつつ、当時のメンバーの方々には苦労をかけることも多かったとは思いますが・・。ありがとうございました。
*4:私自身の心配性な性格に起因する部分もあるかもしれませんが・・
*5:なお、私以上に組織貢献をされていた方々は沢山いると思います。
*6:深刻な話ではありません。
*7:在職中は腐海のような部屋で暮らしていました。。完璧とは言えないのですが生活が変わった実感があり、これは特にやって良かったなと思う項目の1つです。
*8:これは技術者に限らずあらゆる分野の人にとって大事な気持ちかなと思っています。例えば音楽をする人は音楽の力を信じていた方が良いと思いますし、そういった気持ちはおそらく演奏に表れるのだろうと思います。