批判するということ

物事は批判することからはじまる。
これは、批判できるということは、その物事についてよく理解しているということであるから、批判できることは大切なことである。ということだ。
批判するのは、とても体力が必要となる。
世の中を批判し続ける長渕剛はすごい。
私は批判する気力もない。なかなか世の中は、うまく動いてて、人間の動力に感動することもある。

連休=恐怖

ゴールデンウィーク✨などと言われても、私にとってはただの恐怖でしかない。私は今受験生という立場におかれているのである。受験生ということは、どれだけ平等に与えられている24時間を上手く使えるか?どれだけ集中できるか?という状況にいるのである。
勉強をやり切れた日は、疲労と達成感に包まれ、やり切れなかった日は、とてつもない罪悪感で押しつぶされる。
SNSを開けば友達は、ディズニーランドへ行き、テレビをつければ、空港は飛びたつ人でいっぱいです!などと元気よく放送されている。
自分の環境を幸福に感じるためSNSをやめ、テレビをつけるのをやめる。するとそこに残されたのは、静寂である。
ああ、こうしてまた1分、1分と過ぎていく。
書きたいこと、たくさんあるが、罪悪感で押しつぶされるのには、もう懲り懲りである。
さて、はじめよう。達成感と未来の光りのために…などと言ってみる。。。