雪の朝のつれづれに
一昨日、この地方には珍しく雪が降って、朝にはもう、うっすらと積もっていました。そうなると、私は心がふわふわして、何も手につかなくなってしまいます。
窓の外を眺めては、ただ、綺麗だなぁ、と見とれるばかりです。
どうせ長くは降らないのだから、書きかけの小説の世界に入ってしまうのも惜しく、手持無沙汰なままに、ネットで自分の既刊書がどうなったか、ポツポツ検索しておりました。
すると、Amazonでは、2冊残っていた本を誰かが一冊購入してくださったようです。残り1冊になっていました。急に胸の中がポッと温かくなり、買ってくださったのは、どういう方だろう? と、降り積む雪の中に、その姿を想像してしまいました。
そのうちに、ふと、図書館は? と思いつき、愛知県内を調べてみました。
結果、小説「時鳥たちの宴」(緋野晴子著)が所蔵されている館は、以下のとおりでした。
名古屋市立 …… 北、西、東、鶴舞、千種、中村、瑞穂、中川、富田、山田、熱田、徳重。豊橋市立中央、岡崎市立中央、刈谷市中央、安城中央、豊川市中央、新城、蒲郡市立、知立市立。 (計20)
出版からもう2年8か月も経っていますが、そのうち5箇所が貸し出し中でした。
図書館とは、ほんとうに有難いものだと、しみじみ思います。所蔵されている限り、こうして読み継がれる可能性があるのですから。
どんな方が借りてくださったのだろう?
読み終えて、どんな感想を持たれたろうか?
……楽しい空想が尽きない、雪の朝でした。
これは電子版です。Amazon、kindle、でお求めください。
虎希の会
先日は第12回目の「虎希の会」で、久しぶりに東京へ行ってきました。今回は菅直人氏の喜寿と岳真也先生の出版を祝う会です。
岳先生に初めてお目にかかったのが、この虎希の会の第1回目でした。つい昨日のように思われるのに、あれから、もう7年! 時の過ぎゆく早さに、啞然としてしまいます。
今回は、この秋、突然に逝ってしまった、「かがく塾」の仲間である笠健人くんと、先生の姉上で画家の井上一恵さんを惜しんで、ふたりのための追悼文集を作成し、出席者の皆様にお持ち帰りいただきました。かがく塾のメンバーの他にも多くの方が寄稿してくださいました。
また、編集を一手に引き受けてくださった松本のぼるさんには、感謝、感謝、です。愛知の山奥にいて、何もお手伝いできなかったことを申し訳なく思います。
文集「かがく」には、笠君の小説「冬に咲くコスモス」が掲載されています。宴会が終わって、ホテルで読んでいると、彼の顔や、必死にアドバイスを求めてきた電話の声が思い出されて、涙腺が緩んでしまいました。君は命がけで書いていたんだよね。
よく努力して、上手くなっていたんだなあと思います。
文集の表紙は、井上一恵さんの作品です。お会いしたことはありませんが、とても魅力的な絵です。
文章でも、絵でも、作品はその人そのものですね。
二次会に誘われましたが、山奥の静寂の中で生まれ育った私は、「騒音」というものに弱く、2時間の宴会が精一杯です。個性的な方々とお話できて、楽しいには楽しいのですが、頭痛くなっちゃって。前回は文壇バーでしたので、なんとかお付き合いできましたが、今回はカラオケと聞いて、もう無理だと思いました。かがく塾のみなさん、付き合い悪くてごめんなさい。一次会の女です。
写真は会の前に、岳先生と。
そして、追悼文集「かがく」です。
発売されました! Kindle版「時鳥たちの宴」緋野晴子
ついに発売です。 kindle版「時鳥たちの宴」緋野晴子
Amazon本 で、タイトルを検索してください。
紙版の半額 750円です。
(内容ご紹介)
ある日、三十歳になっている宮川遥のもとに、友人である大海豊から便りが届く。遥は、十年前に浮橋邸で催された「平安の夜の宴」を思い出し、胸が小さく疼いた。あの七日月夜に、どこからか現れて、暗い竹林をさまよっていた黄色い蛍火……。魂を誘うような、その光の舞いを脳裏に浮かべているうちに、遥の意識は遠ざかり、記憶の奥に広がる、甘やかで異質な風の吹く世界へと引きこまれていった。
そこは、大学の国文学科の浮橋ゼミ。男女八人のメンバー+教授に訪れた恋は、彼らに何を見せ、どんな痕跡を残したのか? そして、恋と愛の行方は?
青春純愛物語ではなく、男と女のドロドロ劇場でもない、一味違った恋愛小説。
一 大海の便り
二 東風
三 若葉
四 浮橋
五 七日月夜
六 時鳥
七 皐月雨
八 恋歌
九 夏草
十 海辺の月読
十一 月夜茸
十二 萩の庵
十三 風花
十四 明けぐれの雪
十五 如月の梅
十六 それから
十七 蜜柑の丘
浮橋教授による平安時代の風俗や恋愛観の話もあり、古典好きはもちろん、古典が苦手な人も、大いに楽しんでいただけると思います。
なお、読後に、評価の★をつけてくださいますと、たいへん有難いです。
もちろん、レヴューをいただければ、もう、感謝、感謝です。作者冥利に尽きます。
よろしくお願い申し上げます。
新しい表紙が決まりました!
電子版「時鳥たちの宴」の、表紙が決まりました!
私の都合で二週間ほど遅れましたが、間もなく出版されます。
紙版の表紙も気に入っていましたが、こちらも、なかなか良いと思います。如何でしょうか?
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お久しぶりです。緋野晴子です。 三か月以上もサボっておりました。
皆様にすっかり忘れ去られる前に、別府旅行のことなど、お話してみますね。
冬に母が骨折してから半介護の生活になりまして、私は旅行もままならなくなったのですが、次男が別府で事業を始めることになり、妹が母の世話を代わってくれましたので、引っ越しの手伝いを兼ねて行ってきました。
台風が近づいている時で、飛行機を避け、電車を使いました。
珍しかったのは、小倉から大分方面へ向かう日豊本線のソニックという特急です。
床が木なんですね。床の板には刻印がありました。子どもの頃の飯田線を思い出して、なんか、いい感じ。
今回は引っ越しの手伝いが半分でしたので、観光は鉄輪温泉と別府市街だけにしました。
鉄輪地区を丘から眺めると、あちらこちらに湯煙が見えます。さすが温泉地。
でも、道路の下からも蒸気が立ち上っているのには、さすがに、びっくり!
足蒸し湯があったのですが、夏のことで、とても暑くて入れませんでした。次回、冬のお楽しみにとっておきます。
鉄輪温泉では、「ひょうたんの湯」に入りましたが、そこの食事場所のカレーが、とっても美味しい!! すりおろし野菜がいっぱい入っているのかな? 作り方を知りたくなるカレーでした。Verdy good!
資料館がありましたので、入ってみました。雨の水滴が温泉になって湧き出るまでの旅が立体イメージ映像で見られたり、この地域の火祭りの衣装が展示されたりしていて、興味深いものがありました。この衣装をみると、なんだか、東北のナマハゲ👹や、北海道のアイヌの衣装に似通ったものがあるように思われます。ひょっとして、東北の人々というのは、かつて九州に住んでいて、朝鮮半島から入って来た民族に北へ追われたのではないだろうか? アイヌ文化というのは、この九州由来の文化と、ロシア方面からの文化が入り混じったのではないだろうか? そんなことを考えてしまいました。面白かったです。
別府には、市街地にも小さな温泉施設がポツポツとあります。その代表格は、竹瓦温泉です。ここのお湯は跳び上がるほど熱くて、地元の方は入っておられましたが、私はとっても無理で、湯船の外で流すだけにしておきました。残念。
でも、その代わり、砂湯があったんですよ。砂の重さに、包まれているような安心感があって、ぬくぬくとして、とってもリラックスできました。
今回観光できたのは、ほんの一部。旅行と言えば当分、別府になりそうです。
では、また。
噂のChatGPT
世間で騒がれているので、どんなものかと、私もちょっとChatGPTで遊んでみました。
明治の有名作家・小説については、ふむふむ、なかなか上手く解説するじゃありませんか。では、「緋野晴子について教えて」 というと、まあ! なんと! こんなことを言うんですよ、みなさん。
緋野晴子は、日本の小説家であり、推理作家です。
(え? 私がいつ、推理小説を?)
1958年、東京都生まれで、早稲田大学第一文学部卒業後、
(1955年、静岡県の山奥で生まれ、大学も違うんですけど…)
1990年代から執筆活動を始めました。
(2005年からですってば)
代表作に、『禁断の魔術』シリーズや、『殺意の接吻』シリーズがあります。
(ちょっとお、やめてよう。……全然、知らないわ)
彼女の作品は、様々なジャンルを網羅しており、推理小説、ホラー小説、ファンタジー小説、恋愛小説など、幅広い読者層から支持を得ています。
(そんな器用な人間じゃないですよ)
また、主人公が女性である作品が多く、その描写には緻密な心理描写が取り入れられていることが特徴です。
(それはまあ、若干当たっているかも)
緋野晴子は、数々の文学賞を受賞しており、その才能が高く評価されています。
(ああ、そうなったら、いいのに!)
というわけで、嘘ばっかり! 爆笑!!
もしや、そういう同名の作家さんが実在するのかも? と思い、調べてみましたけど、見つけられませんでした。
いったい、どこから、こんなフェイク情報を引っ張ってくるんでしょうね。
緋野があまり知られていない存在だからかと思って、わりと有名な現代小説家の方でもやってみたんですけど、やっぱり、嘘ばっかり! 面白すぎました。
みなさん、将来はともかく、今は、AIの言うことなんか、信じちゃいけませんよ。
AIはまだ赤ちゃんです。真実を語るには未熟すぎます。
あるいは、将来的にも・・・
基本的に、ネットの中にある断片的な関連情報を拾い集めて、そこから推測しうるもので作文していると思われますが、これは、危険を孕んでいます。
元になる情報を、悪意を持った者が故意に歪めて大量に流した場合、AIはそれに引きずられ、まことしやかにフェイク解説をするでしょう。それを真に受けると、とんでもない混乱が生じることは想像に難くありません。
ですから、みなさん、自分で確認し、自分の頭で考えることを最優先にしてくださいね。
AIをどういう場合に、どういうふうに使えるか、あくまで、道具としての活用方法を考えてみましょう。