夏の思い出|一通の手紙
少年会スタッフ一同様
皆さんいつも少年会にお心をお寄せいただきありがとうございます。
さて報告でございます。
錬成会中に、子供たちの間でケンカがありました。一日先に自宅に帰った子が、翌日の朝顔が腫れると言う状態になりました。その日の夕方会長様、団長、当事者、その母親と4人で先方にお詫びにいかせていただきました。
会長様も病院に行っていただくよう言われたそうでしたが、病院にもいかず、腫れも引いて、触ると痛いと言う程度までになっておりました。
殴った方が先に謝り、先方も握手をして受けてくれて、仲直りしてくれまして、先方の親御さんも難しい事も仰らず、治めていただくことができました。
こうして、報告をさせていただく時に、これから「少年会」スタッフ一同が、どう子供達に向き合うか、という事を考えたいと思いまして、先ずは、
どのように対処していくのか?
そして、
皆さんと共に、どう「心を練る」か?
という事に尽きるという思いに至りました。
色々と思案させていただく中に、少年会スタッフ一人一人の受け入れの器を広げる努力を、共々に続ける事、又、一人一人の連携を強める上で、意思疎通を深める事等があるのではないかと思いました。
親神様、教祖の思召しを思う時、子供達に向けて、犯人を探したり、排除をしたりは、決して思召めされる訳はないのでありますから、問題はあくまでも私達一番解る者、大人、スタッフに向けてのお仕込みであろうと思い至りました。
今迄皆さん、それぞれ一人一人全力でやってこられたのだろうと思っております。
その事は承知の上で、お仕込み下されているのではないでしょうか。今一歩前進して欲しい!と。
そこで皆さん一人一人がこれからをどう向き合うかという事は「心の内」思う事を書き出していただいて、親神様、教祖に一人一人の真実をお受け取りいただけますよう「心を合わせて」お願いをさせていただこうと思います。
尚、この事に明確な「答え」はないのだろうと思います。これからに向けて「心構え」を是非お寄せいただきたいと思います。
一人一人、何の紙でも宜しいので、裏紙でも結構ですので必ず各自返事を出していただきたいので宜しくお願い申し上げます。
尚、9月17日15時よりお願いづとめまでに提出して下さいますよう。
少年会団長 ◯◯◯◯
このような手紙を9月16日夕方に渡されました。
ケンカの事は当然知っていました。原因は些細なことだったようです。ケンカの直後、殴られた子に婦人さん一人と僕とで話を聞いたり慰めたり一時間ほど時間を過ごしました。平静を取り戻したので部屋に戻り、ケンカをした両人の間の布団に僕が入ってそのまま就寝しました。翌日の朝、変わった様子もなく朝食もしっかり食べて、当該児童(殴られた方)は事前からの予定で半日早く帰宅していきました。
問題が起こったのはこの翌日のことでした。
それから約一ヶ月してのこの手紙でした。
いやいや対応遅すぎるでしょ!これが天理教的対処なのか?は?
愕然としました。
上級教会の少年会活動に携わって約17年自分なりに精一杯やったのですが、起こるべくして起こってきた問題だとの認識が僕にはありました。そして腹をくくりました。
翌日の上級月次祭直後の会議で思いの丈をぶつけることを決めました。
(この会議には上級会長、後継者、部内教会長、婦人会委員部長、青年会委員が参加)
※この時点で少年会団長は、不慮の事故で全治3カ月の入院が判明。
僕の主張はこうです。
- 上級会長の口から経緯の説明
-
少年会活動の見直し
- 上級会長はこの件に対してどう思っているのか
- 新しい活動方針が示されなければ、子供達と安全に対応できないので、僕自身活動から身を引く
会議の終盤、末席から声を震わせながら声振り絞り声を届けたつもりでしたが、僕の声は全く届きませんでした。
上級会長はあからさまに嫌悪感のある表情を浮かべはしましたが、声は一言も発せず、会議は流れるように終わりました。
そして、本日9月のお泊まり会が行われています。その中に僕の姿もちろんはありません。
一生涯忘れることの出来ない「夏の思い出」となりました。
くっきーでした。
おわり
伝承-伝えるという事-|振武館練習ノート 2019.9.3
こんにちは、くっきーです。
2人の娘の父親となり、泣いて笑って怒鳴って楽しくにぎやかに毎日を過ごしていますが、しつけとして物事を伝えると言う事は日常の中でありますが、こちらの思いを伝えたり理解してもらうと言う事はとても根気のいる作業だなと子供を通して改めて感じる次第です。
この日も道場へお父さんとお子さんが稽古の見学に来ていました。初めのうちはおとなしくしていたその子も、稽古が進むにつれて
「あれは何をしてるの?」
「あれはどうするの?」
と稽古の様子を熱心にお父さんにたずねてお父さんも、
「寝技の練習だよ!」
「逃げる練習だよ!」
とお父さんの答える声にも熱が入ってきました。親子での寝技の稽古がスタートするのもごく自然な流れで、その光景はとても微笑ましいものでした。
休憩中お父さんに話を伺うと、中学生3年間の部活動で柔道を経験しているとのことでした。
僕の勝手な想像ですが、youtubeや先日の柔道世界選手権をお父さんが楽しそうに、または熱烈応援、もしくは技や組み手や選手のデータなどを解説しながら観戦している様子をその子が見て柔道に興味を持って…
基本やルール、決まり事はとても大切な事なのは間違いありません。それらを伝えることは必要です。しかし、それ以上に大事なことがあります。それは、「楽しさ」「喜び」を伝えることです。これらは掛け値無しに必要なことであります。
しかし、日本ではそれがなおざりになっていると感じざるおえません。それは柔道の競技人口に如実に現れています。
日本での柔道競技人口が約20万人なのに対して、フランスが倍の40万人、ブラジルに至っては200万人といわれ日本の約10倍の柔道競技人口となっています。
その一因として柔道の伝え方にあると考えます。
日本では競技者柔道のイメージが強く、強くなければならない、負けてはいけない、厳しく激しい練習との認識があり、オリンピックでも金メダル以外は負けと同じと発言する選手も少なくありません。
フランス始め欧州では、生涯スポーツとして老若男女問わず柔道愛好家がおり、また柔道療育といって技術の向上ではなく障害の程度に合わせて簡単な柔道の基礎を取り入れながら、体を動かしたり、社会性や礼儀作法を身につけるセラピーが一般的に行われています。日本では残念ながら数例しか行われていません。
ブラジルではまた事情が異なり、貧困対策や犯罪抑止の観点から国や地方自治体が支援しておりこのような競技人口となっているようです。
伝えるということは、喜びや楽しさがあって初めて相手に伝わるのであり、逆にそれ以外の方法で仮に伝わったとしても、永続的な繋がりにはならずコマ切れになってしまうのでしょう。
子供たちには、柔道の喜びと楽しさをなるべくたくさん伝える努力を重ねていきたいと思います。
稽古内容
9月3日(火)稽古内容
指導者 久木田
生徒 拳心
心春
敦彦
大史
圭吾
真生
優真
悠
準備運動
稽古予備運動
寝技 3分×6本
打込み 10本×10
乱取 2分×6本
サーキットトレーニング 10秒×6×1セット
背筋、腹筋、バービージャンプ、反復横跳び
腕立て伏せ、バービージャンプ
⚪︎敦彦 動くところと止まるところのスピードのメリハリをつけることを意識する。
⚪︎拳心 組み手の際終始力が入っているので、技に入る瞬間に力を入れられるようあえて力を抜くことを指導。
⚪︎心春 技の入り方や身体の動かし方をまだ取り戻せていないので、あせらずにゆっくり取り組んでいきたい。
⚪︎圭吾 上半身に力みがあるため技の入り方やスピードがいまいち出せていない。力を抜きながらもしっかりと組み手が出来るように、掴み方や腕の動かし方を指導。
⚪︎大史 顔や目線が下に向きがちになるので、相手の顔や前を向く意識を。引き手の崩しがほとんど出来ていないので、技に威力がない。引き手の使い方を繰り返し指導。
⚪︎真生 身体の強さが出てきたようだ。背負いの打ち込みで敦彦を担いでいた。
⚪︎優真 全体の稽古についてこれる体力が徐々に付きつつある。
⚪︎悠 立位の礼、座位の礼、受け身の練習を行う。
●父親と幼児(5歳)が見学に。父親は中学の部活で三年間柔道の経験あり。
●新入団の子供に中学生や上級生が率先して面倒をみたり、気付いたことを教えたりして欲しい。
他人を世話したり指導することが一番の自分の学びになる。
喜悦-柔道家としての喜び-|振武館練習ノート|
「金メダル」
柔道家ならば一度は夢に見、憧れるもの。
くしくも柔道の聖地である日本武道館において世界柔道選手権大会が開催されており、御家芸である柔道でのメダル獲得、いや金メダル獲得を至上命題として、金メダル獲得を唯一の喜びとして。
来年の東京オリンピックでもその姿を我々見せ続けるのでしょう。
こんにちは、くっきーです。
そんな金メダルとは無縁の柔道競技人生でしたが、柔道家としてはこの日心から喜べる出来事が2件同時に起こりました。
一つは、僕が振武館に通い始めた頃に、程なく道場を辞めてしまった生徒が、柔道に対する情熱が蘇り稽古に来るようになったことです。
もう一つは、4歳の幼児が両親も知らぬ間に柔道への興味を抱き、家族で見学にやってきたことです。
このように柔道に魅力を感じて踏み込んでくれる子供たちに直に接する瞬間は、何よりの喜びを感じる瞬間であります。
これも、金メダルを目的にしのぎを削って活躍してくれるから伝わることでもあるかなと。互いの相乗効果で柔道に興味を持ってくれる人が少しでも増えることを望んでいます。
稽古内容
8月29日(木)稽古内容
指導者 久木田
生徒 輝
澪
敦彦
陽翔
圭吾
小春
準備運動
稽古予備運動
寝技 3分×7本
打込み 10本×10
乱取 2分×7本
サーキットトレーニング 10秒×6×3セット
背筋、腹筋、バービージャンプ、反復横跳び
腕立て伏せ、バービージャンプ
⚪︎敦彦 一本背負の吊り手の挟む腕が安定しないので繰り返し練習
⚪︎澪 小春が再び稽古に来るようになったので、女子が増え刺激を受けての相乗効果を期待。
⚪︎陽翔 もともと体力と上半身の力があるので、力任せではなく相手をしっかり崩して引きつけて技を掛けられる技術を身につけていきたい。
⚪︎圭吾 身体の軸がしっかりしてきて綺麗な打ち込みが出来るようになってきた。もともと脚力はあるので上半身の筋力が付いてくると技が掛かるようになってくる。
⚪︎小春 もう一度柔道がしたいと、昨日から一年半ぶりに稽古に来てくれるようになった。自身は技や動きは忘れてしまったと言ってはいたが、身体は覚えていたようで直ぐに皆んなと稽古に取り組んでいった。
⚪︎輝 受験勉強の合間に(?)稽古に来て胸を貸してくれた。
⚪︎4歳の男の子が入団したいと家族で見学に来てくれた。そのまま入団手続きをしてくれたようだ。
●10秒×6種のサーキットトレーニングを新たに始めてみた。概ね楽しく取り組んでくれていたようだ。
●夏休みを経て体力が向上してように見受けられた。
●通常の生活リズムを早く取り戻して、新学期を迎えてほしい。
おかきさげの4つの段落とその成立のポイント|第4回コムヨシ布教所オンライン勉強会ふりかえり
こんにちは、くっきーです。
コムヨシサロンのオンライン勉強会のふりかえりです。
ヒサマツ氏によるおかきさげの解釈を、梅田論文を読み解きながら学んでいきました。
(この論文は道友社で誰でも購入出来ます。)
「おかきさげ」の諭し(さとし)のポイント
おさづけさしづの変遷を見ていく中で、おかきさげの諭しのポイントを探っていきます。
※おさづけさしづ
おさづけを渡されたときに、下されたおさしづ(御神言、ごしんげん)
明治27年7月以前のおさしづの中に191件下されている。
今はない。
おさづけさしづの変遷の様子を見ると、現在のおかきさげの諭しのポイントが見えてきます。
結論から言うと、
たすけ一条の歩みを進めていく上で大事なのが
『誠』と『かしもの・かりもの』
それが見えてきます。
「おさづけのおかきさげについて」
梅田正之先生の論文をもとに勉強していきます。
おかきさげに何が書かれているか?
1.序文
さあさあだんだんの席返すがえすの席をして、さあ一日の日というは生涯の心を一つの理を以って一つ席とす。席に順序一つの理は、よく聞き分け。席に一つの理は、生涯の理を諭す。生涯の理を諭すには、よく聞き分け。難しい事は一つも言わん。どうせこうせこれは言わん、これは言えん。言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかという。
2.かしもの・かりもの
それ人間という身の内というは、神のかしもの・かりもの、心一つが我がの理。心の理というは、日々という常という、日々常にどういう事情どういう理、幾重事情どんな理、どんな理でも日々に皆受け取る。受け取る中に、ただ一つ自由という一つの理。自由という理は何処にあるとは思うなよ。ただめんめん精神一つの理にある。
3.誠
日々という常という、日々常に誠一つという。誠の心と言えば、一寸には弱いように思うなれど、誠より堅き長きものは無い。誠一つが天の理。天の理なれば、直ぐと受け取る直ぐと返すが一つの理。よく聞き分け。又一つ、一名一人の心に誠一つの理があれば、内々十分睦まじいという一つの理が治るという。それ世界成程という、成程の者成程の人というは、常に誠一つの理で自由という。よく聞き取れ。又一つ、これまで運ぶという、尽すという。運ぶ尽す中に、互い扶け合いという。互い扶け合いというは、これは諭す理。人を救ける心は真の誠一つの理で、救ける理が救かるという。よく聞き取れ。
4.誠の心を具体的に落とし込む
又一つ、これまで運ぶ尽す一つの理は、内々事情の理、めんめん事情の理に治め。又一つ、第一の理を諭そう。第一には、所々に手本雛形。諭す事情の理の台には、日々という。日々には家業という、これが第一。又一つ、内々互い互い孝心の道、これが第一。二つ一つが天の理と諭し置こう。さあ、これより先永く変わらん事情に。
完成に至るまでに出されていたおさづけさしづ
の変遷を見ていくことで、現行のおかきさげ
のポイントが「かしもの・かりもの」と「誠」
であることが分かります。
おさづけさしづを1〜5期に分ける。
梅田論文では、おさづけさしづを便宜上1期から5期に分けることによって、内容の違いを浮き上がらせていきます。
1期→今のおさしづと全然似ていない
「渡すで」
2期→A たすけ一条のためにさづけの理を渡す
B 今日の日を生涯の心のとして通れ
一日生涯
(AとBの文言が混在している)
3期→誠
4期→かしもの・かりもの
5期→今とほぼ同じ
それぞれが段々加えられていきます。
具体的なおさしづで見ていくと、
1期 明治20.5.6〜明治21.1.14
熱心な信仰者を引き寄せて(身上など)、神の方から渡されたようです。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、三遍又三遍又三遍、三三三の理を渡そ。しっかり受け取れしっかり受け取れ。
2期 明治21.1.19〜明治21.9.29
たすけ一条の理、たすけ一条(はこれからや)
今日一日の日を忘れんようさづけ渡そ
3期 明治21.9.29〜明治21.12.13
人を救ける処の心というは、誠一つが救ける。
人を救けるというは、真の心の誠の理が救ける。常に誠の理をあれば自由自在。
常に誠の理を聞き分けて、これより心入れ替えて。
ここから誠が語られはじめます。
4期 明治21.12.14〜明治22.9.3
人間というものは、身はかりもの心一つが我がのもの。どんな心も受け取る。自由自在の理を聞き分け。
人間というは、身はかりもの、心一つだけ我がもの。心一つより、どんな心ある。
どんな心も皆受け取る中に、自由自在という理を聞き分け。
かしもの・かりものが語られはじめます。
5期 明治22.10.9〜明治23.6.25
ほぼ後に内容が一定になっていきます。現行のおかきさげと同じお言葉となってきます。
※引用はやめておきます。
たすけ一条の歩みを進めていく上で大事なこと
繰り返しになりますが、たすけ一条の歩みを進めていく上で、
「誠」が大事だあることか分かります。
「誠の理が救ける」
「誠」が信仰実践の具体的な場とすれば、
「かしもの・かりもの」は、それを裏付けるルールのようなものです。
誠の心遣いを見て守護するというルール、
だから誠の心で通ることが大事なんだよ!と。
かしもの・かりもの ⇨ ルール
誠 ⇨ 攻略法
誤解を恐れず、分かりやすくシンプルに言うとこうなります。
たすけ一条の道を通っていく上で、誠が大事だよ。
それはかりもの・かりものというルールがあるからだよ!!
これがベースになっているのがおさづけさしづの展開です。
このように変遷を追っていくと、今のおかきさげのポイントは、
「誠」と「かしもの・かりもの」
に要点があって、その要点こそがたすけ一条を歩んでいく上で大事なことなのです!
ほそく
⚪︎5期の後にもおさづけさしづは渡されているそうです。おさづけを渡されるようになった時期にも、おさづけさしづは出されています。
⚪︎初期のおさしづには書き落としが多く見られるそうです。
⚪︎おさづけをもらう(渡す)人の教育レベル(信仰的)に応じておかきさげお文言が増やされていった。
⚪︎「ルール」=世の中の土台的な決まり事
⚪︎おさづけを取り次ぐ人の心が誠の心でなければならない。(受け取っていただけない)
⚪︎(今の)おかきさげは、解釈の自由度が広がり過ぎるため、誠、かしもの・かりものが要点であると軸を持って読むことで、軸に沿った理解ができる。
おわり
振武館練習ノート|2019.8.22
こんにちは、くっきーです。
お盆休み明け最初の稽古でした。
家族で道場にお邪魔して、稽古終わりには走り回ってるました。
8月22日(火)稽古内容
指導者 久木田
生徒 澪
敦彦
大史
真樹
準備運動
稽古予備運動
寝技 3分×5本
打込み 10本×10
乱取×5本
稽古のふりかえり
- 敦彦 この半年で身長が伸びたため背負投が入りにくそうになっているようだが、逆に体力がついてきているので、今までのように相手の懐に飛び込んで技に入るより、体全体を使って相手を揺さぶり崩して引き出して入る背負投が効果的ではないか。そのために必要な組み手の強化、引手の手首ひじの上げ方を、吊手の捌き方を指導した。
- 澪 体力も付いて技も自分のものにしつつあるので、もっと自信を持って技をかけることが必要。試合経験や他道場の生徒との稽古をできればさせてあげたい。
- 大史 体力と上半身の力がついてきたので、それに見合った技の入り方に変える必要性が出てきた。自分の体重を生かしつつ吊り手の手首の返し方、引き手の膝の動かし方について指導。乱取り中の組み手にも意識することを伝える。
- 真樹 腕の力が少しずつついてきて力がある打ち込みが出来るようになってきた。背負投げの足の位置が定まらないので、下半身の筋力が足りないようだ。
「かしもの・かりもの」の説かれ方の変遷|第3回コムヨシ布教所オンライン勉強会ふりかえり
こんにちは、くっきーです。
過日、第3回コムヨシ布教所オンライン勉強会が開催されました。
ヒサマツ先生による講義をふりかえって勉強します。
「かしもの・かりもの」の説かれ方の変遷
天理教校論叢第36号(天理教校の論文だそうです)村上論文をベースに紐解いていきます。
※ちなみにこの論文は、道友社で誰でも購入出来るそうです!(初耳)
天理教教典の公布がターニングポイント
天理教教典のスタートによって説かれ方のニュアンスが変わっていったそうです。
天理教の歴史的背景として
昭和13年 革新の時代
(思うように教理を説けない)
昭和20年 復元
(終戦に伴い、革新以前の教理を復元)
昭和24年 天理教教典公布
(10月26日)
天理教校論叢36号(村上論文)では、
- 昭和20年から29年の「みちのとも」に掲載された「かしもの・かりもの」の全記事を検証
- それらの記事を比較、検証することで「かしもの・かりもの」の説かれ方の変化を研究
された内容の論文です。
革新以前の説かれ方
- かしもの・かりもの
- 八つのほこり
- 身の内の御守護(十柱の神さま)
これらが一つセットで説かれていました。
教典公布以後の説かれ方
教典
第4章 天理王命(このなかで身の内の御守護が
記載されている。
第7章 かしもの・かりもの(このなかで八つの
ほこりが記載されている。
章立てて綺麗にまとめられているように見える。
そのため、かしもの・かりもの単体で語られることが多くなっていきました。
では天理教教典は悪モノなのか?
みちのとも以外でのお話もほとんどがセットでのお話となっており、不可分な説かれ方をしていたが、
教典により章立てが変わったことで、かしもの・かりものが単体で説かれるようになっていきました。
しかし、教典第4章内容は、「かしもの・かりものという話の一端とも申せる」と言われているが、その意味について、
(教典編纂責任者)山澤為次氏は、次のように述べられている。
「又、言葉の使いわけも飲み食いも、みな親神様からかしていただいておるのだとしみじみと有難さを身に感じます時に、成程、昔の先生方の仰有つた親神様からのかりものであるという言葉使いの内に、敬虔なる心持が現れておるというように、真柱様から色々と御意見を賜りまして、私はしみじみ感じました。
そういう意味において、ここの、『人間身の内…の守護の理』とあるところは、実を申しますと、『この神様のかりもの』というように書かれてあったのでありますけれども、ここで余りにかりものということを詳しく説きますと、あとの第7章と重複する嫌いもあり、ややこしくもなります所から、ここでは御覧のような書振になっております。
そういう心持でお読みいただきますれば、この文章の成立がおわかり頂けると思うのであります。」
天理教校論叢第36号より抜粋
教典の第4章と第7章は、分けたんだけれども、何で分けたかと言ったら、一言でいったらややこしくなるから分けたんだよ。
でも本当は、「身の内」の話とか「十柱の神さま」の話というのは、「かしもの・かりもの」とセットで語られるべき内容なので、その分注意して下さいね、
という内容でした。
まとめ
ヒサマツ氏は話一条という観点から、
お話をして人をたすけることに繋がっていくことが理想であり、究極であると結論づけて、
かしもの・かりものがどの様な説かれ方の変遷を辿ったのかを知ることで、今我々が身に付けるべきものが何であるか示したのが、今回の勉強会であったのではないかとふりかえりました。
終わり
鹿児島県霧島市の子供の遊び場「台明寺渓谷公園」
こんにちは、毎日が夏休みくっきーです。
先日、さわ(3)、かな(1)、と一緒に、鹿児島県霧島市にある台明寺渓谷公園に行ってまいりました。
台明寺渓谷公園
https://goo.gl/maps/rDEcFejFHxmN4H3u8
ここには、枕のそまガラ洗い(枕を教会で手作りしていたこがあり、中に入れる蕎麦のカラを洗いに来ていた)やお泊まり会ではちょくちょく来ていましたが、(脱輪したこともあり…)我が子と来るのは初めてです。
駐車場へ
すぐ側に7,8台の駐車場があり、すぐ登った上に20数台の駐車場がありますが、このシーズンはすぐに満車状態になります。
シーズンで車が多く妙に焦って脱輪したことがあり…
公園内へ
公園と言っても渓谷とあるように、遊泳ができる川です。
川遊びがしやすいように整備されています。
階段のところでお母さん方が、子供の様子を見守っています。
壁の上に川から引いた水路があり、その壁づたいに水が流れるといった涼も演出されています。
平成3年にできたそうです。
トイレもあり、ちょっとした休憩スペースもあるにはありますが、何せ山の中なので多種多様な虫たちが生息しておりますので、虫が平気な方はどうぞ!
おなかが空いたので助六いただきます!
自然の中で解放されたのか、さわもかなも奥へ奥へとチャレンジしていきます‼︎
ここの川は流れも早く、深い場所も沢山あり、岩場も結構すべります。
また真夏でも数分浸かるだけで体が冷え切ってしまうほど冷たいので、休憩や水分補給など、よくよく注意が必要です。
一時間半ほどしっかり遊びましたが、体が冷え切ってしまったのであがることにしました。
15時15分。
帰ってゆっくりしようかなって思う間も無く、
「イオンに行きたい!」
まだまだ夏は終わりそうにありませんませんw
今回は脱輪せずに済んだ!