施餓鬼とは何だろうか。 (その2)

7月21日に行なったお施餓鬼の写真を載せたいと思います。

 

f:id:youtome:20170803114810j:image

 

 f:id:youtome:20170803115017j:image

 

 

 

再び、

 

施餓鬼について、

また調べてみました。

 

 

施餓鬼会とは、現在ではお盆を前後して行うことが多く、その意味は文字どおり、餓鬼に施す法要です。
餓鬼は法(教え)と食べ物に飢えていますから、この法要で法を述べ伝え(お経を読み)、食べ物を布施することで、救われていくわけです。

 


この施餓鬼会の起源は、お釈迦さまの十代弟子の一人である阿難(あなん)というお坊さんが体験したことから始まります。
十代弟子といっても、まだ悟りが浅いころの話です。
阿難があるとき瞑想していると、目の前に餓鬼が現れて、

 


「お前は三日後に死んで、餓鬼道に生まれであろう」
といわれました。
恐れおののいた阿難は、
どうすればいいかお釈迦さまに尋ねました。
するとお釈迦さまは、こう答えました。
阿難よ。
餓鬼の世界は、自分のことばかりを考え、
人に財や愛、優しさを与えようとせず、
奪うことばかり考えて生きたものがいく世界だ。
阿難よ。
お前が餓鬼にそのようなことを言われるというのは、
お前自身、布施という与える心が少ないからであろう。
今阿難のすることは、心に慈悲の心をおこし、
有縁無縁のすべての餓鬼に食べ物を施し供養してあげることです。
それを法の力(お経の力)によって、手向けなさい。
そのために多くのお坊さんの力をかりるのです。
阿難はいわれるように行い、
自らも熱心に法を学び、布施の心を培い長寿を得ました。

 


これが施餓鬼会の起源ですが、お盆にあたって、まず供養する本人がよく法を聞いて布施という与える心に目覚めることが大事です。
そして実際に法要にのぞんで、無縁の餓鬼に施しをし、その尊い思いをお経の力によって亡き方に手向け(さしあげ)るのです。
それが亡き方の功徳になって、ご先祖さまがお盆には安らかな思いで、我が家に帰ってくることができるわけです。

 

 

 

施餓鬼とは、何だろうか。 (その1)

私は、先月7月21日に「お施餓鬼」の手伝いをしました。

 

改めて、お施餓鬼とは何なのか?

 

調べてみました。

 

 

 

施餓鬼とは?

施餓鬼とは、

 

「悪道におち飢に苦しんでいる餓鬼(がき)に飲食を施して、善根をもって亡者の罪を減じ追福を願うため修する法会」であります。

 

要するに、 お供え物を施すことにより得られる功徳(くどく)を、自分ならびにご先祖様にめぐらせる儀式であります。

 

そもそも『お盆』という言葉は、中国から伝わった『盂蘭盆(うらぼん)』に由来するといわれています。 その起源は古く、インドにおいて雨季に僧院にこもって修行をする僧たちに、在家信者が食事をささげたのが始まりとされています。


それが中国・日本に伝わる過程で、自分たちのご先祖様にもお供えをするようになり、お盆にお寺参りやお墓参りが行われるようになりました。 それまで日本に根付いていた精霊送りとも合わさって、お盆に先祖供養の法要が行われるようになったともいわれています。

また中国においては盂蘭盆経(うらぼんきょう)という、餓鬼に施すことによって功徳を得るという目蓮尊者の伝説もあります。


目蓮尊者のお母さんは、生前において自分勝手で悪いことばかりをしていました。
そのため死後の世界においては餓鬼道に堕ちていたところを、目蓮尊者は神通力によって母を発見してしまいます。
いたたまれない目蓮尊者は、なんとか母を救ってあげたいとお釈迦様に相談したところ、


「餓鬼の為に棚を作って、お米とお水をお供えしお経をあげなさい」 と教えられました。
そしてその通りにしたところ母は救われました。


これが日本にも伝わってお盆のお供えと合わさり、旧暦7月15日の盂蘭盆に施餓鬼の法要が行われるようになったともいわれています。 さらにこの時救われたことを祝ったというのが、今の盆踊りの元にもなったと言われています。

 

(つづく)