香りの効用
心斎橋の駅から仕事場へ向う。
近道、いつも通り抜けるデパートで今日は足が止まってしまった。
香水売り場で2度見、3度見。
えええ、まだ売っていたの。
思わず手を伸ばすと、同じように伸びてきた手と私の手が触れそうになる。
このパターン、映画だったら昔からそれは「恋に落ちて」なわけで、ここで恋に落ちるはず。
「あ、すいません、どうぞ」とかなんとか言いながら、チラリと横を見ると、大型スーツケースとこれまた大きなドラックストアの買い物袋を下げた、中華系のかわいらしい女の子だった。
香水瓶を鼻先に近づけ、少し離れたところで別の香水を物色している友達に話しかける。
「うわっ!これめっちゃいい匂いなんだけど!まじやばい、どうしよ。つか今日、買いすぎてるし!(想像の日本語訳)」
「買えばぁ、明日帰るんだし、後悔するよ(こちらも想像)」
私と目が合うと、女の子は私にズンッとテスターの瓶を差し出し、ふふん、とほほえむと、商品を手にレジへ向かった。
ガラガラガラと、スーツケースを引く音が、実にたくましい。
我に返った私は、スマホで時間確認。ほっ、まだ大丈夫。
香水とはまた違う、そのアメリカ製のコロン、tommy girl。
仕事の時は、香水の類のものは控えている。
ムエットに吹き付けようとしたけれど、衝動的に手首にスプレーしてみた。
いいよね、後で手を洗えばいいし。
誰に言うでもなくつぶやいていたら、一瞬で時が止まった。
よくドラマで、人物が死んでしまう直前に見るあのフラッシュバック、走馬灯のように一生がコマ送りされる、アレです。
先の彼女のように、暇さえあれば旅行をしていた頃があった。
旅先で買った、あれ以上はないんじゃないかという特大スーツケースをゴロゴロと引いていたころ。
目的があったわけでもなく、意識は極めて低く、留学していた友人のツテを頼りにできる限り長い期間、行った先々で自炊をし、散歩をし、人と出会って、本を読む。
知らないところへ行きたい。
ここじゃなくて、どこか。
若さとは、退屈な時間が永遠にあると思えることなんだな。
思えば贅沢な時間だったわけで・・
おっといけない、遅刻。
と、手首の匂いを嗅ぎながら早足に歩く。
既視感のある今日を送ってたらダメよ。
毎日は、いつも新しいんだから、と、香りが伝えている気がした。
経験のかけらは風化して、女のラストノートになっているんだろうか。
そうだったらいいなと、歩くのである。
女の子をまとう
普段は疲れる人混みも、年末のマジックにかかるとウキウキしてしまうこの不思議。
ランチのあと、ちょっとだけ余った時間。
帰り道をブラブラと歩いていると、立ち並ぶショップの一角に女子の群れが。
好奇心から入ってみて納得、最近なじみのあるあの香りです。
この香りをまとっている女の子、多いかも。
「こちらの商品は今、すごく人気なんですよ」
思わず手に取っていたオードパルファン。
サボンの香り。せっけんの香り、女子です。
女の子じゃないけど、ちょっと欲しい。
うーん。
迷っていると、その隣に同じ香りのハンドクリームがあるではないですか。
ハンドクリームなら、いいよね。
空気もしっかり乾燥して、ちょうどカサカサしていたし。
と、なぜか自分に言い訳をしながらお買い上げ。
仕事場に戻り、改めてつけてみると、塗っても塗ってもサラサラです。
これは嬉しい。ペンを握っても、カードを切っても、サラッサラです。
意外だったのは、香りの強さと持続性。売り場はそもそも香りだらけなので、気づきませんでした。
ハンドクリームなのに?ハンドクリームだから?
思っていた以上にしっかりとした存在感のある香りです。
世の中に対する恐れと不安、と同時に自信をもってまっすぐに、ものごとの本質を見据える目。
そんなアンビバレントな魅力。
そんな香りを少しだけまとってみる。
すぐに自信がなくなってしまう大人は、こうしてパワーをもらうのです。