結婚式のスピーチを妄想する
生まれてから39年間、結婚式というものに一度も呼ばれたことがない。
この話をするときいつも、私の方は、軽い笑い話程度のつもりなのだが、相手の方は驚きと憐れみの入り混じったなんとも言えない苦笑いを浮かべることが多い。
私はその時の反応を見るのが好きだ。
自分が全く気にしていないことを、
(まじか?!友達いないのか?いや、でも、それ言っちゃったら可哀想だし、かといって、こんな明らかに珍しい話を「まあ、珍しいことでもないよ」って言ったら、無理になぐさめてる感じにもなるし…)
と葛藤している雰囲気を、高みの見物する感じが良い。
しかし、こんな私もさすがに39年間人の顔色うかがいながら生きてきた大人のはしくれなので、
「まあ、板前、駆け出しの頃忙しくて、友人と連絡途絶えちゃったからね…」
と言い訳してあげると、相手は飛びつくように、
「そうだよね!大変だもんねー。」
と、相槌を打ってホッと一息つけるわけです。
さて、これだけでも私という人間が、いかにねじれてねじれて扱いづらいモノになってしまったか伝わってくるかと思いますが、家で一人でいるときは、他者との関わりがないぶん、もう少しまっすぐです。
まっすぐに妄想しています。
結婚式の話で言えば、いつか来るかもしれないその日のために、さらに友人代表のスピーチを頼まれた時のために、祝辞の原稿を書いているくらいです。
童貞をこじらせた男が、セックスについてあらゆる情報をかき集め、夢想しているのと同じです。
こじらせる期間が長くなって行くほど、こうしなきゃいけない、こういうものだ、という偏ったイメージだけが膨らんでいきます。
結婚式童貞の私のスピーチはどうでしょうか?巡り巡って、両家の親族揃って苦笑いさせてしまうような内容に、行き着いてしまってはいないでしょうか?
本番でいきなり失敗するよりは、今のうちに恥をかいておく方がましかと思うので、ここで発表してみることにします。
これは、童貞が妄想の中で育てたセックスを発表するくらい、勇気のいることですから、どうかあたたかく見守る気持ちで読んでください。
ちなみに、( )内は私の思う結婚式スピーチの王道的な手法であり、このスピーチに行き着いた思考の流れであります。
Mくん、Yちゃん、ご結婚、おめでとうございマス。
マスといえば、旬のこの季節、三陸では桜鱒と呼ばれ、美味しいマスが大量に水揚げされます。ピカピカに輝く銀色の魚の群。
(季節感を加味して、ダジャレを織り交ぜなくてはならない)
皆様、ちょっと鮭の顔を思い出してみてください。マスも同じく、本来小さなつぶらな瞳をしていますが、その中に混じって稀に大きな目をしたマスが水揚げされることがあり、地元の漁師さんはそれを、大きい目のマス、と書いて、大目マスと呼んでいます。
(豆知識的なものも入れる)
Mくん、〇〇バーという定置網にかかった大量の魚群の中から、よくぞYちゃんという大目マスを見出しましたね。
(出会いの場所ときっかけをさりげなく入れる。出席者に関係者が入ればそちらを見ながら話すのが望ましい)
(新婦の容姿を持ち上げる)
思えばMくんと出会ったのは5年前、最初は氷水に入れておいた活けの鰻のようにおとなしく、まじめだったMくんも、気がつけば中身の偏ったフードプロセッサーのように、店という箱から飛び出ようとするくらい、自由な発想であばれるようになりましたね。
(新郎の職業にからめた例えでまとめていく)
あなたがありとあらゆる魚の臓器、精巣や卵巣を取り出して収集し始めた時には、そのような猟奇的な趣味でちゃんと彼女ができるかどうか心配になりました。
(新郎の趣味を紹介しつつ、さらに新郎を下げることで新婦を持ち上げる)
しかし、Yさんのご家族の皆様、ご安心ください。彼が幼少の頃からの何よりの好物はいくらやとびっ子等の魚卵です。
(新婦の親族に新郎の長所を伝える)
きっと野球チームはおろか、東京ドームを満員にできるくらいの子宝に恵まれることと思います。
(子だくさんの例えは必ずいれなければならない。人数の多い競技ほどプラス査定になる)
最後にお二人に、板前としての人生を少しだけ長く生きてきた私から、板前としての成長になぞらえてエールを送らせていただきますので、少し注意深く聞いてください。
(これまでの人生と新たな旅立ちを、新郎の職業にかけて語らなければならない)
女の尻を「追い回し」た若き日々から、自分を磨き「揚げ」てくれる人に出会い、「焼き」もちをやくほどの本当の恋を知りましたね。
つらい失恋「煮方」を落とし、自分を見失った時もありました。
(職業の中での成長と恋愛の成長をドラマチックに語らなければならない。ダジャレが多いほどプラス査定)
しかし、Yさんという生涯の伴侶を得、船に乗った二人、舳先に立って大海原に向かい指を「刺し場」ん感の思いで未来を見つめていることと思います。
(二人で未来へ向かう姿をイメージできるような描写を、職業にかけて、ダジャレもいれて)
この先、どのような荒波に揉まれようとも、二人ならば、三陸の珍味、ばくらいの、ホヤとこのわたのように、支えあって乗り越えて行けることと思います。
(クライマックスは珍味系で余韻を長く)
新郎の友人代表 佐藤 弘充
どう…でしょうか。
やはり、最後の「刺し場」のくだりがどうしても強引な感が否めないところでしょうかね。あそこはたしかにまだ推敲の余地が多くてですね、そもそも…
だいぶこじらせてますね。
自覚、あります。
こんな感じで、また手慰みにちょいちょい文章書いてみようかと思っている、39歳、板前です。